第14話 小人さんの宅配便


「魔法石?」


 サラマンダーのどたばた騒動で失念してしまった巡礼の話をしにやって来た小人さんは、ロメールの執務室に置かれた大きな宝石に眼を見張る。


「これは元々、洗礼で使われた水晶と同じモノなんだ。ただ、大きいだけ」


 色とりどりな宝石達。これが、あの針水晶と同じモノとは、とても思えない。

 そこにロメールは、大人の拳大もあろうかという大きな水晶を出す。


 たしかに、これは針水晶だ。


 じっと見る千尋の目の前で、ロメールは水晶に手をおき、魔力を流し込んだ。

 するとみるみるうちに水晶が淡く光りだして、あっという間に真っ赤なルビーのような光沢を浮かべる。

 あっけに取られた小人さんに薄く笑みをはき、ロメールはその水晶を持ち上げた。


「魔術具に使われている魔法石だよ。前にも言ったよね。宝石に魔力を蓄積して繰り返し使えるって」


 このサイズを使う事は、あまりないけど。と、前置きし、ロメールは十数個の針水晶を机に並べた。


「これに君の魔力を充填して、辺境の主らに届けてみてはどうだろうか? 応急措置だが、無いよりはマシだし、君が全速力で蜜蜂達と飛んでも辺境までは数日かかる。全てを回るには、どう足掻いても数ヶ月かかるんだよ」


