第164話 命の砂時計と小人さん むっつめ


「ああ、来てるね」


 何処から亀裂に入るか悩んだ小人さんは、一番小さく、何かが起きても被害の少なそうなカストラート王宮地下を選ぶ。

 ここなら万一が起きても蜘蛛らに命じてすぐに閉じられるし、最悪、埋めてしまえば良い。


 ダメ元でカストラート兄弟に打診してみたところ、アブダヒールと話合ったらしく、あっさりと了解の返事が来た。


 受け入れの書簡に眼を通したロメールは、やや呆れ気味にこめかみを押さえ、口を引き結ぶ。


「.....いや、これは。正直、予想していなかった展開だ」


 あちらに詳しい話はしていない。


 ただ、蜘蛛の糸で封じ込めた向こうに、危険な生き物がいるかもしれない事は、カストラート異変の時に説明してあった。

 闇の聖霊達についても彼等は知っている。その被害を目の当たりにしたのだから。

 小人隊がいたため死者こそ出なかったが、多くの人々が重軽傷を負い、治癒したとはいえ、未だに悪夢の傷痕は深々と残っているだろう。

 燃える建物、燻る煙り。真っ赤に裂けた口に鋭く光る牙の魔物達。

 忘れようたって忘れられるモノではない。


 悪くすれば、あの惨劇が再び起きる可能性がある。もちろん、起こさないよう最大限の努力はするが、可能性はゼロではない。


 カストラートを撰んだのは、その亀裂が地中深くにあり規模も小さいためだ。地表の大きな亀裂で惨事が起きたら、被害は世界に及ぶ。それだけは避けたかった小人さんである。


 切々とそれらを綴り、カストラート王に打診した小人さんへ、返ってきた返事は快諾。


「有り難いことじゃない?」


「まあ、そうなんだけど.....」


 やけに歯切れの悪いロメール。


 しかし次には大きく頷き、書簡を小人さんに渡した。


「今回は私も同行するから」


「え?」


 精霊が絡まなければ、絶対に動かないロメールが動く? まあ、闇の精霊も、精霊っちゃ精霊か。


 彼の探求心をよく知る小人さんは、腑に落ちなくも何となく己を納得させた。


 そうしてモルトやジョーカーに子供達の増援を頼み、皆でカストラートへとやってきたのである。


 勢揃いしたカエルは三十匹。蜘蛛も似たような数だ。モノノケ隊の仲間と合わせれば各五十弱。十分かは分からないけど、やってみるしかない。


「これこれ、こういう感じ。出来る?」


 モソモソ揺れる小人さんマリモ。


 それにつられて揺れる蜘蛛とカエル。


 なに、この可愛い光景。


 ロメールや小人隊の面々が口の端を震わせた。締めようとしても緩む口角に苦戦する。

 今回、地下に降りてきたのは騎士半分とロメール。当然、千早もいる。

 残りは地上に。万一があった場合、即座にフロンティアへ報せに翔んでもらうことになっていた。

 カストラート王宮周辺にはフロンティア正規軍から魔術大隊が配備されて、いよいよとなれば王宮を丸ごと結界魔術で封じるよう命じてある。

 王宮の人々も全て避難済み。カストラート兄弟からは、王宮を潰してかまわないと確約をもらっていた。


 これにも驚かされたロメール。


「我が国は体内に爆弾を抱えているようなモノではないですか。この先ずっと怯えて暮らすよりも、多少のリスクが伴おうとも、撤去出来るなら、こんな有り難い事はない」


 ほくそ笑むカストラート国王。そこに居並ぶ貴族らも同じ考えのようである。


「あの炎と煙り..... 未だに夢にみます」


「脚を引き千切られた恐怖を忘れはしません。.....癒されても思い出す激痛。これを我が子らに味わわせずに済むなら、私は全財産を差し出しましょうぞ」


 戦慄く顔で、すがるようにフロンティアの面々を凝視するカストラート貴族達。

 逆説的だが、闇の精霊の恐怖を知るがゆえに、それに立ち向かおうとする小人さん達に共感が出来るのだ。


 鷹揚に頷き、王宮に入ろうとした小人隊の後ろに小さな影が飛び出した。

 咄嗟に警戒した騎士達だが、その影の正体を見て眼を見張る。

 そこには小さな子供が立っていた。身なりの良い十歳くらいの少年。

 彼は両手に拳を握りしめ、震えながら呟いた。


「街を燃やした悪いモノをやっつけに行くとお聞きしました。..... ありがとうございます。.....チャーチャの仇を..... おね.....っ」


 そこまで言うと、少年は号泣し、地面にうずくまる。


「ロベルトっ!」


 王宮前に集まっていた人垣から一人の男性が現れ、少年の肩を抱いた。どうやら少年の父親らしい。

 いきなりの事で驚いた小人さんだが、父親から捕捉説明を聞いたところ、この子の魔物が、あの異変の時に殺されたらしい。

 少年は狼系の魔物にチャーチャという名前をつけ大層可愛がっていたそうだ。そして、あの異変が起きたが、チャーチャは闇の精霊に取り込まれず、少年を守り戦った。

 そして死闘の末、少年を守りきりはしたもののチャーチャは助からなかったのだという。

