第39話 新たな巡礼と小人さん ~むっつめ~


「...ぅん?」


 伝説と現代が結ばれ、何が起きた? 何が原因だ? と、右往左往する大人達を余所に、すぴすぴと眠った小人さんは、やけに息苦しくなり、薄目を開ける。


 するとそこには件のノーム。


 小人さんの胸の上に正座して、前髪に隠れて見えない眼で、じっと見つめていた。


 いや、それより降りて。苦しい。


 非現実的な光景に夢現のまま、小人さんはノームへ手を伸ばす。

 するとノームが、その手に何かを渡した。

 硬質な感触の何か。ほに? と眼をしぱたたかせ、小人さんはそれを顔の前まで手繰り寄せる。


 手の中には黒紫色の石。


 少し神経をざわつかせる色目の石は、妙に重く千尋の掌に張り付いた。


「なん? これ」


 ようよう意識のはっきりしてきた小人さんは、ノームを余所にむくりと起き上がり、ぼぅっと周囲の確認をする。


 ここは客間かな? アタシ寝ちゃったのか。


 鉱山街に似つかわしくない重厚な調度品。ベッドも蓋がつき、ここが王族御用達の邸である事を千尋は思い出した。


「そのノームさ。泣いてるんだ」


「うひゃっ?!」


 一人だと思っていたところに、いきなり声が聞こえ、ぴゃっと振り返った千尋の眼に見慣れた兄の姿が映る。

 ベッド脇にある椅子に両足を抱えて座り、複雑な色を宿す黒い瞳。

 何時もと違う千早の雰囲気を訝しり、千尋は首をかしげた。


「夕べね。ノームが言ってたの。ここは哀しいって」


 はい?


 意味が分からない。


「ここはね。眠ってるの。沢山の命が。なのに、皆が掘り返そうするから、哀しいって」


「眠ってる? 誰が?」


 そこまで言って、小人さんは気がついた。


 地球でだって同じだったじゃないか、比喩的に使われるその言葉は、安置、あるいは埋蔵されているモノ。命という表現がつくなれば、それは死者を表している。


 小人さんの予想を肯定するかのように、千早は眉根を寄せて呟いた。


「ここを奪われた人達が怒ってるの。だから、ここは襲われるの。返してって」


「にぃには何で、そんな知ってるん?」


「言ってるじゃん。ほら」


 千早の指差す先には件のノーム。


 身振り手振りを交えて、何かを伝えようとしている。


 だが、千尋には分からない。


「ひょっとして、にぃに、ノームの言葉が分かる?」


「ヒーロには聞こえてないの? 助けてって、ずっと言ってるよ」


 うわぁ...... ぶっ壊れアイテム再びかっ!


