第30話 閑話・ヒュリアのいない城
「だから言ったではありませんかっ! ヒュリアが、そのように愚かしい事をするはずはないとっ!」
カストラート王城で気炎を上げる一人の少年。彼の名前はアウグフェル。当年とって十五才の第三王子だ。
長男である王太子の婚約者候補として城に上がったヒュリアとは幼馴染み。また従姉妹で同い年な事もあり、小さな頃からよく遊んでいた。
公爵となるヒュリアには婿を取る必要があり、縁戚関係な事を除いても仲の良い二人が、いずれは婚約するのだろうと、まことしやかな噂もあった。
だが、彼女は身分的にも資質的にも王妃となる条件が揃っている。
兄である王太子は、弟の仄かな恋心を知っていたため、ヒュリアを候補には入れなかったが、それをヒュリアの養父母が捩じ込んできたのだ。
候補にすらなれなかったとあれば、公爵令嬢の面目がたたぬと。
確かに一理ある。
双璧に謳われる公爵家と、四大侯爵家。このそれぞれから候補者を出し、公正に王妃は選ばれるべきであった。
ヒュリアを例外とするのは外聞が悪い。
ゆえに婚約者候補として王城に招かれたヒュリアだったが、王太子の思惑からは外されていた。
弟の想い人だ。手を出す気もない。
取り敢えず形だけ。彼は、そう思っていた。
しかし、後に起きた事件が、その様相を一変させる。
何がどうして、そんな噂になったのか。
今思い返しても、全く分からない。
ヒュリアが犯人ではないのかという小さな呟きは、瞬く間に大きな炎となり、貴族間を余す所なく舐めるように這い回った。
犯人であるという証明は容易い。確たる証拠を探して突きつければ良い。
だが、犯人でないという証明は困難だ。
ヒュリアは宮を賜っており、そこから出ない限りは一人で行動出来たから。
他の御令嬢達と違い、常に側仕えがついて回っていた訳ではなく、空白の時間が存在する。
それが噂に信憑性を持たせてしまった。
現代であれば鼻であしらわれる理論だ。
しかし、フロンティアが中世後期の文化ならば、カストラートは中世初期の文化。
さしたる理由も必要とせず、噂や虚偽が証拠となりうる蒙昧な時代。
力ある者が気に入らないといえば、その場で首を落とされるような国である。
地球の中世初期も似たようなモノだった。
それが生きているカストラートでは、ヒュリアがいくら無実を叫んだところで焼け石に水。
だが、ヒュリアには弟王子と王太子がいた。
また従姉の窮地を救うべく、二人は権力にモノを言わせて貴族らを黙らせようと試みる。
なのに、そこへ思わぬ伏兵が。
なんと、国王その人がヒュリアを罪人と断じた。
「父上っ?! まさか本当にヒュリアをが犯人だと思うておられるのかっ?!」
噛みつく二人の息子にニタリとほくそ笑み、カストラート王はいやらしく口角を歪める。
「そんな事はどうでも良いわ。あれが咎人となれば、公爵家を別の者に与えられる。財産も没収できる。国庫が潤うというものよ」
あからさまな父王の言葉に、二人の王子はギリリっと奥歯を噛み締めた。
十年ほど前に、フロンティアと事を構えてからこちら、カストラートは彼の国からの食糧の輸入を断たれ、さらにはそれを知った近隣諸国からは爪弾きにされている。
貿易をしてくれる国々は足元を見て、数割り増しな値段をふっかけてきた。
十年前から少しずつ屋台骨の傾いでいたカストラートにとって、豊かで広大な領地と莫大な資産を持つ公爵家の没収は濡れ手に粟。
ついでに王家の面目を落とす醜聞にもケリがつく。
良い事ずくめではないかと嗤う父王に、息子二人は戦慄した。
父王にとっては大公家の跡取りであろうと、ただの虫けらにすぎない。
だがそれを忖度したとしても慮る義理もなく、二人は行動した。
