第32話 公爵令嬢と小人さん ~後編~


「探せっ! 遺体でもかまわん、必ず見つけろっ!」


 カストラート王城の謁見の間。


 玉座に座る男は、肩をいからせて目の前の騎士達に怒鳴り付けていた。


「怒鳴ったところで仕方がないでしょう? ヒュリアを追放したのは父上です」


「だまれっ、弟すら管理出来ずに出奔されおってっ、この役立たずがっ!」


 玉座の隣に立つ王太子は、言われた通りにピタリと口を閉じた。

 この状態の父王に何を言っても無駄だと彼はよく知っている。

 直情型で気が短く、自尊心ばかりが高い国王だ。己の失策など認める訳がない。

 ある意味、真っ当で正しい選民意識。ゴミとしか思っておらずに棄てた駒が、思いもよらず重要な駒であった事に狼狽え、路傍に棄てた石ころが、実は国を左右する要石だったという事実を認められないのだろう。


 ヒュリアの一件は、彼女を国外追放にした事で落着したはずだった。

 しかし、ここに新たな事実が判明する。

 犯人はヒュリアではなく、その養父母だったのだ。それも手懐けた魔物を使っての悪質な犯行。

 法的に親子とはいえ、ヒュリアが処分を受ける前に、その縁組みは養父母側から解消されている。


 しかも、濡れ衣の冤罪だ。


 それが白日の元に晒された今、彼女の身分を剥奪は出来ない。

 真犯人である養父母は、既に斬首となっている。その子供らも牢屋の中だ。

 養子縁組みを解消済みなヒュリアに咎は及ばない。

 つまり今現在、ヒュリアは正しく大公なのだ。

 彼女の身柄が確保されない限り、代理は立てられるが、領地も爵位も奪えない。

 潔白が証明された以上、無い罪を問う事は国王にも出来なかった。

 国王は、ヒュリアも共犯、あるいは同罪に持って行きたかったようだが、そうは問屋が卸さない。

 彼女を裁判にもかけずに追放した事が仇となり、処分前に養父母から縁組みを解消されたという証拠しかなく、これが却って冤罪の信憑性を高めた。

 養父母に嵌められ、捨てゴマにされたという図式が綺麗に整ってしまったのだ。


 これに否を唱えるならば、確たる証拠が必要である。


 そして、ヒュリアの生死が確認されない限り、カストラートの法律では爵位を剥奪は出来ない。

 カストラートは血筋に重きをおき、婦女子にも相続権がある。

 そして、万一にもヒュリアが死んだとなれば、その法律にのっとり、近しい親族に爵位が譲られるのだ。

 罪人ならば剥奪も可能だが、無実となれば、その内ではない。

 正しい手順を経て、他の親族へと爵位がスライドする。

 目下、一番有力なのは齡四十そこそこなヒュリアの叔父だ。彼は強固な新進派で父王と不仲だった。

 彼がカストラートの片翼となれば、国王の目の上のたんこぶになる事は間違いない。


 それを回避すべく、カストラート国王は全力でヒュリアを捜索していた。

 生きたまま見つかれば僥倖。最悪、死体でも構わない。

 遺体を冷凍保存し、見つかったと虚偽の報告をしてから、病床であるなど適当な理由をつけて存在を隠し、誰かと書類だけの婚姻させる。

 そして、程よいころに亡くなったとして、爵位をその人物にスライドさせるつもりなのだろう。


 それに最適な人物が弟王子だった。


 普段気にも止めていなかった弟王子が行方不明な事を詰るのも、その思惑が外れてしまったからだ。


 ざまぁみろ。


 国王の追い詰められっぷりに溜飲をおろし、王太子は微かに口角を上げる。


 だが、そこに思わぬ飛び火が襲ってきた。


「ヒュリアが見つかったれば、生死を問わず、お前の正妃に迎えよっ! 良いなっ!」


「は?」


 驚いて瞠目する王太子を苦々しく見据え、カストラート国王は、勅命だと吐き捨てる。


「元々、そなたの妃候補だったのだ。問題あるまい。生きておれば良いが、死んでいたならば、密かに子を作ってから葬儀を行う。秘密裏に子を作れる女も用意する。銀髪で紫の瞳のな」


 当たり前のように宣い、国王は下がるように王太子へ手を振った。

 それに恭しく頭を下げて退出した王太子は、あまりの驚愕に言葉もない。


 えらい事になった。


 澄ました顔を取り繕いつつも、王太子は頭の中で冷や汗を垂らして思考をフル回転させる。


 生きていたなら幸いだが、死んでいたなら最悪だ。

 彼女の死を冷凍保存で偽装し、他の女と睦まねばならない種馬な人生。


 いや、ないないないないっ!


