第20話 金色の王と小人さん ~前編~


「どうして、こうなった」


 過去に幾度となく呟いてきた言葉。


 目の前の状況に、小人さんは眩暈がする。


「だから、千尋を王宮に連れていくのは反対だって言ってるだろうっ? もういい、二人はキルファンに匿うっ!」


「そんな事出来る訳ないだろうがっ? 少しは落ち着けっ!」


「いや、もう、それでも良いかなぁ。ほら、親戚に預ける感覚でさ。良くあるじゃない?」


「投げないで下さいっ、王弟殿下っ!」


 さて、誰が誰でしょう?


 答え。前から順に克己、アドリス、ロメール、ドルフェン。


 キルファンに新しく興された王家。筆頭の摂政家が暫定的に王位に着き、国を守る事になって、何故かジョルジェ伯爵家に畏敬訪問をしたいのだとかで、克己が使者としてやってきたのだ。

 そして、小人さんの事がフロンティア王家にバレかかっていると知り、瞬間沸騰。修羅場へと突入する。


「バレない訳がないんだよっ! キルファンじゃ、皆気づいていたんだからっ!」


 絶叫にも近い克己の言葉。


 そうなのだ。


 夏の祭りに訪れたドラゴ一家。


 その子供らの一人、小さな女の子に、キルファンの人々は釘付けとなった。

 何故なら、どこからどうみても小人さんだったからだ。

 快活な笑顔、付き従う魔物、縦横無尽に駆け回るその姿。

 見間違いなどさせようもない、その一種独特な自由奔放さ。


 小人さんだ。


 自分達の窮地を救い、新たな国興しの陣頭指揮をとってくれた恩人。


 姿形が変わっていたとしても、忘れる訳がない。


 漠然とした感覚だったが、誰もが小人さんだと看破していたらしい。

 だが確信はない。あちらの事情も分からないし、隠している可能性もある。


 ゆえにキルファンの人々は、あえて口にしなかった。


 それを聞いて、小人さんは眼を丸くする。


「.....嘘だ、どんどこどん」


 力なく呟かれたフレーズに、思わず克己が噴き出した。


「おまっ、それは反則...っ、ぶはっ」


 ツボったらしい克己は、腹をかかえたまま丸まる。忙しく揺れている肩を睨めつけながら、小人さんは眼を据わらせた。


 いや、まあ、今のはアタシが悪い。

 ちゃかした訳じゃなく、つい口から出ただけなんだけど。


 王宮にバレているのが何処らへんなのか分からない。

 たんに新たな金色の王候補が生まれたと思われたのか、前世の小人さんと重ねたのか、そのへんはロメールにも読めないらしい。


 だが、過去に玉虫色の精霊を授かったのは、金色の王その人と、それに連なる次代達のみ。

 ドルフェンが持ってきてくれた古い文献にはそう書き残されているのだとか。


「うーん、たしかに。そう書かれてるね」


「私の曾祖父が、時の大戦であげた戦果の褒賞として写させてもらった文献だと聞いています。間違いはないかと」


 ドルフェンの曾祖父と言えば、かるく三百年くらい前になる。

 金色の魔力で満たされていたフロンティアの平均寿命は百五十歳。

 それを逆算したら、四百年前かもしれない。


「取り込まれる事、間違いなしじゃないかっ! 千尋、荷物を纏めろっ! すぐにキルファンに逃げるぞっ!」


 悲壮な顔の克己に、ちょいちょいと指招きし、近付いてきた克己の頭を、小人さんがポカリと叩いた。


「落ち着け。その気になれば、アタシは自力で逃げられるのよ。それにキルファン巻き込んでどうするの。フロンティアを舐めんじゃないわよ?」


 興されたばかりの新興国キルファン。


 長く世界に君臨していたフロンティアの相手など出来る訳がない。

 小人さんの拳は、狼狽える克己に、現実を見ろと辛辣に語っていた。


「まあ、すっとぼけるしかないよねぇ。この見てくれで金色の王ってのも無理があるでしょ?」


 小人さんは、ざっと後ろ髪を掻き上げて、ニタリとほくそ笑む。


 真っ黒な髪に翡翠色の瞳。


 金色の王たる片鱗は欠片もない。


「上手くいく事を願うよ」


 ロメールも肩を竦めつつ、同意する。


 周囲の人々も、言われてみれば..... と、得心顔で頷いていた。


「なんにだって例外はあるもの。アタシがたまたま全属性で、玉虫色の精霊を授かったで押し通そうっ」


 ふんすと胸を張る小人さん。


 苦笑する周りは、そこまで楽観的になれないが、それでも千尋の言葉に納得する。


 まさか、王家側に切り札があるなどと、この時の彼等は、誰も知らなかったのだ。




「ようこそ。久し振りだの、伯爵令嬢」


「御尊顔、拝し奉る栄誉を賜り、恐悦至極に存じます、国王陛下」


 相変わらず見事な口上。


 今回は、王家の秘密に関わる事として、両家以外の人間を人払いし、奥まった一室での会見となった。


 ドラゴ側は、伯爵家親子とロメール。


 王家側は両陛下と王太子。


 御茶の用意をした侍女を下がらせ、国王陛下は単刀直入に話を切り出した。


「鈍色の精霊を授かったと聞く。見せてはもらえまいか」


 想定内の言葉に、千尋は掌サイズのトカゲを喚び出す。

 彼女がクルリと指を回すと、そこに鈍色のトカゲが現れた。


 眼を見張る国王一家。


「ロメールのも見せてもらったが。本当に玉虫色なのだな」


 光の加減で浮き上がる七色に、感嘆の溜め息をもらす両陛下。

 ウィルフェは、ただただ眼を皿のようにして、精霊を凝視している。


