第42話 新たな巡礼と小人さん ~ここのつめ~


「んじゃ、あとは頼んだにょ」


 千尋は辺境外側、海に向かう方面にも同じような人工の森を二つほど作り、片道に十日、辺境に滞在三日という長丁場をようやく終えて帰路につく。


《では、この倅らを》


 レギオンの手招きで現れたのは、大人サイズの小鬼二人と子供サイズの小鬼三人。

 誰もが赤茶色の髪をしており、顔は前髪で分からない。ただ、一人だけ、真っ赤な髪の小鬼がいた。


《赤い髪は拙の次代。何処ぞに森を賜れば一方かたえとなりましょう》


 一方。つまり、何処かにもう一人いると言うことか。

 ほみ。と頷き、小人さんは大人サイズの小鬼を蜘蛛らに任せ、子供サイズの小鬼らを馬車に乗せる。

 そして護衛騎士らにバストゥークを目指すよう指示をした。


「アタシ達は飛んでいくから。騎士の本領だにょ。最速でバストゥークに来てね」


 ひらひらと手を振ると、小人さんの馬車が蜜蜂により持ち上げられる。

 驚愕に眼を見開く騎士らの目の前で、馬車は大きく旋回し、バストゥーク方面を目指して大空を飛んでいった。

 呆然とそれを見送りつつ、騎士らはハッと我に返り、慌てて空を征く馬車を追う。

 地面を走るより遥かに速い蜜蜂飛行。馬車に付き従うより単騎の方がずっと速い騎士団。その騎士団よりも速い、カノンとフーガ。さらに二匹の蜘蛛の上に胡座をかいて座る小鬼達。


 なんとも奇妙な一団である。


 ドルフェンは馬車に同乗しているため、一時的に指揮権を預かった副長、カゼリアス・ラ・ネルソンは、苦笑しながらも口の端に上る笑いを堪えきれない。


 なんと愉快な事か。これほど胸を踊らせたのは十年ぶりだ。


 彼は十年前の巡礼にも同行していた。過去の小人さんのアレコレを実際に眼にしてきた御仁である。

 当時も度肝を抜かれたものだが、今回は、それに輪をかけて滅茶苦茶だ。

 濃い藍色の髪を風にたなびかせ、カゼリアスは、さも愉しそうにくつくつと笑う。


 驚きも過ぎると笑うしかない。


 他の騎士らも同様のようで、誰もが子供のように眼を煌めかせて笑っていた。

 面白い時代に生まれたものだと、知らず神々に感謝を込め、彼等はしだいに遠くなる蜜蜂馬車を追って、馬を走らせた。




「御令嬢~~~」


 バストゥーク東門に着地し、何事も無かったかのように馬車を牽く蜜蜂達。

 迫り来る空からの飛来物を魔物と勘違いして腰を抜かし、思わず警鐘を鳴らしてしまった門番。

 その警鐘を聞き付けて集まった多くの兵士らが見守る中、件の飛来物が馬車だと気付き、唖然とするバストゥークの人々。


「にゅ? ただいま?」


 ただいまじゃないっ!


 馬車から顔を出して、ひらひらと手を振る幼女を怒鳴り付けてやりたい兵士らである。


「何事かと思いましたよっ! 普通に来てくださいっ!」


「これが、アタシらの普通なんだけど.....」


 小首を傾げる幼女のあざとさ。


 その無垢な瞳に毒気を抜かれ、ぷしゅぅと脱力感を覚える兵士達。


 ああ、王太子が言っていたのは、こういう事か。


『アレは常識を知らぬ。効率を重視するあまり、奇想天外な事を平気でやらかす。流せ』


 常識を知らないって.......、程がありませんかっ? 魔物を従えているだけでも規格外なのに、それに馬車を牽かせるとか、さらには空を飛んでくるとか、奇想天外にも程があり過ぎますっ!


 部隊長らしい男性が、厳めしい顔で小人さんを見つめる。

 言いたい事を呑み込んで、忌々しそうな顔の兵士らは、荒野の地平線にけぶる砂埃を視認した。

 しだいにハッキリとしてきた影はフロンティア騎士団。馬車を追って走ってきたらしい彼等は、満面の笑みでバストゥーク東門に到着する。


「馬車なら二日の距離も、一日かかりませぬな。これは良い」


 疲れも見せずに微笑むカゼリアス。


「だにょ。これからは、行きは陸路で道や土地を確認して、帰りは一気に帰ろう」


 にししと笑う幼女。


 しかしそこへ、ふらつく足取りのアドリスが力なく呟いた。


「いや、グルって回るのは..... うぷっ」


 ヨタヨタと馬車から降りてきた彼は、ヒュリアに背を支えられながら、とうとう馬車の横で膝を着く。

 蜜蜂らは離陸と着陸のさい、大きく旋回して方向を見定めたり、勢いを殺したりするが、それに耐えられないようだ。

 馬車の中の家具は固定されているが、人間はされていない。麦太君ら蛙達の結界で、かかる負荷は相殺されていたものの、旋回時の平衡感覚を失う浮遊感までは軽減出来なかった。

