第11話 小人さんの洗礼


「はえ? 晴れ着?」


 小人さんの前に出されたのは真っ白な絹に赤の差し色が入ったドレス。

 いや、通常のドレスではなく、地球でいう和風ロリータといった感じのドレスだ。

 前合わせの見開きに袷を重ね、膝下あたりまでひらめく袋袖。

 全体の襟や裾には、こぎん刺しで模様が縁取られ、重ねに使われた赤の半襟や内側の襦袢がレースのパニエと絡まり、非常に可愛らしい。

 胸元や袋袖にも鮮やかな刺繍が施され、手鞠に組み紐の愛らしい意匠。

 スカートは膝丈ふわふわパニエに、やや膨らんだデザインだ。


「いやっ、よう似合うわ。キルファンには洗礼とかって無かってんから、皆に聞いてまわったんよ」


 なんでも、洗礼と社交界デビューは白地のドレスが基本なのだとか。

 そこに家紋や刺繍を施し、子供の晴れ舞台の衣装を作る。これは母親の大切な役目なのだそうだ。

 千早も、前開きの上衣に袷。差し色は緑で膝下あたりまでのズボン。折り返しの入った上品なズボンと袷にもワンポイントで紅葉と月の意匠が刺されていた。


 一目で御揃いとわかる晴れ着をまとい、ふたごはクルクルとまわってみせる。


「うん、良く似合うな」


 ドラゴも満面の笑みで御満悦だ。


 そこに、ナーヤとサーシャがやってくる。


「ああ、間に合いました」


 ナーヤは千早の胸に。サーシャは千尋の頭に、それぞれつまみ細工の飾りをつけた。

 ナーヤのは、色重ね袋つまみの牡丹。垂れた緑がユラユラ揺れる。

 サーシャのは色重ね剣つまみの菊。垂れる朱色が眼にも鮮やかだ。

 どちらも三センチ程度の花を五つ束ねた雅やかなモノ。


 ナーヤとサーシャが満足気に頷いた。


「良くお似合いですわ、御嬢様」


「わたくしどもも、何か御祝いがしたくて、奥様に御願いしたのです」


「じゃ、これ、二人の手作り? すごいねっ」


 立派な売り物になるだろう、ちりめん細工。聞けば、キルファンの主要な装飾品らしい。


「洗礼が終われば入学準備しないとだしね。制服も仕立てにいこうね」


「二人とも、もう学院生か。早いなぁ」


 微笑み合うドラゴと桜。


「はにゃ? 入学?」


 ぽかんとする千尋に、ナーヤがふくりと微笑む。


「左様でございますよ。ここから南。馬車で一刻あたりに貴族学院がございます。洗礼を終えた貴族の子供は、そこに春から通うのですよ」


「うえぇぇぇっ??」


 寝耳に水な発言だった。




「うぁー....... 盲点だったぁ」


 思わず床に懐いた千尋は、しくしくと泣き濡れる。

 洗礼が終わったら冒険者登録をし、巡礼の旅に出る予定だったのだ。

 なるべく早く終わらせて、アルカディアに四大元素の魔力を満たし、食糧危機を少しでも和らげるつもりが、思わぬ落とし穴である。


「金色の魔力じゃなくとも、水や土の魔法が使えれば、他の国も、ずっと生産量上がるのに」


 うにうにとポチ子さんを捏ね繰り回し、ぶつぶつと愚痴る小人さん。

 それを柔らかく見つめ、ドルフェンは千尋の前に膝を着く。


「それも大事ではありますが、洗礼や入学式は一生に一度の晴れ舞台。二度と来ないイベントです。七歳の大切な儀式。巡礼は何時でも始められましょう?」


 たしかに。


 七歳の秋も春も一生に一度きりだ。他で替えのきくモノではない。


「そだね。焦り過ぎてたかも。ちこっと寄り道も良いよね」


 むんっと起き上がった小人さんに、ドルフェンは生温い笑みを浮かべる。


 いや、そちらが主要であって、巡礼が寄り道なんですよ? 貴女様の人生を巡礼主体に染めないでくださいね?


