第31話 公爵令嬢と小人さん ~前編~


「この子らは?」


 アウグフェルがカストラート王城より出奔する、しばし前。


 ヒュリアの乳兄弟らを埋葬し、小人さん達は西の森にいた。

 幼女の目の前には、一対の真っ白な蜘蛛。


 透明感のある純白な蜘蛛も、差し色は紅で、色は違えどジョーカーにそっくりである。

 二メートルほどの大きさの白い蜘蛛は、顔を見合わせてカチカチと牙を鳴らしていた。


《うちの子らだよ。ちょいと毛色が違うが、器量良しだ。連れて行きな》


 大きな前肢を上げて、グリグリと小人さんの頭を突っつきながら、ジョーカーはゆうるりと首を背けた。


《ほんとにアンタはねぇ。自ら厄介事に首を突っ込むから眼を離せないよ》


 はあ~っと音が聞こえそうなほど肩を落とす巨大な蜘蛛。

 言葉は分からねど、その雰囲気から何かを察したのだろう。ドルフェンとアドリスも顔を見合わせて苦笑する。

 その横で、ヒュリアは初めて見る大きな魔物に顔を強ばらせていた。

 カストラートでも、貴族の高尚な趣味として魔物を飼い慣らす者がいたが、ここまで巨大なモノは見た事がない。


「凄いですわね。よくぞ、このように大きな魔物を調教出来ましたこと」


 調教?


 茫然とジョーカーを見上げているヒュリアに、周囲が眼を見張る。

 その疑問はドルフェンの口からまろびた。


「調教とは? 魔物を飼い慣らすという事ですか?」


「左様でございます。カストラートでは、高位貴族の嗜みでもありました。わたくしは怖くて飼えませんでしたが」


 お恥ずかしいと、微かに頬を染める少女。


 いや、問題はそこじゃない。そこなんだけど、ソレじゃない。


 彼女は己の発言が爆弾なのだと気づいていなかった。


「魔物を飼い慣らすって、どういう事っ? 聞いた事ないよ、そんなのっ」


 魔物は、どの国でも恐怖の対象だ。魔力の失われた大地から姿を消し、フロンティア以外は辺境のみにしか存在しないはず。


 しかも、それを飼い慣らす?


 驚愕に眼を見開くフロンティアの面々に、ヒュリアはコテリと首を傾げた。


「わたくしは飼った事がないので良くは存じません。ただ、魔法石があれば、魔物は従うのだと聞いております。あと特殊な餌を使うと」


 そこまで聞いて、ジョーカーの瞳が剣呑に輝く。


《魔力欠乏だね。魔物は魔力がないと生きていけない。飢えるかのように衰弱して死に至る。だから、逆らえないのさ。魔法石の魔力を与えてくれる人間にね》


 砂漠で渇ききった者が、水への渇望に抗えないのと同じだ。

 吐き捨てるようなジョーカーの厭悪丸出しな口調に、小人さんも同意する。

 生き物の心を挫く、一番簡単なやり方である。だが誉められた行為ではない。


 この世界にはこの世界の理があるんだろうけど。そんなやり方があるのかぁ。


 大地が魔力を失った、その派生から起きたやり口だ。


 と、言う事は.......


「次の巡礼終わったら、カストラート滅びるんじゃない?」


 辺境をぐるりと回る次回の巡礼。


 それが成功すれば、内陸全てに魔力が甦る。つまり、カストラートの魔物達は、人間に従って魔力を貰う必要がなくなるのだ。

 どのような扱いをされているか分からないが、魔物らが人を唾棄すべきような生活に甘んじていたとしたら。


 間違いなく、魔力の復活後に人間を襲うだろう。


 妙な弊害が出てきたね。まあ、警告くらいはしてあげようかな。

 どう考えても、あちらの過失だしねぇ。


 小人さんの魔物の基本は主らである。


 知性ある魔物の主達に囲まれ、家族同然な情も抱いていた。

 ぶっちゃけ、カストラートがどうなろうと知った事ではない。

 それでも一応、警告ぐらいはしておいてあげるべきかと、後日、ロメールに相談する小人さんである。


 その相談に、ロメールが凄く良い笑顔をしたのは余談だ。


 僕にと寄越された白いツインズは、それぞれ三匹の小さな蜘蛛を背中に乗せて、小人さん隊に加わった。

 一人軍隊にさらなる戦力増加である。半端ない戦力である。

 しかもこの蜘蛛ら、一匹でスルスルと馬車を牽く。わしわし脚を動かして音もなく進む蜘蛛。ちょっとしたホラーだった。


 いや、ガチホラーだったらしい。


 すれ違う馬車や人々が、阿鼻叫喚に陥って、あやうく騎士団率いる冒険者らに討伐されそうになったのも御愛敬。


 仏頂面で引き返していく騎士らを見送り、小人さんは独りごちた。


「アタシのせいかにょ? 違うよね?」


 無意識に親指をしゃぶる小人さん。


 これは困った時のクセで、記憶が覚醒してからずっと治らない。


「ヒーロ、指」


「あ」


 千早に指摘にされて、てへっと舌を出しつつ、そっと指を隠す小人さん。

 無意識にしゃぶっているのは金色の指。

 その仕草に和むドルフェンに抱き上げられ、小人さんらは馬車に乗り込んだ。


 再び走り出した馬車を牽くのは大きな蜘蛛。牽かれる馬車の屋根には大きなカエル達。その周辺を飛び回る蜜蜂らと、最後尾を守るのはもう一匹の白い蜘蛛。


 一見して背筋が凍る風景。魔物が爆走する異常事態に人々が慣れるのは、しばらく後の話だった。




「もうね。ほんっとーぅっに君は、そういう星の元に生まれてきたとしか思えないね」


 帰還した小人さんは、ヒュリアを連れて、いそいそとロメールへ謁見を求める。

 それにすぐに応じ、通された何時もの執務室で、ロメールは暗黒笑顔全開で出迎えてくれた。


 なぜっ?


