第13話 神々と精霊と小人さん


『またか』


 数年ぶりの夢枕。


 再び小人さんは天上界にいた。

 目の前には難しい顔の創世神様。


《いや。それはこちらの台詞だから》


《そなた、巡礼はどうした?》


 洗礼に双子がいるのを見て、思わず神託を降ろしそうになったらしい二人は、千尋を天上界に呼び出した。

 巡礼に出掛けもせず、何年も過ぎている。これは、どういう事かと問い詰める神々に、小人さんは呆れた顔で説明した。


 以前は王族であり、金色の王でもあった。個人の裁量で騎士団を引き連れて動けた。


 今とは状況が違うのだと。


 七つの洗礼が終らずば、城の敷地から出る事も出来ないのだと。

 それを聞き、人の倣いを知らぬ神々は茫然とする。


 なるほど、そういう事か、と。


 そして小人さんは、ふと手に握っているモノに気づいた。


『そういや、これの素養って何なん?』


 何故か共にきていたサークレット。

 それをクルクルと指で回し、小人さんは首を傾げる。


《そなたらに秀でた素養はない》


《大抵の事はこなしてしまうであろう? なので、それはそなたらに足りないモノだ》


『足りないモノ?』


 二人は大きく頷く。


《そなたは女子であろう? なのに、いつも野良着で走り回りおって。それを身に付けるようになれば、野良着では似合わなくなる。意識して、それに似合う服装をするようにな》


 やや厳めしい顔のアビス。どうやら、女の子らしくない千尋に危機感かあるようだ。


 は?


 つまり、アタシに女の子らしくさせるためのアイテム? 誰得よ、それ。


 たしかに、この神々しいサークレットをつけた姿で、オーバーオールは似合わない。

 でもポンチョを着てフードをかぶれば分からないよね? うん。


『じゃ。にぃにのは?』


《あれは純真で素直過ぎる。なので人の話が耳に入りやすいようにだ。人間という生き物は悪意を小さくしか囁かない。それを拾えるようにな》


 あちらは実用系かよ。アタシだけ、ダメ出しアイテムって嫌がらせかな?


 思わず、ぶーたれる小人さんに苦笑いを浮かべ、二人は顔を見合わせて意味深に小さく頷く。


《いずれ解る。それの効果がな》


《それを、ただの飾りにするも、有益な道具にするも、そなたしだい》


 む? 何か意味がある?


 思わずサークレットを凝視する小人さんを見つめ、二人の神々は少し神妙な顔をした。


《では、これから巡礼に出るという事か。間に合えば良いが》


《辺境も魔力が失われつつあるからな。主らも危うい》


 はい?


『待った待った! その話、詳しくっ』


 狼狽えながら話を聞く小人さん。


 神々の話によれば、金色の魔力が消えた事で、辺境に残る魔物らが衰退しているらしい。

 小さなスタンピードが起きたり、立ち枯れの森が拡がったりと、かなり深刻な状況のようだ。

 しかも、そこに人間達の魔物狩も加わり、物凄い勢いで魔物が減っているのだとか。

 この数年で魔物の数は半数以下まで落ち込み、辺境の森の主達も瀕死に近いらしい。


 そういう事は、早く言えーっ!!


 お洒落アイテムの説明してる場合じゃないじゃないっ!

 なんてこったい、そうと知っていたら、何としても巡礼に飛んでいったのに。


 わちゃわちゃと慌てる小人さんは、そのまま眼を覚ましてしまい、神託の糸は途切れた。


「こうしちゃいられない、すぐに行かないと」


 疾風のごとく家を駆け回る小人さんを訝り、話を聞いたドラゴ達は、取り敢えずロメールに相談するよう勧める。

 そして王宮にかっ飛んでいった小人さんは、わちゃわちゃしながら、ロメールに事のしだいを説明した。


「すぐにでも行かないと不味いみたいなのっ、馬車で、いってくるねっ」


「いやいやいや、それ、不法入国するつもりだよね? 国境の通行書出すのにも数日はかかるし、根回しとかしておかないと兵士に追われかねないからね、少し待って?」


 悲壮な顔つきで口をへの字にする小人さん。

 それに苦笑しつつ、ロメールは顎に手をあてて思案する。


「それって、金色の魔力が失われたから起きてるんだよね? 君が盟約して金色の魔力を与えたら収まる。それで間違いない?」


「たぶん。金色の環が完成すれば、辺境も四大属性が定着すると思う」


 御先の力は神々と同等だ。


 それの行使を許されている千尋が行かねば、事は成り立たない。

 うにうにと机の端を噛る幼女。

 それを止めて、ロメールは小人さんを抱き上げた。


「金色の魔力があれば良いのなら、手はあるよ。行こうか」


 大きくなったなぁ。


 前は、抱き上げてもロメールを見上げていたのに、今は顔がロメールと同じ位置にある。

 感慨に耽りつつ、ロメールは小人さんと研究塔へ向かった。




「ここは?」


「魔術具の研究塔。通称ダビデの塔と呼ばれている所だよ」


 ダビデの塔?


