第40話 新たな巡礼と小人さん ~ななつめ~
「あとどのくらいで着くん?」
「地図によれば、あと二日ほどでしょうか。一番近い辺境の森ですしね」
荒野時々砂漠な風景をながめつつ、千尋は窓の縁に顎を乗せた。
アルカディアでは、土地の明暗がハッキリしている。荒れて乾き枯れ果てた土地と、水を湛え萌える土地。
荒野には地球世界ならばお馴染みのサボテンすら生えていない、まさに死の大地だ。見ているだけで気が滅入る。
ひび割れの一つもない荒涼とした土地は、いったいどれほど長く水の恵みを受けていないのか。
地面もカッチカチだね。金色の魔力使いたぁぁぁい。
溜め息しか出てこない妹を、チラチラと気にする千早とドルフェン達。
実は小人さんにはある計画があった。
それを実行するために辺境の森を目指してもいる。無論、第一目標は盟約だ。
しかしバストゥークでの一件から、頭の中に持ってきた計画の方が重要度をおびてきたのだ。
上手く行くかなぁ。行くと良いなぁ。
はあ~っと長い溜め息をつく小人さんに、ヒュリアが声をかける。
「そんなに溜め息ばかり。ささ、御茶でも淹れましょう」
その言葉に頷き、千尋はテーブルに着いた。だが、出された御茶にも上の空。心配そうな周囲を余所に、辺境の森へ着くまで小人さんの溜め息は無くならなかった。
そうしてようようたどり着いた辺境の森。
フロンティア一行は、目の前に拡がる風景に言葉もない。
広さだけならばフロンティアの森よりも大きいだろう。
だが、痩せ細り半分もついていないスカスカな木々や、斑に形成された剥き出しの荒野や砂漠。ところどころ緑の深い場所もあるが、けっして多くはない。
これではまるでサバンナに毛が生えたようなモノ。とても森と呼べる土地ではなかった。
こんな事って。
顔を凍らせる小人さんの手をドルフェンが掴む。千早も同じように絶句していたが、アドリスがその小さな両肩に手を置いた。
「現実などこんなモノです。さ、主を見つけましょう」
「だな。人生なんぞ皮肉と挫折で出来てるモンだ。行くぞっ!」
にっと口角を上げて、ドルフェンとアドリスは双子を抱き上げた。
森とも呼べぬ広大な荒れ地に踏み込み、前を行くドルフェンとアドリスの左右に並び立つフロンティア騎士団。
馬車の見張りにカノンとフーガを残して、他の魔物らが騎士団の周囲を囲う。
千尋は針のように細い光を瞳に走らせ、人の手によってサバンナへ変貌しつつある森を睨み付けた。
これも弱肉強食、自然の摂理だ。でも。
幼女の眼窟に冷たい焔がやどり、凄惨に歪められた口元から微かな笑いがまろびる。
零れた小さな笑いを訝り、ドルフェンはつと視線を小人さんに向けた、そして、ぎょっと眼を見張る。
そこには今まで見た事もない笑顔の幼女がいた。悲痛な眼差しなのに、愉しくて堪らないような笑みをはいた泣き笑いのような顔。
「チヒロ....様?」
背筋を震わせ悪寒を堪えるドルフェンの言葉も聞こえていない。
千尋は仄暗い光を瞳に浮かべたまま、剃刀のように鋭利な言葉を紡いだ。
「アタシは我が儘なんだにょ......」
いきなり変貌した小人さんに、騎士団は言葉もない。だが、その切ない心境は周りにも理解は出来た。
クイーンの森のように緑深く萌える森を知るからこそ、目の前の光景が酷く無惨にみえた。痩せていたフラウワーズ国境の森にも驚いたが、ここはその比ではない。
見晴らしの良い隙間だらけの森にも獣はいた。魔物も。しかし、ポチ子さん率いる魔物部隊に怯えているのか、遠巻きにウロつくだけで、こちらに近寄ってはこない。
しばらく行くと、一面に広がる草原があった。他と違う独立した雰囲気。
脹ら脛の辺りまでフサフサと生えた柔らかい草と、野性味に溢れた色とりどりの花。
「ここだ」
見渡す限りの草原を見つめ、小人さんはドルフェンから降りる。
途端、風をはらんで波打つ草原。
コーンっと甲高い音がたち、目の前に何かが現れた。
《王か》
「たぶんね」
王なのか御先なのか、もはやあやふやだ。
それでも、やる事、やれる事、やりたい事は理解している。
ほくそ笑む小人さんの目の前で、風が小さな竜巻のように渦巻いた。そして、それが弾けるように霧散し、一人の人間が現れる。
褐色の肌の男性。長いボサボサ頭に葦を三つ編みにしたような紐を幾重にも巻き、全裸で腰に一枚の布を巻いただけな姿。
地球でいえば、一昔前の原住民みたいな出で立ちだ。
茫然と立ち尽くすフロンティア騎士団。
「人間? ここの主は人間なのか?」
固唾を呑み込み呟くドルフェン。
《違うな》
再びコーンっと涼やかな音が響き、草原全体を風が馳せて渦を巻く。