 とんちんかんな主の思考に、やや疲れを見せつつ、賢明にもドルフェンはそれを口の端に上らせなかった。

 言ったところで、変わらない。彼女に下手な悩みを増やしてしまうだけである。

 ならば、要所要所で進言し軌道を修正すれば良い。

 やりたい事に猪突猛進な小人さんを、とても良く知るドルフェンだった。




「おおおお、こんなにいるんだ?」


 洗礼当日。広間には三十人ほどの子供らがいた。

 誰もが華やかな衣装をまとい、嬉しそうである。


 双子は両親と共に王宮へやってきた。


 貴族らの洗礼は王宮で行われる。

 大広間に招かれた司教様がやってきて、御祈りと御祝いをしてくれるらしい。


「キルファンでいう七五三かねぇ。二人とも覚えているかい?」


 微笑む桜に、双子は大きく頷いた。


 着物と羽織袴でキルファンの宮司様を御参りしたのだ。

 本来なら生まれた土地神様にするものだが、アルカディアは創世神様しかいないので、何処でも良いだろう。

 キルファンにしか神社は無いのだ。


 あれもイベントだしね。三歳の時の千歳飴で気づけよ、アタシ。なんで砂糖の存在に気づけなかったかなぁ?


 今さら感満載の溜め息をつき、ドラゴ一家は受付に向かった。


「千早・ラ・ジョルジェと千尋・ラ・ジョルジェ。ドラゴ・ラ・ジョルジェの息子と娘です」


 家名と名前を確かめて、受付の分官は小さな水晶のような物を二人に渡す。


「これが触媒になります。貴殿方に創世神様の御加護が賜らん事を」


 触媒?


 千早は、もらった親指サイズの水晶をマジマジと見つめた。

 地球でいう針水晶。中に煌めく糸のような金糸が美しい。


「俺も詳しくは知らないんだが、それを使って神々から何かしら貰えるらしいぞ」


 ドラゴは生粋の貴族ではない。

 叩き上げの料理人な、元平民のドラゴの洗礼は街の教会で行われたとか。

 その時には特に何も貰っておらず、勝手が分からないという。


「魔力が高くないと触媒は変化をしないからだよ」


 後ろからかけられた声に振り返ったドラゴ一家。


 そこには見知らぬ男性。


 薄い赤茶色の髪に灰色の瞳。一見して高位貴族なのが見てとれる。

 男性は、薄く弧を描いた眼差しで双子を見つめた。


「黒に茶色か。場違いにも程があるな。平民が王宮に足を踏み入れるなど、本来ならば許されぬ事よ」


 王宮の使用人の殆どは貴族だ。平民は極少数。それを言っているのだろう。

 だが、ドラゴも負けてはいない。


「お望みであれば、いつでも王宮を去りますよ。むしろ願ってもない。そのように国王陛下へお取り次ぎ下さい」


 ニヤリとほくそ笑むドラゴに、男性は言葉を詰まらせる。

 ドラゴが王宮筆頭の料理人で、国王一家のお気に入りなのは周知の事実。

 さらには王宮に卸されている蜂蜜の所有者で、小人さん印の御菓子のエキスパートだ。


 貴族の多くが絶賛する甘味。


 ドラゴを敵に回すというのは、その彼を支援する多くの貴人を敵に回すという事。


 忌々しげに眼をすがめ、男性は無言で立ち去っていった。


 何がしたかったのやら。


 思わず肩を竦めるドラゴ一家。


 その後ろで、ぶはっと噴き出す者がいる。


 またか。王宮では人様の背後から窺うのが流行りなのかにょ?


 振り返れば、今度は見知った顔。


「いや、ほんと、すごいね君達」


 くっくっくっと笑いを堪えきれない様子なのはロメール。

 さも楽しそうに肩を揺らしている。


「あー、すきっとした。ああいう馬鹿な奴等も少なくないけど、君らは心配いらないな」


 酷い言われようだ。


「あの人、名乗りもしなかったんだけど、ロメールの知り合い?」


 ぽやんとした千尋の呟き。

 途端、周囲がざわりと蠢いた。


 なに?


