第60話 小人さんと蟲毒の呪法 よっつめ
「にぃに、見て、あれ」
「ああ、綺麗だねぇ」
仲良く手を繋ぎ、きゃっきゃと楽しげな双子達。
小人さん争奪戦は千早に軍配が上がったらしい。
どんどん広く、大きくなっていく洞窟は、狂化した魔物が現れたあたりから様相がかわり、武骨な岩壁にチラホラと鉱石が混じりはじめた。
金銀の欠片や、剥き出しになったルース。ポツポツと見えていたソレは、今では壁面のいたるところに見え隠れし、カンテラの灯りを反射してキラキラ輝いている。暗い洞窟で仄かに光る星空に、子供らは大はしゃぎだった。
「見事なものですね。他の坑道もこんな感じなのですか?」
感嘆の溜め息を漏らすドルフェンに、マルチェロ王子は否定するかのように首を振った。
「いや。鉄や銀なんかはともかく、宝石系が剥き出しになってる事はあまりない。水晶とかはあるが、あれなんかルビーだろう? 目利きが原石を見つけて削るまで、あのような姿にはならないんだが」
言われて小人さんも考えた。地球でも、宝石はまず原石だ。微かな隙間から中が見える事はあっても、採掘前からあんな風に石が丸見えであるのは珍しい。
「でも綺麗だね。廃坑にするの早かったんじゃない?」
何の気なしにな幼女の呟きに、バストゥークの兵士が答えた。
「悪い風が吹いたのです。死者が出て、閉じられた坑道でした」
「悪い風?」
首を傾げる小人さんに、マルチェロ王子、ああ、とばかりに説明してくれる。
「坑道には、たまに人を死に至らしめる風が吹くのだ。風は眼に見えないからな。被害者が増えないよう死者の出た坑道は閉じる事になっているのだ」
それってガスのことかな? 地球でもあったよねぇ?
ガス溜まりに知らず足を踏み入れて被害者が出ないよう、籠に入れた小鳥を連れていったとか。
人間よりも先に小さな小鳥が苦しみ出すため、ガスを避ける方法として長く使われていたはずだ。
そんな危険な場所とは知らなかった。
小人さんは先行する蜘蛛やポチ子さんに慌てて声をかける。
「ポチ子さん達は平気? 変な感じしない?」
小人さんを振り返り、小さく頷く魔物達。
それを見て、ふくりとマルチェロ王子の眼が細められる。
「今は大丈夫だ。私には岩の変化が見えるんだ」
ほに? と眼をしばたたかせる小人さん。
詳しく聞いてみれば、澱む空気がある場所の色が違って見えるらしい。
フロンティアに留学した後から、そのように岩や大地に色が浮かぶ事がままあり、調べた結果、それぞれが何かしら異変のある場所だったのだとか。
「これも魔力を得た恩恵かもしれない。ありがたい事だ」
しみじみとした王太子の言葉。
ふうむと指をしゃぶり、小人さんは考え込んだ。
そのあどけない姿に、周囲の眼が集まる。
幼児を卒業した子供が指をしゃぶる事はあまりない。
しかし、小人さんは通常の七歳児より小さいため、その姿に違和感がなかった。
あまりの愛らしさに、周りからきゅんきゅんと胸の高鳴る音が聴こえる。
うちの子にも、こんな頃があったよなぁ。可愛いなぁ。
なに? この可愛い生き物。愛でたい、持って帰りたい。
うわぁ、歩かせてて良いのか、これ。誰か抱き上げてやれよ。転んだらどうするんだっ!
