第119話 クラウディア国王の秘密と小人さん ななつめ
「父上、神父様を御呼びください」
「そなた.....っ、国を裏切ろうと?」
「裏切るも何も、真っ当な倅様で良うございましたね。わたくしも手間がはぶけましてよ?」
豪奢な応接室で苦虫を噛み潰しまくるクラウディア国王。決死の覚悟で父親を凝視する弟王子。その横で素知らぬ顔をし、要らぬちゃちゃを入れる小人さん。
大体の事情を弟王子から聞いたフロンティア一行は、やや呆れ気味に話し合いへと臨んだ。
「ヒーロ..... 程ほどにね?」
あまりにかっ飛ぶ妹を宥めつつ、千早は周囲の赤い騎士達を窺う。
開幕、つっけんどんな対応を食らった近衛騎士達は、あからさまに小人さんを敵視していた。
その腰に帯びた剣の鍔が浮き、今にも抜かんばかりに物騒な雰囲気を醸しているが、それを遥かに凌駕するドルフェン達の殺気が、見事に彼等の衝動を抑え込んでいる。
話があるとの小人さんの申し入れを受け、場を用意したクラウディア国王は、別室に通した獣人らの話なのだとばかり思っていた。
だが蓋を開けてみれば連行された神父を寄越せとの話で、思わず鼻白む。
「王家の意に添わぬ者は、理由の如何を問わず斬首と決まっています。罪人を解放せよとは、フロンティアはクラウディア内政に干渉するおつもりか?」
国王の横で声高に反論を口にする文官。獣人達の事もそうだが、罪人である神父を解放せよとは度を越した要求だ。
クラウディア王は当たり前だと言わんばかりに大きく頷いた。国王の意に歯向かうなど命知らずにも程がある。その場で切り捨てず連行して裁判にかけてやるだけでも御の字だろう。
仮にも聖職者だ。実のところ、教会を黙らせるためにも公的な裁判が必要なだけだった。
それを見透かして、小人さんは溜め息交じりに妥協案を提示する。
「弱者を見捨てぬ、善き神父様です。罪人だと言うのなら、相応の金子で手を打ちませんか? 獣人の代金も相談いたしたく存じます」
ほくそ笑む少女に、クラウディア側は大きく眼を見開いた。
王都を囲うように続々と魔物が集結している報告は王宮に届いていた。だからてっきり、神父も獣人も寄越せと脅してくるものとばかり思っていたのだが。
双方の間に横たわる無言。先に口を開いたのは小人さんだった。
「面倒な駆け引きをするつもりはございませんの。神父様の身代金に金貨百枚、獣人も一人につき金貨百枚でいかがかしら?」
地獄の沙汰も金しだい。力とは何も武力ばかりではないのだ。圧倒的な武力に拮抗出来るのは圧倒的な財力。
しかし端金では彼等を納得させられまい。
小人さんの提示した金額は、ざっと金貨一億枚。小さな街を買える金額である。人間の奴隷の平均価格が金貨二~三十枚。獣人でも五十枚あたりが相場と聞く。
あまりの破格な対価に、クラウディア側が大きく息を呑んだ。
細くすがめられた少女の瞳に宿る酷薄な光。その冴えざえとした冷ややかな眼差しに怖じ気づきつつも、果敢な文官の一人が問い掛ける。
「.....断れば?」
くふりと眼に弧を描き、小人さんクスクスと然も愉しげに笑った。
「実力行使で」
その言葉に含まれる意味を察して、クラウディア側は全身を総毛立てる。
少女は言うのだ。応じないのならば、魔物がクラウディアを蹂躙するぞ? と。
言外を汲み取り、そわそわと国王に視線を振る文官達。この国の法律は形だけ。全ての決定権は国王にあった。
平民に人権はなく、全ては貴族や王族のためだけの法律だ。平民同士のイザコザでも、下級貴族による法廷が是非を問う。異論は許されない。
あらゆる事象は特権階級の思うがまま。
そこに現れた小人さん。
誰にも指図は出来ず、しようものなら国が落とされかねない危険人物。
国外から舞い降りた災厄により、クラウディア王は生まれて初めて窮地に立たされる。
こんな小童に.....っ!
