第29話 プレ巡礼と小人さん ~よっつめ~


「これは?」


「シチューだにょ。美味しいよ」


 アドリスが運んでくれた料理を受け取り、小人さんはヒュリアと二人で御飯を食べる。

 まだ慣れない彼女に、ちゃんと食事をとってもらうため、男性陣には外のテーブルで食事をしてくれるよう頼んだ。

 三人は快く承知し、馬車の中には女子二人。

 温かいシチューと生野菜のサラダ。飾り切りしたリンゴが添えてあって彩りも良い。

 どのくらいぶりか分からないが、たぶん久しぶりの真っ当な食事なのだろう。

 ヒュリアはゴクリと喉を鳴らした。


「熱いから気を付けてね」


 熱々な人参を掬い、小人さんはふうふうと息を吹きかけ。はふはふ口を動かす。


「んまぃなぁ。さすがアドリス」


 如何にも至福の笑顔な幼女にひかれ、ヒュリアもシチューを口に運ぶ。


 そして瞠目。


 無言で咀嚼し、眼を見開いたまま、次々と匙を動かすヒュリアを優しく見つめ、小人さんもアドリスの料理を堪能した。


 用意された食事は瞬く間に消え失せて、カランと匙が置かれた頃には、満面の笑みな女子二人がいた。

 ほややんと顔を緩め、如何にも御満悦な可愛らしい姿。


「美味しかったね」


 呟く小人さんに、コクコクと頷き、ヒュリアも唇を動かした。


「こんな美味しい物、初めて食べましたわ。最高れしゅ」


 語尾を噛んだことにも気づかず、満足そうな二人のもとに、アドリスが御茶を運んでくる。

 二つのティーカップ。そのソーサーには二枚のクッキーがのっていた。


 それをテーブルにセットすると、彼はチラリとヒュリアを見て、ふっくり柔らかく笑った。


 空になった食器に安堵する。


 人間、食べて眠れれば大抵の事は何とかなる。用意しても食べられない状況が最悪だ。

 喉を通らないとか、口に運ぶ気にもならないとか、そういう状況でなくて良かったと、アドリスは心底胸を撫で下ろした。


 食べない眠れないは、下手な病気や怪我よりも、簡単に死に直結する。


 事態は深刻なようだが、こうして食事がとれるということは、彼女が生きることを諦めていないということだ。


 無意識下の意識。


 本能にも近いそれを、貧しい平民出のアドリスは良く知っていた。


 その日は双子が同じベッドで眠り、ドルフェンらとヒュリアを隔て、微かに肩を揺らして横になる彼女を背中に感じながら、千尋はまんじりともせず夜を明かした。




「ごめんなさい。わたくしのせいで......」


 翌日小人さん達は、ロウエリーア伯から許可をもらい、近場の街の墓地にヒュリアの乳兄弟を埋葬する。

 小さな墓石の前に膝を着き、はらはらと泣く少女の肩に千尋は手をかけた。


「違う。それじゃ彼らは報われない」


 幼女の大きな丸い瞳に浮かぶ違和感。ヒュリアは何を言われているのか、わからない。


「亡くなった人を見送る涙は一度で良いの。あとは笑顔で。あなた、昨日、溶けるかと思うほど泣いてたよね? なら、今度は笑顔で見送らないと。彼等が安心出来ないにょ」


 笑顔で?


