第38話 新たな巡礼と小人さん ~いつつめ~
「と、いう訳だ。分かったな?」
「あい......」
ここはバストゥークの街。
あの後、そのまま街に入った小人さん一行は、王族が滞在する用の別邸に連れ込まれ、マルチェロ王子から、騎士団一同まで揃って御説教を食らっている。
「お忍びではないのだ。権力を行使するならば、それに伴う責務も果たせ」
耳が痛い。
小人さんはソファーの上にちんまりと正座して、しょぼーんと項垂れた。
魔物は一般的でなく、周囲に恐怖や警戒心を与えること。さらには辺境の森が近いバストゥークは、度々魔物の来襲にあうことがあり、神経を尖らせていること。
「兵士らの対応は真っ当なものだ。そなたは言いがかりをつけたに過ぎん。それを国王らの威を借りて黙らせて、どんな心象を彼等に与えたか分かるか?」
御説ごもっとも。
千尋は、さらに丸まり小さくなった。
それを見かねたドルフェンが、思わず助け舟を出す。
「発言、宜しいでしょうか?」
「許す」
軽く挙手したドルフェンに、王太子は鷹揚に頷いた。
「確かにチヒロ様の対応は誉められたものではありませんでした。しかし、御令嬢はまだ七歳の子供なのです。そのような機微を持たれるには幼すぎるかと」
やや芝居じみた身振りを加え、ドルフェンは眉根を寄せて言葉を紡ぐ。
しかしそれを炯眼に見据え、マルチェロ王子は大仰に溜め息をついた。
「そなた、本気で言っておるのか?」
「は?」
「コレを七つの年相応な幼子なのだと、本気で申しておるのかと聞いている」
顎をしゃくって、小人さんを示す王太子に、思わず言葉に詰まるドルフェン。
小人さんの背後に並ぶ騎士らも、無意識に眼を泳がせる。
水面に波紋を作るメダカのように、ピチピチと眼をさまよわせる騎士ら。
それに生温い笑みをうかべ、王太子は心の中で嘆息した。
分かっておるのではないか。
騎士達の態度の端々に、気まずい含みを感じ取り、マルチェロ王子は小人さんの前に膝を着く。
「そなたは力を持つ。それをひけらかすならば、それに倣え。倣うのが嫌ならば行動を慎め。分かるな?」
目線を合わせて、真剣な面持ちのマルチェロ王子に、小人さんは小さく頷いた。
やらかしてしまった。使えるモノは何でも使えと考えなしな事をやらかしてしまった。
ここはフロンティアではない。魔物に耐性もないし、選民が絶対の権威主義な国だ。
上が、白だと言えば黒でも白。
そんな土地で、最上位の権力をかざせば、誰だって怯み畏まるだろう。
下々の反論をよしとするフロンティア王家が変なのだ。変なのだが、それがあるべき形なのだと知る小人さんには、おかしく映っていなかった。
だから、こういう所で綻びが出る。
しょぼんと俯き、何も言わない小人さんから視線を外し、今度は騎士団に御説教を始めるマルチェロ王子。
「だいだい、そなたらもそなたらだ。上手く窘めて主を諫めるのも家臣の務めであろう」
くどくどと言われるお小言に、フロンティア騎士団らも言葉がない。
ドルフェン個人は、なんとか身分に見合う態度を小人さんにしてもらおうと努力はしたが、身分ある者の前では見事に社交をする彼女が、身分のない者の前では、その猫をかなぐり捨ててしまうのを止められなかった。
王族には王族の。貴族には貴族の。平民には平民の。それぞれに合わせて、小人さんはガラリと雰囲気が変わる。
よくぞあれだけ態度を使い分けられるモノだと感心するドルフェンだが、それでも普段から貴族然とした態度を心掛けてもらう努力はしたのだ。行動にも服装にも。
しかし、それらは尽く徒労に終わった。
何故なら、どれもが小人さんだから。
