第22話 冒険者ギルドと小人さん


「いよっし、準備完了っ!」


 千尋は何時もの赤いサロペットパンツに緑のポンチョで、鞄を肩から斜めがけにする。

 そしておもむろにポチ子さんと窓から飛び出した。


 .....が、その足をドルフェンが掴まえる。


「だからっ! そういうのは止めてくださいと言ってますよねっ?」


 ドルフェンは応接室に控えていたはずなのに、行動が早い。

 ちっと舌打ちして、小人さんは致し方無くドルフェンを連れて玄関から外に出た。


「舌打ちも控えてください。御令嬢ともあろう者が、はしたない」


 最近、ドルフェンの小言が煩い。


 身形にも少し眉を寄せるようになるし、何があったのか聞いてもはぐらかされる。

 前は、こんな事なかったのに。

 最近のドルフェンは、まるで王宮の口喧しい侍女のようで、やや閉口気味な小人さんだった。


「待って、ヒーロ。僕も行く」


「にぃにも?」


「うん」


 千早は千尋と手を繋ぎ、にっこりと微笑んだ。


 ポテポテと歩く双子に、ドルフェンは軽く溜め息をつく。


 前回の騒動で、彼は周囲を見る眼が変わったのだ。

 今まで、のほほんと小人さんの護衛をしていたが、あらためて周囲を観察すれば、その多くの眼が幼女を見つめている事に気がついた。

 思えば騎士団演習場でも、そうだった。


 そして克己の、あの発言。


『キルファンでは、皆が気づいていた』


 迂闊だった。


 ドルフェンは奥歯を噛み締める。


 フロンティアでも、その可能性は十分にあった。いつ何時、誰が気づくか分からない。

 だから少しでも目立つ行いを減らそうと、あのサークレットが浮かない装いをさせようと、基本的に貴族な思考の彼は、あの手この手で無駄な努力をしていた。


 脳筋なドルフェンは、それが徒労に終わる未来を予測出来ない。




「ここかぁ」


 貴族街を抜けて二人がやってきたのは冒険者ギルド。

 街中にしては堅牢で古風な建物に、小人さんはワクワクを隠せない。


 異世界定番、パートスリー!


