第163話 命の砂時計と小人さん いつつめ


「.....えーと?」




「うふふ、驚かれましたか?」


 新年もあけ、ウィルフェの婚儀も恙無く終わり、さて、出掛けるかと準備を始めた小人さんの前に、マーガレット王女が立っている。


 ここは王宮。ロメールから呼び出された双子は、唖然とした。


「来期から貴族学院高等部に編入なさるのだ。そなたらと懇意だと聞く。よろしくな」


 ほくほく顔で双子を見る国王陛下。


 ロメールは何とも言い難い顔で、千早をチラ見した。

 アルカディア教会の誓いアレコレを尋ねにきた千早に、ロメールは安心するよう言い聞かせる。


『教会の誓いは一方だけでは成り立たないよ。両方が誓って、初めて祈りとして形をなすんだ』


 何でも、結婚する夫婦の誓いも同じらしい。


 片方だけの誓いで効力が出るなら、血迷った片恋の一方的な誓いが成立してしまう。地球であれば訴訟案件だ。そんな不条理を神々が許す訳はない。


 ロメールの説明に安堵した千早は、次に相手の王族への嫌悪をしめした。


「何処の誰だよホント。迷惑な奴だなぁ」


 ぶつぶつ宣う御子様に苦笑しつつ、その誰かはトラウゼビソント王国の姫君なんだけどね? と脳裏に浮かべる。


 フロンティアでは王女や王子は勿論、貴族らも国外には出さない。金色の王が生まれる関係から、王家の血筋が系譜に混じった家では国際結婚が許されていないのだ。

 もし、どうしてもと言う場合は教会に誓いを立てて貰う事になる。


 未来永劫、両国は敵対はしないと。


 フロンティア側は、他国を侵略しないと内外に宣言している国だ。この誓いを立てるのに問題はない。

 だが、少しでも侵略に欲望を持つ国にとって、この誓いは喉元に剣を突きつけられるようなモノ。さすがに、そこまでしてフロンティアと縁を持とうと言う国は存在しなかった。

 他国では形骸化した儀式であっても、魔法の残るフロンティアでは健在で、効力を発揮する誓いである。

 喉から手が出るほど魔力を持つ子供を欲していた数十年前でも、自国の安寧と秤にかける国は無かったのだ。


 ただ一人を除いて。


「誓いを立てましょう。過去に数千年に亘って友誼を結んできた我がフラウワーズには容易い事です」


 婚約の条件として出された誓いに、思わずアワアワするフラウワーズの従者らを鼻で笑い、マルチェロ王子は、さくっと了承してくれる。


「王太子殿下っ?」


「何を慌てる事があるか。元々、フロンティアの食糧に依存している我が国ぞ? 既に生命線を握られておって、これ以上不味い事などあるまいに」


 にっと笑うマルチェロ王子。


 こうして思い切り良く教会で誓いを立て、マルチェロ王子はファティマとの婚約をもぎ取ったのである。


 各国が鎖国状態の独立立地。戦をするにも多大な労力を必要とし、失われた時代以来、大きな戦はない。

 むしろ、大きな戦いを連続して起こしているのはフロンティアだった。

 カストラートの戦いや、ドナウティルの戦いは未だ他国の記憶に新しい。

 それに輪をかけるように、モノノケ馬車で走り回り、飛び回る王女殿下の噂も世界を席巻し、フロンティアと安保を結べるならと、各国はフロンティアとの政略結婚に食指を動かしていた。


 その第一段がトラウゼビソント王国からのマーガレット王女との縁談だ。こちらは嫁入りなので誓いは必要ないが、それを文言に入れてきたあたり、むしろ誓いをして欲しいのは相手国なのだろう。 

 それだけ今のフロンティアが世界から恐れられていると言うことだ。


 きっとこれからも、次々と打診が来るに違いない。


 思わぬ話に巻き込まれた千早を見やりつつ、ロメールは頭が痛くなる。

 そんな彼の前で、なおも話は続けられていた。


「え? 面倒みる? ムリムリ、アタシら、これから、また旅だから」


 ナイナイ、と顔の前で手を振る小人さん。


 途端に周囲の面々から、するりと表情が抜け落ちる。


「いや、しかし、巡礼は終わったのだろう? 来期から、また学院に戻るのではないのか?」


「先生方から全て免除を頂いておりますのに、通う必要はなくてよ? 御父様」


 思い出したかのような御令嬢モードで、ふっくりと微笑む小人さん。

 御父様と呼ばれ、顔をデレデレとさせた国王だが、王妃に扇でパシッっと肘を叩かれ、我に返る。


「それは、そうかもしれぬが.....」


 言葉が続かない国王陛下。


 目の前の娘に口で勝てた事は、前世を併せても全く無い。あるとしたら、金色の王と見破った時くらい。あの時も、ほぼ八割は負けていた。見破っただけで、こちらの要求はほんのちょっとしか通らなかったのだから。


