第43話 新たな巡礼と小人さん ~とおっ~


「わはっ、早かったねーっ」


 行きには十日ちょいかかったのに、帰りは三日。


 蜜蜂飛行、恐るべし。


 後ろから駆けてくる騎士団を引き連れつつ、小人さんは空から王宮へと降りていった。

 城下町では空飛ぶ馬車に茫然自失。王宮はてんやわんやの大騒ぎ。

 慌てて武装して駆けつけた王宮騎士団は、モノが馬車で、さらには蜜蜂が操っているのを見て、ああ、とばかりに安堵の溜め息をついた。

 あからさまに力を抜いた騎士らを掻き分けて、真っ赤な髪の男性が飛び出してくる。


「御令嬢っ!」


 やや厳めしい口調で、ハロルドが小人さんの前に仁王立ちした。


 きょんと呆ける大きな緑の瞳。


「門番を介さず王宮に入るとは何事ですかっ!! 単身なれば国王陛下の許可がありますが、乗り物で城壁を無断で越えるなど言語道断、矢や魔法を飛ばされても文句は言えませぬぞっ!!」


 劈くようなハロルドの恫喝に、ぴゃっと仰け反り、小人さんは珍しく神妙な顔で、へにょりと眉を下げた。


「ごめんなさい」


 しょぼーんと項垂れる幼女。


 最近、怒られてばかりな千尋は、己のいたらなさに落ち込むのが早い。

 そんな小人さんを抱き上げて、ザックが挑むような冴えた眼差しでハロルドを睨めつける。


「お嬢は疲れてる。残りの説教はコイツに頼む」


 そう言うとザックはドルフェンを前に押し出した。


「え? は?」


 まだ飛行酔いが尾をひき、少し酩酊気味なドルフェンを、ハロルドは冷たく見据え、ギリっと奥歯を噛んだ。


「お前もお前だっ! 何故にお止めせぬかっ!」


 空から王宮へ入った事にも気づかないまま、轟く雷に肩を竦めるドルフェンである。


 そんな二人や外野を押し退けて、ザックは小人さんを抱えて伯爵家に向かった。

 遠目に見える伯爵家からは、見慣れた二人が駆けてきている。あちらからも遠目に小人さんの馬車が見えたのだろう。


「チィヒーロ様、この子達は如何しますか?」


 ザックの後ろからついてきていたヒュリアが小鬼達を指差す。

 小鬼達も、無言でザックの抱く小人さんに付き従ってきていた。


「取り敢えずお家で着替えさせよう。この格好じゃ、別の意味で警戒されそうだし」


 全裸に腰布一枚。地球であれば、警察が呼ばれる案件だ。


「御嬢様ーっ」


 駆けつけてきたサーシャがザックごと千尋を抱き締める。ナーヤも満面の笑みで千尋の手を取っていた。


「御無事のお帰り、心より神々へ感謝いたします」


「大丈夫でしたか? 怪我などされてはおりませんか? ちゃんと食べておられましたか?」


 潤んだ紅い瞳で問いかけるサーシャに、小人さんは目の奥がツンとする。


「いっばい失敗しちゃったよ。アタシは、まだ子供なんだって分かったにょ」


「まあっ、当たり前ではないですかっ! 御嬢様は、前と合わせても、こちらに生まれてから十年くらいなんですよ? 右も左も分からない子供に決まっていますっ!」


 サーシャの言葉に、みるみる周囲の人々の眼が見開く。

 ハロルドから御灸を据えられたドルフェンも慌てて駆けつけてきており、サーシャの言葉を耳が拾う。


「如何に御嬢様が賢かろうと、知らない事や教わってもいない事が出来ようはずもございませんわ。これから、ゆっくりお育ちになれば宜しいのですよ?」


 サーシャは両手で小人さんの顔を包み、切なそうに顔をしかめつつも笑顔を浮かべた。


 そうだ、幼女は子供なのだ。


 周りは、それに初めて気付き、頭に落石を食らった気分である。


 何でも知っている。何でも出来る。むしろ、こちらの予想外の行動に出る小人さん。

 それがデフォとなり、周囲に錯覚を起こさせていた。

 地球での彼女は妙齢な女性だったと聞き、さらにその錯覚に拍車がかかったのだ。


 ここでの幼女は、見た目そのままな年齢である事を忘れていた。

 あちらの知識が、こちらで知られていなかったように、こちらの知識も幼女には知らない事ばかりだろう。

 あちらは魔物も魔法もない平和な世界だと聞いた。身分などもなく、平々凡々な庶民であると。

