第21話 金色の王と小人さん ~後編~


「父上から聞いても信じがたかったが.... そなた、本当にチィヒーロなのだな?」


 ウィルフェは、小人さんの小さな手を握り締めて、くしゃりと顔を歪めた。


 国王から? いったい何を?


 ロメールにも意味が分からないらしく、訝るようにウィルフェを見ている。

 そんな人々を一瞥し、国王は、もう一冊何かを取り出した。


「これはな。初代金色の王である、サファード様の日記だ。彼の御方は転生者であったと書かれておる」


「転生者?」


 ドラゴらが不思議そうな顔をする。


 千尋が地球という世界からの来訪者で、このアルカディアに生まれたのだという事は理解していたドラゴ達だが、それが転生というもので、魂が巡る輪廻だとは理解していない。


 唯一、それを理解するロメールと千尋は眼を見開き、そのような書物が残されていたのかと顔を見合わせた。


 国王の話によれば、初代金色の王サファードは、のちの子弟のために多くの文献を書き記していた。

 中でも特筆すべきなのが、金色の王の記録と、サファード個人の日記。

 この二つのみが、金色の魔力で執筆されており、同じ金色の王にしか読めないよう細工されている。

 内容が内容なだけに公開は出来なかったのだろう。


 日記には、サファードが転生者であり、神々のはからいから前世の記憶を所持して、フロンティアを建国、クイーンと世界を巡ったのだと記されていた。


「代々の国王にのみ明かされる王家の秘密だ。輪廻転生。そなたが、これであると、わしは考えたのだ」


 だとしたら、彼女は誰の転生か。


 そこが分からなかった。


 懊悩する国王陛下。しかし、その答えは十年ほど前の混乱期にあった。

 あの複雑怪奇な問題を幾度となくロメールと話し合った時、ロメールが口にした言葉。


『ファティマは王宮が殺したと。まるで他人のような口振りでした。仕方がないでしょうね。王女であるファティマは、あの時、死んだのだと言いたいのでしょう。今の自分はドラゴの娘だと』


 悲痛な面持ちのロメールに頷き、さもありなんと落胆を覚えた、あの言葉。


 もしや、あれが某かの比喩ではなく真実なのだとしたら?


 チィヒーロがファティマではなく、全くの別人なのだとしたら?


 国王は目の前の蟠る幾重にも絡んだ霧が、さあっと晴れ渡った気がした。


 ファティマの記憶が失われたのも、その誰かがいなくなったからではないのか?

 金色の王はその人であり、ファティマではなかった。だから、その人が消えたと同時にファティマは金色の王でなくなったのだ。


 そう考えれば、全ての疑問に辻褄が合う。


 なれば、今、目の前にいる幼女の中の人物は........


 輪廻転生という概念がフロンティア国王にはあった。

 何故ならば、フロンティアを建国した初代金色の王が、その当事者なのだから。


 だからこそ辿り着いた答えである。


 ウィルフェは次期国王として、この話を父親から聞いた。

 最近、問題の渦中にある幼女が、ひょっとしたら十年前の小人さん、チィヒーロの生まれ変わりなのではないかと。

 鈍色の精霊の噂から、国王の疑惑は確信へと変わったのだ。


 それを聞き、ウィルフェは荒唐無稽な話だと思った。有り得ないと。


 だがしかし、もし、それが本当なら?


 あの時、ファティマに忘れさられ、愕然となった自分。


 大して仲が良かった訳ではない。それでもウィルフェは、事があれば集まる家族の暖かさを覚えている。

 普段は忙しくて、中々顔を合わせることもない両親や、後宮から出てこない兄弟らが、チィヒーロがいる時のみ、申し合わせたかのように集まっていた。

 のんびり御茶をし、他愛もない話題で微笑み合う。

 あの暖かな絆を繋いでくれた、小人さん。


 彼女がいなくなってから、王宮には以前の冷たさが蔓延っていた。


 母親の家系を血族とし、他を排他するまことしやかな空気。


 以前と同じになっただけなのに、あの暖かな時間を過ごした後では、その空寒さは何倍にも膨れ上がった。


 ここ数年の王宮内を脳裏に描き、思わず背筋を震わせて、歯を噛み締めるウィルフェ。


 こんなところにも小人さんを失った弊害が残されていた。


「そなた、よくぞ..... ああ、もう良い、御為倒しは要らないな、お帰りチィヒーロ。また一緒に暮らそう」


 熱に浮かされたかのようなウィルフェの言葉に、ドラゴらはギョっと眼を丸くさせる。


「何を仰っておられるのですかっ! チィヒーロは、私の娘ですっ!」


「だが、中身は昔のチィヒーロなのだろう? この指を見よ。王たる証を持っているではないか。王宮で金色の王として暮らすのが当たり前ではないか?」


「いや、それ強引過ぎるよね? 君、おかしくなってない?」


「ならば、王家の者となれば良い。たしかテオドールの婚約者候補であったはず。なんなら、私が娶っても構わない」


「あ~..... それな? 白紙になっておる。今世のチィヒーロの婚約者は、ロメールだ」


「は? え? 叔父上のっ?? 何てことですかっ、叔父上っ、あなた、幼女趣味だったのですかっ!」


「いやっ、今の君に言われたくはないねっ、今、君だってチィヒーロを娶るとか、馬鹿言ってたじゃないのっ! 婚約者の公爵令嬢はどうするつもりさっ!!」


 喧々囂々と怒鳴り合う男ども。


 ガチカオス。


 ロメールまでが参加する喧騒に、一人、桜だけが不穏な眼差しを向けている。


「あんた方、大概にしなっせ。千尋の前世が金色の王であろうと、同じでしょう? ドラゴの娘です」


 そう。以前の小人さんもドラゴの娘だった。


 はたっと我に返った男達は、バツが悪そうな顔で俯く。


「何を勘違いなさってるのか知りませんが、金色の王とは金色の魔力を持つ者なのですよね? 王家の者ではありませんよね?」


 辛辣な瞳で国王を射抜く桜に、慌ててウィルフェが待ったをかけた。


「いやっ、それは違うっ! 金色の王は、フロンティア王家に連なる者であり、王族と同じだ!」


「お黙りなんし。初代金色の王は、最初から王族だったんですか? 建国の王であって、王族ではないのでしょう? 何事にも始まりがあり、それが連綿と続くと、とんちきな錯覚をおこしやがる。どんなに由緒正しい家系であろうと、遡れば、初代は成り上がりなんですよ」