 ほうぅと溜め息をつき、国王陛下は千尋を正面から見据えた。


「これが金色の王のみに与えられる精霊だというのは御存知か?」


 言われて小人さんは困ったかのように頬へ手をあてる。


「王弟殿下から聞いてはおりますが。有り得ぬ事。わたくしの両親は、フロンティア王家と縁もゆかりもごさいません」


「だが、こうして証拠が目の前のある」


「わたくしは洗礼で全属性を賜りました。それゆえの事ではないかと」


「過去にそのような前例はないのだ」


「過去に無いからといって、これからも無いとは限りませんでしょう?」


 にっこりと微笑む幼女。


 これが今年洗礼を受けたばかりの幼子か?


 ある種の確信を持ち、国王は古い文献をテーブルに広げた。

 それはドルフェンの持ってきた文献と、ほぼ同じ。内容に偏りや齟齬もない。


「これにな。書かれておるのだよ。五千年以上に渡り、そのような例外はなかったと」


 千尋を見つめる国王の瞳が慧眼にすがめられる。

 いつも暢気な陛下にしては珍しい、仄暗いその眼差しに、小人さんは微かな焦りを覚えた。


 何かがおかしい。何を見落としている? 


 国王の眼は、頭から小人さんの言葉を疑っていた。

 疑われるような発言はしていないはずだ。

 困惑げな顔を装いつつも、高速で頭をめぐらせる小人さん。


 そこで気づいた。逆ではないのか?


 千尋が疑いを持たれたのではなく、国王側に某かの確信があるのではないか?


 御互いに折り合わぬ主張を繰り返し、国王は一冊の本を取り出した。


「こちらが原本でな。テーブルの上のものは写しなのだ。普段は宝物庫深くに保管されておる」


 なるほど、これらは写本なのか。


 その原本を国王から受け取り、千尋はおもむろに開いた。

 内容はほぼ同じ。原本の方が、やや古めかしい言い回しだが、写本と内容は変わらない。

 ペラリ、ペラリとページをめくり、眼を走らせる小人さんに、ロメールが、はっと気がついた。


「待って、チィヒーロっ!」


 それと同時に国王陛下も声をかける。


「どうだね? 写本と比べて」


「そうですね、言い回しが古い感じはありますが、ほぼ同じ内容ですね」


 千尋の言葉に、周囲の顔が凍りつく。

 ロメールは瞠目したまま、その瞳に絶望を宿していた。


 え? なに?


「そうか、変わらないか。そなた、読めておるのだな、その本が」


 皮肉を込めたような国王の呟き。


 その一言で、小人さんは謀られたのだと一瞬で看破する。


 王家に保管された原本。


 これは、初代金色の王が直筆した金色の王の記録であり、その文字は金色の魔力で書かれているため、金色の王にしか読めない本だった。


 それを千尋は事もなく読んだ。


 つまり、自らを金色の王だと認めてしまったのだ。


 周囲には白紙の本にしか見えず、何の話だろうと首を傾げていたところに、小人さんの仕草から、何かを読み取っていると感じたロメールが、慌てて止めようとしたのだ。


 これが国王の切り札。


 過去には、金色の王を装って王家を謀ろうとした不埒ものもおり、それらを判別するのに使われた手法だ。

 この原本の秘密は、代々の国王に口伝で伝えられている。


 この秘密を知る者は他にはいない。


「そなた、金色の魔力を持っておるな」


「この髪と瞳で、そのような事、あろうはずがございません」


 茶番だ。すでに王手は打たれている。


 だが、千尋の言葉にも信憑性はあった。


 過去の金色の王は、全て金髪金眼なのだから。これにも間違いなく、黒髪の金色の王も、また前例のないこと。


 限り無く黒に近いグレーな疑い。


 とにかく落ち着こうと、千尋は出されていた御茶に手を伸ばした。

 しかし、その手を誰かが掴む。

 驚いて顔をあげた千尋の眼に、驚愕の面持ちなウィルフェが映った。

 その眼は見開き、金色の瞳が大きく揺れている。


「そなた.... チィヒーロか?」


 思わぬ言葉に、小人さんの心臓が跳ねあがった。


「王太子、千尋から手を離していただけますか? 婚約者のいる婦女子に触れるなど、あってはならぬ事ですよ」


 そう言いながら、ロメールはやんわりとウィルフェの腕に手をかける。

 ロメール自身も心臓が爆発しそうだったが、そこは年の功。

 上手く心情を隠して、薄く笑みをはく。


 それを無視して、ウィルフェは手荒に千尋の左手から手袋を剥いだ。


 ドレスアップした小人さんは、いつも手袋をしている。淑女のマナーでもあるので、誰も気に止めない。

 騎士団に通う事になったときも手袋をしていた。こちらも騎士団の制服の一環であり、誰も気に止めない。


 だがその手袋は、金色の親指を隠すためでもあったのだ。


 それが今、白日の下にさらされる。


 幼女の金色の爪を見て、王家側は言葉を失った。


 何故にウィルフェが小人さんの正体に気づいたかは分からない。


 万事休すと、天井を仰ぐロメール。


 ウィルフェに腕を掴まれたまま、小人さんは小さく溜め息をついた。


 鉛を呑み込んだかのように絶句する人々。


 やはり、小人さんの人生に平穏はほど遠い。......合掌。

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