使い分けたり、演技をしている訳ではなく、どれも自然な入れ替わりなのだ。
相手に合わせて豹変する、その全てが小人さんなのである。
基本は平民。時々貴族。たま~に準王族。
当たり前にコロコロと変わる態度に言葉使い。ドルフェンには訳が分からないが、気を許した者には身分に関係なく平民仕様で接しているところを見ると、基本が平民なのは間違いないだろう。
だがその曖昧さが、こうして齟齬を生み出す。
ドルフェンには止められない。防げない。これでは従者として落第だ。なんとかしないと。
苦虫を噛んだ顔で、彼は悄然と肩を落とす小人さんに申し訳無くて仕方無かった。
その小人さんを慰めるようにポチ子さんらが、そっと寄り添う。
肩口でスリスリと頬を撫でたり、手に巻き付いてチロチロと指を舐めたり。
小さな生き物達の優しさに、千尋は苦笑した。
「ありがとうね」
そう言うと小人さんは鞄から蜂蜜キューブを取り出して、それぞれに一つずつ与えた。
魔力とは別に、魔物は通常の食事もする。魔力は嗜好品のようなものだ。
魔物は特に甘味を好むので、食事とは別に、オヤツ用の甘味を小人さんは時々与えていた。
手軽なオヤツとして持ち歩いているのが、各種クッキーや蜂蜜キューブ。
蜂蜜キューブは果物系や穀物系など、小腹が空いたり疲れた時にも重宝する便利アイテムだ。
それのリンゴキューブの包装紙を外して、一つずつ手渡していく小人さん。
ポチ子さんもミーちゃんも嬉しそうに口にする。麦太君も大はしゃぎ。
群がる他の魔物らにも渡しつつ、ふと小人さんの手が止まる。
何の気なしにキューブを渡したが、今の見慣れない手は何だろう?
紅葉のような両手が差し出され、ついキューブをポテっと置いた小人さん。
幼女が恐る恐る横を見ると、そこには見慣れない何かがいた。
モサモサな髪と髭。頭にボルサリーノのような革の帽子をかぶり、ダンゴっ鼻のすぐ上まで前髪があって、その顔は分からない。
「おまえ、誰だぁーっ!」
思わず上がった小人さんの叫びに、周囲の視線が集まる。そして小人さん同様、見慣れない生き物に絶句した。
彼女の隣に座ってキューブを食べているのは千尋よりも小さな人間。子供ではなく人間。大人。小人さんよりも小さな大人。
ん? とでも言いたげに首を傾げるソレ。
再び小さな両手を差し出されて、思わず唖然とする小人さん。それを速攻でドルフェンが抱き抱えた。
「何ですか、これは? フラウーズの者ですか?」
全長三十センチ位の人間に、思わず戦くフロンティア騎士団。
その問いに全力で首を振り、マルチェロ王子も顔面蒼白。
「知らぬっ! 何だ、これはっ?」
ジリジリと遠巻きに後退る人々の喧騒を聞きつけ、邸の者達がバタバタと応接室にやってきた。
「いかがなさいましたか?」
「これっ! これは何かっ?!」
これと指差されたモノを見て、邸の者らは眼を見張る。
「ノームじゃないですか。珍しいっ」
「ノーム......? って、あの伝説の?」
言われて気づいたのか、マルチェロ王子は驚嘆の眼差しで小さな人間を見た。
「精霊ですか?」
ドルフェンも理解したのか、もちゃもちゃとキューブを頬張る小さな生き物を刮目する。
金色の王フェチの侯爵一家は、彼の王が従えていた精霊らを知っていた。その一節にノームの記載もあったのだ。
話を聞けば、はるか昔から、フラウーズにはノームが現れていたのだとか。
魔力に満たされていた頃には珍しくもなく、人々とノームは仲良く暮らしていたという。
鉱石を掘ったり、畑を耕したり。多くの土地でフラウーズはノームの恩恵を受けていた。
しかし魔力が大地から失われ、しだいにノームを見ることはなくなり、今では伝説の中にしか記されていない。
