第28話 プレ巡礼と小人さん ~みっつめ~
「伯爵令嬢....... 有り難うございます」
ジョーカーを送りがてらやってきた西の森で、居並ぶ兵士らをバックに肩を震わせる男性。
見事なカイゼル髭の端もフルフルと揺れていて、小人さんの眼が吸い寄せられる。
この国で初めて見たかも。
こちらでは何と呼ぶのかしらないが、トランプの絵柄などでも有名な、面白い形のお髭だ。
「わたくしはサミュエル・ラ・ロウエリーアと申します。前辺境伯の領地を賜り、いずれ新たな辺境伯となる予定です」
実質、現辺境伯ではあるが、まだ子供が居ないため養子を取る可能性もあり、叙爵を保留しているのだという。
素朴で暖かみのある雰囲気の男性は、深々と頭を下げた。
「わたくしは千尋・ラ・ジョルジェです。こちらは兄の千早・ラ・ジョルジェ。以後、よしなに」
礼儀正しく挨拶をする二人の子供を見つめ、ロウエリーアは眼に弧を描く。
洗礼あたりの年齢なのに、良く出来た所作だ。周囲に愛され、キチンと教育されたのだろう。物怖じもせず、真っ直ぐ素直に育てられた感じが、とても好ましい。
ふくりと頬を上げ、彼はジョーカーを視界に入れる。
「主様、無事にお戻りくださり、ようございました」
心からの安堵を滲ませ、再びロウエリーアは肩を揺らした。
「何が起きたのか分からず..... もしや、この森を見捨てて移動されたのかと。良かった、本当に......」
ロウエリーアは瞳を潤ませて上唇を噛む。大の男のへの字口。つぶらな瞳がうるうると揺れている。
千尋は喉元までせり上がった笑いを噛み殺した。無意識に口元がもにょるが、そのくらいは許されるはずだ。
笑ってはいけない。ロウエリーア伯側にすれば、至極真面目なのだから。
金色の魔力が失われたとはいえ、今でも主の森の影響力は高い。
森から広がる緑の大地は、主らの魔力により活性化している。
金色の環が完成しているがゆえの恩恵だ。
盟約を結んだ主らは、そこに在るだけで小人さんの魔力と共鳴を得る。それは環の中に多大な恵みをもたらしていた。
その主が森から飛び出していったとの報告に、ロウエリーアはどれだけ驚いたか。
全ての騎士や兵士を総動員して捜索にあたり、血眼になって主を探した。
今思い出しても、背筋が凍る。生きた心地がしなかった。
とうとうと己の心情を話すロウエリーア。
「本当に...... 有り難う存じますっ」
大の男に涙目で切々と語られて、思わず苦笑いな小人さん。
「わたくし、クイーンと懇意にしておりますの。ジョーカーがフロンティアを見棄てる事はこざいませんわ。御約束いたします」
幼女の言葉に眼を見開く辺境騎士団。
だがその肩や腕にまとう魔物らや、馬車を牽き、たむろう魔物らを見て、驚愕の面持ちなれど得心気に頷きあった。
ロウエリーアも信じられない眼差しで双子を凝視するが、目の前に現実がある。
信じざるをえないだろう。
是非とも屋敷にと招くロウエリーアの誘いを丁重に辞退して、小人さんらは西の森へ向かった。
森周辺は物々しい警備が敷かれている。
聞けば、以前にも主が森から飛び出して王都へ突進していった経緯があり、前よりも警備を厳重にしたのだという。
「我々に主様を止められる訳はありませんが、向かう方向へ早馬を出して知らせるくらいは出来ますから」
そう苦笑するロウエリーアに、千尋は心の中でだけ手を合わせた。
あ~。ロメールから聞いたヤツだわ。
王宮に主らが突撃して説教をかましたというアレね。
思わず眼を遠くして、小人さんは胡乱げな視線を宙にさまよわせる。
それに乾いた笑みを浮かべて、ドルフェンらが馬車を西の森の外壁へ移動した。
せかせかと働く蜜蜂達。馬車裏には折りたたみ式のジョイントが内蔵されており、場所を決めたアドリスが内側のソレを引き出して馬車を固定する。
ガションと馬車の四隅を支えるソレを見て、ロウエリーア伯は不可思議そうに首を傾げた。
「何とも良く出来た仕掛けですね。これならば傾きも揺れもない。これから天幕を張るのなら、騎士らにお手伝いさせましょう」
「御気遣いなく。この箱が天幕がわりですの。王弟殿下が移動する馬車にも使える魔道具を考案してくださいましたから」
「何とっ」
驚き、瞠目しつつ、ロウエリーア伯は改めて箱馬車を見つめた。
通常の馬車より大きい箱馬車は、地球でいう駅馬車と同じ形をしている。
幌馬車などにも憧れたが、小人さんは実用性重視でこの形にした。