 ぐぬぬぬっと唸る国王を憐憫の眼差しで見つめ、ファティマに寄り添っていたヴィフェルが挙手をした。


「発言、よろしいですか?」


「おお、ヴィフェルか。許す」


 長年仕える娘の側近に、助けを求めるような仕草の国王。

 それに頷き、ヴィフェルは一歩前に出る。


「王女殿下が多忙なのは王宮の全ての者が知るところです。親善に外交と、目覚ましい成果を上げておられます。さらに接待までは荷が重く存じます」


 並べられた言葉に、広間の面々も納得せざるをえない。

 つい最近には芸術劇場オープンや、他国の親善に歓迎に接待、案内などなど。小人さんには息つく暇もないほど仕事が積み上げられていた。

 王太子の婚儀でも、過去に例の無いパイプオルガンとか言うモノを贈り、その荘厳な演奏で並み居る貴族らを感嘆させた。


 ありとあらゆるものが更新され塗り替えられていくフロンティア。その殆どに関わる小人さん。

 客人の接待などという雑事を押し付けるのは申し訳無さすぎる。


 そのように説明するヴィフェルは、チラリと千早を見た。


 千早の背中が、嫌な予感に思わず粟立つ。


「なので兄君に御願いしてみてはどうかと。妹御のために、如何ですか?」


 穏やかだが有無を言わさぬ視線を流され、千早のこめかみの辺りがピキリと鳴った。


「僕は妹と共にある。何処に行くにもだ。 ..........邪魔するの?」


 人好きする何時もの笑顔だが、親しい者にだけ分かる微かな邪気。底冷えするような冷気が漂い、見開いた千早の瞳孔は小さく狭まっている。

 爛々と輝く肉食獣のような瞳の子供に、周囲が一呼吸遅れて眼を見張った。

 あちゃーっと額を押さえるロメール。


「.....ハーヤ?」


「どうした? チィヒーロの代役なら光栄な事だろう?」


「ならアンタがやれよ、テオ」


 豹変した千早に狼狽え、オロオロするミルティシアとテオドール。

 ぞんざいな口調の千早に眼をひそめる側仕えや侍従らを無視し、とうのマーガレットが口を開いた。


「御迷惑でしたわね。申し訳こざいません」


 深々と頭を下げるマーガレットを一瞥し、忌々しげな顔を隠さない千早。


 縁談の事もだけど、ホント邪魔だよね、君。何とか排除できないかなぁ。帰国したくなるように仕向けるか?