 人間は死んだら皆、仏様だ。あとは野となれ山となれ。

 遺された者にこそ悔いが残り、後悔の残滓に苛まれる。

 だが、埋葬された二人はそれを望まないだろう。


「そう。笑顔で」


 にぱっと笑う幼女につられ、ヒュリアも微かに口角を上げた。

 すると頭でカチリと音が鳴る。ああ、そうか。それなら確かに言うべき言葉が違う。


「アスベル。アンソン。.....ありがとう」


 力ない笑みを張り付けて、ヒュリアは両手の指を組み、それを祈るかのように額づけた。


 まあ。彼等は、ある意味、健在なんだけどね。


 ヒュリアの周りにふよふよと浮かぶ掌大の光。ジョーカーと双子以外には見えていないらしい乳兄弟らの成れの果て。

 いつの間にか二つになった光の玉と戯れつつ、千早は千尋に説明をした。


「ヒュリアさんって古い血族なんだって。今の両親は養父母で、本当のご両親は死んでるんだって」


 よくよく乳兄弟らの魂の話を聞けば、元々のヒュリアの両親は、彼女が赤子の時に亡くなったらしい。

 大公である彼女を育てるべく、後見人となったのが今の両親。遠縁の親者。

 カストラート王家と古く繋がりを持つ公爵令嬢。それがヒュリアだ。

 血の濃さを重んじるカストラートでは、嫡男でなくとも爵位を継げる。正しく公爵の一人娘であるヒュリアは、成人と同時に爵位を継承するはずだった。

 しかし養父母はヒュリアに真実を隠して育ててきた。彼女を可愛がり、実の娘として育ててきたのだ。

 屋敷の使用人も全て入れ替え、唯一残したのはヒュリアに必要な乳母だけ。

 これも交代させたかったのだが、他の乳母ではヒュリアが懐かなかった。

 乳母から離すと、火がついたかのように泣き出すヒュリアに辟易し、養父母は乳母の交代を諦める。

 結果、乳兄弟の二人に守られながら、小さなヒュリアは大きくなった。


 一新された公爵家の中で、養父母は自身が公爵を継いだかのように振る舞い、ヒュリアを可愛がる。

 なので、使用人の誰もが義父母を後見人なのだとは思わず、幸せな公爵一家が内外に装われた。

 形としては養父母の養女になったヒュリアである。後の公爵閣下の養父母だ。それなりの敬意を持って社交界では扱われた。

 だが、ヒュリア自身はそれを知らない。さらには数年後、養父母にも子供が生まれ、自分を養父母の子供なのだと疑っていなかったヒュリアは、当然のように義弟を嫡男として扱った。


