第10話 過去と現在と小人さん ~後編~


「後は、そうだね。フラウワーズかな。マルチェロ王子がフロンティアの貴族学院へ編入したんだよ」


 すでに卒業済みらしいが、ほんの二年ほど、留学の形で訪れていたらしい。


 モルトの森が永らえたので、魔法の復活を信じて、その基本たる理を学びに編入してきたのだとか。

 非常に熱心に学び、フロンティアが金色の環の影響下にあるため、僅かながら魔力を得たらしく、簡単な生活魔法が使えるまでになり、感動していたらしい。


「微笑ましかったよ。御付きの者らも含めて、基礎の魔法は使えるようになったんじゃないかな」


「ほー」


 思わず乗り出す小人さん。


 いや、待って? アタシすら使えないのに、狡くない?


 前世は金色の王として、それ以外の魔法は使えなかった。今世はどうなのだろう?

 たしか洗礼を受けると属性を授かり、基本的な生活魔法を得るはずである。

 魔力の高い者は生まれつき。努力で増減するものではなく、天性のモノ。

 髪や眼の色で、大体の魔力量は決まっていると習った。

 それに照らし合わせると、千尋の外見は高魔力量持ちから外れる。


 しかし......


 千尋は、じっと己の両手を見つめた。


 魔力の放出は前世で習ったから出来る。


 フォンっと空気の弾ける音がして、千尋の両手に、光るリボンのような物が幾重にも絡まった。

 思わず瞠目する周囲の人々。


「見事だね。それだけ魔力操作が出来るなら、けっこうな魔力量だ」


 たぶん、王族であるロメールより高い魔力量。洗礼を受けていないにも関わらず、すでに属性を持っているようにも見える。

 だが基本は金色の魔力なのだろう。暖かで柔らかいそれは、心に染み入り、忘れていた何かを思い出させる懐かしさを醸していた。


 ほっこりとする部屋の中。


 ああ、これだ。小人さんのいる空間。生活。久しく忘れていた、まったりと流れる時間。

 感慨深げにロメールは眼を細めた。


「他はキルファンかなぁ。一騒動あったんだけど、ドラゴ達から聞いてる?」


 ブンブンと首を横に振る小人さん。


「君らが生まれる前後かな。キルファンの主要貴族らから、サクラの即位が打診されたんだよね」


 新生キルファン王国。


 これが立ち行くようになるまで二年ほどかかったらしい。

 そして、新たな王家を興そうと会議が持たれ、彼等は隣国に皇族直系の桜が住んでいる事を思い出したのだ。


 これ以上ない正統な旗印。


 しかも今は克己がいる。婿として申し分ない人材。


 皇家復興も夢ではないと、フロンティアへ打診してきたキルファンの貴族達は、桜が既に既婚者な事に驚いた。

 そして懐妊しているとの話に二度驚き、桜がダメなら、その御子にと話を持ちかけたのだと言う。


 だが妻子命のドラゴに、けんもほろろに追い返され、断念した。


 未だに諦めない者もいて、まだ虎視眈々に狙っているのだとか。


 千尋には初耳の話だった。


 それに微笑み、ロメールは出されていた御茶をすする。


「あの愛情深いドラゴだ。絶対に君らを渡しはしないだろう。フロンティアとしても渡す気はないしね。まあ、君らの子供や、孫が嫁入り婿入りの可能性はあるかな」


 だから、ジョルジュ家はフロンティア貴族でありつつ、キルファン王家でもあるのだとロメールは説明する。

 桜が母親である以上、それは覆らない。

 この先、キルファンに新しい王家が興されたとして、その王家が忠誠を誓うのが桜の一族なのだから。

 新生キルファンは、ある意味、フロンティアの属国だった。正確には、ジョルジュ家の。


 うっわぁ..... これまた、ややこしい事に。


 思わず歯茎を浮かせる小人さん。


 他にも、未だに続くフロンティアの土壌改良。植林や、それに伴う農耕、牧畜の改善。