音が聞こえそうなほど奥歯を噛み締め、無言で眼を剥くクラウディア国王。
それを代弁するかのように、整列していた赤い騎士らが声を上げた。
「如何にフロンティアが強国なれど、最低限の礼儀があるのではないかっ?! 敵対している訳でもなく、過去には金色の王の亡骸をフロンティアへと丁重に御届けもうした我が国を脅すなど、あってはならない事と存じるっ!!」
民を虐げている自覚もなく、獣人らを家畜の如く扱い、売り払っていた奴等が人道をほざくかにょ。
小人さんは相手を据えた眼差しで一瞥し、軽く嘆息した。
「誰も脅してなどおりませんよ? 本気ですもの。試してごらんになりますか?」
にや~と悪い笑みをはき、小人さんは軽く指を宙に閃かせる。そこに現れたのは毎度馴染み鈍色のトカゲ様。
コロンは小人さんの意を汲んで、ぽぅっと口から火を吐き、じわりと辺りに熱を放出した。
みるみる部屋の気温が上昇し、まだ雪の残るクラウディアでは有り得ないほど暖かくなる。むしろ暑いくらいだ。
「う.....っ」
あまりの暑さに思わず呻く騎士達を見渡して、小人さんはコロンを床に放った。途端にジュワァっと音をたてて溶けた石材に、クラウディア側は驚愕の眼を向ける。
何が起きたのか分からない。
顔を強ばらせて溶ける石材を見つめる人々。それを冷ややかに一瞥する小人さん。
「焔の精霊です。これ一匹で、この城を溶かすのも容易いですわ」
大まかな説明をして、小人さんは再び指を閃かせるとコロンを消した。
未だに熱気が残る部屋の中で茫然自失なクラウディア側一同。
力には力だ。こうして見せつける事が攻撃となる。反撃する気も起きないほど、徹底的に理解させねば。
「お分かりいただけまして? これが、わたくしの日常。脅しなんて陳腐な事はいたしません。巻き込まれる民が気の毒だからやらないだけ。金子で片をつける方が面倒がなくて宜しいかと」
つまり後始末が面倒だから、金で売った体裁をクラウディア側に与えているのだと小人さんは遠回しに語る。
言語につくしがたい屈辱がクラウディア側に染み込み始めた。じわじわと蝕むソレを自覚し、クラウディア国王は小人さんに忌々しげな眼を向ける。
だが、人を殺せそうなほど怨嗟のこもる視線をしれっとはね除けると、小人さんは鬱陶しげに扇を閃かせた。
「こんな国は要りませんしね。野蛮で無知で、こちらに何の実入りもない」
ふうっと呆れたような溜め息とともに毒を吐く小人さん。フロンティア側に起こる微かな嘲笑。
あまりの言われようにクラウディア王の顔がドス黒く染まる。ここまで悪し様に罵られ、クラウディア側は爆発寸前だった。
しかしそこに、小さな呟きが聞こえる。
「わたくしね。怒ってますのよ?」
ふっと部屋の気温が下がった気がして、思わず辺りを見渡すクラウディア側を余所に、小人さんは爛々と眼を輝かせて両手に魔力を溜めた。
何物をも引きずり込むような深い闇を湛えた不気味な魔力。
初めて見る魔法に固唾を呑むクラウディア国王を睨めつけて、小人さんは両手の魔力を窓から空に放った。
二つはに空中でぶつかり、大きな爆音をたてて空間を引き裂く。ぽっかりと宙に浮かぶ穴。信じられないモノを見る眼差しでソレを凝視し、わなわなと瞳を震わせ驚愕するクラウディア側一同。
宙に穴? 何が起きた?
