第75話 異国の王宮と小人さん ふたつめ


「はぁ、今度は王太子ね」


 小人さんの前には一通の封書。中の手紙には、王太子から晩餐への招待が書かれていた。


「王太子って病気じゃなかったの?」


「伏せがちではあるが、動けぬわけではない。政務や軽い散歩などくらいは出来るぞ」


 なるほど。そりゃそうか。子供らもアタシらと同じくらいって聞くし、まだ現役で踏ん張らないとだよね、お父ちゃんが。


 各方面を飛び回るマサハド王子。精力的に動く彼は、かなりの数を味方につけてきた。

 国王の葬儀まで後僅か。何としてもドナウティルの王宮の悪習を覆さねばならない。

 それには数が必要だ。

 

「第二王子も頑張ってるし、アタシもちょいと後押しに行こうかな」


 くふりと笑う小人さん。


 ああ、何時もの事だな。こうなったチヒロ様は止まらない。

 理由もやることも意味不明だが、彼女の考えてた事は少し先で分かるのだ。

 どうせ聞いても.....


ん~? なんとなく?


 で、終わる。


 今までもそうだった。これからも、そうだろう。


 ドルフェンは仕方無さげに溜め息をつきつつも、その顔を綻ばせた。





「美味しゅうございました」


「お口に合って良かった。母が無礼を働いたようで、本当に申し訳ない」


 並んだ料理を指先で食べ、小人さんは御満悦である。

 他愛ない世間話をしつつ、王太子家族との晩餐。

 どうやら王太子は、第一妃の一件を耳に挟んで、慌てて謝罪の場を設けたかったらしい。

 小人さんは、こちらが勝手をしたのも確かだからと、その謝罪を受け入れ、王太子は命令を下し、兵士らがフロンティア一行に関わる事を禁じてくれた。

 そして御飯。美味しい御飯に罪はない。これ、万国共通♪


 ドナウティルの食事は基本手掴み。手が汚れないよう料理に工夫がしてあり、フィンガーボールや布巾もある。


 もちゃもちゃ頬を膨らませながら、至福の笑顔な小人さん。


 甘めな味付けが多く、ピーナッツバターのようなモノが塗られた焼き鳥などに眼を丸くした。


 でも中々美味しい。新発見だ。


 こういうのも悪くないなぁ。フロンティアなら御行儀が悪いって怒られそうだけど。


 床に置かれた複数の大皿に各種小皿料理。

 御腹がポンポンになるまで食べて、ちょっと苦しい小人さん。


 甘いナツメ美味しいなぁ。にぃににも持っていきたい。これ蜂蜜漬けだよね、あのババア適当なこと言ったな。


 料理を見渡せば甘い味付けのの殆どは蜂蜜である。


 よくもまあ、魔物餌なんて言えたモンだよねぇ。


 食事も終わり飲み物が配られると、ようやく王太子が口を開いた。


 彼の名前はディーバダッタ。思わず小人さんが噴き出しかかったのは言うまでもない。


 話した感じ、王太子は穏やかで野心も無さげな人である。

 妃も一人しかおらず、すでに三人も男の子がいるし、これ以上の妻は要らぬとのこと。


 その話に、小人さんは微かに首を傾げた。

 それでは後宮はどうなるのだろう。亡くなった前国王は十数人の側妃と、第七夫人まで持っていたのだ。

 何気にその話をすると、王太子は困ったように眉を寄せて、解体すると口にした。


「この通り病がちなので。多くの女性を囲えるほどの甲斐性はありません」


 夫人の横には二人の子供。

 長男テーピィア九歳と次男のアリストロ七歳。

 こちらもフロンティアと同じく子供は七歳まで後宮から出さないらしい。


「ならばテーピィア様は御兄弟を処刑せずに済みますね」


 しれっと宣う小人さんの言葉に、王太子と夫人の顔が凍りついた。

 

「御使者殿っ、そういった話題は子供らには..........」


「何故ですの? 現実を知らせずに育てるおつもりですか?」


 柔らかな微笑みで毒を撒き散らす小人さんに、王太子は絶句した。


 本当にこれが七歳の子供なのだろうか?

 一国の使者として書簡を携え、母上を振り回し、兵士らを捕らえて山とした?


 とてもアリストロと同い年には見えない。テーピィアよりもはるかにしっかりしている。

 

 唖然とする王太子を余所に、小人さんはさらなる毒を吐いた。


「貴方が殺すのでしょう? 国のしきたりだからと、全ての御兄弟を。唯一の王統を守るために。疑問も情けもなく」


「それが決まりですっ! 代々そうやって王統は守られてきたのですっ!!」


 吐き捨てるように叫ぶ王太子を据えた眼差しで見つめ、小人さんはテーピィア王子を一瞥する。

 きょんと眼を丸くする幼い子供達。


「ならば隠さずに胸を張って王子様方に語ると良いでしょう。自分は兄弟を皆殺しにして王位に着いたのだと」


 うっすらと黒い笑みをはき、小人さんは王太子の言葉を待つ。

 灰色かがった銀髪を揺らし、王太子は妃を見つめた。


「仕方がなかった..... 私だって死にたくはない。かと言って殺したくもない。でも、そうしないと、我が子らまで殺されてしまう。..........私に一体どうしろというのだっ?!」


「考えなさい」


 小人さんは立ち上がるとディーバダッタの前まで進み、その顔を正面から凝視した。

 凪いだ水面のように深い新緑の瞳。揺るがぬ真摯な眼差しに、ディーバダッタの思考が絡め取られていく。


「考えるの。貴方は王となるのでしょう? 自由裁量が持てるはず。王太子な貴方には出来なかったことも出来るようになるの。だから考えて。何が出来て、何をするべきか」


 人は考えるのを止めてはならない。身分や地位があるのなら、なおさらだ。


「貴方の肩にはドナウティルの国民全てが乗っている。その中には、貴方の兄弟らもいる。考えなさい。どうすれば良いのか」


 無意識に己の肩に手を当て、ディーバダッタは茫然とした。


 肩に乗る無数の命。


「マーロウが何故にフロンティアへ留学したか知ってる?」


 王太子は首を横に振った。アレは癇癪持ちで我が儘な弟だった。

 だから、ただの思いつきだろうと王宮の面々は考えていた。


「魔法を覚えて水害から民を守るためだそうよ? 王になる兄の役にたちたいと言っていたわ」


 挑戦的に眼をすがめる少女。その瞳が暗に物語っていた。


 マーロウは王族としてやるべき事、やれるべき事をやろうとしている。


 貴方は?


 眼は口ほどにモノを語る。


 ディーバダッタは項垂れて床を見た。

 それに小さく頷き、小人さんは退室の挨拶をする。


「努々お忘れなきよう。貴方は王位に着くのです。王にしかやれない事があります。拾える機会を逃しませんように」


 一体何が言いたいのだろう。


 ディーバダッタには小人さんの言わんとしている事が分からなかった。


「あ、そうだ。ナツメをいただけませんか? 蜂蜜漬けの。美味しかったので、みんなのお土産にしたいのです」


 にぱーっと笑う小人さん。


 はたっと我に返り、王太子はナツメを包ませる。

 それを侍女に持たせて御機嫌な少女を見送り、彼は意味深だった彼女の言葉を考えた。


 やる事、やれる事、やるべき事。王にしか出来ない事。


「ふむ.....」


 胸を張って王子様方に語れますか?


 ぶるりと寒気を感じて、ディーバダッタは考え続ける。


 小人さんの謎なぞは、まだ終わらない。

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