 諸外国との外交も、いささか難航しており、その理由の大半は、フロンティアが以前のように食糧の輸出が出来なくなったからだと言う。


「落ちた生産量を上げないと、....最悪、戦争になるかもしれない」


 思わず小人さんは天を仰いだ。


 はあ..... 何処も同じよなぁ。


 地球の過去の戦争も、大半が奪うための戦争だった。

 大義名分をかざして装飾はするが、その根本は資源や労働力を確保するための略奪。

 そんな戦争が七割で、残りの多くは宗教が絡むモノだった。


 まあ、ぶっちゃけ宗教の名の元に流れた血の方が多いんだけど、アルカディアは創世神様一教だから問題ないね。


 むーんと腕を組む小人さん。


 御飯は大事だものなぁ。御腹が空いてるだけで哀しくなるし、そこに寒さや病気とかが加わったりしたら、思わず死にたくなっちゃうもんな。


 そんな絶望は、大抵の人間から真っ当な判断力を奪い、最悪へ舵をとらせる。


 今は、食糧危機という、危うい綱渡りの時代。


 黙り込んだ幼女を見据え、ロメールは心の距離を感じた。

 つかず離れずだった小人さんの心が、ロメールを筆頭とする政治の世界へ急接近しつつある。


 こんなの望んでなかったんだけどね。


 子供らしく、無邪気に笑って、遊んで育ってほしかったのに。


 否が応にも差し迫る危機的状況。


 今はまだ、その片鱗に過ぎないが、これが長く続けば、間違いなく小人さんらの時代に昏い影を落とす。

 それを回避するには、問題が小さいうちに解決してしまう他はない。

 小人さんの未来を護るために、小人さんの力を借りなくてはならない矛盾。


 自分達の不甲斐なさに、煩悶するロメールだった。


 しかし実のところ、そんなロメールの悪足掻きに小人さんは気がついていた。


 事態を何とかしようと奔走するロメール。彼は口が裂けても千尋に助力は請うまい。


 ロメールは千尋が穏やかに日々を過ごす事を望んでいた。

 それを汲んで、千尋も好きな事をやらしてもらっていた。

 ロメールが望まないから、王宮にも関わらなかった。自分の意思でもあるが、周囲の大人達が千尋を守ろうとしてくれるのが嬉しかった。


 しかし、克己からフロンティアの内情を聞き、そんな事も言っていられないなと、この場に馳せ参じたのだ。


 座して待つなど千尋の趣味ではない。


 未来とは、足掻いて悩んで掴みとるものだ。与えられるモノでも、降ってくるモノでもない。

 何の努力もなく得るモノなど、何もない。

 棚ぼたで得たモノには、往々にして後に厄介事が起きる。

 物事は、そのように帳尻が合うよう出来ているのだ。


 まあ、付き合っては貰うけどね。ロメール。大人なんだし、面倒事は宜しく頼むにょ。


 口には出さないが、ニヤリと悪巧みする小人さん。

 その腹黒い笑みに、ロメールは溜め息をつく。


 勝てないよなぁ。ほんと、君って、そういう生き物だよねぇ。


 久々の苦笑い。


 これもまた懐かしく心地好いロメールだった。


 小人さんと相談し、助言を受けつつ外交を頑張る文官達。


 綱渡り外交にフロンティアが慣れて、頭をロメールに貸しながら、日々の鍛練を頑張る小人さん。


 そんなこんなで数年が過ぎ、双子は立派な子供にと変貌していった。




「ひゃっはーっ」


 クルクルと宙を舞う物体。


 それは二人の幼子で、ほぼ垂直に近い断崖絶壁をトントンと軽く降りてくる。


 微かなでっぱりを足場にし、的確に傾斜を滑るその姿。

 さらには時折大きく跳び跳ね、少し離れた木立などを経由していた。

 枝に捕まりクルンと回り、スピードを殺さぬまま、別な足場へ飛び付いていく。


 まるで踊るかのように軽やかな動き。


 下から見ていた騎士団は、唖然と口を開いたまま、棒立ちしていた。


 フリーランニングやパルクール。


