第12話 小人さんの婚約者


「うん、もう慣れたつもりだったんだけどね」


 口角をひくつかせながら、ロメールは双子の賜り物を見る。


 ここは王宮広間の控え室。


 関係者のみが椅子に座り、何とも複雑な顔をしていた。


「この初めて見る賜り物も問題ではあるんだけど、それより問題なのは君らの水晶に色がない事なんだ」


 言われて見れば、双子の水晶は最初の針水晶のまま。何の色も浮かんでいない。


「属性を授かれなかったって事なん?」


 不思議そうな小人さんに、沈痛な面持ちのロメールが呟く。


「逆。全属性を授かったって事」


「ほえっ?」


 思わず間抜けな声をあげ、千尋はマジマジと水晶を見つめた。


 聞けば、全属性は御互いの主張を相殺してしまうため、水晶に色が浮かばないのだと言う。

 過去にも数人の例があり、これは間違いないらしい。


 軽く眼をすがめ、ロメールは重い口調で話を始めた。


「これを王宮に報告するとね。.....もれなく王族へのお招きがくるんだよね」


「それって..... ええぇっ」


 嫁か婿にという事である。


 過去に存在した数人の全属性持ちも、時の王の側妃などになっているらしい。

 千早はジョルジュ伯爵家の跡継ぎだ。辛うじて逃げられるが、問題は千尋である。

 テオドールをすっ飛ばして、ウィルフェに嫁がされかねない。


 唖然とする小人さんに、ロメールは頭を抱えた。


「もうね。君って王家に関わらずに生きていけない体質みたいだね。ほんと、なんで君なのさっ」


 今まで幾度となく呟いてきた台詞だが、今回ほど重くのしかかった事はない。

 何故なら、これは確定事項だからだ。

 自由を唱うフロンティアにも、覆せない無言の不文律が存在する。

 それが、光彩を所持する者と全属性を所持する者は王族と娶すべしというモノだ。

 旧き因習に囚われないフロンティアであっても、実利が如実なモノだけは動かせなかった。

 光彩と魔力は次代へと受け継がれる可能性が高い。それらを王族に取り込むのは、当たり前の事である。

 事実、それを繰り返したからこそ、王族には光彩を持つ者が現れ、高い魔力を誇るのだ。

 かくいうロメールも、光彩は所持しなかったものの、魔力にいたっては兄王を凌ぐし、属性も三つある。


 深い溜め息をつき、ロメールはドラゴ一家を見渡した。


 分かってた事だが、ドラゴは鬼のような顔をしているし、桜は薄くはいた笑みが辛辣過ぎて怖い。

 千早はイマイチ理解が及ばないようで、千尋は地味に嫌~な顔を隠してもいない。


 この一家には王家だのなんだのは通用しないよね。なんたって、ある意味この一家は王家なんだから。

 下手をしたら、桜がキルファンに戻って即位しちゃうよね。


 いくらでも逃げ道のある小人さん一家。


 別にフロンティアでなくても良いと、ひょいひょい国を跨いで逃亡していくのが眼に見えている。

 そしてそれを補助するだろう森の主達。


 自由すぎるんだよなぁっ、良い事だけどさぁっ!


