第97話 カストラート王と小人さん むっつめ


「これはまた..... 初めまして、イブンサウド・アル・ジャイザリー伯爵と申します」


「..........? チィヒーロ・ラ・ジョルジェです。以後、よしなに」


 あらかじめ話は手紙にしたためていたのだろう。家令に案内されてきた男性は深々と小人さんに頭を垂れる。


 ヒュリアの亡くなった父親の弟という銀髪碧眼の紳士は、人なつこい笑顔で、にっこりと微笑んだ。

 年の頃は四十と少し。居佇まいも優美の一言で、柔らかな物腰から一目で文官と分かるし、どこぞの伯爵様のように闘う文官では無さそうだ。

 そして何より気になるのが名前である。


「失礼ですが、ひょっとして.......... えーと、他国の方が公爵家の系譜におられませんか?」


 小人さんの言葉に伯爵の柳眉が跳ね上がる。

 だが、そこは貴族。然したる不自然さも見せずに取り繕い、静かに尋ねてきた。


「.....何故、そう思われますか?」


 質問に質問で返すなよな。


 一瞬、喉まできた千尋だが、己の質問が言葉足らずな事に気がつき、彼女はさらに説明を加える。


「お名前です。それって、ファーストネームが抜けてますよね?」


 目の前の伯爵が名乗った名前はアラブ系特有の名前だ。

 あちらでは二つか三つほどの名前が並ぶ。

 自分の名前、父親の名前、祖父の名前など、大抵は肉親の名前である。

 更に子供が生まれたりすると改名し、アブー・何とかとか子供の名前も繋げたりするのだ。

 もしこれが通常のアラブ人なら、サウドの息子、ジャイザリーの孫とかいう意味になるのだが、このサウドが曲者。

 小人さんの記憶に間違いがなくば、サウードとかいうのは地球のアラブで王様をやっていた家系である。

 名乗られたイブンサウド。サウドの息子。これは父親の名前のはず。ならば、その前につくはずの本人のファーストネームが名乗られていない。


 その説明にしばし呆然とし、伯爵は探るように言葉を紡いだ。


「..........何故、チィヒーロ様が、それを御存知なのですか?」


 大きく眼を見張るヒュリアに、同じく眼を見張るジャイザリー伯爵。

 二人にアラブ系の外観は窺えないが、創始がソレ系であって、代々カストラートで婚姻を繰り返して来たのならばおかしくもない話だ。


「これは話すしかありませんな」


「他言無用に願いますね」


 答えに説明が必要になってしまうのだろう。

 たぶん、知られては困る秘密の。


 小さく頷き、困ったような顔を見合わせる銀髪の二人から、小人さんは話を聞いた。


 その昔、神話の時代。カストラートがまだ国ではなかったころ。一人の賢人が、この土地を訪れたという。

 銀髪に赤い眼の賢人は多くの知識と技術をもたらし、この地にカストラート国の原型を造った。

 そして妻を娶り、末永く暮らしたらしい。


「それがジャイザリー家の祖先です。そこから、ずっとこの名前が当主の名前になっております」


「そして、ファーストネームは秘するようにと。絶対に知られてはならないとの、しきたりがございますの」


 なるほど。


「チェーザレ。あんたの管轄かな?」


 小人さんが声をかけると、千早の姿をしたチェーザレが思案するように首を傾げた。


『かもしれぬな。まだ記憶が足りぬが、たぶん我の送った御先の誰かであろう。あるいは御遣いか』


 ヘイズレープへやってきた地球の導師の中にアラブ系の人間がいたのだろう。

 その誰かの子孫あたりが、ヘイズレープで御先か御遣いとなり、アルカディアへ導師としてやってきてカストラートを訪れた。そんなとこか。


「でも、ファーストネームを秘するか。どういうことなんだろう?」


 怪訝そうに眉を寄せる小人さん。そこへ呆れたようなチェーザレの声が聞こえる。


『真の名前は隠すものだろう? 生まれや誕生日も。呪術には必須だからな』


「..........そのように聞いておりますな」


「ええ、わたくしのヒュリアもミドルネームです。ファーストネームは本人と親しか知りません」


 当たり前のごとく呟く三人に、フロンティアの面々は驚いたかのような顔で瞠目する。

 

「呪術ですか.....?」


 幾分上ずった声で問うドルフェンに、ヒュリアはコクンと頷く。

 さも当然のような、その態度。思わず小人さんは頭を抱えた。


 いや、待って? 呪術とか、カストラートでは当たり前なの? 魔物を調教したりと、かなり他の国と違わないか?


