あなたのお城の小人さん ~空を翔る配管工~

美袋和仁

第1話 にぃにの受難 ~前編~


 とある世界に一人の王がおりました。


 お日様のように煌めく金色の髪と瞳を持つ王様は、魔物と戯れ、大地と人間を繋げ、多くの幸せを世界に広めて渡り歩きます。


 森と森を魔力で繋げて、大地を潤し、豊穣を約束してくれる王。

 その光を宿したような光彩から、人々は彼を金色の王と呼び、敬い讃えました。


 アルカディアという世界にフロンティアと言う国を作り、世界中の空をかけた王の血族には、極稀に彼と同じ光彩を持つ人間が生まれ、初代である金色の王と同じ力が使えました。


 初代に倣い世界を巡る金色の王達。


 しかし、それも時代と共に忘れられてゆき、人々は、金色の王が繋いできた森を壊してしまいます。

 結果、大地から魔力は失われ、魔法は衰退し、文明は後退を余儀なくされ、荒ぶ世界に不穏な空気が広まりました。

 その荒ぶ世界にただひとつ。揺るがぬ歴史を持ち、正しく森を維持してきたフロンティア。世界にひとつだけ残った、最後の魔法の継承国。


 今になって魔法を取り戻そうと躍起になる国々や、海を隔てて襲ってくる隣国と渡り合いつつ、フロンティアは世界を静観します。


 そんな中、新たな金色の王が生まれ、世界を巻き込み、神々に喧嘩を売り、新たな金色の王は時代を作りました。

 ひとつの身体にふたつの魂。その片割れは地球からの転生者で、アルカディアの世界を学びながら、現代知識を駆使し、人々を魅了します。

 傍若無人にお城を駆け抜け、世界を飛び回る彼女についた渾名は小人さん。


 様々な困難を乗り越えて勝利をもぎ取った小人さんは、地球からの借り物の魂でした。

 世界の歪みを正すために、アルカディアへ投下された活性剤。

 世界があるべき形に戻った時、彼女も地球に還さねばなりません。

 しかし彼女に多大な恩を感じていた神々は、彼女の思うままの来世を約束します。


 そして彼女は選びました。


 再び、アルカディアの家族の元へ帰りたいと。人生の続きを与えてくれと。


 神々はそれを聞き入れ、小人さんをアルカディアの養い親の子に転生させます。


 前世で、誰にも知られず幕を閉じた小人さんの伝説。

 新たな時代を迎えたアルカディアに、魔法の礎を築く金色の王の伝説が、今産声を上げる。




 ドラゴ家に生まれた双子の誕生日。


 記憶の封印が解けた小人さんは、人生の続きに狂喜した。

 愛娘の帰還を喜ぶ家族や、近しい人々。


 だが、それは、新たな秘密の始まりでもあった。




「これは極秘で」


 ドラゴの膝にちょこんと座り、人差し指を立てながら真面目な顔で宣う幼女と、神妙に頷く大人五人。

 ベージュの緩やかな髪を束ね、薄灰青色の瞳を持つ男性はロメール。

 彼は優雅な物腰で貴族然とし、微かに口角を上げて薄い笑みをはいた。

 花が綻ぶかのように柔らかな微笑み。バックに女性の黄色い声が聞こえた気がしたのは幻聴だろう。

 まあ、似合うとは思うけど。


「金色の王が再度降臨となれば、ただでは済まないだろうしね。ここにいる五人だけの秘密にした方が良いね」


 得心顔のロメールに、ドルフェンが窺うように尋ねる。

 こちらは灰色の髪に空色の瞳。がっちりとした強靭な体躯は、彼が武人であると一目で知らしめていた。


「陛下にぐらいはお知らせした方が良いのでは?」


「何故?」


 真顔でドルフェンを見据え、ロメールはどす黒い笑顔を浮かべた。

 思わず背筋に走る悪寒を、ドルフェンは気合いで抑え込む。

 先程までの春風のごとき微笑みは失せ、極寒のブリザードのように辛辣で鋭利な笑顔。


