第200話 挙国一致の階 ~いつつめ~


「うわあぁぁぁっっ!!」


 一糸乱れずに駆け出す獣人達。それを追うように駈けるは騎乗騎士の一団。


 ここはキルファン。まだ獣人らの移住が終わらぬうちに、忍び込んできていた密猟者が獣人の子供らを掠め取っていったのだ。

 激昂する獣人。怒り心頭なフロンティア騎士団。さらにはキルファンの検非違使達が、魔術道具を片手に暗闇を裂いていく。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁあっっ!!」


 牙を剥き出しにし、唸る肉食系の獣人。ふーふーっと荒らげた息が、その深い嘆きを物語っている。


 我々が馬鹿だった。人間などに気後れして遠慮して、まんまと子供を奪われた。

 あまり見かけぬ人間達。商人だと思っていた。多くの物品を安価で売ってくれて、穏やかな笑顔に騙された。

 脛に傷を持つ身なので、あまり公に動けない。目立ちたくないとペコペコ頭を下げられ、ついつい同情し匿ってしまった。


 あれらが全て演技であり、獣人らを謀るための策略だったとは.....っ!!


 奴隷とされる獣人の末路をよく知る彼等は、一瞬で頭が沸騰する。奪われた子供らを取り返さねば。

 瞬時に駆け出した獣人達。その数名はフロンティア騎士団の駐屯地へ走り、もう数名はキルファンの派出所へとすっ飛んでいった。

 当然、各所は蜂の巣を蹴飛ばした事態となり、急遽追跡の部隊が出される。


「バカだ、バカだ、バカだったんだ、俺達はっ!!」


 涙眼で子供らの匂いや気配を辿る狼獣人。それを宥めながら、鹿の獣人が大地を力強く蹴った。


「バカだよ、たしかに。だけどそれを繰り返さないことが大事だと聞いただろ? 今はどうしたかじゃない、どうするかだっ!!」


 そうだ、テオドール殿下は仰った。


 駆け抜ける獣人達の脳裡に、凛とした金色の青年の声が響いた。


『変わらないモノなど何もないのです。変わらないと思うのは、変えようとしないから。これからを生きる気概を持つのです。子供らのために変わる努力を』


 そのとおりである。バカだった過去は変えられない。ならば、これを糧として未来に生かす。今を足掻く。


 まずは拐われた子供らの救出だっ!!