「これってカストラートの常識?」


 苦笑しつつ尋ねる小人さんに、ジャイザリー伯爵は首を横に振る。


「いえ、我が家のしきたりです。他では聞きません」


 真摯な眼差しの伯爵を見つめ、千尋はある事に気づいた。ヒュリアと伯爵の見事な銀髪。

 これに彼女は見覚えがある。


「レギオンか.....」


 小人さんの呟きを聞いて、首を傾げるチェーザレ。


『なんだ?』


「おまいでない。鬼の方のレギオンなり」


 かつて御先であったレギオンが、フラウワーズからグルリと辺境を一周して、再びフラウワーズへと戻る行程で、必ずカストラートとフロンティアを通ったはずだ。

 そしてレギオンは種を植えた場所に御遣いを放っている。

 つまり、カストラートには人間が放たれたわけだ。銀髪に赤い眼の。

 それはきっと途中で信者か御遣いとなった者。ドナウティルの誰かだろう。


 風に揺れるマーロウらの銀の髪とオレンジ色の瞳。


 赤味のある瞳と銀髪は北の大地の特色である。フロンティアが存在する南の大地ではあまり見かけない色だった。


 カストラートから見たら、大陸のほぼ真反対にある国だ。まともに陸路を行けば数ヶ月はかかってしまう位置。

 そんな所から流民が入るわけがない。これは間違いなく誰かの意思で連れて来られた者の名残である。


 そう、彼の昔に辺境を渡り歩いて魔結晶の種を植えた誰かとか。


 こういう事も前以て言っておけやぁぁぁっ!!

 ドナウティルがオスマントルコ風だった訳だよ。辺境近かったゆえに、他の諸外国に染まらなかったんだな。


 ドナウティル近辺を訪れた導師がアラブ系の人物なのは分かっていた。

 でなければ、あれほど忠実にムスリムの文化を再現は出来まい。


 頭を沸騰させて考える小人さん。あの鬼は、隠している事が多すぎる。


 ヒュリア達の見事な銀髪が、その出自を知らしめていた。


 大公家にのみ伝わるらしい銀髪。祖先の名残なのだろうが、カストラートは内陸部に近いため、完全に欧風の文化が定着化した。

 おかげで髪色くらいしか残らなかったのだろう。


 しかし.....? ってことは?


「その賢人とやら、まだ生きてるんでないの?」


『だろうな。感じるし』


 チェーザレは、大公家の広間の大きな窓から見える王宮を、じっと見つめた。


 マジかぁぁぁっ!!


 小人さんも思わず王宮を凝視する。あそこの地下深くに存在している主の森。そこに件の御先か御遣いがいるはずだ。


 大公家に滞在する面々が呆然と見上げる王宮。その塔では、今にも破裂しそうな厭悪が渦巻いていた。




「お久し振りですね、父上」


 ゆらりと立つシャルル。


 魔力の陽炎が立ち上る彼の姿にカストラート王は狼狽えた。

 過去に多く存在した銀髪の者。今では大公家の象徴でもある銀髪を王家に取り戻すため、カストラート王は散々苦労してきた。

 そうしてようやく生まれた銀髪の第二王子。


 嬉しかった。愛息子だった。跡継ぎは王太子でも、このシャルルに良い姫を娶らせて、次の跡継ぎをと考えてもいた。


 そのルイスシャルルに自分は何をした?