 訝る小人さんを気にもせず、ロメールは話を進める。


「まあね。ロンバーリュ侯爵だよ。ドルフェンの従兄弟にあたるね」


 ほほー。言われてみれば似てたかも。


「さて、洗礼が楽しみだ。君らは何を賜るかな」


 双子の頭を撫でながら、ロメールは洗礼おめでとうと言い残して、王族らの列へと戻っていった。


 それぞれ、下位、中位、高位の貴族らで列は分かれているようだ。

 伯爵だけが並ぶ中位。そこにドラゴ一家も立つ。

 すると後方の下位貴族らから、いくらかの謗りが聞こえた。


「成り上がりが.....」


「魔力なしで洗礼に来るなど.....」


「けったいな晴れ着を着せて....」


 ぶつぶつと聞こえる微かな呟き。


 ふうむ。なるほどねぇ。


 厳かな儀式の中で、その呟きは目立ったらしく、ギロリとしたロメールの一瞥で、後方の下位貴族は黙り込んだ。


 まあ、間違っちゃいないし? ぶっちゃけ、どうでも良いよね。


 でも、黙らせてくれたロメールの気持ちが嬉しくて、思わずにぱーっと破顔する小人さん。

 その笑みは可愛らしく、周囲から驚嘆の嘆息がもれた。


 元々、桜に良く似た娘である。


 冴えた艶やかさを際立たせる美貌のキルファン皇女殿下。その娘なれば、後に美しく成長するのは明白。

 今でも他の子供らより抜きん出て可愛らしいし、何よりその凜とした佇まいが人の眼を惹きつける。

 他とは一風違った衣装も良く似合い、そこだけ明らかに不可思議な存在感があった。

 ドラゴも威風堂々としており、他の貴族らと何の遜色もない。


 むしろ下手なしがらみがない分、その自由な雰囲気は、周囲の貴族らに眩しくすら見えた。


 そんな中、恙無く御祈りも終わり、最後の御祝いに入る。


「ここに新たなフロンティア貴族の誕生を祝い、創世様の御加護を賜らん」


 中央の祭壇にいた司教様が声高に叫ぶと、左右の壁に控えていた魔術師や司祭らが一斉に魔力を放出した。

 吹き抜けの天井高く放出された魔力は雲のように混じり合い、キラキラ光る金色の光が大広間に降ってくる。


 金色の魔力??


 思わずぎょっとした千尋だが、後から聞いた話、多くの魔力を献上して、ほんの一時起きる神々とのコンタクトらしい。


 降りしきる光の雨の中で、そこかしこから歓声が上がっていた。


「僕、杖ですっ」


「わたくし、アミュレットですわっ」


 きゃあきゃあと喜ぶ子供達。


 なんでも杖は攻撃魔術素養、アミュレットは治癒魔術素養など、それぞれに適した素養を表しているのだとか。

 賜った物の一部に水晶が浮かび、その色が、発現した属性を示すモノらしい。


 青、赤、黄、緑。上から水、炎、土、風。

 複数の属性を賜った者は、それらが混ざった色になる。


 喜色満面な人々の中で、双子の水晶も輝き出した。

 そして、それぞれの掌には少し変わったモノがある。


「これは...... サークレット?」


「ボクのは何だろう? 指輪?」


「あ、それイヤーカフだよ。指にしちゃダメよ、にぃに」


 千尋の掌には額のあたりに水晶のあるサークレット。千早は水晶の下がったイヤーカフ。


 これが示す素養とは何だろう?


 首を傾げる双子とドラゴ達。


 そこへ司教が飛んできて、慌てて分厚い書物のページをめくる。

 どうやら過去に賜った素養とその遺物を記した図鑑のようだ。


「.....ございませんね。このような品物が賜った前例はございません」


 困ったように子供らを見下ろす司教様。


 遠目に見たロメールが、額に手を当てて俯いている。


 あらやだ、またやらかした?


 思わず苦笑いする千尋の掌のサークレットと千早のイヤーカフには、金糸の水晶が煌めいていた。


 風の向くまま、気の向くまま。


 なるようにしかならないよねと嘯く小人さん。イレギュラーな事ばかりな日々だけど。


 今日も小人さんは元気です♪

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