 ギラリと剣呑に眼を見開き、獣人らは子供の足跡を追いかけた。




「なんつー..... あれ、素足なんだよな? 身体強化とかしてないのに、あの速さかよ」


「.....木立をぶちかまして進んでますな。狭いながらも道が出来てる。末恐ろしい」


「なのに気が弱いとか。どんだけ酷い虐待を受けて育ったんだか、察して有り余るな」


 怒涛の勢いで林をぶち抜き縦断していく獣人達。


 キルファン人らは破壊される自国の森に一瞬眼をすがめたが、人命には代えられない。

 この代償は密猟者に支払ってもらおうと、彼等はぐつぐつ腸を煮え滾らせた。


 そしてようやく追跡部隊は密猟者らの馬車に追い付く。


「あれかっ!!」


 馬車だった密猟者達は舗装された道しか走れず、彼等は蛇行する道を隔てた森をぶち壊してショートカットしてきた獣人らに驚き、右往左往した。

 獣人達の殺気に戦き、馬が言うことをきかない。取り囲む無数の獣人を見て、密猟者らも恐怖に肌を粟立てた。

 息を荒らげてランランと眼を剥くケダモノ達。


 そして、ふと気づいた。


 そうだ、ただのケダモノだ。と。


「おまえらっ! 人間様に楯突く気かっ!!」


 狂暴な顔で密猟者に恫喝され、獣人達は背筋に寒気を感じた。びくっと固まる己の身体。骨身に沁みるほど叩き込まれた奴隷根性。

 魂レベルにまで刻まれたトラウマは、そう簡単に克服出来ない。

 それでも抗おうと、小刻みに痙攣する四肢を抑え込む獣人ら。


 だが甦る悪夢。


 骨が見えるほど鞭で打たれ、子供を嬲られ、なまじ強靭な肉体を持っていたがために長々と続けられる嗜虐の数々。

 ペキパキと折られた指。体毛ごと炙られた日々。逆らえば見せしめにと子供が同じ目に合う地獄のような地下牢暮し。

 毎日響く同胞の叫び声。

 気紛れな人間の暴力に翻弄された己の人生。


 ぶわりと駆け抜ける恐怖の記憶に、獣人らは凍りつき動けなくなる。


 それをせせら笑い、密猟者は虎獣人の子供を引っ張り出した。


「子供がどうなってもいいのかっ? ああっ?!」


「ふやぁっ! とぅちゃっ! ぁーっ!」


 首根っこを掴まれてぶら下げられる小さな子供。それを見て親達の瞳が大きく揺れる。悪夢の再来だ。


「従うっ! 従うからっ! 子供には何もしないでくれっ!!」


 半狂乱になってわめく虎獣人。他の者も微動だに出来ない。

 それを卑らしい眼で睨め下ろし、密猟者は手にしたナイフを子供の耳先に当てた。


「ケダモノが人間様に逆らったんだ。罰は必要だよな?」


 音もなく滑るナイフの刃が虎の子の耳に食い込んだ。その激痛に戦き、吊られた子供が暴れだす。


「ぎゃーっっ!」


 必死に暴れる子供。小さいとはいえ獣人だ。下手な人間の大人よりも力がある。

 そして何よりこの虎の子は悲惨な奴隷時代を知らない子供だった。

 フロンティア東北の獣人の村で生まれ、すくすくと育ってきた世代。犯罪者としての密猟者を怖がりはするが、理不尽な主としての人間を知らなかった。

 だから恐怖でタガの外れた幼児は、窮鼠猫を噛む宜しく、自分を掴んでいた密猟者の腕に噛みついたのである。


「ふぐうぅぅうっ、うーーーっ!!」


 眉間を唸らせ、力一杯噛みつく子供。

 思わぬ反撃に驚き、子供を投げ捨てる密猟者。しかし、がっちりと食い込んだ小さな牙はようとして外れず、我を忘れた男の殴打が子供を襲った。


「こんちくしょうっ! はなせっ! はなせよぅぅっっ!」


 飛び散る血飛沫、それでも噛みついたまま離さぬ小さな子供。暴力に屈せぬ揺らがぬ瞳の光が、親達の胸に深々と突き刺さり、人間に対する恐怖がパキリと粉々に砕けていった。

 

 こんな小さな子供の牙で泣きわめく矮小な生き物だったのか。人間とは.....


 半分泣きながら虎の子を殴る密猟者の姿。そこでようやく正気を取り戻し、馬車を取り囲んでいた獣人らが一斉に飛び掛かる。


「俺の息子に何をするぅぅっっ!!」


 泣きながら縺れ合う人間と獣人。勝敗は一瞬で決まった。

 猿の退化した人間が、牙や爪を持つ猛獣にかなうわけはないのである。

 ガスガス殴られまくって衂れな虎獣人の子。それでも幼児は満足げな顔で父親を見上げた。

 

「とぅちゃ..... おれ、やったよ」


「ああ、ああ、凄かったな。さすが俺の息子だ」


 獣人らの奥底まで縛り付けていた呪い。それは小さな勇者によって打ち砕かれた。


 遅れて駆けつけた騎士や検非違使らの見たモノは、子供らを囲んで号泣する獣人達と満身創痍な密猟者ども。


 何が起きたのか一目瞭然な光景に、人間達は口許を綻ばせる。


 こうして人間への恐怖を克服し、新たな憎悪を育て始めた獣人の新時代が幕を上げた。

 


 

「恐怖は恐怖を喚ぶし、憎しみは憎しみを喚ぶ。何事もほどほどにね?」


 人間の脆さを知り、意気揚々と戦闘訓練に明け暮れる獣人らを、テオドールは胡乱な眼差しで見つめる。


 いや、もう、極端から極端過ぎないかなぁ? 人間ぶっ殺を合言葉にしないで欲しいんだけど。一応、私らも人間なんでね。


 喉元までせり上がった言葉を、賢明にもテオドールは呑み込んだ。

 以前の覇気のない獣人らと比べたら、今の喧嘩上等な彼等の方が、ずっと良い。


 それに.....


