第61話 小人さんと蟲毒の呪法 いつつめ
「うーん、何とかならないかなぁ」
食事も終わり、ザックの膝で餌付けされている小人さんの前で、ロメールは難しい顔をして、うんうん唸っている。
口に運ばれる匙を止め、千尋はロメールを見た。
「どしたん? ロメール」
軽く片眼を開けて、ロメールは小人さんを見ると、深く溜め息をついた。
「いやさ、あの地下の文献。何とか譲り受けられないかなと」
真顔で悩むロメールに、周囲は呆れた顔をする。
「それをフロンティアに言われたら、ロメールはどうする? たとえば、金色の王に関する文献や古い道具を譲ってくれって言われたら?」
「出来る訳ないじゃないかっ、貴重なフロンティアの歴史そのものだよっ?!」
答えは出てるよね?
うんうんと頷くフロンティアの面々。
それは理解出来ているのだろう。だからこそ、懊悩するロメールである。
あの後マルチェロ王子は、魔力循環装置の警備をフラウワーズ騎士団に任せ、帰る途中の要所要所にも兵を配し、かなり厳重な警備をしいた。
帰り際にロメールが一冊でも文献を持ち出せないかとゴネたが、さすがに王太子は難色を示して許さなかったのだ。
「ここにある物はフラウワーズの古代遺産です。全ては王家の管理下に置かれます。私の一存では何とも..... いえ、私もこれらを持ち出される事を許可出来ません」
ノームを肩に座らせて、マルチェロ王子は、はにかむように優しく微笑んだ。
この地下にある研究は、ほとんどがノームに関するモノである。
絶賛、ノーム溺愛中の王太子が譲ってくれる訳がない。
うううぅっと頭をかきむしるロメールを生温い笑みで見つめる小人さんに、再びザックが匙を運んだ。
今日のデザートは八朔のタルト。甘酸っぱい八朔に、たっぷりのカスタードクリームを頬張り、御満悦な小人さん。
眼をきゅーっと細めてモグモグする。
その小人さんを至福の顔で見つめ、ザックは丁寧にタルトを切り分けた。その手は時々別な方にも伸びている。
あーんとタルトを含み、微笑むのは千早。
千早はザックの隣に座って、嬉しそうにタルトを食べさせてもらっていた。
「美味いか?」
ゆったりと笑みを浮かべるザックに、千早も唇をペロリと舐めて微笑んだ。
「うん、ザックの御菓子は何でも美味しい」
無邪気に笑う千早。
以前に、初めて小人さんを餌付けした時、千早は焼き餅を焼いて暴れた。
その千早の口にも御菓子を運ぶと、癇癪を起こしていた千早が大人しくなったのだ。
食べさせてもらう甘い御菓子。なんとも不思議な幸福感が胸に広がる。
これに千早はハマり、小人さん共々口をあけてねだるようになった。
以来、二人にスイーツを餌付けし続けるザックである。
年相応な笑顔ではしゃぐ双子達。普段は見せない蕩けた笑顔で微笑むザック。
いかにも幸せそうなその光景に、周りの人々も笑顔を浮かべる。
誰も入り込めぬ甘い空間。
しかしそこに、するりと入り込む誰かがいた。
「美味そうだな。ほい、御茶だ」
両手にカップの乗ったシルバーをかかげ、アドリスはテーブルにそれを置く。
温かい湯気の上るカップを受け取り、ザックと双子はアドリスにもタルトを差し出した。
それを食べて、アドリスも御満悦。
「美味いな。また腕が上がったんじゃないか?」
「だと良いが。御嬢、俺にも一口」
あーんとザックにも食べさせて、目の前のタルトは、ホールだったにもかかわらず、みるみる嵩が減っていく。
大人は自分で食え。
じっとりと眼を据わらせる周囲の、満場一致の感想だが、遺書を書くのと同様なその言葉を口にする命知らずは誰もいない。
御互いに食べさせ合うスイーツタイム。
巡礼名物になりつつあるそれは、可愛らしい双子を観賞できる眼福タイムでもあるからだ。
蚊帳の外なドルフェンとロメールは、不満たらたらな仏頂面。
「君も行ったら?」
「私に死ねとでも? 王弟殿下こそ、婚約者なのですから、加わってきたどうです?」
「やめて~、千早に殺されるっっ」
武と文の師匠でもある二人は、ある意味、千早から過剰な敵視を受けていた。
男心は砂漠模様。複雑怪奇に絡まり、威嚇される。
特にドルフェンは小人さんに始終付き添うため、付き合いの密度が高いことが彼の逆鱗を撫でまくるし、ロメールにいたっては、婚約者の意味を理解した千早に物凄い勢いで嫌われた。
まあ、それも時間が和らげてくれたが、未だに事あるごとに鋭利な眼差しで睨まれるロメールである。
『この、幼女趣味っ!』
どこで教わったのか、涙眼な千早に叫ばれた時、ロメールは痛恨の一撃を食らい、立ち直るのに数日かかった。
あああ、本当に貧乏クジだよねぇぇっっ
それでも双子が可愛くて仕方の無い彼は、いつかあの中に混ざれる事を夢見ている。