 王太子は急いで筆をとり、手紙をしたためると、信頼のおける部下にそれを託す。


「たぶんフロンティアでヒュリアを探していると思う。弟に必ず届けてくれ」


 こうして、カストラート国王と弟王子と小人さんのヒュリア争奪戦がはじまったのだった。


 ちなみに当の御仁はジョルジェ伯爵家で、多くの魔物に囲まれ、子供のようにはしゃいでいる。




「凄いですわ、魔物がこんなにっ! しかも可愛い子ばかりでっ!」


 あ~。通常の魔物って、ミックスなキメラっぼいのばかりらしいものね~。


 真っ当な生き物本来の形をした、主らの一族がイレギュラーなのだ。


 はしゃぐ少女を眺めながら、小人さんは庭のテーブルで御茶をする。

 スイーツを片手にやってきたザックの仏頂面に、やや苦笑し、その皿を受け取った。

 さらりとした黒髪の頭を傾げて小人さんの顔を覗き込み、ザックは低い声で呟く。


「次は俺も連れていけ。約束だからな」


 今回の遠征に連れていかれず、爪弾きにされた気分なのだろう。

 試運転なので大した準備もなく、着の身着のまま思いつきで出掛けたのが仇になった。


「でも、ザックはお城のお仕事があるでしょ?」


「そんなの弟子を呼べば良い。俺は、二度とアンタの傍から離れないと言っただろう」


 隣の椅子にドカっと座り、苦虫を噛み潰した顔で彼は小人さんを睨めつける。

 だが、そのすがめられた眼の奥に揺らぐのは仄かな不安。

 その脆い光を眼にして、小人さんはポリポリと頭を掻いた。


「んじゃ、まあ、ロメールに相談してみるにょ。でも、巡礼にスイーツの出番あるかな」


「俺はアンタの傍から離れたくないだけだ。スイーツはオマケだろう。何があろうと、ついていくからな!」


 ばんっとテーブルに手をつき、ザックは小人さんを抱え上げると自分の膝に座らせた。

 そして切なげに口の端を震わせる。


「あの頃の俺が今の姿なら..... アンタの役に立てたかもしれない。こうして抱き抱えて、何からも守ってやれたかもしれない。俺は.....っ」


 未だに根深く残る後悔の残滓。


 肩を震わせるザックの頭を、小人さんはポンポンと撫でた。

 ツルツルな黒髪。浅黒い肌に映える黒曜石の瞳。

 見掛けは大きくなったが、彼の中身はあの頃で止まったままなのだろう。

 穿たれた深い哀しみは、簡単に拭えない。

 今また、小人さんを得た事で、ザックは再び失う恐怖に怯えている。

 葛藤する彼の心の内を察して、面映ゆくも心配になる千尋だった。


「ダイジョブ、アタシはここにいるよ」


「前も同じ事を言っていて消えたじゃないかっ!!」


 慟哭にも似たザックの叫び。


 ぴゃっと仰け反り、小人さんは眼を丸くする。

 それを見て、ザックは、あっとばかりに顔を伏せた。


 これはもう、本人が納得するまで待つしかないね。


 如何に言葉を尽くそうとも、彼の心の吐露は収まらない。話すだけ話しても新たな不安が襲うのだろう。

 こればかりは他の人間には分からない。本人が納得して乗り越えるしかないのだ。

 俯くザックの胸をテシテシと叩き、小人さんは大きく口を開けた。


「おやつ~♪」


 ザックは微かに眼を動かして、少しオロオロしながら用意してきたスイーツを匙で掬い、小人さんの口に運ぶ。

 不安そうな顔のまま、何度も匙を往復させ、ザックは窺うように千尋の顔を覗き込んだ。


「ん~っ、んまぃねぇ~♪ やっば、ザックの御菓子が一番美味しいっ」


 千尋に教わって作ったアイスクリーム。それに砕いたクッキーを混ぜて木苺のソースをかけた新作スイーツ。

 心許無げな笑みをはき、ザックはせっせと匙を運んだ。


「だろう? 俺の作る菓子は全部お嬢のモノだ。俺はアンタのために生きてるんだから。.....だから置いていくな。な?」


 すがるような眼差しから眼が逸らせない。


 重い.... 重すぎるよ、ザック。


 今にも泣き出しそうなほど眉を寄せて見つめてくる美丈夫に、千尋は心の中で嘆息する。

 幼女を甘やかしているふりをして、実は全力で甘えてくる大の男。

 どうしたら良いものやら。小人さんは少し遠い眼をした。


 誰か、心の病のお医者様はおられませんかーっっ!


 魂の叫びである。


 小人さんを膝に乗せて、せっせと餌付けするザックの微笑ましい姿に、ヒュリアはふっくりと微笑んだ。


 愛されておられますね、ヒーロ様。


 勘違いではないが、ベクトルの違う愛情に溺れ、必死に犬かきしている小人さんの心の内を、ヒュリアは知らない。


 後日、それを千早から聞き、対抗意識を燃やした男どもが、こぞって千尋に餌付けを始めたのも御愛嬌。


 それぞれの愛情が日々重くなる今日この頃ですが、それでも小人さんは元気です♪

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