第118話 クラウディア王国の秘密と小人さん むっつめ


「..........で?」


《王が御呼びと聞きました。馳せ参じます》


《早くて善きかな。我が子らと翔べば、すぐに着く》


 何を言っているのか分からないロメールの前で、きゃっきゃ、うふふとするのは巨大蜜蜂様と巨大海蛇様。

 各々一族を率連れ、王都端の樹海に集まっていた。


 森の主らの一族は思念で連絡を取り合える。小人さんが連れている子供らから一瞬で報告を貰えるのだ。

 王宮暗部の魔法よりも早い伝達により、事を知ったロメールが駆けつけた時には海蛇様ら御一行が既に樹海に到達していた。


《キングらの子供は、メリタ達が連れて行ったようです。ジョーカーは本人も向かったと聞きます》


《あら。それでは、わたくし達も急がねばね》


 目配せするクイーンとツエットに頷き、子供蜜蜂達が子供海蛇らを抱えて一斉に飛び立っていく。

 それを呆然と見送り、言葉もないロメールである。


 暗部の間者から風渡りで連絡は来ていた。チィヒーロがクラウディア王国に喧嘩を売ったと。

 その原因が拐われた神父と獣人らで、ただいま地下に籠城中。どのようになるのか分からないと。

 そこへ今度は海の主らが大移動しているとの報告も入り、慌ててクイーンの森にすっ飛んできたのだが。


 何が起きているのか全く分からない。分からないが..... まあ、なるようになるのだろう。


 チィヒーロだしね。


 ふうっと小さく溜め息をつき、詳しい話をクイーンらから聞いたロメールは、全速力で王宮へ取って返した。


「また、あの子はあぁぁぁーーーっ!!」


 完全な内政干渉&強奪&宣戦布告。


 モノノケを率いて獣人らを力ずくでふんだくるつもりなのだと覚り、ロメールは頭をフル回転させる。

 クラウディア王国とフロンティア王国では距離が有りすぎて戦にはならない。だが、こういった略奪は背びれ尾びれどころが、胸びれ腹びれまで付けて世間を駆け回るだろう。

 この先の巡礼にも支障をきたすし、フロンティアに著しいイメージダウンをもたらしかねない。

 さらにはクラウディア王国は、海の繋がりでフロンティアへやってこられる数少ない国でもある。

 陸路は過酷なアルカディアだが、海路は比較的安定しているのだ。海の森がフロンティアに加勢してくれていなくば、過去のキルファンも、もっと頻繁にフロンティアへ攻撃を仕掛けて来ていただろう。