 どうやら千早のイヤーカフは人ならざる者の言葉も拾えるらしい。


 しばし頭を抱え込んだ小人さんは、取り敢えず詳しく話を聞いた。


 聞けばこのバストゥークの街は、最近になって、かなり拡大したのだそうだ。

 以前はもっと南方にあり、街は鉱石を集めて送るだけの採掘場だった。

 しかし昨今、技術の向上に伴い、街が大きくなり、小さな村程度だったものが王都にも負けない規模に拡大したのだとか。

 飛躍的に発展した街の一部に呑み込まれた場所。それがこの地、多くの者が眠る場所である。


 ここは魔獣の墓場。死を予感した強者らが代々眠る場所。

 辺境から離れ、魔力の届かぬギリギリで朽ち果てる事で、その身に宿る魔力の拡散を意図して魔獣は最後を迎える。

 少しでも森を広げるための自然の摂理。

 しかし、そこに人間が街を作ってしまった。それを奪還すべく魔獣らはバストゥークを襲っていたのだ。


 ノームの渡してきた石は、その魔獣らの成れの果て。長い年月をかけて大地深くに蓄積された魔獣らの魔力の結晶。

 これを暴かれたら、魔獣らの努力が無駄になる。さらには、これを脅かす別な問題もあるという。


「ここの地下にはダンジョンがあるんだって。そこが意図的に塞がれて、中で魔獣達が暴れくるってるんだって」


「それって....」


 思わず憮然とする千尋に、千早は年齢に似つかわしくない炯眼な眼差しで頷いた。


「前にクイーンの森であったよね? あれと同じなんじゃないかな?」


 あの蟲毒事件。


 現場を調べた騎士団により、何かしらの結界が張られ魔獣達が閉じ込められていると知らされた小人さんは、即座に魔術を破壊した。

 そして、このような方法で凶悪な生き物を生み出そうとする呪法があるのだと説明すると、騎士団や直属の魔術師らは顔面蒼白。

 内部を捜査し、魔術痕や、その術式から犯人を割り出そうと必死になっている。


 あれと同じモノがここでも行われている可能性が高い。


 これは王太子に相談しないと。


 眉唾な話ではあるが、幸いな事にマルチェロ王子は小人さんにそれなりの信頼を寄せてくれている。話せば膠にはすまい。


 そんな事を考えていた小人さんの眼にノームが映る。彼はちんまりと座り、じっと二人の会話を聞いていた。


「そういや、ノームは何で現れたのかな」


 可愛らしいダンゴっ鼻をチョンっと突っつき、首を傾げた千尋に、千早が答えた。


「ヒーロの魔力が金色だから具現化出来たって言ってるよ」


 あ。


 そう言うことか。と、小人さんは歯茎を浮かせた。

 世界を作る金色の魔力。その規格外な魔力が魔法生物達を活性化させるのだ。


 だが千尋は、その説明に小さな引っ掛かりを覚える。


「具現化って事は、何処かに本体があるのかな?」


 千尋の言葉に、千早とノームが頷き合う。


「本体は地下にいるって。んーと? すごく深い所で? 精霊を生み出す何か? があるみたい」


 千早の説明に、小人さんの心臓がドクンっと跳ね上する。

 その文面を正しく受けとるなら、フロンティアのダビデの塔と同じモノが、ここの地下にもあるという事だ。

 そして、辺境を離れてこんな遠方で最後を迎える魔獣達。


 小人さんの頭で、何かが形を作ろうとしていた、その時。


 扉をノックする音が聞こえ、掴めそうだった何かは霧散する。


「チィヒーロ? 起きておるか?」


 そっと扉を開いたのはマルチェロ王子。その後ろには心配げな顔のドルフェンもいる。


「話声が聞こえたのでな。良く眠れたか?」


 言われて小人さんは時計を見た。すでに正午を回っている。

 それに微笑みつつ、マルチェロ王子は件のノームを見つめた。

 そわそわと落ち着かない風情で憧憬にも似た光を瞳に浮かべ、彼はノームを凝視する。

 熱い視線にさらされて、いたたまれなくなったのか、ノームは小人さんの小脇に潜り込んだ。

 それを見たマルチェロ王子が、あからさまに不快感を漂わせる。


「ノームは我が国の守護者と言われる精霊なのに...... 何故にそなたに」


 何故と言われても。


 金色の魔力は世界を造り、司る魔力だ。

 魔法生物には、抗いがたい魅力的な存在。それに伴う力も与えられるから、こうしてノームが具現化する事も出来る。

 ダビデの塔でもそうだった。

 千尋は少ししか魔力を流していないにも関わらず、サラマンダーが顕現した。

 ロメールや千早は、顕現させるのにかなりの魔力を要したという。


 って事は何かな? ダビデの塔と同じモノがある場所に行けば、アタシは精霊を得られると言う事かな?


 洗礼を受けるまでは、こんな事はなかった。アレで何かが変わったのかもしれない。


 苦虫を噛み潰した顔の王太子を余所に、小人さんは思考の海に沈む。


 そして閃いた。


「王子もノームが手に入るかもしれないにょ」


「なんだとっ?」


 ぱっと顔を上げた幼女に、マルチェロ王子は瞠目する。その眼差しに同衾する希望と歓喜。少年じみたソレは、十年前に見た、主の森への期待と、そっくりな色をしていた。


 変わったようで変わらないモノがここにもある。


 思わず懐かしさに破顔した小人さん。


 クスクス笑う幼女の愛らしさに、小さく呻き声を上げる者らがいたが、それも御愛嬌。


 小人さんは場所を応接室に移し、千早を介して聞いた話を王太子らにも話した。バストゥークの地下で、何かが起こっている可能性が高い事も示唆する。


「もし、フロンティアと同じなら善からぬ者の介入が予想されるね。そして、ここを占拠している限り、魔獣らの襲撃は終わらない」


 予想外の話に唖然とするフラウワーズ勢。


「それが事実だとすれば大変な事だ。バストゥークは国境の森と辺境の森に挟まれた土地で、魔力の回復が著しく、ここ十年の間に、かなり重要な街になっている。バストゥークに何かがあれば、フラウワーズの屋台骨が揺らぎかねない」