 そういえば王家の紋章はダビデの星だ。地球の呼び方だけど、こちらでも同じなのだろうか。


 厳めしく大きな塔は五階建て。


 周囲に蔓が蔓延り、苔むした外壁がその歴史の古さを物語っている。

 ロメールが光る水晶のようなモノに手を当てると、音もなく溶けるように入り口が開いた。


「ここは魔力を登録した者しか入れないんだ。貴重な研究塔だし、危険もあるしね」


 なるほど。


 入った一階は大きな広間になっており、中央に大人の背丈よりもデカイ宇宙儀のようなモノがある。

 細かい細工のされたそれは、白銀に煌めく無数の針金のようなモノで作られていて、所々で弾ける火花が、パシュパシュと音をたてていた。


 物珍しげに見上げる小人さん。


「これは魔力回路。四大属性による魔力構築の理を表したモノだよ。こうして....」


 そう言うと、ロメールは回路の一部に魔力を流し込んだ。

 すると魔力が回路を巡り、混ざり、中心で、ボンっと大きくはぜる。


「今のは風と炎を混ぜたモノ。結果は爆発。こんな感じに、混ぜる魔力の量を変えたりとかして、その簡単な結果を導き出すモノなんだ。この結果を軸にして、研究者らは色々な実験をしているよ」


 ほあー、異世界らしい道具だなぁ。


 瞳をキラキラさせて、食い入るように見つめる小人さんを微笑ましく眺め、ロメールは、その回路の正面にある台へ指を滑らす。

 ロメールの魔力が流れ、台の上には複雑な魔法陣が浮かび、青白く輝き出した。

 聞けば、フロンティア建国よりも前から存在する魔道具らしい。

 誰が作成したのか不明だが、膨大な魔力を蓄積していて、魔道具の研究に無くてはならない回路なのだとか。


「ここに手を当てて魔力を放出して? 君の魔力登録もしておこう。.....周りに気づかれない程度に絞ってね」


 ロメールはコソッと小人さんに耳打ちする。登録には一定以上の高さの魔力が必要で、登録さえしてあれば、この塔への出入りは自由になるとのことだ。

 言われて小人さんは、そっと少な目に魔力を流す。

 流した魔力が回路を巡り、中心に集まった瞬間、回路が大きく発光した。


「え?」


「な....っ」


 二人が声を上げるより早く、ピキリと音をさせて回路が割れる。

 まるで蓮の花のようにゆっくりと回路の外郭が開き、中央の部分にある凹みに七色の風が渦を巻く。

 ふわりふわりと魔力を分解させ、七色に分かれた風は大人の両手程の大きさな玉となり、凝視する二人の前で、ぽんっと音をたてて割れた。


『きゃうっ』


 割れた玉から現れたのは小さなトカゲ。

 千尋の掌サイズのトカゲは、全体が鈍色で、光の加減によって玉虫色にも見える複雑な姿。

 トカゲというか、サンショウウオというか、ずんぐりむっくりした不思議な形である。


『きゅう?』


 丸くて大きな瞳で小人さんを見上げるトカゲ。その眼差しは甘えるように可愛らしい。


 えーと?