悶々と周囲から謎な視線が集まる中、それに気づいた千早が千尋の腕を掴み、指を外す。
「ヒーロ、ダメだよ」
自分が指を咥えていた事に気付き、小人さんが顔を赤らめる。
もう治ったと思っていたのに。
子供に生まれていながら、子供らしい時間をあまり過ごせていなかった千尋は、中身に反して行動が幼い。
意識している時は大丈夫なのだが、無意識な時は赤ん坊のように無垢で、ほけっとした行動をする。今の指しゃぶりもそのひとつだ。
ぽてんと座り込んで宙を見ていたり、誰かが近くにいると、無意識に引っ付いていたり。
ズボンやスカートの裾を小さな手にきゅっと捕まれて、籠絡された男女は星の数。
見てくれの可愛らしさも手伝い、誰もが小人さんを愛でて抱き上げたがるため、その手を払いのけるのに四苦八苦する千早である。
ここでもソレを発揮するのかい? やめてよね、ほら、周りの眼が変わった。
長く付き合わねば分からない程度の変化。それでもこうしてずっと居れば、否応なく人々は感じ始める。
赤面する小人さんが、さらにその比護欲を煽った。
「足元が悪くなってきました。僭越ながら、私がお運びしましょうか?」
膝を着いてにっこり微笑むフラウワーズの騎士。それを首を振り、小人さんは千早の腕に絡み付いた。
「にぃにがいるから、ダイジョブ。ありがとうね」
ほにゃりと笑う幼女。
途端に周囲も、ほっこりと微笑む。
そういうとこだぞっ!!
苦虫を噛み潰しながらも、によによと上がる口角を止められない千早を、生温い眼差しでロメールとドルフェンが見つめていた。
あ~、ね~。チィヒーロ、あんまり千早を煽らないようにね。ほんと頼むよ。
本当に仲が宜しくて。羨ましいかぎりです。
どうやら家庭に思うところのあるらしいドルフェンと、正しく千早の性格を知るロメールの溜め息は、かなり温度差のあるモノだった。
その後も特に魔獣の襲撃もなく、順調に進んでいった小人さん一行は、進行方向奥にある光に気づいた。
煌々と差し込む強い光。
「なんだろう?」
「やけに明るいね?」
慎重に進み、件の光芒が差し込む道へ入ると、人々は驚愕に顔を上げた。
恐ろしく広い洞穴には双子やロメールの見慣れたモノがある。
「これってっ!」
「魔力循環装置? 何故こんなところにっ?!」
そこに鎮座する巨大な球体は、ダビデの塔にある装置と全く同じモノだった。
戸惑いもなく駆け寄る双子とロメール。
思わぬモノを発見して、戦き動けぬフラウワーズ一団。
周囲を警戒しつつ散開し、戦闘態勢なフロンティア勢。
そんな中、装置の確認をしていたロメールは、驚愕に眼を見開く。
「まさか..... 生きてる? 動いてるよ、これっ」
フラウワーズは魔力が枯渇していたはずだ。この装置を動かせる訳がない。
何が起きている?
一筋の汗を頬に伝わせ、彼は身震いした。
ダビデの塔で慣れ親しんだ目の前の装置から、得体の知れないおぞましさを感じて、思わず数歩後退る。
まるで化け物でも見るかのようなロメールの眼。
それを見て、尋常ではない雰囲気に狼狽えるマルチェロ王子だが、ガサゴソと動き回る小人さんに気づき、その通常運行な行動に毒気を抜かれ、不思議そうな眼差しで見つめた。
装置の裏側には多くの機材が置かれていて、幼女は机や本棚を漁り、書類や文献に眼を走らせている。
「ほーん。なるほどねぇ」
「チィヒーロ?」
小さな呟きを拾い、ロメールも小人さんの行動に気づいた。
「ここは神世の時代からあるみたい。.....いや、人が生まれる前からね」
小人さんが引っ張り出した文献の山をロメールも確認する。
しかし、その大半は読めない。だが、読めるモノの範囲で確認したロメールは、ぶるりと背筋を震わせた。
歓喜で。
その多くの文献には、事細かく精霊に関する情報や、それになぞらえられた魔力や魔法の研究が書き残されていたのだ。
精霊のこと自体が秘匿案件であったフロンティアでは失われた知識である。
