第15話 城下町と御菓子と小人さん ~前編~


「ぶんぶんぶん♪」


 手をパタパタさせて、小人さんは城下町を歩いていた。

 今世初の御出掛けである。思わず足がスキップを踏む。


「御嬢様、転びますよ?」


 ドルフェンと共に付き添うのはサーシャ。

 フロンティアでも珍しい獣人の彼女は、ツバの広い帽子と長めのスカートで見掛けを誤魔化していた。

 何でも、ナーヤとサーシャは辺境近くの村で奴隷狩りに合い、逃げ回っていた所を、たまたま訪れていたキルファンの商人に救われたのだという。

 元の村に返してくれると言葉巧みに騙され、そのままキルファンで競売にかけられそうになった。

 その競売を嗅ぎ付けたフロンティア辺境ゲシュベリスタ騎士団が船の検閲を行い、売買契約書のない二人は保護されたのだと言う。

 水際作戦でしかないが、拐かしの被害者を助けるため、こういった検閲は頻繁に行われていたのだとか。


「身寄りもなく、元の村も分からなくなった私達をドラゴ様が雇い入れて下さったのですよ?」


「辺境の村というだけでは、何処なのか全く分かりません。海を長々と渡ってしまいましたし、もはや二度と帰れはしないのでしょうね」


 今の暮らしに不満がある訳ではないと口にしつつも、やはり望郷の念は消えないらしく、ときおり切なげに眼をすがめる二人だった。


 フロンティアに定住して十六年ほど。

 ナーヤもサーシャも、ドラゴの家族同然である。


「何処の国かも分からないの?」


 ナーヤとサーシャは顔を見合せ、やや苦笑気味に答えた。


「お恥ずかしい話、国という概念がごさいませんでした」


「ええ、村も村としか呼ばれておらず、その村で生まれ、家庭を持ち、その村で死ぬ。それが当たり前だと思っておりました。他の土地へ行くとか、考えたこともなかったです」


 その小さな村が、世界の全て。


 そんな暮らしも中世には良くあった。


 村に名前があるならまだ上等で、ほぼ全てが近親者というような、村とも呼べぬ小さな部落も多かったのだ。


 そんな部落か村か。奴隷狩りに襲われ、すでに跡形もないだろうと二人は語る。




「取り敢えず、地図買おー♪」


 ポチ子さんを背中にポテポテと走る小人さん。それを追って太郎君と走る千早。

 見知った雑貨屋を見上げて、小人さんは、むふーんっと鼻息を鳴らす。


「こんにちはーっ」


 千尋は店に足を踏み入れ、カウンターに向かった。千早は、処狭しと並べられた商品を物珍しそうに眺め、キョロキョロと目移りしている。


「あら、可愛らしい御客様だこと。おつかいかしら?」


 そこに現れたのは、若い女性。優しげな顔で千尋に微笑んでいた。


 あれ? おばちゃんは?