子供は何時までも子供ではない事を、今の彼は忘れていた。
「勘弁して~っ!!」
前日のロメールのような情けない顔で小人さんは岩壁に張り付いている。
眼前に広がる、無数の獣の亡骸。白骨から腐敗匂を放ち始めたような新鮮なものまでよりどりみどり。
ここはバストゥーク東の洞窟を通り抜けた先の洞穴。
何百年もかけて築き上げられた洞穴の亡骸絨毯。見渡す限りの骨、骨、骨に、小人さんは悲鳴を上げた。
「まさか、この先なの?」
恐る恐る問いかける小人さんに、ポックルは元気な声で頷いた。
『ホウっ!』
マジかぁぁぁっ
かなり深くまで下った洞穴。その先にはさらに洞穴があり、奥にも同じ光景が広がっているのだろう。
「キモい、無理いぃぃっっ」
異世界モノの小説とかで定番なシーンだが、読むと見るとでは雲泥の差だ。
実際に眼にすると、とてもじゃないが直視出来ない。
腐り、溶けて虫の蠢く屍達。どろりと落ちた目玉にとまる複数のハエ。
その下には、明らかに元獣だったであろう、原型そのままな白骨達。
ガクガクと顎を鳴らし、小人さんは竦み上がって動けなくなった。
しかしそれをそっと抱き上げて、ロメールが頭ごと胸に抱き込む。
「眼を綴じておいで? 私が運ぶから」
柔らかな声に耳を擽らせ、小人さんはぎゅっと眼を綴じてロメールの胸にしがみついた。
パキパキと骨を踏み締めて進む騎士達。
その音が鼓膜を穿ち、さらに小人さんの背筋を震わせた。
永遠にも思えた時間が終わり、ロメールに肩を叩かれた小人さんが顔を上げると、そこに見えたのは巨大な絶壁。
逆鍾乳石のように上に向かって伸びた美しい壁は、黒紫の玻璃のように煌めいている。
「うっわ.....っ、これが魔獣らの魔力結晶?」
コクコクと頷くポックル。
見渡す限り広がるソレは妖しく輝き、あまりの美しい光景に、誰も言葉を発せず、しんしんと降り積む沈黙全てを、深い洞穴が呑み込んでいた。
しかし、何故か小人さんの耳に、以前聞いた涼やかな音が響く。
グラスベルのような甲高い鈴のごとき調べ。
途端に異変を来したのは千早だった。
魔力結晶を凝視していた彼はしだいに息があがり、幾筋もの冷や汗がその滑らかな頬を伝う。
そして無意識に胸を押さえながら、その場に崩折れた。
「にぃにっ?!」
魔獣の屍への恐怖も忘れ、ロメールの腕から飛び降り、慌てて小人さんは千早に駆け寄った。
ドルフェンに抱えられた千早は苦しげに眉を寄せて喘いでいる。
浮かぶ玉のような汗が、彼の受けているであろう苦しさを物語っていた。
「にぃにっ?? にぃにっ?!!」
小人さんの絶叫が洞穴に谺していた頃。
フロンティアの王都で、顔を上げる者がいた。
「..........?」
「どうした? サクラ」
ふと何もない空を見上げ、サクラは微かに苦笑する。
「いやね。何か聞こえたような気がしてね」
「子供らが行ってから大分たつしな。虫の知らせじゃなきゃ良いが」
ドラゴも果樹園の果物を収穫しながら、小さく溜め息をついた。
その言葉に桜は、以前から抱いていた疑問が口からまろびる。
「千尋はねぇ。神々に愛されて幸せを約束されているから分かるんだけど。千早は何でかねぇ」
「ん? 千早?」
「あの子の魔力や魔法。いったい誰に似たんだろう?」
言われてドラゴも瞠目する。千尋が人間ネズミ花火で規格外なアレコレを披露して回るため埋没しがちだが、確かに千早も、他の子供と比べれば規格外だった。
「身体的なアレコレや勉強とかなら、本人の資質や努力で何とでも出来ようが。魔力や魔法は、そうじゃないんだよね?」
ドラゴと結婚してフロンティアで洗礼を受けた桜は、周囲と同じように生活魔法をつかえるようになっていた。
だからこそ分かるのだ。アルカディアの法則に従い、彼女の髪色に合わせて得た魔力も、大したモノではなかったから。
ならば、千早は何故?
千尋には劣れど、その魔力量はロメールをしのぎ、さらには滅多にない全属性持ち。
通常のセオリー通りであれば、あり得ない事態だ。
千尋と双子だからと思っていたけど。
「確かになぁ。だが、まあ、無いよりは有る方が良いだろう? 人生の選択肢が増えるのは良い事だ」
にかっと破顔する熊さんを見上げて、桜もにっこり微笑んだ。
「そうだね。あの子らの人生の助けになるなら、問題ないよねぇ」
そう言いながら、桜は一抹の不安を胸に過らせる。
過ぎた力は人を狂わせ破滅させるのだ。
自分自身が、そういった狂気に巻き込まれた桜は、これが杞憂であるよう祈った。
不穏な気配を横たわらせ、バストゥークの地下には小人さんの悲鳴が響き渡ってゆく。
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