 双子や魔物らは、それを楽しんでいたが、ドルフェンやアドリスのような大人組には、ややキツかったようである。

 ドルフェンも平静を保ってはいるが、そのこめかみに浮かんだ脂汗までは隠せない。


 ほみ。改良の余地ありかにょ。


 ちゅっちゅと親指をしゃぶりつつ小人さんは思案する。そんな幼女をザックが抱き上げた。


「平気か? 疲れただろう。宿で休もう」


 ザックは小人さんのフードを下ろし、前髪を整えながら、甘やかに微笑む。


「ザックはダイジョブ?」


「ん? なにが?」


 平然と首を傾げるザック。


 若さかな? ヒュリアも平気そうだし。


 アドリスの背中をさすり、介抱するヒュリア。どちらも何とも無さそうだった。

 地球の絶叫コースターでも、スピードは平気だけど、回転が苦手とかいう人もいる。


 取りあえずは、ゆっくり休もう。


 ザックに抱かれたまま、小人さん一行はバストゥークの街で一泊した。




 そして翌日。


「今度はヤーマンだね。一気に行こーっ!」


 一斉に出立する馬車や騎士や魔物達。みるみる小さな影となるフロンティア一行を見送りながら、バストゥークの兵士がポツリと呟く。


「人生楽しんでるよなぁ」


 一瞬の間をおいて、バストゥークの兵士らは、揃って噴き出した。


「確かに。人生を謳歌しておられるな」


「あれだけ、やりたい放題してたら、さぞ楽しいでしょうね」


 ゲタゲタと腹を抱えて笑いつつ、兵士らは妙な爽快感を覚える。ここまで突き抜けてしまうと、もはや笑うしかない。

 笑うというのは大事な事だ。大抵の悩みや疑問は吹き飛んでしまう。

 最初はあまりのキテレツさに憤慨し、怒りに近いモノも覚えたが、過ぎ去ってしまえば、気持ちの良い人々だった。

 しがらみに囚われず、思うがままに進む小気味良さ。一見しても身分的な某かはなく、騎士も従者らも軽口をたたきつつ、御令嬢に振り回されている。

 一頻り爆笑した兵士達は、いつの間にか胸の蟠りがすっかり溶けてしまっていた。


 バストゥーク兵の部隊長は感慨深げに空を見上げ、すでに遠く、小さな影となったフロンティア一行に無意識に敬礼をする。


 一迅の風のように駆け抜けていった幼女。


 あのような御仁がフラウワーズにもおられれば......


 そこまで考えてから、部隊長は慌てて首を振った。


 いったい、何を考えているのか。


 己にも分からぬ無意識下の意識。


 名残惜しげな憧憬を瞳に浮かべたまま、バストゥーク兵士らは街に戻っていった。




「お囃子や舞いは無いの?」


 ヤーマンに到着したフロンティア一行は、当たり前のように秋津農園で夕食を取る。

 アドリスやザックは和食のアレコレを学ぶために厨房だ。

 いつも小人さんベッタリな二人がいないため、千尋は万里のお膝で寛いでいた。

 廓に御座敷と言えば遊びがつきものなはず。舞やお囃子、こんぴらふねふね、利き香、囲碁、矢立て、他色々。

 そういった花街特有のモノはないのだろうか。

 膝枕に寝そべる小人さんの頭を撫でながら、万里は事も無げに答える。


「お囃子に舞いかい? あるにはあるが、お花がいるよ?」


 お花とは報酬の事。世界一般の娼館とは違うキルファンの元廓は、古式ゆかしいしきたりが守られているようだ。


「舞妓や芸妓さんがいる?」


「ああ。枕芸者とは別に、うちには御座敷専門の置屋があるよ」


 聞けば、宴会などに花を添えるため、芸を学ぶ子供らがいるという。


 文字通り舞う子供。舞妓さんだ。


 今でこそ法律によって十五歳未満を労働につかせる訳にはいかなくなった日本。

 さらには御座敷という特殊な職場である事から、十八歳未満は働けなくなった舞妓。

 だが、その法律が出来るまでは、禿と呼ばれる年端もいかぬ子供達が、見習いとして舞妓をしていた。

 今でも舞妓さんが普段着からげすら肩上げ腰上げした着物を着ているのは、その名残である。まだまだ子供ですという意味なのだ。

 芸妓の見習いである舞妓は、先輩である姉さんの下で芸や作法を学び、その姉妹として御披露目される。

 その文化がキルファンには、正しく継承されていた。

 ちなみに舞妓は京都の固有文化。京都では十五歳からなれる舞妓だが、ほかの都道府県では許されていない。

 御座敷とは酒の振る舞われる場所。つまり水商売なのだ。長く文化として守り継がれてきた京都は特殊な法令で守られている。

 だから、京都以外では十八歳からしか働く事が出来ず、さすがに子供とは言えない年齢なため、名前も舞妓ではなく半玉と呼ばれる。


 万里から話を聞いて眼を煌めかせた小人さんが、置屋に突撃していったのは言うまでもない。


 その夜、秋津農園は御三味や笛が響き渡り、たいそう賑やかだった。


 障子に映る日本髪の雅やかな影。芸妓、舞妓が踊る中に、一人盆踊りをする子供の影があったのも御愛敬。


 嬉しい、楽しいを満喫し、今日も小人さんは元気です♪

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