 小人さんを見ていると、とても平民とは思えず失念していたが、あちらとこちらでは常識そのものが違うはずだ。

 彼女をいたらないと責めるのは、暗に周りの自分達がいたらないと責めているようなモノ。必要な知識を彼女に与えていなかったのだから。

 今回の遠征は、マルチェロ王子が同行した事により、その曖昧だった部分が明確に浮き出る旅となった。


 それぞれの胸に突き刺さる盛大なブーメラン。


 口をへの字にして大きな瞳を揺らす小人さん。


「御嬢様は、そのままで宜しいのです。ゆっくり大きくなれば良いのです。さ、旅の汚れと疲れを落としましょう」


 ザックから千尋を受け取り、サーシャはその小さな背中をポンポンと叩いた。


「お疲れ様でした」


「うん」


 サーシャにしがみつく幼女を見つめ、周囲は何とも言えない気まずさに満たされる。


 小人さんに甘え過ぎていた。


 学びに貪欲で、並み居る教師陣から称賛される幼子なれど、中身はまだ十歳の子供だった。

 いくら学力や知識があろうと、あまりに経験が足りない。この世界での千尋は、見た目そのままな子供なのだ。

 失敗を重ねて成長する。ここに居る誰もがそうであったように。

 その失敗をただ責めるだけで、自分達は何をしてきただろうか。


 へにょりとしょぼくれる幼女の背中を見ていただけ。


 唯一、行動に出たのはザックである。彼はハロルドの叱責から小人さんを庇い、本来叱責されるべきであるドルフェンを押し付けた。


 そうだ。バストゥークの出来事でも叱責されるべきは自分であった。


 ドルフェンは奥歯に後悔を噛み締める。


 小人さんは思うがままに行動するのだ。それをよく知る自分が矢面に立たずしてどうするか。

 唯々諾々と主を全面的に肯定するのではなく、違うと感じたら、話をせねば。

 細かい事でも突き詰めれば、案外見掛けからは分からぬ齟齬が見つかるかもしれない。


 以前にもあったではないか。


 ドルフェンは十年前の幼女を脳裏に浮かべた。


 彼女は大人顔負けの礼儀作法や所作を披露したが、王宮での晩餐会で、身分の低い者からの声に答えてしまった。

 まだ王女殿下だと知らない下位の貴族が、ドルフェンと共にいた小人さんに声をかけてきたのだ。

 この場合、無視をするのが正しい。

 しかしそれを知らぬ幼女は、にっこり笑って名乗ってしまった。

 気さくで気取らぬ彼女を知るドルフェンは、それを諭す事もせず、後から迎えに現れた王弟殿下に酷く嫌な顔をされたのである。


 あれも今思えば自分の失態だった。


 自責の念に歯噛みするドルフェンの脳裏に、再び小人さんが現れる。


『後悔は無意味だにょ。取り返しのつかない事なんか、どこにもない。そんな暇あるなら、働けーっ!』


 神々にすらそのように怒鳴った小人さん。


 くっくっとドルフェンの口の端から笑いがまろびる。

 それを怪訝そうに見つめる周囲を一瞥し、彼は清しく顔を上げた。


「いたらぬと分かったならば、努力するまでだ。チヒロ様に足りない部分は、我らが補わねばな」


 先程までとは打って変わった快活な瞳。


 それにつられてザックやアドリスの顔にも挑戦的な笑みがうかんだ。


「あれは一筋縄じゃいかないしなぁ」


「関係ない。お前らは防波堤になれば良い。御嬢に世話かけんな」


 ザックの一刀両断。真理だ。


 苦笑するアドリスとドルフェンの横を疾風が駆け抜けていく。


「チィヒーロぉぉーっっ!!」


 知らせを受けたらしいドラゴが、コックコートのまま全速力で走っていった。

 どどどどっと駆けていく厨房の熊さん。

 その背中を見送り、アドリスが軽く頭を掻く。


「チィヒーロは料理長に任せておけば大丈夫だろう」


 微笑ましげに伯爵家を眺めつつ、三人は声もなく肩を揺らして笑った。


 こうして新たな巡礼が始まり、千尋は学院へ通う事となる。


 今はへにょりと萎れる小人さんが復活するのも直ぐだろう。好奇心の塊な彼女が、何時までも落ち込んでいる訳がない。


 春麗ら。たまには凹んだりもするけれど。今日も小人さんは元気です♪

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