「君は知らないだろうけどね。ファティマ様になった途端、兄上は猫っ可愛がりになってね。ああああ、もう、眼に入れても痛くないだろうほどファティマ様にデレデレだよ?」


 ふつふつと沸き上がる何かを発し、ロメールは、ふっふっふっと嗤いながら呟いた。


 ファティマ様とは、以前に千尋が憑依していた王女殿下。

 複雑怪奇な成り立ちから衰弱死しかかっていたところに千尋が覚醒し、浮浪児となって生き永らえた王女様である。

 最終的に、救済の網に引っ掛かっていた彼女の魂は元の身体に戻り、王宮の両親に可愛がられているとか。


 良かったねぇ、ファティマ。


 思わず感慨に耽る小人さんの耳に、地を這うように低く穿つロメールの声が聞こえた。


「あんなに満足そうにファティマ様とおられる兄上に、なんでチィヒーロの帰還を知らせなきゃならないのさ。王の子でなくなったチィヒーロに関係ないでしょ?」


 何か思うところがあるのだろう。肩を揺らして嗤うロメールに、対峙しているドルフェンは高速で頷くしかない。


「だが、まあ、金色の王とは言っても、今のチィヒーロは正真正銘、俺の子供だ。今度、何かあったら、本気で王宮から出ていきますよ」


 すぱっと言い切るドラゴ。


 彼は、元千尋の憑依していたファティマの養い親である。

 訳もわからず浮浪児化していた小人さんを拾い、愛情一杯に育ててくれた奇特な王宮料理人。

 焦げ茶色な髪に深い緑色の瞳。髪と繋がるほど、モジャモジャな髭を千尋にスリ寄せ、未だに抱き締めたまま離さない。

 その姿は、一見して森の熊さんである。

 それを仕方無さげな顔で見つめ、桜は千早を抱き上げた。


「だねぇ。別にここでなくても暮らしていけるしね」


 桜も千早を膝に抱きつつ同意する。

 艶やかな黒髪に黒玻璃のような瞳。やや切れ長な眼や凹凸の薄い独特な顔立ちは、あっさりとした彼女の美しさを清しく際立たせていた。

 白人主体のフロンティアにおいて、特異な象牙色の肌も暖かみがあり、嫌でも人目をひく流麗な美貌。

 彼女は海を隔てた隣国、今は無きキルファン帝国の元皇女様である。

 日本人の転移者により建国されたキルファンでも、色濃く和の国の血を引く容貌だ。

 色々と複雑怪奇な人生の果てに、ドラゴの嫁として思い切り良く嫁いできたのだとか。


 これには小人さんも、ビックリだった。


 だが誰よりも頼りになるこの二人が両親ならば、心強いことこの上ない。


 思わず、にっこりと笑う幼女を守るように、キッパリ言い切る二人。

 新たな両親の愛情に包まれ、知らず笑みが零れる小人さん。


 それに頷き、ロメールも同意を示した。


「勿論だとも。むしろ国王が許すなら、即座に逃げて欲しいくらいだ。もう、チィヒーロに苦労はかけない、断固守りに入ろう」


 思わぬロメールの言葉。


 四人は不思議そうに顔を見合わせた。


 彼らは知らない。

 ロメールが、どれだけ後悔したか。

 煩悶に眠りも浅く、眠れても悪夢に見舞われる毎日。

 いつも、どこからかチィヒーロの声が聞こえる気がして、泣いてはいないかと、無意識に探していたり。


「チィヒーロ.......」


 思わず呟く懐かしい名前。


 あんな小さな子供に世界の命運を担わせた罪悪感が、常に彼を押し潰していた。


 子供らしい事など何もさせてやれなかった。もっと伸び伸びと無邪気に遊ばせてやるべきだった。

 王宮のアレコレに巻き込み、フロンティアのアレコレを背負わせ、終いには神々との正面対決とか。

 聞けば、危うく深淵の奈落に突き落とされかかったと言うではないか。とんでもない話だ。


 たった二年の人生で、有り得ないよねっ?