ウェスタンモノでも必須だよね。こういうワイルドな馬車って。どうせ作るなら、自分好みで作りたかったんだよねぇ。
御貴族様の乗るような小洒落たアクセサリーではなく、生活に基づいた自宅兼用の馬車。
小人さんは、何処へでも行ける動く秘密基地的な代物が欲しかったのだ。
今は内装も最低限だけど、その内色々手に入れて自分好みの部屋にしたいなぁ。カントリー風や、和風とか? 個人的にはスチームパンクも捨てがたい。
夢は膨らむよ、何処までも。
自分の想像に、くふくふと含み笑いを漏らす幼女。その姿をドルフェンらがじっとり見つめているとも知らず。
小人さんが、ああいった顔をしている時は、何かを企んでいる時だ。
それを知っているドルフェンとアドリスは、顔を見合わせて溜め息をついた。
警備の騎士を残してロウエリーア伯が引き上げるのを見送って、小人さんは肩の力を抜く。
千尋も千早も、無意識にTPOを使い分けているが、それでも辺境伯相手は些か疲れるものがある。
普段は平民並な生活をしているからなおさらだ。幼児なのに肩が凝ることこの上ない。
そんな二人に優しげな視線を振り、ドルフェンは封じ玉を割って、外に夜営用の竈や作業台を設置した。さらに食材の入った保存ケースを台にのせる。
それを検分しつつ、アドリスが腕捲りをして調理器具を並べていた。
「何かリクエストはあるか? 大抵のモノなら作れるぞ」
鍋に水を入れて火にかけつつ、アドリスは双子へ声をかける。
「中の子も食べさせないとだから、具沢山なスープが良いかな」
「あ、ならボク、シチューが食べたい」
良いね、と笑う双子に頷き、アドリスは食事の支度に取りかかった。
それを楽しそうに手伝う千早を置いて、小人さんは馬車の中に戻る。
「さてと...... そろそろ落ち着いたかな?」
入り口に敷かれたマットで靴を脱ぎ、小人さんは大きなクッションを抱き締めて座る少女に声をかけた。
背の中程まで伸びた銀髪を波打たせ、菫色の瞳の少女は、警戒気味に小人さんを見つめる。
「わたくしは..... どうなってしまったのですか?」
「荒野に行き倒れていたの。従者かな? 二人の人間と一緒にね。.....二人は残念だったね」
痛ましそうに眼を細める小人さん。
ドルフェンの癒しで息を吹き返した彼女は、物言わぬ骸となった従者らを見て、声もなくハラハラと泣きだした。
ただ無言で泣き濡れる少女に、誰も声をかける事が出来ない。
狼狽えてオロオロする千早を宥め、小人さんは、そっとしておこうと亡骸を横たわらせた場所にカーテンを引いた。
人目がなくなった事で緊張の糸が切れたのだろう。カーテンの向こうから圧し殺すような嗚咽が聞こえる。
何とも言えぬ空気を満たしたまま、小人さんの馬車は西の森までやってきた。
クッションを抱きかかえた少女は、泣きはらした眼で小人さんを凝視する。
訝しげなその視線。
然もありなん。彼女にしたら、何がどうなってここにいるのか、全く分かるまい。
「わたくしは千尋・ラ・ジョルジェ。フロンティア貴族の末席に身をおく者です。あなたは?」
少女の正面に座り、小人さんは人好きする笑みを浮かべた。
無邪気で屈託ない笑顔におされ、銀髪の少女はか細い声で答える。
「わたくしは、ヒュリア。......家を追い出され国外追放となった身なので、身分や家名はこざいません」
国外追放? 穏やかじゃないな。
小人さんは微かに眼をすがめ、話せる範囲で構わないからと、詳しい話を聞く。
彼女はカストラート貴族で、王太子の婚約者候補だったらしい。
候補は六人おり、それぞれが後宮に部屋を賜り、御妃教育を受けながら選定期間を過ごしていたのだとか。
だがある時、一人の候補者が遺体で発見された。後宮内でだ。
王宮深くに位置し、何処よりも厳重な警備がしかれているはずの場所でおきた狼藉。
国王の命により、厳しく捜査はされたが、犯人はおろか、死因や犯行の手段すら分からなかった。
遺体は酷く損傷していたが、その現場の出血の少なさから、別な場所で殺され、遺棄されたのだろうというくらいしか分からない。
損傷が激しい遺体だが、どの傷も浅く、致命傷とまではいかない。
失血死か、無体によるショック死か。
全く手掛かりのないまま時間が過ぎ、数日後、再び新たな犠牲者が発見された。
ここに居たら殺される。
そんな戦慄が候補者達の間を駆け抜け、一人、また一人と婚約者の選定を辞退して、後宮を去っていった。