 チラリと眼をやるテオドールの視線の先には小人さん。

 彼女はロメールと共に獣人らの慰問へ訪れていた。


「おれね、わるいやつらにかみついてやったんだよっ」


「そうー、すごいねーっ」


 満面の笑みを浮かべて虎獣人の子を撫でる彼女の指には大きなアクアマリンのはまった指輪。

 王弟殿下の瞳の色の石に、テオドールは苦虫を噛み潰す。上質なアクアマリンの周囲を彩るキャッツアイがさらに気に入らない。

 

 普通、逆だよね? キャッツアイの周囲にアクアマリンじゃないの? これみよがし過ぎないかなぁ、叔父上。


 心の中だけでプリプリするテオドールを余所に、いきなり覚醒した獣人らを呆然と見つめる和樹。

 

 案ずるより産むが易し。


 そんな諺が彼の脳裏を過っていた。


 こうして獣人本来の力に目覚めた獣人らは、キルファンの教えに従い、富国強兵への道を突き進む。

 それからも多くの問題は浮かび上がった。

 人間への恐怖が失くなったと思えば、今度は斜めった世代の反抗期。

 力では獣人に叶わない和樹だが、持ち前の雑草根性でこんこんと諭し、口先八丁で勝利をもぎ取ったり、思春期な獣人らに悪い大人の遊びを教えたりと、泣いて笑って彼等の種としての成長を促してきた。

 まあそのせいで、獣人らと一緒に小人さんや父王らのお小言を食らったのも良い思い出。

 

 世代が移り変わり、奴隷意識も完全に払拭された彼等を懐かしそうに眺め、和樹は感無量だった。


 あれからサーシャの子供達がライガーンに移住し、多くの政策を打ち出してくれ、この国を磐石にしてくれる。

 フロンティアで高度な教育を受けた彼等は、隣国であり、母親の祖国ともいえるライガーンのために心血注いでくれたのだ。


 あとは世界に知らしめるのみ。


 小人さんから発した国際社会の概念は、四十年という月日をかけて世界をまとめあげる。


 その集大成ともいえる戦だ。自由を勝ち取るために行ってこい。


 ざんっと立ち並ぶ多国籍軍を見送り、和樹のまなじりを伝う一筋の雫。


 正しい意味での国連軍。


 異世界において、初めて成された世界統一。その父として長く語り継がれる和樹の名前は、上手く小人さんの存在を隠してくれた。


 こうしてキルファンにこの人在りと轟いた和樹の名前は、人民解放の創始者として永遠にアルカディアの歴史に記される。


 キング牧師の再来だね。


 粉骨砕身した和樹を知る小人さんは、お城の影から小さな拍手を贈っていた。




『釈然としねぇんだがなぁ。俺よりも讃えられるんは獣人らの努力と国際連盟を作ったアンタだろ?』


 じっと小人さんを睨み付ける白髪の老人。


『いや、凄いことでしょ? 誰も獣人の人権なんて考えていなかった時代に、一人で立ち向かったんだから』


 仏頂面な和樹をパスカールは素直に称賛した。


『だよね~。キング牧師も泣いて喜んでるっしょ』


 世界は違えど同じ志の子弟に、きっと彼の御仁も感涙に咽ぶことだろう。チラリと意味深な流し目で一瞥し、オデールは日本陸軍を奏でる。

 勇ましい曲調に、しっとりと歌うオデールの美声。

 それを耳にしながら、和樹は空を仰いだ。


『神の剣か.....』


 かしこみ、かしこみ..... 


 小さく呟く和樹を一瞥し、小人さんも、ふっくりと笑う。


 神に人は救えない。人を救えるのは人だけなのだ。


 時代が変わろうが、世界が変わろうが、それだけは変わらない。


 己の名を轟かせ、キルファンの名を世界に知らしめた和樹。


 こうして祖国に錦を飾り、彼の人生は幕をとじた。


 アルカディアに煌めく星々の一つとして、彼の物語も長く人々に語り継がれることとなる。


~了~



~後書き~


 三巻、ゲラの校正がようやく終わりました。その反動で書きまくるワニがいます。和樹のエピソードも、これにて終了。

 また、そのうちエピソードや番外編を書くかもしれませんが、今はこれまでです。


 ここまでお読みくださり、ありがとうございました♪

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