いきなりの突風に思わず身をすくませる騎士団と、小人さんを庇うように抱き締めたドルフェン。
風が吹き抜け、ばうんっと音が聞こえた時。そこには無数の人々と、小山が出現した。
最初に現れた人間と似たような風貌の人々。子供から大人まで様々な人間。
そして小山が小人さんを見下ろした。
《あらためて。御礼申し上げる、金色の王よ》
頭上から降りかかる思念。
呆気に取られて見上げた小山は、小山ではない。巨大な人間だった。
身の丈、二十メートルはあろうか。それは千尋がよく見知った姿をしている。
「鬼....?」
うっそりと笑う巨大な人間は額の左右に小さな角があった。角刈りのような短い髪型なため、その異質な存在がハッキリ分かる。
他の人々も鬼なのだろう。しかし、目元が見えないくらい髪が長く、たいして大きくもない角は隠れていた。
《拙せつはレギオンと申す。汝いましは?》
「アタシは千尋っ」
大きく答える幼女に、目の前の鬼は両手の拳を大地につけて、深々と頭を下げる。
《ほんに..... かたじけない。汝の力、助かり申した》
以前送った魔法石の事を言っているのだろう。アレを使ってもこの有り様なのか。
千尋はざっと周囲を見渡して身震いする。
「盟約しようっ! さあっ!」
小人さんは駆け出して、ぴょいぴょいとレギオンの身体を登っていった。そして彼の肩に飛び乗ると、耳の辺りによじ登りペチペチとその頬を叩く。
小さな生き物がくすぐったい。レギオンはそっと手を伸ばして千尋を指の上に乗せた。
《是非にも》
暖かな眼差しの大きな眼を閉じて、彼は小人さんに頭を差し出した。
その瞼に両手をつけて、幼女は全身全霊で魔力を込める。
瞬間、伸び拡がる金色の帯。しゅるしゅるとレギオンを包み込み、幾重にも草原を馳せ、森の範囲一帯を包み込むと、大きな音をたてて発光した。
ぱあんっと爆ぜた金色の帯は、煌めく光となって大地に降りそそぐ。
そこから萌え出る多くの息吹き。
瞬く間に森は甦り、深く濃い鬱蒼とした木々が大地を覆い尽くした。
何度見ても薄れない感動。
ドルフェンとアドリスは、懐かしい小人さんの姿に眼をすがめる。過去に幾度となく見てきた光景だ。
死の大地をも甦らせる金色の魔力。盟約さえあれば失われない多くの森。
驚きに声も出せない新人騎士らを微笑ましそうに見つめ、ドルフェンとアドリスは顔を見合わせた。
「始まったのだな。新たな伝説が」
「ああ。前の伝説は誰も知らない。ここからが本当の小人さん伝説だ」
十年前に行われた世界の救済は、極少数しか知らない活躍だった。フロンティアを建国した初代金色の王を遥かに凌駕する功績なのに、それを記す者は誰もいない。その事実を証明する事も出来ない。
神々しか御存じでない活躍は、新たな転生をもって労われた。だから文句もないドルフェン達だが、彼女が人々から称賛を受けられない事だけが悔しかった。
アドリスは平民だ。その悔しさも薄いが、ドルフェンは、心が血を流すほどに腹立たしかった。
王侯貴族の中にはジョルジェ伯爵家を侮る者が多い。
平民あがりの料理人。浮浪児を拾っただけで伯爵位を得た野蛮人。棚ぼたで皇女殿下をたぶらかした慮外者。
多くの悪し様な噂が、背鰭尾びれどころが腹鰭胸びれまでつけて社交界に出回っている。
あの家族と共にあり、その事情を全て知るドルフェンにとって、根も葉もない噂を、まるで事実のように語られるのは、叫び出したいほどの屈辱だった。
お前らが生きて囀さえずっていられるのは誰のおかげか。何も為さずに血統だけで権利を享受している輩こそ慮外者であろう。
貴様らにチヒロ様の何が分かる? ドラゴ様の懊悩や葛藤も知らず、何を吠たえるかっ!
全身を奮わせて叫びを抑え込むドルフェンの眼に映るのは小さな主。
ここからです、チヒロ様。ようやく世間に知らしめられましょう。あなた様の尊さを。
すでに陽も傾ぎ、茜色に染まった大空を見上げ、ドルフェンは感無量でレギオンと戯れる千尋に笑みを浮かべた。
きゃっきゃと飛び回る可愛い幼女。それに首を垂れて涙ぐむ大きな鬼。
お伽噺のような光景に、ドルフェンの視界が歪んでいく。
それぞれの想いを胸に、小人さんは巡礼の一歩を踏みしめた。
それは小さな一歩ではあるが、時代をつくる確かな階への一歩だった。
憧憬を浮かべたまま夢のような一幕を眺めていた小人さん部隊は、翌日、小人さんの本領を目の当たりにして、再び声を失うのだが、その未来を今の彼らは知らない。
「アタシは我が儘なのっ!」
リスのように頬を膨らませる明日の幼女。未来で仁王立ちする小人さんは、今日も元気です♪
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