探せば何処かにあるのだろうが、少なくとも今は無い。
「ここは宝の山だっ! 精霊やそれにまつわる研究がされていたんだっ!!」
興奮気味にまくしたてるロメールに冷めた一瞥をくれ、小人さんは深い溜め息をついた。
そんな生温いモノじゃないよ。なによ、これ。
文献の多くは精霊に関するモノ。
魔力を失った混乱期、バストゥークの魔術師達は、辺境のレギオンを訪ねて慈悲をこうた。
このままでは装置が止まってしまう。多くの研究が無に帰してしまう。なにとぞ、森の主の御慈悲を。と。
それに応えてレギオンは魔獣の墓場をバストゥーク近くに定めた。
長く連綿と魔獣の屍に支えられ、ここの装置は生きながらえてきたのだ。
なんてこったい。
未だに興奮の冷めやらぬロメールが、キラキラ輝く表情で、読めない本を小人さんに差し出した。
「これは何語なのだろう? 共通語と別に、その民族特有な文字があると聞くが、その一つかな?」
ぱらぱらとページをめくるロメールを見つめ、小人さんは溜め息が尽きない。
神語だよ。人に伝えられたのとは別の正式な。
例の言語翻訳スキルにより、小人さんには読める古代の文献。
そしてハッとする。
誰がこれを人間に教えた?
神の言語は難解で遠回しなため、メルダ達は人に分かりやすい単純な言葉に作り直して教えたという。
実際、博識なロメールですら読めていない。
しかし、ここに書物として存在するという事は、この言語を理解し、書き残した者がいるはすだ。
遥か昔の話だろうが。
いや、本当にそうなのか? 現代に生きていない保証はあるのか? 誰かの手によって、今に伝えられている可能性は?
神世から続くと言われていた日本に生まれた小人さんは、そういったモノに造詣が深く、否定出ない。
わからない。喉元まで何かが出かかってるんだが、掴めない。
煩悶する小人さんの背後で、いきなり歓声が上がる。
何事かと振り返った小人さんの眼に映ったものは、蓮の花のように開いた魔力循環装置と、その中心で飛び跳ねるノーム。
そして、涙眼で固まるマルチェロ王子だった。
鈍色の服を着た小人さんのノームと違い、茶色の服のノームを掌に乗せて、マルチェロ王子は顔をくしゃくしゃにして俯いた。
「神々よ。感謝します.....っ!」
絞り出すような万感の想い。その震える頭をノームがポンポンと撫でている。
良かったね。
喉元まできていた何かは溶けて消え、続いてロメールや千早もノームを獲得し、他のフロンティア騎士らが試してみたが、やはり魔力が足りないのか、他にノームを顕現させた者はいなかった。
「つまり、この装置を生かすために、魔獣の墓場を暴いて欲しくはないって事だったんだね? ポックル」
『ホウっ!』
仲間と踊りながら、頷くポックル。
この装置が大量の魔力を必要とする事は知っていた。
膨大な魔力に満たされた洞窟に魔獣が湧いたのも理解出来る。
そしてフロンティアと同じ蟲毒の呪法が、ここでも行われていた。
小人さんはポックルからもらった黒紫の石を取り出して、じっと見つめる。
ロメールにも属性の分からない不思議な石。しかし、この小ささで結構な魔力を含有しているらしい。
こっちを調べてみようか。何か分かるかもしれない。
ほみ、と小人さんが指の間の小石を見つめていた頃。
遥か東方の森で小山が泣いていた。
ほたほたと涙をこぼし、天を仰ぐ大きな鬼。
《主よ。儂は..... 王よ、どうか主を.....》
嗚咽をあげるレギオンの周りでは、小さな小鬼が心配そうに見上げている。
それぞれの想いが交差する一夜も更けて、小人さん一行は狂化した魔獣らを討伐しながらバストゥークへ戻っていった。
笑ったり、驚いたり、泣き崩れたり。
毎日色々ありますが、今日も小人さんは元気です♪
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