 ロメールは地図を開きながら説明をする。


 以前に千尋が習ったのは、国々が記された内陸図。こちらは、世界を巡った初代金色の王が残した世界地図だった。

 そこには全ての主の森が記されており、赤い付箋のついている森は、失われた森なのだと言う。

 以前にメルダが、フロンティアなら森の位置を把握していると言っていたのは、こういう事だったのだ。

 しかし、その地図を埋め尽くすような、赤い付箋。


「.....こんなに?」


 ロメールは、やや伏し目がちに小人さんを見た。

 失われた森の多さに愕然とする小人さん。

 神々の御意志が働いていたとはいえ、これはあまりにも無慈悲過ぎる。

 アルカディアには大小合わせて十七ヵ国があり、各国に二つから四つの主の森があった。

 その殆どの森に付箋が貼られている。ざっと見て四十ヶ所ほど。

 ロメールは、地図から視線を外せない小人さんの手を握って軽く叩き、諭すような眼差しで彼女の顔を見た。


「驚くのは分かるけど、それは後にして? 今は生きてる森を救わないと。ね?」


 生きてる森。


 その言葉で千尋は我に返り、改めて地図をガン見する。

 内陸を囲うように存在する辺境地。

 多くは荒野や砂漠だが、点在する主の森を繋げるように微かに萌える緑が線を描いていた。

 それを指差しながらロメールは簡単な説明を加える。


「フロンティアから一番近い辺境の森は、フラウワーズ東南の山岳地帯。通常の馬車で十日ほど。蜜蜂らが飛んでも三日はかかるかな」


 そこから順に世界をぐるりと周り、フラウワーズの山岳地帯へ戻るまで、ざっと数えても二ヶ月以上はかかる。

 蜜蜂らの飛ぶ速さでだ。

 千尋が同行するとなれば、もっとかかるだろう。


「だからね、まずは魔力を届けてみよう? どちらにしても最悪数ヶ月はかかってしまう。ならばダメ元で。ね?」


 辺境の森は十三ヶ所。


 全ての森へ蜜蜂らに魔法石を届けてもらうだけなら、数日で済む。

 それに効果があれば、小人さんの巡礼までの繋ぎにもなるだろう。

 どう足掻いて時間を短縮しても数ヶ月。

 間に合わない森も出るかもしれない。


「うん、やってみよう。ダメそうなら、アタシ翔ぶからねっ」


 むんっと鼻息を荒くし、水晶をガシっと掴んで、小人さんは魔力を注ぐ。

 すると水晶が発光し、まるでお日様みたいな柔らかい光を灯した。


 ゆらゆらと揺れる暖かな光。


 それを置き、また直ぐに別な水晶に魔力を注ぐ小人さん。


「えっ? ちょっ、まっ」


 思わず狼狽えるロメールを余所に、小人さんは魔力を注ぎ続け、七つめを注ぎ終えたあたりで、ぱたりと倒れた。


「あーっ、やっぱりーっ!!」


 様子を伺っていたロメールは絶叫をあげ、慌てて小人さんを抱き上げるとソファーに横たわらせる。

 力尽きて、すぴすぴと熟睡する小人さん。

 げんなりと脱力を隠せないロメールだが、彼女の様子を見る限り、無理はしていないようだ。

 慣れない魔力操作で魔力欠乏を起こし、スイッチが切れたのだろう。

 安堵に胸を撫で下ろすロメールの耳に、腹心らの呟きが聞こえた。


 その声は微かに震えている。


「末恐ろしいですね....」


 彼らの手には件の魔法石。


 ロメールですら、一日一つを満たすのが精一杯な大きさの石を、千尋は七つも一気に満たしてしまったのだ。

 信じられない魔力量である。


 ほんと規格外だよねぇ、君ってさ。


 千尋はそのまま熟睡してしまい、ロメールが家まで送ったが、翌日、再びやってきて同じ事を繰り返したのは言うまでもない。


 二日続けて昏睡状態となった小人さんを送り届けるロメール。それを見つめる伯爵家の面子の眼差しが、絶対零度なほど冷たくなったのも言うまでもない。


 要らぬ苦労を背負いつつも、小人さんの願いを叶える事に粉骨砕身するロメール。

 そうしなければ、暴走する小人さんが事を大きくするのは眼に見えていた。

 ドラゴらの氷柱な視線なぞ、なんのその。

 そんなものは、王宮で暮らし、貴族らを御するロメールには当たり前な日常だった。


 修羅の巷を生きてきたロメールは、小人さんに魔力操作や、その細かい感覚のコツなどを教えつつ、森へ運ぶ魔法石の魔力を固定する。


「出来た?」


「出来たね」


 揺れる光の塊のような魔法石。


 そのままでは少しずつ魔力が放出し、霧散してしまうため、ロメールが魔法石に固定の魔術をかけてある。


 それらを一つずつ十センチ四方の箱に入れ、紐をかけて縛ると蜜蜂らに持たせ、方向の指示をした。


「ここから南東。この指の方向にフラウワーズ辺境の森があるんだ。少し左よりに進み、萌える緑を見つけたら右に進むと森が見つかるはずだから」


 ロメールの説明を、じっと聞いているメルダと蜜蜂達。


 同じように他の蜜蜂らにも方向を指示し、ロメールと小人さんは、三匹一組で飛び立つ彼等の姿が見えなくなるまで見送っていた。

 メルダが統率する蜜蜂らは、一糸乱れぬ動きで翔んでいく。


「上手く行くと良いね」


「うん。頼むよ、神様」


 眼をぎゅっと閉じて、祈るように手を合わせる小人さんを抱え、ロメールは何時ものようにドラゴ家に彼女を送っていった。


 答えは数日後。


「ぃやっはぁーっ!!」


 ロメールの執務室を駆け回る小人さん。


 うきゃーっと両手を振り回してぴょんぴょん跳ねる。


 魔法石作戦は上手くいった。


 ほんの僅かでも効果が絶大な金色の魔力だ。受け取った辺境の森の主らは、みるみる元気になり、森の緑や魔物も活性化したという。

 メルダが同行した蜜蜂らの報告だ。


《非常に感謝しておりましたよ。それと、一気に金色の魔力が届けられた影響で、辺境の森同士が擬似的に繋がったようです》


「へあ?」


 すっとんきょうな声をあげる小人さんを微笑ましく見つめ、メルダは懐かしい響きを聞いたのだと説明する。

 金色の環が完成した時の涼やかな魔力の調べ。

 あくまで擬似的なので、本来の力はないが、それでも微かな繋がりは森同士の共鳴を起こし、活性化を増進させたと言う。


 その話を聞いて、ロメールはあからさまに大きな溜め息をついた。


「これで現状維持は出来そうだね」


「良かったよ、ほんと。アビスとカオスも、もっと早く知らせてくれないとなぁ」


「アビスとカオス?」


 首を傾げるロメール。


 それを見て、小人さんは、ああ、とばかりに口を開いた。


「創世神様の名前だにょ。巻き毛の長い髪がアビス。真っ直ぐで肩に揃えた髪がカオス」


「は? 創世神様の名前??」


 驚愕に眼を見開くロメール。


 そういや、今までの説明の中で、神々に名付けをした事は話してなかったかも。


 思い当たった小人さんは、あらためて神々に名付けをした事を話した。


「神々に名付けって..... そういう事は、もっと早く教えてよね」


 しかめっ面なロメールに、テヘペロ的な顔を返し、小人さんは辺境の森が助かった事に安堵する。


 これで時間は稼げたな。あとは、じっくり予定をたてて回ろう。


 窓の外を眺めつつ、のほほんと笑う小人さん。


 しかし、これが後に大騒動を引き起こすのは、もはや小人さんのデフォである。


 ロメールだけが、その予感の片鱗を感じ、何とも言えない面差しで小人さんを見つめていた。


 翔んだり、走ったり、倒れたり。


 毎日、事は起きるけど。


 今日も小人さんは元気です♪


 

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