第41話 新たな巡礼と小人さん ~やっつめ~


「だからね。試す価値はあると思うんだ」


 翌日、小人さんは騎士団らに見守られながら、荒涼とした大地に手をついた。

 途端に星が降るかの如く両手が輝き、金色の帯が縦横無尽に大地を馳せる。

 それに喚ばれて吹き上がる命の息吹き、みるみる萌え育つ植物を目の当たりにして、思わず固まる千早やフロンティア騎士達。


「見事なものです」


 眼を細めて笑うドルフェンとアドリス。


「でも、これって確か盟約を結んだ主がいないと枯れるんだろ?」


「いや.... 主がいても、金色の魔力で造られた森は枯れるはずでは? ゆえにクイーンの森も木々が薄くなったのでしょう?」


 アドリスやドルフェンが呟く。


 その疑問に小人さんが答えた。


「そう。何故なら金色の魔力は、無から有を生み出すものだから」




 金色の魔力とは世界創世の魔力。星が死を迎え、新たな星を生み出すとき、その真価を発揮する物だ。


 有るものを寄せ集め、足りないモノを足して世界を造る。つまり無から有を生み出す。


 それこそが神々の力。


 しかし本来は、神々が名前を受ける前にそれを何度も繰り返し、試行錯誤で、より良い世界を造るものなのだが、初創造なはずのアルカディアは、ひょんな事から生き永らえてしまい、結果、あらゆるモノが足りない世界となった。

 緑が足りない。水が足りない。生き物が生きるための最低限のモノしかない。

 当然、足りないモノを得ようと人々は動く。木材、鉱石、食糧。他etc.