ヒュリアも例に漏れず、恐怖で生きた心地がしない、帰りたいと両親に訴えたが、両親は、これはチャンスだと帰宅を許さない。
それどころが、ライバルが減った事を喜び、他の御令嬢方の不幸に後ろ足で砂をかける始末。
得体の知れぬ恐怖に怯え、ヒュリアは最後の一人になるまで後宮に取り残された。
結果、あらぬ噂がたちあがる。
ヒュリアが被害者らを殺めたのではないかと。
誰もが恐れ逃げ出す中、平然と後宮に居座るのは、自分が殺される危険性がないと確信している。つまり、彼女が犯人なのだろうと、根も葉もない憶測が飛び回り、気づけば、心無い噂が状況証拠のように取られ、ヒュリアは投獄された。
容赦ない尋問が行われたが、彼女には分からぬこと。
無実を訴え続け、泣き暮らす彼女を、実家の両親は勘当した。
家の恥だと。
真実がどうあれ、そのような噂がたち、このように投獄されたのは、ヒュリアの立ち回りが悪いせいで、自業自得なのだと、父親は彼女を嘲った。
何故、もっと上手くやれなかった? 千載一遇のチャンスを棒に振った愚か者と、ヒュリアを罵り、見限り、二度と我が家に関わるなと彼女に縁切りを申し渡した。
これがとどめとなり、ヒュリアの有罪が確定する。
親から勘当されるなど、よほどの事があったに違いない。
そのように世間は噂し、自白も物的証拠もないまま、ヒュリアは身一つで王宮から追放された。
当日中に国外へ退去せぬ場合、その場で処刑を執行すると。一日の猶予を与えるのが温情だと。
成人したばかりで、右も左も分からない市井に無一文で投げ出され、彼女に何が出来ようか。
取り敢えず逃げなくてはと、ヒュリアは訳が分からないまでも、街の人々に国境への道を聞き、必死に駆け出した。
そんなヒュリアを追ってきたのが亡くなった従者達。
二人はヒュリアの乳兄弟で、彼女の無実を信じ、冤罪で放逐されたと知り、取るものも取り敢えず彼女を救うべく共に国外へ逃げたしたのだ。
両親からも見離されたヒュリアを心配し、乳母がありったけの金子を持たせて、息子らを送り出したらしい。
時の権力者が黒と言えば黒。これはどのようにしても覆らない。
一日の猶予とやらも、ただの御為倒しだ。慈悲を与えた形で、温情があるように見せかけただけ。
明日には、与えた温情を無下にしたとか言い掛かりをつけて処刑するつもりなのだろう。
王宮は事態を収束させるため、ヒュリアを生け贄にするつもりなのだ。
それを察した乳兄弟らは、母親から預かった金子と馬を手に、彼女を国外へ逃亡させようと駆けつけた。
ここから近い国境はフロンティア側だ。
そこまで、馬を駆けさせても丸一日以上かかる。たぶん国境近くには王宮の手の者が待ち受けているだろう。
何が何でもヒュリアに罪を着せて処刑するために。
思案した彼らは、母親から預かった金子で冒険者を雇い、ソレっぽい服装で三方へ馬を走らせるよう依頼した。
冒険者らに紛れて、自分達も国境を越えようと。
だが、結局追っ手に追いまくられ、何とか荒野には出たものの方向を見失い、三人は遭難してしまう。
馬も力尽き、途中から徒歩でフロンティアを目指したが、自国の倍はある広さの荒野を渡りきる事は不可能だった。
用意してあった食糧や水の殆どをヒュリアに与え、それでも男である乳兄弟らより彼女の消耗は激しく、荒野の真ん中で動けなくなってしまう。
ほぼ飲まず食わずで来た乳兄弟らには彼女を背負う力もなく、意識を失った彼女を兄が支え、弟はフロンティアへ単独で向かうことにした。
何としてもヒュリアを救おうと、誰か助けを呼ぼうと。
しかし、どちらも力尽き、三人は行き倒れてしまったのだ。
何ともはや.......
フロンティアが特殊な立ち位置の国だとは知っていたが、他の国がそこまで未発達だとは。
小人さんは二の句が継げなかった。
王の専横が許される中世。細やかな粗相が命取りになりかねない危うい世界。
迷信が根強く蔓延り、足を引っ張り合い、一歩間違えば血生臭い汚泥に沼る蒙昧な価値観。
千尋はあらためて、フロンティアに生まれた事を心の底から感謝した。
こうして新しいメンバーを迎え、巡礼の夜は更けていく。
まるで、この先の命運を指し示すかのように波乱を含んだ一件に、小さな頭を抱える小人さんだった。
やはり、小人さんの道行きに安寧の二文字は存在しない。
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