 ぴしゃりと言い放ち、桜はあらためて国王を見据える。


「大切に育ててきた我が子を奪おうとするならば、それ相応の報復は覚悟の上ですよねぇ? あんたさんがフロンティア国王の権限を振り回すのであれば、こちらも伝家の宝刀を引き抜くしかない。お忘れですか? あたしゃ、これでも元キルファンの皇女であり、現キルファンに多大な裁量を持つんですよ?」


 すうっと眼を細め、桜は薄い唇に意味ありげな弧を描いた。


 武力こそフロンティアに劣れど、その国力、技術力はフロンティアを遥かに上回るキルファン。

 実際に、数年前のフロンティア混乱期を支えてくれたのは、キルファンの技術だ。

 今でもフロンティアが大した被害もなく、穏やかに暮らしていけているのは、ひとえにキルファンからの惜しみ無い支援があるためだった。


 力とは武力ばかりではない。


 もし、今、キルファンから手を引かれたら、フロンティアは、あらゆる分野で目も当てられない惨状となる。


 固唾を呑む王族らを一瞥し、桜はふくりと顔を緩めた。


「でもまあ、事が事ですし? お困りなら手を貸すくらいはいたしましょう。けれど千尋の人生に干渉はさせませんよ。千早にもです。そんな下手を打つようなら、あたしら家族は余所に行きますよ」


 領地も領民もない名前だけの爵位である。身軽な事この上ない。

 その言葉が、はったりなどではないと察した国王は、思わず狼狽えた。


「確認したかっただけであって、他意はない。今までどおり暮らしてくれたら良い」


「父上っ?」


 憤慨を隠しもせず噛みつくウィルフェを、王妃が扇で差し止めた。

 歯噛みする王太子を余所に話は進み、結果、小人さんの秘密は、ここにいる人間らだけで秘匿される。


 前世の事を含めて、小人さんは神々との関わりや流れを説明した。

 国王達は、自分らの与り知らぬところで世界の滅亡が迫っていたのだと理解し、顔を青ざめさせる。


 それもこれも全て終わった事。


 そのおかげで、千尋はあらためてドラゴの子供として生まれ変われたのだ。ある意味、感謝していた。


「だが、チィヒーロよ。前世といえど、わしは、そなたの父親だったのだ。.....父親らしい事は何もしてやれなんだ。今世は少しでもさせてくれ」


「それも勘違いだよ? 陛下の娘はファティマだったんだもの。アタシは彼女の身体に居候していたにすぎないの。彼女を大切にしてくれたんでしょ? ありがとうね」


 やんわりとした拒絶。


 国王の心がツキンと小さく疼いた。


 ああ、この笑顔だ。懐かしい。屈託なく笑う幼子。

 ウィルフェではないが、これが王宮から失われ、どれだけの絶望と失望が駆け抜けた事だろう。

 その存在だけで他者を温かく安らがせる。そんな稀有な人材は二人といない。


 だが、それが還ってきた。


 是非とも再び王家に迎え入れたかったが、前回以上に周囲が手強い。

 何より、フロンティアそのものが、前回の金色の王の緣で安定している。

 これを壊す事は出来ないし、周りがさせないだろう。


 幸い、小人さん本人はフロンティアを好んでいる。何も起きなくば、このままフロンティアに居てくれるに違いない。


 多くを望んではいけないのだ。望みすぎた結果が前回ではないか。


 国王も少しは学習する。


 そっとしておけば、そのまま小人さんは、そこに居ると。


 達観する国王に、件の幼女は、にっかり微笑んだ。

 その某かを含む笑みで、国王陛下は、この幼女が常に考える生き物な事を思い出した。

 こういう笑みを浮かべた時の彼女は、大抵、波乱を持ち込む。


 思わず身構える国王に、小人さんは、彼の予想を裏切らない言葉を口にした。


「こうして腹を割った訳だし、もうコソコソする事もないかな。アタシね、また巡礼しなきゃならないの。創世神様らに頼まれたさ。なんで、協力よろしくぅ!!」


 にぱっと笑い、爆弾投下。


 は? え? と目玉を白黒させる国王を余所に、小人さんは御満悦である。


 いやぁ、何がどう上手く転ぶか分からないね。万事塞翁が馬とは、よく言ったもんだわ。


 初めてこの諺を聞いた時は、ただの偏屈な爺ぃだろ、これ。と思った小人さんだったが、その意味をようやく理解出来た気がした。


 これで、王家の協力で他国への渡りもスムーズに行く。


 うぇいっ、とサムズアップする小人さん。


 道が無いなら用意する。とでも言いたげな神々が脳裏に浮かび、小人さんが少し冷や汗をたらすのも御愛敬。


 立ち塞がる壁を乗り越えて、ついでに王家の協力というオマケを背負い、今日も小人さんは元気に進む。


 彼女の行く手に敵はない♪

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