 だが、この世界は金色の魔力で満たされていたせいで、それを得るための苦労を人々は知らず、人類は歪んで成長してしまった。


「だから、根本から改良が必要なんだにょ」


 幼女が地面から手を離すと、唸るほど生えていた植物たちが、カサカサと音をたてて静かに枯れ落ちていく。

 それは朽ちた落ち葉の一つも残さずに、大地から消え失せた。


「無から生み出したものは、何も残らない」


 綺麗さっぱり無くなった植物達、本来なら、これの助けを借りて他のモノが育つのだろう。

 後に残るのは、植物らの根が蔓延ったことによって凸凹になった無機質な地面だけ。


 じっとりと冷や汗をかきつつ見守る人々の前で、小人さんはポチ子さんや麦太君に何か指示をする。

 そして馬車へ駆け込み、大きな何かを持ってきた。

 麻袋に入った何か。ずっしりと重いそれを小人さんから受け取り、ポチ子さんが天高く舞い上がる。


「準備はいいー?」


 ポチ子さんを中心に散開する蜜蜂達。その下にも地面に散開する麦太君ら蛙達と、ミーちゃんら海蛇達。


「始めーっ!」


 小人さんの掛け声でポチ子さんが針を使い抱えていた袋を切り裂いた。


 途端にこぼれる細かい何か。


 それを周囲の蜜蜂達が風魔法で大きく広範囲に散らばせる。

 すると地面の蛙や蛇が、空に向かって水魔法を展開した。それも蜜蜂達の風魔法で巻き上げられ、散らされ、パタパタと大地に染み込んでいく。

 水の散開を続ける魔物達に小さく頷き、再び小人さんは大地に両手をつけると、金色の魔力を流した。


 先ほどのように一気にではなく、程よい量を、薄く広く。時間をかけて、ゆっくりと流していく。


 すると湿り気を帯びた大地から小さな芽が幾つも顔を出し、みるみる緑が広がった。

 まるでスローモーションのように枝葉をのばして成長していく木々達。

 下生えの草や花も咲き揃い、唖然と口を開いたままの人々の前で、再び鬱蒼とした森が姿を現した。

 それを見上げつつ、小人さんは地面から慎重に手を離す。


 ゴクリと固唾を呑む騎士団が見守る中、件の森は、小人さんの指先が離れても静かに風にそよいでいた。


「や....った」


 虚ろな光を瞳に宿し、小人さんはグラリと傾く。慌ててそれを受け止めつつ、ドルフェンは信じられない眼差しで森を凝視した。


「どういう事ですか? なぜ....?」


 驚嘆に戦慄く彼の唇。紡いだ声は微かに震えている。

 それにニンマリとほくそ笑み、小人さんは説明した。


「金色の森で大地を割り、そこに種と水を撒いて育成したんだにょ」


 ポチ子さんに渡した袋は、クイーンの森で集めた、あらゆる植物の種。

 訳が分からないドルフェンやアドリスが詳しく聞けば、金色の森は神々の森。森羅万象の理を覆して萌え出る。

 しかし、それは無から生み出したモノなので、金色の魔力を失えば消え去るモノだ。

 だが、それにより大地深くまで穿たれた木々の根っ子の跡は、そのまま残る。

 そこに種を蒔き、水を与えれば、植物の育つ環境が出来上がるのだ。


「あとは金色の魔力の出番よね。じっくり、ゆっくりと成長を促進したの」


 植物に無理をさせないよう、細心の注意を払い、最速で育成した。


「無から生み出したモノじゃない。種と水と光に育まれた、真っ当な森だもの。この方法なら、残るんじゃないかと思っていたの」


 満足そうな顔で微笑む幼女。


 金色の森によって地下深くまで耕された大地は、容易く新たな木々の根を受け入れる。

 普通に開墾しようものなら、とんでもない労力と時間を必要とする荒野なのだ。その問題を一気に解決する金色の森に感謝しきりな小人さん。

 金色の魔力を肥料としただけの森は、きっと問題なく育つ事だろう。盟約の成されたレギオンが傍にあるのだ。

 小人さんが生きている限り、肥料には事欠かないはず。あとは自然の流れで、朽ちた諸々が大地を潤していく。

 ここに獣や魔物が渡り、新たな棲み家とする未来を夢見る小人さん。


 無いなら、育てて増やせば良いのだ。


 大きな森の息吹きは水蒸気となり雲を呼び、雨を降らせる。

 きっと、そう遠くはない未来に、荒野は激減するのだろう。


 アタシは、その種を蒔く。子供の頃に読んだ絵本のお爺さんみたいに。


 人目があってはやれない実験。これを巡礼先でやろうと、小人さんは心に決めて出発した。

 バストゥークが魔獣に襲われている理由を知り、何を差し置いてもやらねばなるまいと考える。


 ここに本懐果たしたり。


 ほにゃりと笑い、小人さんは意識を手放した。


「チヒロ様っ?!」


 疲れはてた小人さんは、心地好い眠気に身を委ねて、木の実を植えるお爺さんの夢を見た。


 小人さんが実話だと信じるその物語が、実は創作なのだという残念な現実。

 だがそういった夢が、多くの理想を実現に結びつけたのも、また事実。


 こうして、新たな野望を胸に、魔力を使いすぎた小人さんは、睡魔に抱かれ眠りにつく。


《さなり、さなり》


 見渡す限り一面の森。


 それを嬉しげに見下ろすレギオンと、躍り回る小鬼達。


 ドルフェンとアドリスを除くフロンティア一行は、ただただ言葉もなく立ち尽くしていた。


 いったい何が起きたのか。


 千早は妹を初めてまともに疑った。こんな事は人間にやれる事ではない。


 ヒーロはいったい何者なの?


