第120話 クラウディア王国の秘密と小人さん やっつめ
「うあああぁぁ、疲れたぁぁぁっ」
床でゴロゴロしつつ、ぐで~っとスライム化する小人さん。しかし、その四肢はがしっとポチ子さんを抱え込んでいる。
もふもふもふもふとポチ子さんの体毛を撫でまくりながら、至福の笑みで顔面雪崩を起こす妹に呆れ、千早は書類を片手に騎士達へ指示を出していた。
「馬車の調達は終わったかい? 荷馬車でも良い。幌をつけて車輪の補強だけは忘れずにね?」
「空の馬車もとの事ですが?」
「そう。辺境伯領の難民も拾っていくから。食糧は足りるかな? 念のため買い出ししておいてくれる?」
「承りました」
テキパキと動く大人達を、ぼーっと見つめ小人さんは電源OFF。まったり、のったりと、ぐで玉を満喫中だった。
あれから三日。
全ての獣人を買い取り、その対価の半額を渡して残りは後日とした小人さん。
手持ちが足りなかったのと、事の説明をロメールにして、獣人らの居住地を確保するためだ。
後々、因縁をつけられぬよう契約書も新たに書き直したい。その辺はロメールに任せたら大丈夫だろう。
その新たな契約書にサインを貰うため、半金は後払いにしたのである。
「どうせライカンも生まれず、先細りな民族だ。くれてやっても惜しくはない」
「左様で。有り難く頂戴していきますわ」
強がりを口にするクラウディア国王から言質と売買契約書を奪い取り、晴れて手に入れた獣人らをフロンティアへ運ぶため、千早率いるフロンティア騎士団が奔走する。
難儀な交渉で王族を演じた小人さんは疲労困憊。ぶるんっと被っていた猫をうっちゃって、後は千早達に任せ、ぱたりと横たわりモフモフと戯れて鋭気を養っていた。
「辺境伯爵領の難民らは~。和樹のキャラバンに頼もうか~。獣人も一緒に~。うに~」
グダりつつも端々に口を挟む小人さん。
「んぁ~、えーと? ドルフェンだけ残して~、他はキャラバンの護衛に~。モノノケ馬車で~。アタシらは平原の森へ~? あ、そうだ、主の子を届けて、ついでに盟約もしてこよう」
途中でスイッチが入ったのか、がばっと起き上がり、千尋はあれやこれやと指折りし始めた。
どうせ間者からフロンティアに報告は行っているだろう。ロメールのことだから、すでにこちらへと騎士団が向かってきてる可能性もある。
それと合流出来れば問題なく皆を運べるし、先に戻って色んな準備も出来る。
あれやこれやと思案を巡らす小人さん。
そこへ馬車の扉をノックする音が聞こえた。
ドルフェンが扉を開けて招き入れたのは一人の獣人。買い取った獣人らの最年長で、牢獄生まれではない年寄りな獣人だった。
「今回は本当に有り難うこざいました」
深々と頭を下げるのは狼の獣人。名前をマーリャと言うらしい。
彼等は各々かなり差異があり、人間に近い姿形もあれば、全身毛むくじゃらで獣に近い者もいる。
目の前の女性は、獣に近い人だった。狼らしく尖った鼻先に精悍な瞳が印象的である。
そして、とつとつとマーリャは昔話を始めた。
二十年ほど前、最後の隠れ里が奴隷狩りに襲われ、ほぼ獣人は壊滅状態である事。ライカンと呼ばれる獣人は既に生まれており、最後の隠れ里襲撃で行方知れずである事。
なるほど。既に存在するから新たなライカンとやらは生まれなかったわけか。
ライカンは完全な獣に変化出来る唯一の個体。ゆえに襲撃を受けた時、獣化していち早く逃げ出したのだとか。
「そこから行方が知れません。捕らわれはしなかったみたいですが、年端もいかぬ子供でした。もはや生きてはいないかと。.....たぶん、生粋な獣人は絶滅するでしょう。なので、何処かに小さな村をいただき、静かに暮らしていきたいと思います」
人に交わる事も可能だが、その見てくれや短い寿命から散々人間に忌避されてきた獣人達だ。淡い期待は抱かないらしい。
さらには、その卓越した運動能力。今でこそ牢獄生まれの獣人が大半を占めるため、本能が薄れつつあるが、その昔にはクラウディア王国を寒からしめた歴史を持つ戦闘民族なのだとか。
その能力に眼をつけた時の権力者達に良いように弄ばれ、多くの同胞を戦で喪った彼等は、ひっそりと表舞台から消えていき、辺境奥深くに隠れ棲むようになった。
「数百年ほど前には幾つかの隠れ里がございましたが、度々奴隷狩りに焼かれ、わたくしが長をしていた隠れ里を最後に、ほぼ全ての獣人は牢獄へ繋がれてしまったと思います」
見てくれの物珍しさや、発達した筋力、運動能力から、愛玩奴隷や労働、戦闘奴隷として獣人は高値で売れる。まさに引く手あまただ。
これを繁殖させ商品とするため、クラウディア王国は長年彼等を追い続けたという。
「他の国へ逃げようとか考えなかったの?」
首を傾げる小人さんに、マーリャは小さく顔を振る。
「山脈を越えて荒野や砂漠を旅するのは生半可ではございません。一番近い南のカストラートでも徒歩で一ヶ月以上はかかります。しかもカストラートは魔物を飼い慣らし、良くない噂が多い国。.....生まれ故郷を離れてまで目指したい国ではありませんでした」
反対にある北の隣国へ向かうにはクラウディアを大きく迂回しつつ向かわねばならない。当然、その移動距離も長くなる。
荒涼とする荒れた大地にポツンポツンと点在した立地から起きる御国事情。それが、逃げ出すという選択肢を潰すのだ。