 救いは小人さんがフロンティアを好きな事だ。自ら切り捨てはしないだろう。


 ロメールはやや難しい顔をして、チラリと千尋を見る。

 その視線に含むものを感じ、千尋の背筋に悪寒が走った。


「これは相談なんだが。形だけで良い、私の婚約者とならないか?」


「「「は?」」」


 見事に揃った異口同音。親子だな。


 それに苦笑し、ロメールはさらに説明をする。


「幸い、私には婚約者がいない。地位も王族にある。私との婚姻ならば、王家も横槍は入れられない」


 正直なところ、ロメールは結婚の意欲が薄い。

 乱れ咲く花達に執拗に言い寄られこともあるし、降るような縁談話もくるが、とんと食指を示さない。

 ぶっちゃけ、面倒と言う意識が強く、ロメールは一人の愛人を持つだけだった。

 身分の低い女性なので、娶ることは叶わないが、慎ましく物分かりが良く、愛人としてのお手当てだけで、長くロメールに尽くしてくれている。

 もちろん、十分な手当てを出してはいるが、その彼女にすら愛情を抱いているかと問われたら、無言にならざるをえないロメールだった。


 そんな彼に、目の前の幼女をどうこうと言う気持ちは欠片もない。

 成長すれば眼にも麗しい女性になるだろうが、ロメールにとって千尋は我が子のようなものである。

 疚しい気持ちなど、抱けようはずもない。


 それを説明し、ロメールは緊急避難的に婚約しようと提案した。


「君がいずれ誰かを好きになったら破棄すれば良い。婚約破棄は貴族にとってあまり良い事ではないが、君なら平気だろう? 王家と事を荒立てるのも外聞が悪いし、考えてみてくれないか?」


 確かに。


 逃げるのは簡単だ。事を荒立てまくってなら。

 しかし、これから巡礼など色々と忙しくなる時期にそれはいただけない。

 せっかく馬車や魔物らの棲み家を用意し、騎士団から鍛練も受けている良い環境。

 それらの準備から何から全てを捨てて、新たに作るのは面倒な事この上ない。


 しばし黙りこんでから、千尋はロメールに頷く。


「そうだね。それが一番かもしれない」


「千尋っ?」


 眼を見開く両親に、千尋も簡潔な説明をした。

 ロメールなら約束を違える事はない。書類一枚だけの絵空事だ。それで丸く収まるなら大歓迎。

 言われて納得せざるをえないドラゴ達。


 しかし、むしろ千尋には別な不安があった。


「ロメール。幼女趣味って噂たつかもよ?」


 小人さんの言葉に、周囲の人々が噴き出した。必死に笑いをこらえ肩を揺らす文官達。

 とうのロメールは、そのへんも想定済みだったようで、微妙な笑顔を張り付けている。


 ならば良しっ!


 ロメールとドラゴ一家は急いで書式を揃え、すでに婚約が内定していたとの形を整えた。

 ロメールの腹心たる文官らがそれを受理し、明日に国王陛下へ婚約の謁見が予定されていたように偽装する。


「婚約は七歳の洗礼が終わらないと出来ないからね。内定はしていても正式には洗礼後と決まっている。だから、元々決まっていて、洗礼翌日に謁見する予定だったのだとすれば良いのさ」


 ロメールは、ふくりと愉快そうに眼をすがめる。


 なるほどね。よくぞまあ、この短時間にそれだけ思いついて準備したものだわ。


 双子が賜ったアイテムを多くの貴族らが目撃しているし、司教らの口を封じる事も出来ない。


 きっとロメールは必死に頭を巡らせて、落とし処を探したのだろう。


 ある意味、身を挺しての離れ業。


 安堵に力の抜けたロメールを、小人さんは面映ゆく見つめた。




「全属性持ちだと? ジョルジュ家の双子がか?」


「左様でごさいます、国王陛下」


 司教から洗礼の報告を受けていた国王夫妻は、驚嘆に顔を見合わせる。

 テオドールの婚約者候補に上がっていた少女だ。なんという僥倖か。

 これならば他の貴族らも反論はあるまい。迎えるべくして用意が出来る。


 しかし、そうなると.....


「全属性となれば、テオドール殿下ではなく、ウィルフェに娶わせた方が宜しいのでは?」


 どうやら王妃も同じ事を考えたようだ。


 ウィルフェには既に婚約者がいる。婚姻は二年後だが、その後に側妃として迎えるのに丁度良い歳回りだった。


 きゃっきゃと夢を膨らます国王夫妻。


 しかし翌日、その夢は木っ端微塵に打ち砕かれる。




「..............」


 絶句する国王夫妻の前には、弟であるロメールと、黒髪の美少女。


 前日にロメールの婚約が決まって謁見の予定が入っていると聞き、良い事は重なるものだと書類を受け取った国王陛下。


 その書面の名前を見て、顎を落としたのは言うまでもなく、こうして目の前にしても、未だ信じられない。


「あー..... ロメールよ。この者で間違いないのか?」


「ございません、陛下」


「そなた、もうじき三十になるな。婚姻するころには四十近くではないか?」


「そうなりますね」


「そうなりますねではないわーっ!!」


 飄々とした弟に、たまらず国王は怒鳴り付けた。


「そなた、この者が王子らの妃候補にあがっていたのは知っておろうにっ!」


「だからこそでございます」


 一息入れて、ロメールは胸を張る。


「序列を重んじる貴族らが、それを黙って見過ごしましょうか? その確執は、この者にとって..... ひいては王子方にとっても宜しくない楔となりましょう。ゆえに先んじて、わたくしが娶れば、そういった後顧の憂いを消せると考え、ジョルジュ伯爵家に申し入れをいたしました」