 物騒な何かを脳裏に浮かべ、ほくそ笑む千早の耳を、柔らかな声が擽る。


「迷惑などではなくてよ? ただ、こちらが時間を作れなくて。申し訳ないわ」


 最愛の妹の楽しそうな姿に軽く眼を剥き、千早は改めてマーガレットを見た。


 そういや、ヒーロと仲良くしてたっけ、この子。


 思案する千早の視界で、楽しそうに話す少女二人。


「あれからどうでした?」


「婚約解消いたしましたわ。もう、ウンザリいたしましたの」


「よろしいこと。フロンティアを楽しんで下さいましね。わたくしも時間を作りますから、御茶会でもいたしましょう」


 コロコロ笑う二人にミルティシアも加わり、可愛らしい少女らの雑談を眺めながら、周囲もほっこりと和んだ。


「ヒーロとハーヤは忙しいですし、わたくしが付き添いましても宜しいかしら? これでも今まで沢山の留学生達と勉強してきましたのよ?」


「ああ、良いね。僕らが在学するのは後一年だけど、その頃にはチィヒーロらも落ち着いているかもしれない。ねぇ? チィヒーロ?」


「確約は出来ませんけど、善処いたしますわ」


 歓談する子供らの輪からはみ出し、千早は一人臍を噛んだ。


 なんだよ、丸く収まるなら最初から僕に振るなよ。


 舌打ちしかねない仏頂面を下げた千早の肩を叩き、ロメールが細く眼をすがめる。


「.....激昂するのが早い。チィヒーロが絡むと君は瞬間沸騰するね。それじゃ足を掬われるよ。.....今みたいに」


 千早のカフにだけ聞こえる声で呟くロメール。その言葉の意味が目の前の広がっていた。


「のらりくらりと流しなさい。核心を突くときは相手に反論出来ない状況を作ってからだ。.....早まったね」


 穏やかな交流の輪から弾き出されてしまった千早。千尋以外からはどう思われたって構わないが、あの時、激昂しなければ、今頃あの輪の中で妹の隣に立てていたに違いない。


「.....精進します」


「うん。君は頑張ってるよ。良く出来てる。これからだ」


 微かに頷いた千早を見て、ロメールは心の中でだけ苦虫を噛み潰す。


 ホント、逸材なんだけどなぁ。チィヒーロさえ絡まなければ。


 そんな二人を盗み見て、マーガレットの頬が仄かに上気する。


 チッハーヤ様。.....わたくしではダメなのかしら。婚約解消された王女だし、気に入らなくても仕方無いわよね。


 正式にフロンティアから縁談を断られたトラウゼビソント王国だが、かねてからの予定通りマーガレットはフロンティアへの留学を望んだ。


「良いのか? 針のむしろやもしれぬぞ?」


「元々、魔術を学ぶために自ら望んでいた事ですもの。チィヒーロ王女殿下にお逢いするのも楽しみですし」


 マーガレット王女とトラウゼビソント女王は、訪れたフロンティアの全てに感動した。

 豊かで明るい笑顔の人々。綺麗に舗装された道や、立派や建物の並ぶ街並み。

 案内された学校に眼を見張り、孤児院に驚嘆し、宿に驚き、お風呂や蜜蜂販売に絶句した。


 件の芸術劇場に至っては言葉もない。


「あれらが普通だと言うフロンティアは、とんでもない国だ。学術都市や、貴族学院も..... ああいう発想が出来る国。是非とも懇意にしていただきたかったのだが」


 少しでも恩恵が欲しくて、マーガレットがフロンティアを好いているのを良いことに婚姻の打診を申し込んだが、断られた。


 扇の下で軽く嘆息するトラウゼビソント女王。


 千早は知らないが、実は最初にテオドールへあてられた縁談である。

 テオドールが断ったため、千早へとスライドしたのだ。

 書簡には適齢期の王族か貴族と縁を結びたいとあっただけ。そこにマーガレットの思惑が混じり、王族にいなくばジョルジェ伯爵の御令息と..... と、添えられていた。

 マーガレットにしたらしたら、全く知らない貴族より、恩人である小人さんの兄の方が良かったから。

 年齢差はあるが、四つや五つなら良くある範囲だ。小人さんに寄り添う優しげな男の子に、羨望の眼差しを向けていたメグ。


 あの半分でも、わたくしの婚約者が優しければ.....


 仲睦まじい兄妹が羨ましくて仕方なかった。あの中に自分も交じれたらと思っていた。そんな淡い夢も儚く破れたが.....


「それに少しでもお付き合いが出来れば、後に好意をいただけるやもしれません。諦めるのは早いと思いますの」


 朗らかに笑う末娘に、トラウゼビソント女王は苦笑しつつ頷いた。


 存外逞しい王女殿下である。


 こうしてやって来たマーガレットはメグと呼ばれ、フロンティア王国に馴染んでいく。


 雑草は死なない。


 元婚約者から、踏みにじられ続けてきたメグは強かった。双子が戻るたびにジョルジェ伯爵邸に突撃し、魔術談義や甘味談義に明け暮れ、気づけば長期休みにはジョルジェ伯爵邸に入り浸りな有り様になる。

 押さえつけられていた反動なのだろう。生き生きと活発に動き、学ぶメグの姿は微笑ましく、ドラゴや桜にも可愛がられ、双子が帰還すると家で出迎えてくれる状況だ。


「お帰りなさい、ヒーロ、ハーヤ」


「ただいま、メグっ」


「ただいま。これお土産ね」


 素っ気ないが、違和感もない千早に、満面の笑みな伯爵一家。


 明るいジョルジェ伯爵一家の中に自分の席を確保する未来を、今のメグは知らない。


 諦めなければ夢は叶う。類は友を呼ぶ。虚仮の一念理論は、フロンティアで日常になりつつあった♪

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