 日本でも流行りモノだったそれらを小人さんは知識として知っている。

 雑技を覚えた二人は、当然のように移動にもそれらを使用しはじめた。

 どちらかと言えばパルクールに近い。

 余分な動きはせずに素早く移動する。


 訓練中にはだ。


 それが終わり、解散となった途端に双子は、はっちゃけた。

 崖や林を跳ね回り、おにごっこを始める子供達。

 今日は野外訓練。普段、城から出られない双子は、初めてみる大自然の中で野生に返る。


「ヒーロ、ずるいっ!」


 少し距離のある枝へ飛ぼうとした千早は、その滞空時間の隙をつかれ、千尋に叩き落とされた。


「地面に足がついたら負けだからね、にーにっ」


 千尋にぶつかられた反動で、千早は弧を描き林から吹っ飛ばされる。しかし、そこでさらに反動をつけ、なんとかギリギリ崖の岩に指をかけて張り付いた。


「着けてないっ、いくぞっ」


 ぴょいぴょいと崖を登り、高さを維持すると、千早は脚に力を溜めて、弾丸のごとき速さで林へと突っ込んでいく。


 がさささっと上空を飛び回るお猿な双子。


「あれは何だろう?」


「.....小猿?」


「.....人生、楽しんでんなぁ」


 その一言に、訓練を終えた騎士団は、ぶはっと噴き出した。


「「「「「違いないっ」」」」」


 いきなり起きた爆笑の渦に首を捻り、双子のおにごっこは、迎えに来たドルフェンが止めるまで続いた。




「だいぶ身体も出来てきたかな」


 家まで駆け足をしつつ、小人さんはクルンとトンボを切る。

 そこから捻りを入れた側転を繰り返して、最後にムーンサルト。

 ここまで会得するのに約一年ほど。

 平行して武具の鍛練も続き、この二年で二人は騎士団見習いの課程と、暗部の見習い課程の全てを終わらせていた。

 無論、課程のみ。

 まだまだ応用や、座学、熟練度など、やるべき事は山積みである。


 そして二人は、今年の秋に七歳。


 洗礼を受けて、一端の国民と認められる年齢だった。


「ようやく城の外に出られるね」


「楽しみだね、ヒーロ」


 同じく駆け足に軽業を混ぜながら走る千早が嬉しそうに笑う。


 金色の王だった頃と違い、一貴族である小人さんは、一般の倣いに従って七歳の洗礼までは城の敷地から出られなかったのだ。

 通常の貴族は七歳の洗礼まで子供を屋敷から出さない。

 生活魔法も使えぬ幼い子供を外に出すなど、滅多にしないのだ。


 王宮であれば、後宮から出さない。


 フロンティアは子供を大切にする国である。身分が上がるほど、その意識は過剰になる。

 常に大人と共にあり、外出などは馬車の中のみ。

 平民ならいざ知らず、建前だけでも貴族な双子は、それを守らなくてはならない。


 それらを何も知らず、金色の王の権限で暴れまわっていた前世が特殊だったのだ。


「冒険者登録して、色々回りたいなぁ」


 微笑む小人さんの脳裏に浮かぶのは、孤児院や森の主達。


 あれから十年近くたつ。


 手足も伸びて、幼児から子供へと様変わりしつつも、小人さんの中身は変わらない。


 にししっと笑い、見えてきた我が家に眼を細め、今日の御飯は何だろうと、スンスン鼻を鳴らす小人さん。


 己の欲望に忠実な千尋は忘れていた。


 七歳になれば、貴族学院へ入学せねばならぬ事を。

 その支度は両親とロメールによって着々と進められていることも。


 己の巡礼が順風満帆だと疑わない千尋の足元に掘られている陥穽。

 彼女がこれを思い出したのは、洗礼の衣装を合わせをしていた時である。


「うえぇぇぇっ?」


 聞きなれた懐かしい叫びがあがる近い未来。小人さんは、その未来をまだ知らない。


 前途洋々なはずの双子の先行きに合掌♪

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