 今までも何度か思った事だが、それでも、一歩及ばずとはいえ、千早は妹に食らいついていた。

 勉強も魔法も武術も。どれも妹には及ばないまでも、見劣りはしない程度にやれていたはずだ。


 だけど、これは違う。こんなのは人の手で行える事ではない。


 千早が恐る恐る千尋を見ると、その満足げな寝顔にホッとする。


 ああ、ヒーロだ。可愛い妹だ。


 安堵に胸を撫で下ろしつつも、ついつい寄ってしまう幼い眉毛。

 複雑そうな顔の千早に気づき、ドルフェンとアドリスは苦笑する。

 今の千早なら、大人の話も理解出来るだろう。


 小人さんの周囲は、暗黙の了解で千早に小人さんの前世や経緯を詳しく話していなかった。

 理解が及ばないだろうし、うっかり外で口にしてしまえば誰の耳に入るかも分からない。

 さらには双子の行動範囲は王宮である。

 王侯貴族や他国の密偵など、有象無象のひしめく魔窟だ。


 うっかりが取り返しのつかない事態にもなりかねない。


 だから、千早には何の話もしていなかった。


 けど、こうして小人さんに同行するならば、話しておくべきだろう。

 彼女に関してはアドリスや両親らですら知らない事も、多分沢山ある。

 だから、自分達の知っている部分だけ。それだけでも共有しておきたい。

 ドルフェンはチラリと後ろを振り返った。そこにも千早と同じ顔の騎士達がいる。

 数名は十年前の巡礼に同行した者達だ。主の森に向かうと聞いた時点で大まかな事情は察していただろう。

 城下町に浸透した小人さん帰還の噂も耳にしているはずだ。今回の事で、それは確信に変わったに違いない。


「緊急会議かな」


「だな。この面子だけで箝口令をしこう」


 真剣な眼で頷き合い、ドルフェンとアドリスは馬車に小人さんを運んでいった。




 その夜、眠っている小人さんを魔物らに任せて、人間達は天幕に集まり、事のしだいを聞く。


 ジョルジェ伯爵令嬢は、十年前のファティマであったこと。神々の諸事情から死にかけたファティマの魂を救い、フロンティアを救い、世界を救ったこと。

 その褒美に、前世の記憶を持ったまま、本当の親子としてドラゴの娘に生まれ変わったこと。

 そしてまた、神々の頼みにより金色の環を造るべく巡礼を行わねばならぬこと。


 全てを聞き終えた人々は騒然となった。


「つまり、伯爵令嬢は金色の王という事ですかっ?」


「あれを見れば一目瞭然だろう。他の誰に、あのような神業が行える?」


「ああ、伝説を目の当たりにするとは....... なんたる光栄っ!」


「まさか、本当に小人さんだったなんて。道理で懐かしさばかりが胸に湧いたはずです」


 各々が思いを口にする中、千早は無言だった。

 いや、頭はフル回転で色々な事を考えているのだが、全く思考が纏まらない。情報量が多すぎる。


 ヒーロが歴史で習った金色の王? しかもファティマ様に乗り移って政治を動かしたって....... 子供に出来るの? え?

 フロンティア周辺を金色の環で囲って、神々と一緒に悪い神様を倒した? その御褒美に、またお父ちゃんの元に生まれた?


 えーっ? ちょっと待ってよぅ!