「あれは闇の魔力です。なんでも無差別に吸い込む深淵の入り口ですわ」
しゅわしゅわと耳障りな音を残して消えていく穴から眼が離せないクラウディア国王。
光すら呑み込みそうな深い闇色の穴は、彼の視界の中で消え失せる。
「こういった力がフロンティアにはあります。分かりやすいでしょう? わたくし一人でも、この国を落とせましてよ?」
小首を傾げて微笑む少女。可愛らしい笑みのはずなのに、何故かゾクゾクする背筋の悪寒に苦戦し、クラウディア王は小人さんの顔をまともに見られない。
あと一押しかな?
「さあ? 決めてくださいませ。金子で片をつけるか、地図から消えるか」
さらりと外道な事を宣う少女に、クラウディア王は頷くしかなかった。
これはただの茶番だ。抗う気も失せるほど見せつけられた現実。
アルカディアでは強さこそが全て。弱者はそれにひれ伏し、ただ受け入れる他はない。クラウディア国王本人が今まで散々行ってきた事だった。
因果応報とは地球の言葉。
話し合いの形をした茶番が終わり、クラウディア側の矜持を粉々にした小人さんは、ようやく目的の神父様と対面する。
「これは一体.....?」
薄汚れボロボロな姿の老人は、両手に木製の枷をつけられた状態で応接室へ入ってきた。
かなり痛めつけられたようで、顔が所々腫れあがり、片足を引きずっている。
痛ましげに顔を歪め、小人さんは吐き捨てた。
「良い御趣味を御持ちで..... 無抵抗な聖職者をいたぶるのは愉しかったですか?」
言外に含まれた侮蔑を察しても、それが何か? と、首を傾げる始末なクラウディア国王。皮肉も通じない。
フロンティアとは基本理念が違うのだ。相容れる訳はない。
クラウディア側で唯一顔を歪めたのは弟王子だけだった。
「.....お恥ずかしい限りです」
彼の膝で握り締められ、小刻みに震える拳が、その心情をありありと小人さんに伝える。
「そう言えば御名前を伺っておりませんでしたね」
怒濤の展開で、弟王子の名前すら聞いていない事を思い出した小人さん。はっと顔を上げて、弟王子は見るからに狼狽する。
「私としたことがっ、失念しておりました。クラウディア国王が次子、パスカールと申します。お見知りおきを」
はにかむ弟王子に頷いて小人さんは神父の治癒をドルフェンに任せると、クラウディア国王と文官の前に羊皮紙を差し出した。
「ではここに買い取りの証書を作成してくださいませ。主の子も森に送り届けますから御心配なく♪」
さりげに交ぜられた言葉に度肝を抜かれ、ばっと顔を見合わせたクラウディア国王と赤い騎士達は、小人さんの言葉を確認すべく控えの間の獣人らの所へ侍従をすっ飛んで行かせた。
クラウディア国王が森の主を従わせていると聞くが、ああして子供を人質にしていたあたり、友好的な関係には見えない。
何かしら事情があるはずだ。
前にキルファンでも主の子を人質にして密漁などをやらかしていたし、この国にも似たような雰囲気を感じる。
「主の子は.....っ、そのっ、連れていかれては困るのだがっ」
しどろもどろで混乱するクラウディア国王を、然も愉快そうに眺める小人さん。
「あらぁ? 何故かしら? 森の主が誰に仕えているのかは御存じなのではなくて?」
クラウディア国王の脳裏に、ひやりとした悪い予感が駆け抜ける。
そう言えば騎士団の報告にあったではないか。この国に金色の王がおわすと。蜘蛛の魔物がそう伝えてきたと。
タラタラと止まらない冷や汗が国王のこめかみを伝った。
「まさか.....?」
「どうかしら?」
意味深な光を瞳に宿した目の前の王女は黒髪に翡翠色の瞳だ。金色の王である訳がない。
そう己に言い聞かせつつも、氷柱が突き刺さったかのような悪寒を振り払えないクラウディア国王だった。
後日、彼は舞い戻ってきた小人さんに、こっぴどく怒鳴り付けられ、この時の嫌な予感が正しかった事を知る。
こうして力技で勝利をもぎ取り、集まっていた魔物達に獣人や難民らをフロンティアに運ばせるつもりな小人さん。
クラウディア国王陛下には御愁傷様としか言えない結末となった。
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