 冒険者登録である。


 観音開きの扉をドルフェンが開けて、三人は中に入った。

 中は思ったより近代的で、明るい室内の正面には複数のカウンター。

 求人や依頼受付、換金、買い取りなど、幾つもの看板が下がっている。

 左には複数の丸テーブルが並び、その奥にもカウンター。こちらは飲食スペースのようだ。簡単な料理や飲み物を提供するっぽい。

 右一面は壁にコルクのような板が張り付けてあり、依頼のメモが処狭しと鈴生りになっていた。


 これぞ、冒険者ギルドといった風景だ。


「うわぁ.....」


 中央は吹き抜けで、二階、三階まで良く見える。

 ポカーンと見上げる子供らを一瞥し、通りすがりの冒険者らしい男が声をかけた。


「あん? 見学か?」


 武骨で目付きの悪い男だが、つとめてにこやかにしようとしている努力が見てとれる。

 子供好きなんだろうか。

 見事に失敗した、にこやかな笑顔は、まるで山賊のごとく、残忍に口角が捲り上がっていた。

 子供に泣かれるレベルである。


 思わず噴き出して、小人さんはコロコロ笑いながら首を横に振った。


「ううん。冒険者登録にきたの」


 その一言で、周囲にいた冒険者らの空気がざわりと蠢く。


「は? まだ洗礼前じゃ? あ、いや、洗礼済みだとしても......」


 武骨な男は眼を見開き、護衛らしい騎士を凝視した。


 仕立ての良い服に護衛の騎士。子供らの動きも洗練されていて、とてもただの子供とは思えない。


 そんな男を余所に、双子はテコテコと中に進み受付カウンターに頭を出すと、中に座るお姉さんに、にぱっと微笑んだ。


「冒険者登録、御願いしますっ」


「え? あ、あの....」


 お姉さんは双子とドルフェンを何度も見比べ、如何にも驚いた感じで眼を泳がせる。


「御二人の登録を頼む」


 .......本気なんだ。


 周囲が固唾を呑むなか、お姉さんは慌てて書類を取り出した。


「では、こちらに名前と年齢。あれば、技能の記入を御願いします」


 小人さんは書類を受け取り、内容を確認する。

 技能の欄には、剣術などの使える技術。他にも左官、彫金など細かく記載されており、魔術も属性など分類がされていた。


「技能は丸しておけば良いの?」


 ぽやんと見上げてくる大きな瞳にほっこりとし、お姉さんは優しく頷いた。

 丸椅子に書類を置き、カリカリと書き込む双子の姿は、まるでお絵描きをしているようで、周りの冒険者らも思わず頬が緩む。


「はいっ」


 記入した書類をお姉さんに渡し、ワクワク顔でカウンターに顎を乗せる子供達。

 それに和みを覚えつつ、書類を確認したお姉さんは、一瞬で眼を凍りつかせた。

 そして恐る恐るドルフェンを見上げ、軽く首を傾げる。

 その仕草で問われた事を察し、ドルフェンは大きく頷いた。


「剣術、弓術、槍術、棒術、体術..... しかも全属性持ちって。ある訳ないでしょうぅぅぅっ!!」


 個人情報漏洩ぃぃ......


 お姉さんの雄叫びに、思わず眼を据わらせる小人さん。


 はっとしたお姉さんが、慌てて両手で口を押さえたが、時すでに遅し。

 絶句した周囲の冒険者らの中で、最初に声をかけてきた男が、ズカズカと近寄ってきた。


「はあ? いくらなんでも盛りすぎだろう? まあ、見掛けから御貴族様だとは思うが、得物総浚えで全属性持ち?」


 憤慨も顕に、男は双子を見下ろす。


「御二方は騎士団見習いだ。すでに何年も武術を学んでおられる。口を弁えよ」


 ギロリと眼球だけ動かして、ドルフェンは男を見据えた。


 そこから漂う底知れぬ殺気。


 武骨な男は、思わず退ける腰に狼狽えた。

 この冒険者とて、数々の修羅場を潜り抜けて来ているのだろうが、武人は人を殺すのを生業とした本物だ。

 野獣や魔獣を相手にするのとは訳が違う。

 人としての呵責や道徳を振り切った、一種独特な昏い眼差し。

 人としての矜持を持った真っ当な人間が、一線を踏み越える事で得る深い殺意は、簡単に辺りを仄暗く染めていく。

 言い知れぬ悪寒に全身を絡め取られ、冒険者の男は呼吸すらままならない。


 ぜひぜひと荒い息をする男が、涙目で膝をついた時。


 上から野太い声が下りてきた。


「そこまでっ!」


 その一声で、辺りを覆っていたどす黒い雰囲気が霧散する。

 反射的に見上げたドルフェンと双子の視界に、デカイ人影が映った。


 それはスキンヘッドの大男。


 ガタイに似つかわしくない柔らかな笑みを携えて、彼は階段を降りてきた。


「騎士様、御無体はよして欲しいわ。上にまで殺気が上がってきたわよ、びっくりしちゃったじゃない」


 スキンヘッドの筋肉達磨なのに、何故にお姉ぇ口調っ?!


 アンバランスこの上ない人物の登場で、ドルフェンも毒気が抜けたらしく、茫然と立ち竦む。

 それを一瞥し、大男は足元でポカンとしている子供らに気づいた。


「あらぁ、可愛らしい御客様ね。御依頼かしら?」


 でっか。お父ちゃんより大きくない?