 頭がグワングワンと回る千早を、アドリスとドルフェンが天幕から馬車に連れていく。

 一緒についてきたザックとヒュリアに、しばし席を外してもらい、二人は柔らかなクッションに千早を座らせた。


「ここからは外部に漏らしてはならぬ話です」


 真摯な眼差しで見据えるドルフェン。いつも陽気で優しく笑っているアドリスも、やけに冷ややかな眼をしている。

 普段は見ない二人の鋭利な雰囲気。千早は、霜柱の如く幾つも這い上がる悪寒に身震いした。


「貴方の妹君は、アルカディアの人間ではありません」


 突然のカミングアウト。


 真ん丸目玉の千早に、ドルフェンは分かりやすく噛み砕き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


 小人さんは、元々は別の世界に生きる妙齢の女性だったこと。

 何も知らないまま神々の謀に巻き込まれ、アルカディアへやってきたこと。

 その別世界の知識をもちいて、多くのモノを救い、神々の想像をも上回り、より良くアルカディアを救ったこと。


「あとは他の者に説明した話につながります」


 神妙な顔のドルフェンは、微かに笑みをはき、千早の言葉を待つ。


「ヒーロは..... 余所の世界の人なの?」


「左様でございます。魂のみですが、あちらの世界の記憶も持っておられます」


「余所の世界の人.....」


 その小さな呟きに含むモノを敏感に覚り、慌ててアドリスが千早の横に膝を着いた。


「それは違うぞ? 余所の世界の魂であっても、チィヒーロはお前の妹だ。生まれてからずっと一緒だった兄妹だ、料理長の娘だ、分かるな? 間違えるなよ?」


 アドリスの言葉にドルフェンもハッとする。

 違う世界の人間なのだと言う言葉は、ある意味、アルカディアの者ではないとも聞こえる。

 その些細な違いが、家族である千早には、全くの他人であるとも聞こえるのだとドルフェンは気づかなかった。


「余所の世界の人なのに、僕の妹?」


「当たり前だろう? お前、忘れたのか? ずっと二人で遊んで学んで暴れてきただろう? それが全てだ。違うか?」


 にかっと笑うアドリス。物心ついた頃から一緒だった彼は、双子の兄のようなものだった。良いことも悪いことも色々教わり、一緒に叱られたことも、しばしばある。

 その彼が言うのだ。千尋は妹だと。


「うん。ずっといた。これからも、ずっと。違わない」


「そうだ。ずっとだ。もう二度と失わないように俺達で守るんだ」


 その言葉に、千早もハッとする。


 そうだ。さっきの説明が本当なら、お父ちゃんらは、一度、ヒーロを失ったのだ。神々に取り上げられた。


 ズクンっと千早の心が重くなる。


 守らなくては。いくらヒーロが賢くて魔力があっても、簡単に奪われ失われたのだ。


 僕は、にぃにだ。


「守るよ。絶対にヒーロを守る」


「おう、頑張んべ」


 むんっと鼻息を鳴らす千早に、ドルフェンがあからさまな安堵を浮かべた。


「すまん。私の言葉足らずだった」


 ぽつりと呟かれ、アドリスは悪戯気に眼を細める。


「仕方無いさ。お前さんはチィヒーロを上に置きすぎてる。でも、護衛騎士として、それは間違いじゃない。御貴族様だしな。平民感覚は分からんだろう?」


 肩を寄せあって生きる平民らは家族の情が篤い。ジョルジェ伯爵家は、その傾向が強いのだ。


 だからアドリスも気軽に訪れるし、気易く接しもする。


 しかし、家を重んじる貴族らは家族の絆が薄い。家と秤にかければ、我が子とて切り捨てる。


 それが当たり前のドルフェンは、金色の王としての小人さんに傾倒しており、そんな肩書きなど蹴倒して進むアドリスや千早の気持ちは察せれない。

 そういった価値観の相違が、こうして時々発生するが、ドルフェンが小人さん自身をも大切にしている事は間違いない。

 もし万一小人さんが金色の魔力を失ったとしても、彼の忠誠心は変わらないだろう。たんなる切っ掛けにすぎない。


 少し気落ちした感じのドルフェンの肩をアドリスが叩く。


「なあに、今だけさ。そのうち俺達より過保護になるのが目に見えてるよ、ドルフェン」


 そう。これから幼女は成長するのだ。


 見目麗しく育つと予測出来る小人さんの傍に、ずっと付き従うドルフェンは、きっと誰よりも神経を尖らせる事だろう。

 番犬の如く唸り狂う姿が、ハッキリと目に浮かぶアドリスである。


 こうして秘密を共有し合い、小人さん部隊は決意を固めた。


 地の果てまで運命を共にすると。


 今まではそれなりに距離のあった兄が妹べったりになり、ドルフェンの小言が増え、騎士団の緊張がやけに高まった理由を、小人さんだけが知らない。


 傍観者に撤するアドリスを見上げても、何故かニコニコ笑うだけ。


 一人、首を傾げる小人さん。


 それでも彼女は邁進する。


 一人軍隊と呼ばれていた小人隊は、心強い味方の騎士達を従えて。今日も明日も爆走します♪

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