 想わずカウンターに張り付き、中をチラチラと盗み見る小人さん。

 以前、小人さんが訪れた時には、恰幅の良いおばちゃんがいた。

 その仕草を訝り、ドルフェンが声をかける。


「どうかなさいましたか?」


「ん..... おばちゃん、いないのかなって」


「あらやだ。ひょっとして義母のお知り合い? え? でも年が....」


 話を聞くと、この女性は雑貨屋の息子さんのお嫁さんで六年前に結婚し、おばちゃんは息子夫婦に店を譲って隠居したらしい。


 今は南のゲシュベリスタ近くの農村で、まったり宿屋を営んでいるとか。


 ああ、そうだよね。九年って大きいよね。


 思わずしんみりとしつつ、小人さんは以前購入した手帳型の地図を買い、ぺらりとそのページを捲る。


 そして、軽く眼を見開いた。


《あなたの一欠片の愛を彼等に》


 ......変わらないモノもある。


 花が綻ぶように、ふわりと破顔する小人さん。

 その笑顔が周囲の時間を止めたとも知らず、緑のポンチョを翻して、てってけてーっと駆け出していった。




「お勉強に使ってた地図より小さいね」


「持ち歩ける携帯用なんだよ。王都の城下町だけの地図にょ」


 双子は地図を広げながら、きゃっきゃと楽しそうに歩いていく。

 お目当てのモノは、すぐに見つかった。


「うわぁ......」


 そこには瀟洒な佇まいの店が建っている。 

 オレンジ色の煉瓦に赤い屋根。白い窓枠が可愛らしい。

 三階建てのそれを見上げ、小人さんは茫然と立ち竦んだ。


「通称、御菓子のお城と呼ばれています。王宮御用達の製菓店なので」


 ドルフェンの説明に、小人さんは、によっと口角を上げる。

 地球では名古屋育ちの千尋だ。当然、頭の中に地元御菓子の城のCMソングが流れていた事は言うまでもない。

 ドルフェンに扉を開けてもらい中に入ると、カラランとカウベルが鳴り、客の訪れをを告げた。


「いらっしゃいませ」


 入ってきた四人を見て、店員が挨拶をする。

 黒いブラウスに緑のビスチェ。フレアースカートも緑で、シックな装いの少女。

 茶色い髪を一つ結わきでお団子にしていて可愛らしい。


「何をお求めですか?」


「まだ決めてないの。見せてね」


「ごゆっくりどうぞ」


 店の中には沢山の御菓子が並んでいる。


 定番のパウンドケーキやクレープ、クッキーなど、保存のきくモノから、ガラスケースに陳列されているプリンやゼリー、生クリームのケーキ。

 小人さんがいたころは、シュークリームやエクレアもカスタードクリームばかりだったが、今は生クリームもつかっているようだ。


 あの頃は、さわりしか教えられなかったのに。頑張ったんだなぁ。


 プリンも生クリームも、あの最後の秋に教えたものだ。

 冬で気温が低い時の方が失敗が少ない。

 ザックは、裏ごししたカボチャのペーストを使い、カボチャプリンを千尋に振る舞ってくれた。


 ザック自らアレンジしたスイーツ。あの美味しさは今でも忘れられない。


 小人さんが記憶の森で思い出をサルベージしていると、奥から一人の男性が出てきた。

 やや前髪が長く、左右に流した髪型の少年。昔と変わらぬ生意気そうな瞳。


「ザックです」


 ドルフェンが耳打ちする。


 記憶の中のザックは七歳で洗礼を終えたばかりの少年だった。

 目の前の、青年にも近い人物とは似ても似つかない。だけど、面影はある。

 思わず凝視する小人さんに気づき、ザックも驚いたかのように眼を見張った。

 不可思議な空気が店の中を満たす。

 そしてふいに藪睨みして奥へ戻ってしまった。どうしたのだろう。

 ザックの態度に苦笑し、ドルフェンが説明する。


 何でも、城下町で小人さんは人気者だったらしく、そのポンチョや蜜蜂のヌイグルミが流行っていた時期があったのだそうだ。

 千尋とファティマが入れ替わり、小人さんを失ったザックは酷く落ち込み、周辺に溢れかえる小人さん擬きに怒りを覚えたらしい。

 あからさまに子供らを無視し、彼は製菓一筋で生きてきたのだとか。

 自分の御菓子の中に小人さんはいる。この中に小人さんの笑顔が浮かぶ。と。


 いや、待って。それって、すでに重症の鬱じゃないの? 病んでるっつーのよ、それ。


 製菓という未知への挑戦が、まだザックに正気を持たせていた。