「この子は、きっと素晴らしい公爵になりますわね」


 本来の公爵であるヒュリアからそのように言われて、養父母の心に邪な種が芽吹く。

 我が子のように愛してきた娘に、えも言われぬ憎しみが湧いてきた。

 愛憎は表裏一体。何気無い切っ掛けが獰猛に牙を剥く。

 等しく愛しい子供らなのに、ヒュリア以外は爵位すら持たぬ余所者である。

 だから考えてしまった。埒もない事だと分かっていても、考えてしまった。


 ........この娘さえ居なければ。


 居なければ、彼等はただの下級貴族だ。

 公爵家遠縁の伯爵家四男の養父は、いずれ縁戚の子爵を叙爵する予定だった。

 そこに降って湧いたのがヒュリアの後見人の話。

 下手に家名のある者に預けると、要らぬ政治勢力の争いに巻き込まれかねない。

 なのでまだ叙爵前の養父母に話が回ってきたのだ。


 その現実を忘れ、彼等は画策する。


 何とかして合法的にヒュリアを公爵家から排除出来ないかと。

 彼女が居なくなったとて、彼等が公爵を継げる訳ではない。

 そんな簡単な理屈にすら気づけぬ養父母は、王太子の婚約者候補にヒュリアを捩じ込んだ。

 彼女が嫁げば、義弟が公爵になれると短絡的に考えたからだ。

 ヒュリアが王太子妃になったとしても、彼女の子供が新たな公爵になるだけなのだと管財人から聞くまで、養父母は気づかなかった。


 それを知った彼等は、さらに愚かな行動を起こす。


 娘の面会を理由に訪れた後宮へ、魔物幼体を連れ込んだのだ。

 婚約者候補の中でも公爵令嬢であるヒュリアには、宮の一つが与えられていた。

 その宮は問題のある王族の隔離用にも使われる離宮で、地下には罪人を捉えておく牢もあり、それに眼をつけた養父母は、地下牢に魔物の幼体を放った。

 カストラートはフロンティア経由で魔道具を手に入れる事が出来る。同時に使用済みの宝石に魔力を充填してもらう事も可能だ。

 その魔力を充填した宝石で、魔物の幼体を育てて調教するのが貴族の嗜みの一つでもあった。


 こういった所もフロンティアを憎悪する理由だった。


 潤沢な魔力を持つフロンティアを羨み、妬むカストラート。


 魔物の幼体は、魔力を糧とするもそれとは別に血肉を欲する。

 普通に獣が糧を得るように、自身の身体を作るための食事は必要だ。


 飢えた魔力の檻に、養父母は婚約者候補の御令嬢らを投げ込む。

 言葉巧みに彼女らを騙し、こっそり部屋を抜け出させて、猛獣の餌食としたのだ。

 王家と縁の深い公爵家と懇意になろうと、純粋培養で浅慮な御令嬢方は騙され、一人、二人と無惨な死体になる。

 魔物とはいえ、幼体だ。すする血も食む肉も知れていた。

 しっかりと鑑識すれば、その死因や損傷の種類を医師らに判別出来ただろう。

 だが、王宮の御殿医は獣の噛み傷など見たこともなかった。その上、幼体とはいえ魔物の牙は鋭く、鋭利に削がれた傷口は、まるで切れ味の悪い刃物のような切り口をしていたのだ。

 それと知る者が、じっくりと観察せねば分からない。

 そういった蒙昧な見識や後手の捜査を逆手に取り、ヒュリアの養父母は犯行を重ねた。

 目的は婚約者候補のライバル達を蹴落とすためだったが、話は思わぬ方向へ向かっていく。


 結果、件の噂や疑いが彼女にかけられ、これ幸いに養父母はヒュリアを切り捨てたのである。

 彼女の存在を消し去れるのであれば、どんな形になろうと構わない。

 むしろヒュリアの咎が公爵家に降りかかるのは御免被る。


 そういった意図から彼女と縁を切った養父母。


 これで公爵家は自分達の物。


 ほくそ笑み祝杯を上げる二人の顔には、かつてヒュリアを愛し慈しんでくれた親の顔はない。


 後に訪れた管財人から退去を申し渡されるまで、彼等は気づかなかった。

 ヒュリアがいたからこそ、自分達が公爵家に住めていたのだと。


 彼女が養女であったから、管財人より多額の養育費が支払われ、なに不自由なく公爵家を賄えていたのだと。


 ヒュリアを失い、縁を切ってしまった養父母には何も残らない。


 後日、全てを失い、半狂乱になって自白する養父母らから真実を知ったカストラート王家が、彼女の捜索を始めるのだが、そんな事は小人さんの知ったことではない。


 ヒュリアと小人さんを乗せた馬車は一路フロンティア王都に向かっていた。


 彼女の悲しみを埋めるかのように甘い御菓子を与えまくって、小人さんは昔の歌を思い出す。


 失恋レストランだっけか? 自棄食いとかもあるし、悲しいは御腹と連動してるよね。かなりマジで。


 お腹が一杯なら悲しみも半減する。


 言葉に尽くせぬ美味しい御菓子に、ヒュリアは眼を丸くした。


「凄いですわね、フロンティアの御菓子って。わたくし、こんな美味な物、初めて食しましたわ」


 口許に手を当てて、感嘆の溜め息をもらすヒュリア。

 驚きが悲しみを凌駕しているようだ。


 その彼女の周りを嬉しそうに回る小さな光。彼女が悲嘆に暮れず、安心したと二人は小人さんに囁く。


 うん、神様ズにクレーム案件だな。


 ぶっ壊れアイテム持ちの千早はともかく、何故に千尋にまで不思議現象が起きているのか。


 物申す気マンマンな幼女が、夢枕で神様ズに逢えるのはフロンティアに帰ってから。

 その道中にも揉め事が待っているのだとは、まだ誰も気付いていない。


 風の向くまま気の向くまま。


 魔物が率いる小人さん部隊の馬車の中に、新たなメンバーが三人・・増えた。


 今日も世は事もなしと思っているのは小人さんだけである。


 能天気に合掌。

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