 千尋は初耳な言葉に軽く眼を見張る。


 王子らの妃候補であった事も、それに対する周囲の軋轢も彼女には初耳だった。


 そして納得もする。


 だから、昨日の話になったのだ。

 洗礼の事を別にしても王家からの申し込みが来る予定があった。

 それを知っていたロメールは、小人さんが断る場合を想定して、その逃げ道を確保してくれていたのだ。

 王家と事を荒立てずに、なんとか婚約を回避させるべく、事前に準備されていたのだろう。


 だから昨日、あんなにすんなり事が運んだんだね。


 既に日付まで明記されていた書類一式。


 去年の日付で、書類その物は完成されていた。あとはドラゴがサインを入れるだけ。

 内向きを与るロメールにだからこそ出来た荒業。

 書類上では、去年の暮れに婚約が内定していた事になっている。


 相変わらず用意周到なロメールに、小人さんは舌を巻いた。


 そんな小人さんの視界の中で、王家の兄弟は未だにわちゃわちゃやっている。


「そなたが幼女趣味とは知らなんだわっ! どうりで結婚もせずにフラフラしていた訳よのっ!」


「フラフラですか。本当にしてみましょうか? 書類仕事はお任せしましたよ、兄上・・。たまには長い休みを取りたいと思っていたのです」


 ロメールの言葉に、慌てた王妃が国王の横腹を突つく。

 はっと我に返った国王は、慌てて前言を取り消した。

 ロメールがいなくなったら、内向きが荒れる。これ幸いにと食い込もうとする貴族らやで、手の施しようもなくなるだろう。


「私も言い過ぎた。だが、本当に良いのか? ドラゴよ、娘御と歳が離れすぎてはおらぬか?」


 国王夫妻は、一縷の望みをかけてジョルジュ伯爵夫妻を見つめる。


「娘の判断に任せます」


「好いた御方に嫁ぐのが幸せに御座いましょう」


 七歳の子供に?


 さらりと肯定する二人を凝視し、国王は思わず目の前の幼女を見た。


「そなたは良いのか? ロメールなど、オジさんであろう? もっと似合いの若い者がおるぞ?」


 残念ウィルフェと、元兄妹のテオドールかな? ないない。


 心の中で、ひらひらと手を振り、小人さんは優美に微笑むと、恭しくカーテシーをする。


「大変、光栄なお申し出だと存じます。拙い身ではありますが、良き伴侶となれますよう、誠心誠意尽くす所存に御座います」


 あまりに見事な口上。


 感嘆に眼を見開く周囲は、目の前の幼女に何か懐かしいものを感じた。


 いつかどこかで見たような?


 その口上に含まれるものを理解し、思わずロメールは口を手で押さえ、目元に微かな朱を走らせる。


 貴方のお嫁さんになりたい。


 父親ならば、一度は娘に言われたい言葉だった。


 思わずフルフルと肩を揺らすロメールを、剣呑な眼差しで見据えるドラゴ。

 それを呆れたかのように見つめ、桜は軽く髪を指ですいた。


「お決まりですね? では、以後よろしゅうに」


 この一言で雌雄は決し、国王夫妻、再び涙目である。


 書類上は一年近くも前に内定していた婚約。これに許可を出さない訳にもいかず、晴れて二人は婚約者同士となった。


 これがまた、後に大騒動を引き起こすのだが、当然、今の二人に知るよしもない。


 今日も今日とて何とかなるなる。


 こっそり一人ごちる小人さん。


 壁を乗り越え、ぶち破り。相変わらずな小人さんは、きっと明日も我が道を征く♪

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