 己の仕出かした過去を思い出して、苦悶に表情が歪むカストラート王。

 そんな父親の内心など気にもせず、シャルルは部屋の中に入ると、おもむろに懐から短剣を取り出す。


「貴方のせいで僕は十年も人生を台無しにされた。貴方のせいで国が傾き、兄上らも苦労している。.....何よりも、僕のお嫁様を蔑ろにし蹂躙しようとした罪は重い」


 幼少時からの十年と少し。


 その長い時間、ずっとシャルルの脳裏を占めていたフロンティアの花嫁。

 洗脳されていた影響もあいまり、彼にとって、迎える予定の花嫁が全てになっていた。

 病的なほど心酔し、毎日毎夜恋い焦がれた金色の姫君。


 何よりも尊く愛おしい。


 文字通り、シャルルの人生そのものである。


「ねぇ、父上? 貴方、この国に必要ですか?」


 酷薄な笑みを浮かべて眼をギラつかせる第二王子。その瞳は瞳孔が開き、人ならざる妖しげな光をチラつかせていた。

 足につけられた鎖をジャラジャラいわせて後退るカストラート王。

 その矮小な生き物を見下ろしつつ、シャルルは残忍に口角を上げた。




「取り敢えず王宮に行ってみよう。ジャイザリー伯爵への委任も申請しないといけないしね」


 小人さんはドレスを装い、急いで馬車に乗り込む。

 それに続く人々につられ、馬車に乗り込んだジャイザリー伯爵は中の広さに驚いた。


「これは.....? まるで部屋ではないですかっ」


 呆然と見渡す紳士にクッションをすすめ、小人さんはテーブルに御茶の用意をとアドリスに声をかける。

 ヒュリアは仰天する叔父の姿を見てクスクスと笑い、懐かしそうに眼を細めた。


「わたくしも最初は驚きましたわ。フロンティアの魔術具による効果なのですって」


「魔術具..........」


 唖然と口を半開きにしたまま座るジャイザリー伯爵。


 あらためてフロンティアの技術を目の当たりにし、感服する伯爵である。


 そして各人がテーブルに着き、御茶が回され、小人さんは事のしだいをジャイザリー伯爵に話した。

 神々からの依頼で辺境を回り大きな金色の環を作らねばならない事。

 そうすれば大陸全土に魔力が復活し魔法の理が定着する事。

 その関連で色々起きてもいて、その怪しげな一つがカストラート王宮の地下にもある事。


 ざっと説明して、小人さんはジャイザリー伯爵の様子を窺う。


 彼は驚嘆に眼を大きく見開いてはいるものの、動揺はしていない。

 静かに眼を伏せて、じっとティーカップの中身を見つめていた。


「それが真実であるならば、貴女は..........」


「金色の王かな。一応ね」


 しれっと宣う少女に、思わず眩暈を覚える伯爵。これは王宮への報告案件だ。


「それで、王宮へ向かうのは、地下の森と盟約するためですか?」


「それもあるけど、何か変な予感がするさ。こう、説明しがたい何かが、ぐずぐずと腹の中に溜まっていく感じ」


 カストラートに入ってからこちら、小人さんは地味な魔力の流れを感じていた。

 最初は魔物が貴族に飼われている関係から感じる魔力かとも思っていたが、商隊の魔物を購入して、それとは違う魔力なのだと気がついた。

 どろりと大地を這う微かな魔力。細く頼りない魔力の全ては王宮へと繋がっている。

 チェーザレの説明で、その魔力の根元が分かり、ソレと共に嫌な予感が小人さんの中で頭をもたげた。


 何か変だにょ?


 そう考え始めたら、いてもたってもいられない。


 ソワソワする小人さんは、ふと、自分を観察するようなジャイザリー伯爵の眼に気がついた。

 ほに? と首を傾げて伯爵を見つめる少女。


「あ、いや。.....何故に、そのような重要な話を私にされたのかと」


 ああ、とばかりに千尋は微笑み御茶をすする。


「どうせ隠し通せるモノでもないしさ。いずれ世界中が気づくだろうし、秘匿するほどの事でもないにょ」


 そのうち全ての大地に魔力が復活するのだ。誰もが魔法を使える時代がやってくる。

 だが、それを成すためには時間が必要で、多くの協力者も必要だ。力押しでやりまくったら、きっと後々面倒なこととなるに違いない。

 

「カストラートにも森が存在するなら、それを守ってくれる人が要るんだ。王家があてにならないのは知ってる。だから、この秘密をヒュリアの信じる貴方と共有したい」


 フラウワーズではマルチェロ王子。ドナウティルではマーロウとマサハド兄弟。

 まるで共犯者のように世界と神々の秘密を共有する人々。

 その一端に関わったヒュリアが、信じるにたると言った人物なれば間違いはないだろう。

 そう思い、小人さんは聞いたら後には退けぬ秘密をジャイザリー伯爵に話したのである。つまりは罠。


 聞いてしまったからには肯首する他はない。


「なんともはや..........」


 あまりの狡猾さに絶句する伯爵。これは子供の思考ではない。侮ると手痛い羽目になるだろう。


「あと半分なんだぁ。それが完成するまでは秘密にしてちょ」


 にかっと破顔する少女。


 王家に次ぐ権力を持つ大公家。だがたぶん、その本家は伯爵家だ。


 小人さんは炯眼に眼をすがめた。


 過去に訪れたという賢人の家系であり、名前を継ぐ伯爵家。

 大公家は伯爵家を守るための盾なのだろう。過去の地球の一部では、古くに末子相続というしきたりがあった。

 年嵩な者が外敵から家を守り、末の子供が係累を守るという、家長制度の変形だ。一族丸々で家を守る形。

 それで準えれば、長子であるヒュリアの父親が大公となり外敵を排除し、次子であるジャイザリー伯爵が名前を継いで係累を守るというのも頷ける。

 賢人の名前を伯爵が継いでいるのが動かぬ証拠。


 そう説明する小人さんに、伯爵は参ったとばかりに両手を軽く挙げた。


「御慧眼、畏れ入りました。なれば御互いに秘密ということで?」


「んだね。アタシも墓まで持ってくから、伯爵もよろしくね」


 にししっと笑う小人さん。


 それに頷き、伯爵とヒュリアは複雑そうに苦笑いする。


 名前だけで一族の秘密を看破されるとは思いもしなかった。


 こうして新たな助っ人を手に入れ、小人さん一行は王宮へと向かう。


 王宮深くにどす黒く渦を巻く邪な何かを、今の小人さんは知らない。

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