 魔力枯渇から、海の魔物も森の周辺にしか存在していない。


 つまりその気になれば、クラウディア王国は海路でフロンティアに戦を仕掛けられるのである。

 商隊の多くが海路を利用する理由でもあった。ただ、海側一面が主の森の範囲なフロンティアは、その被害に遭った事はなかったが。


 しかし面子を重んじるクラウディア王国がソレをやらかさないとは限らない。あちらには正当な理由もある。


 燃え種を持ち込んだのはフロンティアだ。何とか鎮火もさせねば。


 必死に頭を巡らせ、後処理をロメールが練っていた頃。


 小人さんは、周囲をクラウディア王国騎士団に取り囲まれていた。




「熱烈なお出迎えだね」


「ヒーロ..... これ、迎えじゃないから」


「一人あたり三十人くらいか。やれるな?」


「「「「応っ!!」」」」


「応じゃないっ! ドルフェンも煽らないっ!!」


 一人、常識を呟く千早。飄々とした笑みを浮かべる千尋。残忍に口角を上げて獰猛な眼をギラつかせるドルフェンら一同。

 その後ろに並ぶ獣人達は、ガタガタと震えていた。


「にぃーには何で最初っからアタシが喧嘩腰だと思っているのかなぁ?」


 ふんわりと柔らかく微笑み、小人さんはポチ子さんが回収していたドレス調の上着を羽織る。ガウンのように前合わせなソレを着ると、再び可愛らしい少女が出来上がった。

 ばっと音をたてて扇を開いて口元に添え、小人さんは優雅にドレスの裾を翻す。


「下がりなさい? 国王陛下にお話がございますの」


 眼に弧を描いて、そそと進む小人さんに、クラウディア騎士団はどうしたら良いのか分からない。

 捕らえるにもフロンティア騎士らが獰猛に威嚇しているし、周辺を飛び回る魔物らも恐ろしい。

 結局、クラウディア騎士団は厚く人垣を作り、小人さんの歩みを見守るしかなかった。




「どんどん増えています。こんな数の魔物なんて見た事がないです」


 クラウディア辺境を越えて王都までやってきたモノノケ達。殆どが主の一族で、固有の個体ばかりである。

 世にも名高いフロンティアの空の守護神巨大蜜蜂や、同じく海の守護神巨大海蛇。他にも蜘蛛やカエル、他諸々。


「いったい、何が起きて.....?」


 顔面蒼白で魔物らと睨み合うクラウディア騎士団の前に、大きな魔物の塊が動いて来た。

 いや、魔物の塊だと思っていたモノは巨大な蜘蛛で、その身体の表面に多くの魔物が張り付いていただけである。

 巨大な蜘蛛はブルンっと身体を揺すり、張り付いていた魔物らを振り落とすと、クラウディア騎士の前に進み出た。

 身の丈五メートルをゆうに越す体躯。高さだけでも三メートルはあるだろうか。

 隆々と立つ巨大な蜘蛛を見上げて固唾を呑むクラウディア騎士達の前で、その蜘蛛は、ガリガリと甃を引っ掻いた。

 まるでパン生地に描くかのように軽く、堅牢な甃を抉る爪。その強靭な爪にも驚いたクラウディア騎士達だが、より驚愕させたのは描かれた文字だった。


《我等が王の指示を待つ。場合によっては、この国は地図から消える。心せよ》


「魔物が..... 文字を?」


 凛と佇む巨大な蜘蛛の八つの眸。そこには野蛮なケダモノじみた何かは無く、むしろクラウディア騎士らを見聞するかのように、静かで凪いだ光が感じられた。


「森の主.....?」


《さよう》


 ガリガリ削られる甃。


 森の主が知性ある魔物な事はアルカディアに住む人々の常識として浸透している。今ではお伽噺のように伝えられているが、クラウディア王国は国王の僕として有名だった。


 だからこそ浸透している、もう一つの逸話。


 金色の王の伝説。


 かつて、この地でみまかった金色の王を丁寧にフロンティアへ送り届け、その恩への深い謝意としてクラウディア王国辺境の森の主は、代々クラウディア王家に従っていると。


 クラウディア王国の者なら、子供でも知っている話だ。


「森の主が動くのは..... 金色の王の命令だけなのでは?」


《さよう》


 巨大蜘蛛が、先ほど書いた文字を再び指す。


 クラウディア騎士団が大きくざわめいた。


「それって、つまり.....?」




「ここに金色の王がいるという事なのでは?」


 今現在フロンティア一行がクラウディア王国内にいる。その中には王家の姫君もおられたはずだ。そして目の前に広がる魔物の大群。


「で.....っ、伝令ーーーっ! 金色の王がおわすと.....っ、魔物達に命令が下されていると至急王宮へ伝えろーーっ!!」


 劈くような絶叫を耳に、ジョーカーは、したり顔で王宮を見上げた。


 どうなるかねぇ? 警告はしといたよ。好きにおやり。


 脚を丸めてドスンと座り込み、ジョーカーは夢を見る。たゆとうような靄の中で唸る闇の精霊王。


 アンタの好きにはさせないよ? 


 アルカディアへと繋がる深淵を網で塞ぎつつ、ジョーカーはそこここから抜けていこうとする闇の精霊達もとっ捕まえていた。


 それを手助けしている金髪の少年。


 パシパシと闇の精霊を掴んでは、魔結晶の中へ溶かしていく。


《アンタの出番はまだなのかい?》


『まだ御呼びはかからないね。まあ、闇の魂が完成してからだろうけど』


 金色の瞳を緩め、少年は困惑げに微笑んだ。


《アンタも難儀な星の元に生まれたもんだ。.....アタシもだがね》


 クァトウグァを守るため、ジョーカーは地球世界の深淵からアルカディアへと移動した。アルカディアを守り切れれば、彼は新たな生を受けられるはずだ。

 物憂げなジョーカーを見つめ、少年も頭を掻く。


『俺のも..... まさか、こちらに転生させて餌に使われるとは思わなかったが。彼女を救えるなら、この魂だってくれてやるさ』


 遥か遠くに眼を馳せる少年を見つめ、ジョーカーも、やりきれない想いで胸が締め付けられた。高次の者達のやり方に反吐が出る。

 大切な人を質に取り、必要な人材を思いのままに操ろうとする姑息さ。


 闇の魂も、また.....


 思案に耽るジョーカーの前で、少年の身体が薄く消えていく。


『やべ、アイツが目覚めるみたいだ』


《ああ、行っておいで》


『また手伝うからっ、じゃっ!』


 少年が軽く手を上げると同時に、その姿は霧散した。


《いつまで踊らされたら良いんだか》


 完成された素材の光の魂は、宿主が眠ると度々深淵を訪れて、闇の精霊達の干渉を退けてくれる。

 その関係でジョーカーは、創世神達すらも知らない高次の者らの企みを知った。


 だが、知ったところで何ともならない。


 ただ傍観し、成り行きを見守るしかない。


《難儀な事だ》


 夢現をたゆとい、ジョーカーは小人さんを思い出す。そして、ふくりと笑みを浮かべて網を張り続けた。


 神々をも怒鳴り付け、蹴倒しまくった幼女は、今世も何かをやらかしてくれるだろう。


 神々すら想像も出来ない何かを。


 知らず期待を寄せて、無意識に溜飲を下ろしていたジョーカーを、今の小人さんは知るよしもない。


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