 訝る小人さんが首を傾げると、ロメールは机を支えに立ち上がり、流麗な所作でヒュリアの手を取った。


「フロンティア前国王が四男、ロメール・フォン・リグレットと申します。お見知りおきを」


 端正な美貌を惜しげもなく使い、ロメールは香るような笑みでヒュリアに微笑んだ。

 その狂暴な色香に当てられつつも、ヒュリアもドレスの裾を上げて礼をとる。


「王弟殿下であらせられましたか。わたくし、ヒュリアと申します。訳あって家名を失いました。以後よしなに」


「ヒュリア様..... カストラート大公御息女とお見受けいたします。なにゆえ、こちらに?」


 尋ねるまでもないのだろう。ロメールの頭の中には、多くの国々の貴族名鑑が登録されているらしい。

 つまり彼女の素性はバレている。だからこその暗黒笑顔だったのだろう。

 よくよく考えれば、桜の時にも似たような顔をしていた気がする。


 ほうほう、と頷きつつ、指をしゃぶる小人さん。


 無意識のそれを見咎めて、ロメールの眉が剣呑に寄せられる。その眼差しに気づき、幼女は、ぴゃっと指を隠した。

 千尋以外の他の面々の様子から、何も知らずに連れてきたのだろうとロメールは判断する。

 小人さんらしいと言えばらしいが、それが常に大騒動を招く事をいい加減に学習してほしいロメールだった。


 思わず深い溜め息をつき、彼は小人さんから話を聞く。


 一通りの説明を受けて、ロメールはヒュリアを見た。


「つまり、彼女を君の侍女にしたいと?」


「そう。今のアタシって女性の側仕えいないじゃない? だから、どうかなって」


 悪くはない。彼女がカストラート貴族でさえなくば。


 ロメールは複雑そうにヒュリアと小人さんを見る。


 いくら国外追放の処分を受けたとはいえ、彼女が正統なカストラート王家の血筋である事は変わらず、あの危うい国に何かが起きれば、利用するために捜索される可能性は高い。

 フロンティアみたいな目と鼻の先の隣国に居ては、すぐに見つかってしまうだろう。


 ヒュリアは国外追放処分を受けて行き倒れたとしか小人さんに話してはいないが、その背後の光る玉らが、細かい経緯も小人さんに説明していた。

 ここで話すのは憚られる内容である。

 なので、千尋は視線に含みを乗せて、じっとロメールを見つめた。

 それを察したのだろう。

 ロメールは、取り敢えず伯爵家の客人として迎え、今後の事は改めて相談しましょうと、その場をお開きにした。


 それぞれ退出していくのを見送り、ロメールは小人さんを抱き上げると、そのままソファーに腰かける。


「それで?」


 幼女を膝に座らせて、ロメールは彼女のフードを下ろすと、柔らかな髪をゆっくり梳いた。

 頭を撫でるような彼の指が擽ったい。

 ロメールの胸に抱え込まれながら、千尋はヒュリアの裏事情を口にした。


 その凄絶さに、ロメールは絶句する。


 そういった話は掃いて捨てるほどあるだろう未開な文明のアルカディアだが、その被害者をピンポイントに拾ってくる小人さんに眩暈を禁じ得ない。


「だからね、ヒュリアをアタシの侍女にしたいの。いざというとき、うちの家族らなら彼女を守れるじゃない?」


 そりゃそうだろう。すでにフロンティア王都では有名な小人さん部隊。

 密かに一人軍隊とも称される魔物軍団に、勝てる相手を探す方が難しい。


 再び、ちゅっちゅと親指をしゃぶる小人さん。

 初めて記憶の覚醒をした時も、ポチ子さんに怯える兄を見て、同じように指を咥えていた。

 これは、小人さんがリラックスしている証拠。警戒していない。含みも持たない。安心しきって、おねだりをしている状態だ。

 人目がある時は諫めるロメールだが、二人きりな時には許容している。

 指をしゃぶりながら、上目遣いにチラチラ見てくる可愛らしい幼子。

 極悪極まりないあざとい無邪気さ。これに勝てる人間をロメールは知らない。


「了解。私が何とかしよう」


 眉を寄せ、盛大に溜め息をつきつつも、ロメールは蕩けるような笑みをはく。


「ありがとうっ、ロメールっ!」


 それに破顔し、首に抱きついてきた幼女を抱きしめ、ロメールはポンポンと背中を叩いた。


 二人を見守っていた文官らが、そっと胸を撫で下ろす。

 彼らは、ロメールが何時も無意識に天窓を見つめていたのを知っていた。


 何かにつけ、ふと上がる視線。


 それが何を待っているのか、熟知しているロメールの部下らである。


 波乱万丈の波に乗り、常に斜め上を駆け抜ける小人さん。


 ロメールを筆頭とする極甘な人々に囲まれて。小人さんは今日も元気です♪

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