「今回の幸運を無駄にはしません。この御恩は、必ず御返しいたします」
深々と頭を下げて馬車から出ていくマーリャを見送り、小人さんは業の深いアルカディアの世界観を思い描いた。
地理的に逃げ出す事も困難だから我慢するしかない。絶対的な権力にひれ伏し、従うしかない。
これが、悪辣な愚王ばかりなら民衆の我慢も限界を越えるだろう。だが、程好く交じる賢王によって民の不満がリセットされるため、長々と暗愚な世界が続いてしまう。
いよいよとなれば心ある者が簒奪をして新たな王家を興すだろうし、それが続く限り、民主化とかの理念は育たない。革命なんて論外だ。
そして、それが悪い事でもないのではないかと思う小人さんがいる。
心ある王族の育成マニュアルとか、有用な人材を育てる環境とか、色々整えれば善い方へ向かわせる事が出来るだろう。
主義主観を改革するのは大仕事だが、その方向性を少しずつズラしていくのは難しくない。
民主化して選挙で頭を選んでも、そいつが馬鹿をやれば、今よりも酷い状況が待っている。現在と大差はない。
現代日本の歴史を知る小人さんは、その汚さもよく知っていた。
むしろ、生まれついて王となるべく真摯に学ぶ人間の方が、道を間違えさえしなければ誰よりも人の上に立つ者として相応しいだろう。
コロコロ変わる首相や、掌ドリルで覆される数々の政治理念より、一貫した主義主張の王家の方が、ずっと理想的に思う小人さん。
だから彼女は、この世界観を変えようとは思わない。ただ、より良くしようとは思う。
「そうだよね。王族は沢山いるんだからさ。序列じゃなく、民の人気投票で王族から王を選ぶとか..... それを意見の一つとして参考にするとか。そしたら王族の皆も、もっと努力して民のためになる事を考えたりとかするだろうし.....」
ぶつぶつと呟き出した小人さんを生温い眼差しで見つめるフロンティア勢。
脳内だだ漏れな妹に肩をすくめ、千早は淡々と帰国の準備に取り掛かる。
こういう時は黙って見守るのが吉なのだ。また何か楽しい事が起きるかもしれない。
彼女の中には、いつも計り知れない世界が広がっているから。御飯であったり、政治であったり、文化であったりと多種多様な。それをよく知るフロンティアの面々である。
そうして支度も終わり、ドルフェンと千早と小人さんは平原の森を目指す事になった。
「アタシらは平原の森の主に子供を返して、上手く盟約出来たら辺境の街に翔ぶね」
「では我々は獣人らと共に辺境の街を目指し、そこで御待ち申し上げます」
ヒュリア達のいる辺境の街までは馬車で四日ほど。そう頷き合うフロンティア一行に、そわそわとしつつマーリャが声をかけてくる。
「森の主様に逢われるとか? 本当でございますか?」
「うん。あんたらと一緒にいた主の子供を届けなきゃだし、アタシ個人も主に用があるの」
「ならば是非とも私をお連れくださいませっ」
必死の形相で詰め寄るマーリャ。
「我々獣人にとって、森の主様は守り神でした。代々ずっと逃げ惑う我らを導き守護してきて下さったのです」
聞けば、何百年も森の主達は獣人らに力を貸してくれていたと言う。逃亡を助け、新たに造られた里を守り、常に獣人達と共にいてくれたのだとか。
「だから、こうして国を離れる前に是非とも御礼を申し上げたい」
額づくように土下座するマーリャを慌てて立たせ、小人さんは彼女の同行を快く了承した。
他の獣人も行きたげであったが、そこは我慢してもらい、長であるマーリャと数人の側近のみを馬車に同乗させ、小人さん達は平原の森へと向かう。
「ライカンが行方知れずなのは残念だけど、今いる獣人らだけでも長く幸せに暮らして欲しいにょ」
ヒュリアもアドリスもいないため、自ら淹れた御茶を差し出し、小人さんは嬉しそうに微笑んだ。
それを受け取って、マーリャは少し寂しげに眉を寄せる。
「ナーシャは小さな子供でした。燃え盛る建物に驚き、獣化してしまい、気づけば何処にもいなくて..... 獣化したままなのか、人化しているのかも分かりません。長く獣化していると人の記憶も薄れて、忘れてしまうと言います。.....生きていてくれれば、どちらでも構わないですが。仔狐では生きてはいけないでしょうね」
仔狐?
「そのライカンは狐なの?」
「はい。草食か肉食かのどちらか極端に分かれやすい獣人の中で、雑食系の者は稀です。それこそがライカンの証なのです」
思わず小人さんの顔が凍りつく。
ナーシャ、ナーシャ..... 子供の記憶だ。うろ覚えでもおかしくはない。
「そのライカンって、ひょっとして濃いピンクの髪に赤い眼をしていたりしません?」
「なぜ.....? 御存じなのですかっ?! ナーシャは、私の娘ですっ! 赤い狐ですっ!!」
サーシャぁぁぁっっ!!
絹を裂くような絶叫が小人さんの脳裏を響き渡る。
ナーシャはサーシャで、マーリャはサーシャのお母ちゃんで、サーシャが、そのライカンかぁぁぁーーーっ!!
驚愕の事実を知り、わちゃわちゃと暴れる小人さん。瓢箪から駒とはこの事である。
いきなり明るくなった獣人らの未来に乾杯♪
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