 いきなりの事に思考が追いつかない小人さん。ロメールも瞠目したまま動かない。

 そんな二人に構いもせず、トカゲはペタペタと小人さんを這いのぼり、ポンチョのフードに潜り込んで、頭の上に蹲る。


「えー.....? なにこれ?」


「こっちが聞きたい.....」


 思わず手で顔を覆うロメールが、はたっと気がつくと、周囲にいる多くの研究者らも固まっていた。

 驚愕に眼を見開き、微動だに出来ない研究者達。


 そして何事も無かったかのように、回路の外郭は閉じ、辺りを静寂が満たす。


 また、やらかしたか? これ。


 取り敢えず、魔力の登録はされたようなので、固まる研究者らを置き去りにして、ロメールは最上階にある自分の研究室へと逃げ込んだ。

 彼が壁面に並ぶ水晶の一つに手を当て魔力を流す。すると、しゅるんと音をたてて場所が変わった。


「ほあ? 転移魔法?」


「よく知ってるね? 塔の中でだけ使える魔法なのに」


 あいやいやぃ。しまった、そうなのか。


 前世のラノベやゲームでは当たり前に存在していた魔法だ。だから違和感なく口にしてしまったが、こちらではどうなのか分からない。


 いかんいかん。口は災いの元。


 ふよふよと眼を泳がせる幼女をじっとりと見据え、ロメールは研究室のソファーに座る。

 簡易的な応接室セットには、魔道具の茶器や菓器が置いてあり、そこからお茶や御菓子を取り出して、彼は小人さんに与えた。


「もうね。驚く事に驚かなくなった自分がいるよ。そのトカゲは何?」


「わかんない。何だろう?」


 ロメールの膝に座り、千尋はフードを下ろして頭にいるだろうトカゲをペタペタと触る。

 するとトカゲは千尋の手を伝って、肩に乗っかった。

 にぱーっと口を開け、丸くてモチモチした舌で小人さんの頬を舐める。


 あらやだ、可愛い。


 だが、そこでズルリと何かが引き出される感じがした。

 そして、はっと千尋はトカゲを見つめる。


 彼女は、この感じに覚えがあった。


「盟約と同じだ。この子、アタシと繋がってるよ」


 それは主らに魔力を与えていた頃と同じ。

 このトカゲは、千尋から金色の魔力を得ている。という事は、何かしらの対価があるはずだ。

 じーっと見つめる小人さんの顔を、小さな手でペタペタと触りながら、トカゲは無邪気に、にぱーっと笑うだけ。


「うーん。分からないね。主らと同じ御使いって事なのかな?」


 しかし、主らが御使いとなるのは小人さんの来世の話だ。

 小人さんが正式な御先となって、初めて主らを御使いと出来る。

 だから、今は盟約されていても金色の魔力が引き出される事はない。


 ニコニコ笑うトカゲを前に、無言な二人。


 しばらくして階下から客人の来訪が告げられるまで、二人は悶々と己の思考の海に沈んでいた。


 答えは客人が持ってくる。


 案内されてきた客人は、千早とドルフェン。かっ飛んでいった千尋を追い、王宮までやって来たらしい。

 何やら不穏気なロメール達を見て、ドルフェンが訝しげに声をかける。


「どうかなさいましたか?」


「ドルフェン、これ」


 千尋の両手には不思議なトカゲ。


 それを見て、ドルフェンは眼を丸くした。


「サラマンダーではないですか? これはまた、稀有な」


「「え?」」


 思わず間抜けな返事を返し、二人はトカゲを見る。

 鈍色のトカゲは、前足で顔をくしくしと掻いていた。


 サラマンダーって火のトカゲだよね? 色が違くね?


 それはロメールも知っていたらしく、同じ疑問を口にする。


「サラマンダーなら紅いモノじゃないのか?」


「ああ。属性寄りなればそうです。ただ、全属性を持つサラマンダーは玉虫色なのですよ」


 それ、サラマンダーって呼んでも良いの?


 ロメールの話によれば、魔力の高い者は稀に精霊を賜る事があり、その文献は王家にも残っているという。

 ここ数百年は精霊を賜る者もなく、ロメールも文字の羅列でしか知らないのだとか。

 ドルフェンは、さらに古い文献が実家の書庫にあり、初代の金色の王が賜った精霊が、全属性持ちの玉虫色の精霊だった事を知っていたのだ。


 ドルフェンの御先祖って、どんだけ金色の王フェチだったんよ。


 思わず眼を据わらせる小人さん。


 しかし、これでトカゲの正体はわかった。


「つまり、君はアタシの精霊ってことかな?」


 まるで肯定するかのように、にぱーっと笑うトカゲ。


「精霊はあらゆる禍から主を守ると言う。良かったねチィヒーロ。名前をあげたら?」


 微笑むロメールに頷き、千尋はトカゲを見つめる。


「鈍色だけど、火トカゲなんだよね。名前か。ファイア.... コロナ.... ずんぐりむっくりしてるし、コロンにしよっか」


 嬉しそうに指に掴まるトカゲ。


 それを見ていた千早が、憤慨気味に声を上げた。


「ヒーロだけズルイっ、ボクも精霊が欲しい」


 そこでロメールは眼を見開く。


「モノは試しだ。行こう」


 何の事か分からず首を傾げる三人を連れて、ロメールは階下に降りていった。




「ああ、やっぱりな」


 ロメールと千早の肩には紅いトカゲ。


 一定以上の高さの魔力を持たないと登録出来ない塔の回路。

 逆を言えば、一定以上の高さの魔力を必要としている回路なのだ。

 ならば、その一定以上の魔力を回路に流したら?


 結果はごらんの通り。


 この回路本来の正しい使い方は、一定以上の魔力を献上して精霊を賜るシステムだった。

 誰かが秘匿し、その口伝などが失われたでもしたのだろう。

 正しい使い方を忘れたまま、時が過ぎてしまったのだ。


 新たな.... いや、過去の遺物の本領を知り、にわかに研究者らが活気づく。

 押し合いへしあい試した結果、他にも数人がサラマンダーを授かった。


 次々と流し込まれる大量の魔力。


 それを見て、ふとロメールは眉を寄せた。


 これだけ大量の魔力は、どこへ運ばれているのだろうか?


 精霊が関わっているという事は、人知を越えたカラクリだ。

 こんな大層なモノが、王宮に存在する謎。その意味も知らずに、長い月日をかけて流されたはずの魔力。


 まさか、こんなに膨大な魔力を必要とする何かが、フロンティアに存在する?


 己の漠然とした考えに、一瞬、ロメールは背筋を震わせた。


 そんなロメールの不安も知らず、新たなお友達に双子は御満悦。


「ボクのトカゲは次郎にしよう。太郎君と仲良くしてね」


「良いね。お父ちゃん達に見せてこよう」


 無邪気に笑う子供らを微笑ましく見つめるドルフェンや研究者ら。


 翌日、本来の目的を思い出した千尋が、再び王宮にかっ飛んでいくのも御愛嬌。


 毎日、新たな発見があるけれど。


 今日も小人さんは元気です♪


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