 蟲毒によるスタンピードや、突然変異的に生まれるかもしれない凶悪な魔物の可能性。

 それを別にしても魔獣らが頻繁に襲ってくる現状もあり、原因を究明して手を打たねば取り返しのつかない事態が垣間見える。

 響動く人々を一瞥し、小人さんは千早の紡いだ言葉を思い出した。


 泣いている。


 魔獣が。ノームが。大地が。


 ここを占拠された事を嘆いている。


 どうしたものか。余所様の国に口出しするのも憚れるし、かと言って見過ごせば悲惨な未来しか浮かばない。

 なるようになるのだろうが、それは小人さんの理想から大きく外れる形になるのは間違いない。


 小人さんは我が儘なのである。


 筋金入りの我が儘である。そりゃあもう、鉄筋並みの。


 だから、思うがままに進むのだ。


「あのさぁ、王子。バストゥークの街の一角を売ってもらえないかな?」


 でないと後悔する事になるよ?


 にっかり笑う幼女の顔には陰惨な影がおり、その炯眼な眼差しに周囲は戦いた。


 話せば分かる、話せば分かるんだ。うん。コレは時々凶暴だが、意味のない事はしない。しないはずだよな?


 己を鼓舞するかのように気持ちを奮い起たせ、マルチェロ王子は詳しい話を小人さんから聞いた。


 そして絶叫する。


「そう言う事は、もっと早く言えーっ!!」


 バストゥークが魔獣に襲われている理由を知り、慌てて部下らを集める王太子。

 知らず広げた街の一角に魔獣ホイホイが存在していたなど誰も気づかなかった。


 あらぁ。結構物分かり良いのな。でも買うからね。あげないよ。


 ふんすっと鼻息を荒くする小人さんを、羨望の眼差しで見上げるノーム。

 その嬉しそうな様子に気付き、小人さんはノームの頭を撫でた。


「そういや、まだ、名前あげてなかったね。ノームかぁ。ん~、コロポックル? コロンはいるから、ポックルね」


 魔力をのせて撫でる小さな手。うっとりと撫でられたまま、ノームは嬉しそうに頷いた。


 そんな長閑な光景を余所に、バストゥークと王太子は上を下への大騒ぎ。

 取り敢えず近場から兵士達を呼び寄せて警備を強化し、王都から騎士団を率いてダンジョン捜査と討伐に当たるらしい。


「こういう時、信頼のおける国が隣で良かったとつくづく思う」


 兵士を集めて国境警備が手薄くなっても、攻撃される恐れがないという安心感。何物にも代えがたいソレを、マルチェロ王子は心から感謝した。


「上手くいけばノームの手助けを期待出来るにょ、頑張れ、王子♪」


「私の魔力で足りるか分からぬが、やってみよう。ありがとう。そなたも気をつけてな」


 元々バストゥークで別れる予定だった一行は、それぞれ予定通りに歩む。


 フロンティア陣は辺境へ向かい、フラウワーズ陣は王都に帰還。

 まさかの事態が起きたため、早馬をたて、最速で王都を目指す王太子達。

 頭が痛い事この上ないが、すでに原因が判明しており、やる事も決まっているのは有り難い。


 遠退くフロンティア一行を見送りつつ、マルチェロ王子とフラウワーズ騎士団は深々と頭を下げた。


 こうして成り行きでノームを得て、御満悦な小人さん。


 千早が羨ましそうに唇を尖らせるのも御愛嬌。


 何処へ行っても騒動に巻き込まれる小人さんですが、彼女は今日も元気です♪

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