「私もお伽噺の中でしか知らぬ。いや、驚いた」
『ホッホ』
新しいリンゴのキューブをもらい、御満悦に包装紙を外すノーム。
その周りに鎮座して、困惑げな眼を見合わせ、何が起きたのか理解出来ない人々。
そんな中で、小人さんだけが瞳を輝かせてノームを見つめていた。
これがノームかあぁぁ、人形なんだなぁ。
どうやらノームは蜂蜜キューブが気に入ったようで、幸せそうにもちゃもちゃしている。
そして顔を上げて小人さんを見ると、小さな手から、さらに小さな人差し指をついっと差し出した。
何となくそれに応じ、小人さんも人差し指を出す。
すると御互いの指を突き合わせた瞬間、何かがズルリと小人さんの身体から抜けていく。
「あ.....」
覚えのある感じ。魔力が繋がり抜けていくこの感覚を、小人さんはよく知っている。
小人さんの小さな声に周りが反応したとたん、ノームと幼女の間に小さなトカゲが現れた。
『キャウっ』
『ホッホ?』
顕現したのはサラマンダー。鈍色の尻尾をブンブン振って、嬉しそうにノームと絡まっていた。
一見、微笑ましい光景だが、小人さんの背後から凄まじい冷気が漂ってくる。
うわぁ。振り向きたくない。
冷気の元は言わずと知れたマルチェロ王子。彼は炯眼に眼をすがめ、微動だにせず幼女を視界におさめていた。
「説明を。そのトカゲは何だ?」
何と説明したものか。
喚びもしないのにコロンが現れたのも初めてである。いったい何が起きたのか。
「えーと..... サラマンダー?」
幼女の言葉でマルチェロ王子の口角が不均等につりあがる。ヤバいと小人さんが思った時には、もう遅く、応接室の中に怒声が轟いた。
「説明しろーっっ!!」
ノームとコロンや他の魔物らと引っ付きあい、小人さんは冷や汗を垂らして王太子を見上げる。
周囲の騎士達が天を仰ぐ中、とつとつとフロンティア王宮で起きた出来事を小人さんは説明した。
夜が更けてもマルチェロ王子の追求は終わらず、疲れきった顔の二人が対向かいで溜め息をついたのは、外が白む頃。
「つまりあれか。そなた、このノームの主になったということか。...... フラウーズの地にあって、何故にそなたが」
「知らないよぅっ、だって、気づいたら横にいたんだもんっ、アタシのせいじゃないよぅっ!」
確かに。
半ベソでわちゃわちゃ暴れる小人さん。
ノームは、コロンや次郎君らサラマンダーと楽しそうに会話している。
『きゃうっ、きゅうっ』
『ホッホッ、ホッホ』
『きゃふっ』
意味が分からない会話を耳にしつつ、それでも嬉しそうな三匹と、知らずに和む人々。
ただ、ソファーに座る千早だけが、複雑そうな顔でノームを見ていた。
その真剣な面持ちに気づかないまま、座っていた小人さんは、疲れからパタリと後ろに倒れた。
「チヒロ様っ?」
慌ててドルフェンが抱き起こすと、半ベソ顔のまま、すぴすぴと寝息をたてている。
呆れ顔な笑みを浮かべ、ドルフェンは幼女を抱き上げた。
「御開きにいたしましょう。寝かせてまいります」
「ああ、すまなかったな。もう朝か」
白む窓の外が眼に痛い。
こうして、訳が分からないまま、小人さんはノームを手に入れた。
笑うノームと踊るサラマンダー。
密かに臍を噛むマルチェロ王子。
後日、執念のマルチェロ王子は、大騒動を経てノームを手中におさめた。
彼が子供のように破顔し、ノームを溺愛するのは、余談である。
これからの騒動をまだ知らぬ小人さん。
親指をしゃぶりつつ、難しい顔で眠る幼女。その前途は多難である。
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