 そんな波乱万丈を送ってきた幼女に、残りの人生くらい、まったりのんびり過ごして欲しい。真剣にそう思う。


「王宮なぞに近寄らなくて良い。年相応に遊んで学んで食べて眠れ。君は大人に守られて暮らすべき子供なんだ。.....私達が本当に悪かった」


 千尋の両手を握り、その柔らかく小さい指に、あらためて罪悪感で針ネズミ化するロメール。

 それは周囲にも理解出来た。


「そうだな。もうフロンティアは窮地を乗り切った。あとは楽しく暮らそう」


 微笑むドラゴと桜。


「ならば、私を再び専属護衛にしてくださいませ。この剣を生涯あなたに捧げましょう」


 膝をつき、真摯な眼差しで腰の剣を差し出すドルフェン。

 慌てて千尋はブンブンと首を横に振る。


「いや、ドルフェンは侯爵令息でしょ? 伯爵令嬢の護衛なんて役不足じゃない?」


「次男坊です。いずれは騎士爵でもとって自立しなくてはならない身。拾ってくださいませ、チヒロ様」


 ああ、そっか。


 柔らかく微笑むドルフェンに、千尋も納得顔。

 嫡男しか爵位は継げないのだ。ならば、どのみちドルフェンは家を出るか、部屋住みで実家を手伝うくらいしか選択肢はない。

 あとは家同士を結ぶために政略結婚でもするか。


「お父ちゃん、家にドルフェン雇える?」


 おずおずと見上げる愛娘に、ドラゴは鷹揚な頷きを見せた。


「王宮の敷地に住んでるから、そういった者を雇う必要がないだけで、本来なら護衛の十や二十は居てもおかしくない身分だしな。ドルフェンならば間違いはないし、大歓迎だ」


 領地はなくとも伯爵となったドラゴには莫大な年給が出ている。

 貴族街に居を構え、数十の使用人を持つに十分な年給だ。

 ただ平民気質なドラゴが、そういった事に疎く、無頓着なだけである。

 その答えに安堵の息をもらし、千尋がドルフェンの剣を受け取ろうとした瞬間、玄関から凄まじいノックの音が聞こえた。


 ダダダダダダンっと太鼓のように乱打され、扉の蝶番がミシミシと悲鳴をあげている。


 訝りながらナーヤが出るが、そこで有能な家令は硬直。

 硬直して微動だにしないナーヤを蹴倒して、中に入ってきたのは、見慣れた巨大蜜蜂様。

 もふもふな体毛を小刻みに震わせ、輝く複眼全てに小人さんが映されていた。


「メルダっ?!」


《我が王よ!》


 メルダは手足をわちゃわちゃさせつつ、ドラゴに抱かれる幼女をガン見する。


 黒髪に翡翠色の瞳。


 しかし、その身に宿す金色の魔力は本物だ。以前のように迸る強大な魔力ではなく、内に潜む静かな焔のごとき煌めき。

 カンテラの灯りみたいに、慎ましやかだが、柔らかく周囲を照らす暖かな光。


《まさかと思いました。.....でも、この瞳が、貴方様を感じて。あああ、お帰りなさいませ、我が王よ》


 メルダの金色の瞳が、千尋の金色の親指に共鳴し、仄かに光っている。

 その瞳を撫でてやり、千尋は懐かしげに眼を細めた。


「ただいま、メルダ。生き永らえたんだ。良かったねぇ」


《はいっ、はいっ、我が王よ》


 フルフルと小刻みに揺れるメルダの影から、黒と黄色の縞々な蛇と掌サイズの蛙が飛び出す。

 慣れた仕草で小人さんの腕や肩に絡まる二匹。


「ミーちゃん、麦太っ!」


 さらにはメルダに遅れて、数匹の蜜蜂らがやってきた。

 部屋の中でホバリングする蜜蜂の一匹が、千尋の肩に張り付いて、ゴリゴリ頭を押し付けてくる。


「ポチ子さんもっ、元気にしてた?」


 うきゃーっと舞い踊る幼女と魔物たち。


 久しく見なかったその姿に懐かしさを覚え、周囲の大人らは思わず何かがぶわっと胸に込み上げてくる。

 ドラゴなど、すでに滝のような滂沱をしつつ、言葉もなく立ち尽くしていた。

 だが、感慨深げに顔を見合わせる大人達と違い、ただ一人の幼児は雄叫びを上げる。

 双子の片割れな長男。ドラゴに良く似た焦げ茶色の髪に桜譲りの真っ黒な瞳。

 その瞳は恐怖に見開かれ、大きく揺れていた。


「あ"ーーーーっ」


 いきなり現れた周囲の魔物に怯え、眼を見開いて絶叫する千早。

 桜の胸にしがみつき、固まりながら張り裂けんばかりの悲鳴をあげている。


「ぎゃーーーーっっ!」


「あれあれ、まあまあ、大丈夫だよ?」


 大泣きして、あやしてもおさまらない千早を抱え、桜は慌てて二階にあがった。

 それを見送り、千尋は少し思案気に親指を咥える。

 無意識に指をしゃぶりながら、小首を傾げる幼女。あざといくらいの可愛らしさだ。


 知らず口角の緩む男性陣。


「兄ぃにには魔物は無理ぽ?」


 残念そうに瞳をうるませる千尋に、ロメールらは難しい顔をした。


「麦太やミーちゃんくらいは大丈夫なのでは?」


 多少大きくはあるが、この二匹なら通常のサイズだ。だが.....


 今の千尋の半分はありそうな蜜蜂。


「ポチ子さんは無理かもね。いずれ慣れるかもしれないが、今は森にいてもらうか、千早には見えない屋根や庇のあたりに隠れていてもらうか」


 千尋の肩に張り付いていたポチ子さんの顔が、ガーンっと衝撃に凍る。

 いかにも絶望的なその表情に、ロメールらは気の毒なんだけど、ほっこりと暖かい気持ちを禁じ得ない。

 本当に魔物らは表情が豊かだ。表情というか、雰囲気が場の空気を染めている。


 どうしよう。


 ちゅちゅと指をしゃぶりつつ、千尋は、はっと閃いた。


「沢山いたら良いんじゃないかな?」


 ぱぁっと顔を上げた小人さんに、周囲は困惑する。


 いや、それ、恐怖が倍増するだけなんじゃ?


 目線で会話する大人らを尻目に、千尋はメルダに蜜蜂達の派遣を頼んだ。


 今の王宮に蜜蜂はいない。

 金色の王が居無くば、居る意味がないからだ。

 だから千早も蜜蜂が以前は王宮をかっ翔んでいた事を知らないし、見た事もない。


 ロメールに国王へ説明をしてもらい、千尋の帰還は伏せたまま、ドラゴの子供らにメルダから贈り物として蜜蜂が派遣されるとの話を通してもらう。

 元々、千尋が居なくなった後もドラゴ邸には蜜蜂がたむろしていたため、国王は何の疑問もなく承諾してくれた。


 ここから小人さんの魔物は友達大作戦が始まる。


 今夜は間違いなく悪夢にうなされるだろう千早に合掌。

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