このままではヒュリアが殺される。
視線で頷きあい、二人はやれるだけの根回しに動いた。ヒュリアの冤罪が減刑されるように。
王の鶴の一声を押さえる事が出来るのは、老獪な元老院の死に損ない達だけだった。
普段は厄介な老害どもだが、こういう時は頼りになる魑魅魍魎だ。
事件が事件である。即斬首になってもおかしくはない。
ゆえに国王の温情を賜るべく、有力な貴族らと共謀し、功績ある公爵家の跡取りだという事を理由に、死刑ではなく国外追放へ誘導した。
だが、王子達の努力にもかかわらず、父王からもぎ取れた猶予は一日。
裁判もされず、身柄一つで放逐されたヒュリアが、たった一人、女の細足で逃げ切れる訳はない。
それも父王の計算の内なのだろう。どうやってでもヒュリアを罪人として処刑し、公爵家を没収したいのだ。
身分が枷となり、表だっては動けない二人の王子。
だがそんな彼等の焦燥を掠めて、風のように素早く動く者らがいた。
ヒュリアに忠誠を誓い、彼女の従者となった乳兄弟達。
二人は乳母の協力の元、冒険者らを雇い、それに紛れて国外逃亡に成功する。
いくらか王宮の兵士に追われはしたようだが、王子達の手の者が横槍を入れて、三人が無事に国境を越えた事を確認した。
いや、無事とは言いがたい。
国境を超えて広がる荒野は死の砂漠。
それを渡り切れるかどうかは、多分に運が作用する。
生きてくれ、ヒュリア。
二人の王子は、祈るような眼差しで、ヒュリアにも続いているだろう、真っ青な空を仰いだ。
カストラート側は執拗に三人の行方を探したが、ようとして消息は知れず、それでも公爵家没収はなると、管財人を養父母の元に差し向ける。
そこで判明した、新たな事実。
なんと後宮で御令嬢を殺害していたのは、ヒュリアの養父母だった。
公爵家の所有を主張していたヒュリアの養父母は、罪人となった彼女の財産の権利は国にあるのだと知り、発狂する。
「こんな事なら、あれを後宮になど送るんじゃなかった! あれは正式な私の養女なのに、何故っ? せっかく邪魔な御令嬢を排除して、良いところまで進んだのにっ!」
御令嬢を排除した?
あきらかに不穏な含みを持つ言葉。
結果、無慈悲な拷問の果てに、ヒュリアの養父母は、洗いざらい自白したのだ。
そして話は冒頭に戻る。
「まあ。予想はしていたが、裏切らないな、お前は」
思わず眼を据わらせる王太子の視界には、旅支度の弟王子。
大きな荷物を肩にかけ、まるで冒険者のような出で立ちで、すくっと立ち上がった。
「行くのか?」
「応よっ、ヒュリアが平民になるなら、俺もなるっ! 元々、御忍びで冒険者やってたしなっ! あとは任せたっ!」
気楽な三男坊のアウグフェルは、度々市井に降りては、やんちゃを繰り返していた。冒険者もどきも、その時に覚えた。
今回は、それが功を奏する。
「あいつの居ない城になんか意味はない。あばよ、兄さんっ!」
慣れた足取りで王城の庭を疾走する弟を見送り、王太子は深く細い溜め息をついた。
「こっちの台詞だ。ヒュリアは任せたぞ、バカ弟」
こうしてヒュリアを追うアウグフェルと、小人さんに救われ馬車に揺られるヒュリア。
アウグフェルは自分が進むより早く、ヒュリアが遠ざかっているとは知らず、フロンティア国境からしらみ潰しに街や村を探索していく。
その頃、探し人の少女がフロンティア王都につき、新たな小人さんの侍女としてロメールに紹介されているなどと夢にも思わずに。
旅は道連れ世は情け。
小人さん部隊の新メンバーが、笑顔で伯爵邸に滞在しているとは知るよしもないアウグフェルである。合掌。
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