 何てこったい。


 孤児院の良い兄貴だったザックが、子供嫌いになっている。しかも、今日の双子は揃ってポンチョだ。

 ドストライクに彼の心臓を抉ってしまった事だろう。


 小人さんの消えた弊害は、こんなところにまで及んでいた。


 しゅんと気落ちする千尋を訝り、店員の御姉さんが優しく声をかけてくれる。


「御注文は決まりましたか?」


 微笑む御姉さんを見上げ、慌てて小人さんは棚やショーケースを見渡した。


「カボチャのプリンはありますか?」


「カボチャの? 申し訳ありません。ないと思います」


 そっか。今の季節ならあるかと思ったんだけど。

 取り敢えず何かを買っていこうと千早を呼び、小人さんは二人であれやこれやと相談する。


 そこへ、奥に消えたはずのザックが現れた。


「試食。どうぞ?」


 据えた眼差しだが、彼の手には銀の皿。その上に、白やピンクの可愛らしい飴が載っている。

 小人さんの目の前に差し出された皿を見た御姉さんが、慌てたようにザックを見た。しかし、ザックは冷徹な視線で御姉さんを黙らせる。


 何だろう?


 不思議そうに首を傾げて、小人さんは飴を一つつまみ上げ、ポイっと口に放り込んだ。

 飴は薄く、中に何か入っていたようで、カシュッと潰れ、芳醇な酒精が口内に広がる。


「これって..... ウィスキー・ボンボン?」


 それを聞いて、ザックはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「そうだよ、御嬢。あんたが言っていたウィスキー・ボンボンだ。砂糖があれば出来るって話してくれたよな?」


 小人さんの眼が大きく見開いていく。


 ザックは悪童のように、にかっと快活に笑った。

 数年ぶりに浮かべた、心の底からの笑顔だった。




「何でバレたん?」


「カボチャのプリン。あれを披露したのは御嬢にだけだ。あの後、すぐに御嬢が消えちまって、.....俺、カボチャのプリンが作れなくなっちゃったんだよ」


 トラウマスイーツ。作ろうとすると、小人さんの顔が浮かび、涙で作れなくなってしまっていたのだとか。

 なのに、千尋は当たり前のように言った。カボチャのプリンありますか? と。

 ザックが考案し、小人さんにしか振る舞っていないのに、さも、あって当たり前とばかりに聞く幼女。

 それを奥で聞いていたザックの頭で、点と点が線で結ばれる。


 まさか? いや、ひょっとして?


 モノは試しだと、以前小人さんから聞いていて、試行錯誤中だったウィスキー・ボンボンを出した。

 キルファンで手に入れた、高価な砂糖を使ったスイーツ。

 砂糖があればなー、と色々な菓子の話を小人さんと散々していたザックは、その全てを覚えていた。


 そして確信する。


「おかえり、御嬢」


 微笑むザックに、周囲が唖然としていた。


 子供嫌いでニコリともせず、下手をすれば絶対零度の眼差しで睨めつける、気難しい菓子職人。

 しかしその腕は、ドラゴも認める天下一品。フロンティア唯一王家御用達の看板を持つ、氷菓子のような男。

 そんな風に呼ばれているザックが笑っていた。


 まるで春の日溜まりのような笑顔。


 懐かしい笑顔に触発され、小人さんは嗚咽をあげる。


 自分の広めた御菓子の文化を、彼は一直線に進み、極めてくれた。


 こんな嬉しい事はない。


「ただいまぁ、ザックぅぅ」


 鼻声で飛び付く小人さんを受け止め、ザックも湧き上がる歓喜を抑えきれない。


 神様、感謝します。こんな奇跡が起ころうとは。


 抱き合う二人を見つめ、ドルフェンらは苦笑し、店の者らは有り得ない光景に絶句する。


「お酒を、子供に....」


 一人、常識的な事を呟く御姉さんが、店の中でやけに印象的だった。


 こうして、長く凍りついていたザックの心に春がやってきた。

 凍てつく凍土を叩き割り、小人さんが花の種を蒔く。


 芽吹くは明るい製菓の未来。


 過去と現在を繋げ、小人さんは未来へ邁進する。頼もしい仲間らと共に。


 落ち込んだり、泣いたり、笑ったり。


 今日も色々あったけど。いつも小人さんは幸せです♪


 

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