 唖然と見上げる双子。


 それを余所に、受付のお姉さんが、慌てて双子の書類を大男に差し出した。


「ギルマス、これを」


「....ふぅん」


 ペラリと書類に眼を流し、ギルマスと呼ばれた大男は双子を見る。


「大層な技能持ちみたいね。魔法、出せる?」


 よしきたっ!


 洗礼を受けてから二ヶ月。二人は家庭教師すらをも唸らせた魔法を披露した。

 片手に炎、片手に水。それをある比率で合わせると.....


 バシュッと大きな音をたてて爆発する。


「炎と水で爆発? まさか?」


 眼を丸くするギルマス。


 水蒸気爆発。この世界では知られていない方法だ。


 全く未知の魔法に、ギルドが水を打ったかのように静まりかえる。

 ただギルマスのみが得心顔で二人を見ていた。その眼差しは、とても愉快そうで悪童のような煌めきを放っている。


 まあねぇ。あの騎士様の殺気の中で平然としていただけはあるわよねぇ。


 双子は、ギルドを凍りつかせていたドルフェンの殺意に怯みもせず、どこ吹く風的に飄々としていた。

 それだけで、ただ者ではないと分かるというものだ。

 さらには見事な魔法。記入された技能にも偽りはあるまい。


「ん~、出来る御子様達のようねぇ。ようこそ冒険者ギルドへ。新たな冒険者を歓迎するわ♪」


 ぱちんっとされたウィンクからハートマークが乱れ飛ぶ。小人さんは、咄嗟に仰け反ってそれをかわした。

 かわしきれなかったドルフェンと千早が、呆気に取られた顔で、ハートを張り付かせている。


 うえぇぇぇ、何か濃いぃ人だなぁ。色々と。


 ドラゴに劣らぬ巨体で、スキンヘッド。さらにはお姉ぇ言葉と、どこから突っ込めば良いのか、さすがの千尋にも分からない。


 うへぇと顔をしかめる小人さん。


 冒険者登録のために一滴の血が必要と言われて、双子は画鋲のようなモノでプツっと指を刺す。

 丸く浮かんだ血玉を、千早が掌サイズの針水晶に引っ付けると、水晶の中に光が巡り、ココンっと音をたてて、小さな丸い輝石が二つ落ちた。真っ黒に輝く不思議な石。

 物珍しそうに双子が眺めていると、ギルマスは、その一つを書類に爪でとめ、もう一つを三角な冒険者証にとめる。


「この輝石は、あんた達の生命に反応するの。あんた達が死ぬと、連動した二つの輝石から色が失われ、死亡が確認されるわ」


 ほほぅ。異世界不思議アイテムかぁ。


 千早が冒険者証を受けとり、千尋も同じように指を押し付けた。


 するとココンと落ちたのは蜂蜜色の輝石。


 ざっと血の気を下げ、千尋とドルフェンが他へ見えないよう輝石を掴む。


 マジかぁぁぁぁっ!


 そろりと見上げると、目の前のギルマスが顔色を失っていた。


 然もありなん。


「あ~..... 極秘に」


 ドルフェンが脅すかのように、低く穿つような声で呟く。

 するとギルマスは大仰に長い溜め息をつき、両手を挙げた。


「オーケぃ、あたしは何も見なかった」


「助かる」


 千早の輝石は黒。つまり、これは瞳の色なのだろう。


 神々ェ.... 手抜きすんなやぁーっ!


 こっそりと輝石を嵌め込み、なに食わぬ顔で三人は冒険者ギルドをあとにする。

 思わぬアクシデントはあったものの、念願の冒険者登録を終え、口のニマニマが止まらない小人さん。


「明日から依頼を受けたいっ!」


「僕もっ! 採取とか討伐とかしたいっ!」


「いや、まずはおつかいとかで....」


 やいのやいのと楽しげな三人。


 それを見送るギルマスの不穏な眼差しに気づかぬまま、小人さんの冒険者ライフが始まろうとしていた。

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