 蜜蜂らの巡回が間に合い、少年は救出出来たが、蜜蜂に運ばれる少年は、チャーチャが他の魔物に食われるところを目撃してしまった。

 王宮で絶叫する彼に驚き、話を聞いた兵士が護衛して現場に戻ってはみたものの、すでにチャーチャの亡骸は食い尽くされて跡形もなかった。


 号泣する少年の姿に、あの大惨事を思い出したのだろう。人垣から言い知れぬ怒りと哀しみが沸き上がる。


「う゛ぇっ、.....チャーチャの仇をっ」


 少年は小人さんを見上げて絞り出すように叫んだ。


 しかし、小人さんは据えた眼差しでそれを一瞥し、鼻であしらうように冷たく声を上げる。


「知るか、そんなもん」


 ぎょっとするカストラートの人々。


 驚愕一色に染まる眼光の集中砲火。その中には憎悪に似たような視線を小人さんに向ける者もいる。


「悪いのは闇の精霊なのかな? 魔物が暴走した理由は闇の精霊なの?」


 何を言っているのかという疑問符が飛び交うなかで、ロメールや千早すらも首を傾げている。

 それに疎ましげな一瞥をくれ、小人さんは声高に叫んだ。


「闇の精霊に魔物が唆されたのは何でだ? カストラートに暴走する魔物がいたのはなんでだ? みんな、あんたらがやらかした事だろうっ!」


 未だにピンと来ないらしいカストラートの人々。その中で、カストラート三兄弟とロメールのみが、みるみる眼を見開いていく。


 カストラートに魔物がいたのは、特権階級の見得のためだ。ひけらかすステータスとして魔物飼育をしていた。

 それも飼育していただけである。愛情をかけるでもない、奴隷のように使役し、暴れられないよう最低限の魔力しか与えていなかった。

 最終的には見世物に売り飛ばされ、素材として解体される。


 小人さんの説明で、ようよう己の仕出かしてきた悪行に気がついたカストラートの人々。


「あんたらの自業自得なんだよっ! 魔物が、あんたらに憎しみを抱いていたから、闇の精霊の誘惑にのったんだっ! 殺したいと思うほど魔物に憎まれていた自覚を持ちなよねっ!! それだけの事を、あんたらがやらかしてきたんだって!!」


 腕を真横に一閃させて吠える小人さんを、誰もまともに見られない。

 犬だって、ろくに餌も貰えず繋がれ酷使されれば牙を剥くだろう。それを魔物にやらかしていた事実。

 ようやく自覚したカストラートの人々の顔は、愕然と凍りついていた。


 そんな人々をあからさまな侮蔑で見下ろし、小人さんは未だに泣き崩れる少年へ手を差し出す。


「間違えちゃダメだにょ。あんたのチャーチャが死んだのは、大人達がバカをやらかしたからだ。闇の精霊のせいじゃない。彼等は自由になりたいという魔物に力を貸しただけ。魔物が人間に牙を剥いたのは、それだけの憎しみを人間が買っていたからなの」


 小人さんの手を借りて立ち上がった少年は、涙まみれで納得出来ない顔をしていた。


 今でなくても良い。覚えていて欲しい。


 物事にはあらゆる面が存在する。人間の都合が他の生き物を蹂躙している場合もあるのだ。

 そして反撃にあう事もある。それらを考慮して、人は生きていかなくてはならない。


 この子が受けた理不尽の根源が何処にあったのか、見間違わないで欲しい。


「チャーチャは君を守ったんでしょ? 闇の精霊の誘いに惑わされず。何故だと思う?」


「チャーチャ..... 僕が大好き。僕も.....だから.....っ」


 くずぐずと鼻をすする少年に、小人さんは満面の笑みを浮かべた。


「そう。大好きだから守ろうとしたの。その君が何時までも泣いていたら、チャーチャも哀しいよ? .....他の人達は、魔物に憎まれていた。だから噛みつかれたの。それって闇の精霊のせいだと思う?」


「わかんない.....」


「そうだね。ゆっくり考えて。これから先、チャーチャみたいに人間と仲良しな魔物が殺されなくても良い未来を。どうしたら仲良しな魔物が死ななくても良くなるか。.....魔物に憎まれるような馬鹿な大人にだけはならないでね?」


 ぽやんと泣き止んだ少年から離れ、小人さんは王宮へと向かった。その周りには多くの魔物達。

 嬉しそうに小人さんに付き従うモノノケ隊を見送り、少年は考える。


 大好きな魔物。仲良しな魔物。それを死なせないための未来。


 彼は小人さんの言葉の意味を、半分も理解してはいないだろう。

 だけどそれで良い。記憶の片隅にある鮮烈な思い出を、いずれ成長する少年は、何処かで理解出来よう。


 今は覚えていてくれれば良い。


 辛辣な皮肉をカストラートの人々にぶっ刺し、小人さんは頼もしい仲間達と共に敷かれたレールへと向かう。


 その一幕を深淵から眺めて、ほくそ笑むツァトゥグアが居たとも知らずに。


『いやー、やっぱ面白い子だね』


 くふくふ笑うツァトゥグアを、闇の精霊王が不思議そうに見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る