第201話 SS・熊親父の宝物
~前書き~
一巻の発売当時に一周年記念として書かれたSSです。どこを探しても見つからず、編集様に尋ねたところ、あちらには残っていましたので、急遽メールで送ってもらい、投稿です。
新米親子のニヨニヨエピソード、御覧あれ♪
「出来た」
時を遡ること、千尋のファティマ時代。
フロンティア国王宮の厨房で、ごそごそと動く大きな影がある。
髪と繋がるようなモジャモジャ髭を蓄えた男性は、満足気に何度も頷いていた。
彼の名前はドラゴ・ラ・ジョルジェ。料理の腕一本でのしあがった名誉男爵である。
コックコートのまま、彼は何かを大切そうに抱えて厨房奥の階段をあがり、小さなテラスのテーブルに置いた。
喜んでくれると良いが。
驚き眼を見張る幼女を脳裏に浮かべて、ドラゴはにんまりと口角を上げる。
そしてコックコートを脱ぎ、小洒落たジャケットに着替えると、いそいそ件の幼女を探しに出かけた。
その幼女とはドラゴの娘、名前はチィヒーロ・ラ・ジョルジェ。
血の繋がりはなく、たまたま拾った浮浪児を、彼は引き取り養女としたのだ。
色々と紆余曲折しつつも、幼女は先頃三歳の誕生日を迎え、ドラゴは娘の成長に涙が溢れる。
出逢った時は煤けた薄汚い子供だった。窶れ、頼りなげで小さな子供。
その憐れな姿は、未だにドラゴの脳裏から離れない。
幸いな事に、彼の全力の愛情に育まれ、幼女はフクフクと健やかに育った。誕生日も盛大に行い、皆に祝われて、ドラゴがポロポロ泣いたのも良い思い出だ。
春も終わりに近い今頃。この季節にドラゴはチィヒーロと出逢った。
懐かしいな。
さして時間がたった訳でもないのに、妙な感慨が胸に湧き上がる。
そんな事を考えつつ、ドラゴは王宮内に賜った自宅へ着いた。
「チィヒーロは何処だ?」
こほんっと軽く咳払いをして訪ねる主人に、メイドのサーシャが答える。
「御嬢様なら騎士団へ行くと仰ってましたよ」
「騎士団? 御菓子か?」
食事事情の悪くないフロンティアだが、砂糖などが無いため甘味が非常に貧しかった。
紆余曲折の関係で蜂蜜を自由に出来るドラゴの娘は、それを使い、一気に多くの甘味を王宮に流行らせたのである。
他にも料理や刺繍など、フロンティアにはないやり方で広め、おおいに人々を驚かせた。
不思議なモノを振り撒き、人々に幸せを運ぶ幼女。
誰が言い出したのか、分からないが、そんな幼女を小人さんと人は呼ぶ。
天使だ、妖精だと呼ばれる小人さんの正体は、実は地球人。前世を相模千尋という。
これを知る者はいないが、あまりに切ない甘味事情から、一気にアレコレとやらかし、今では王宮の有名人。
周りが捨て置かぬ幼女だが、本人はいたってマイペースに爆走していた。
蜂蜜を求めて森に突撃し、王弟殿下と懇意になったり、その蜂蜜で作った御菓子を撒き散らして騎士団や側妃様をメロメロにしたり。
話題に事欠かぬ有り様で、ドラゴは気が気ではない。
騎士団に向かう厨房の熊さんは、途中で騎士団のドルフェンと擦れ違い、御互いに同じ言葉を口にした。
「「チィヒーロ(様)を見ませんでしたか?」」
彼は小人さん専属の護衛騎士。どうやら、どこかで幼女を見失ったらしい。
紆余曲折の関係で、小人さんは国王夫妻の養女となり、王女殿下の身分を持つ。
肩書きだけだが、その都合で専属の護衛騎士がついたのだ。
「チィヒーロがいない?」
「てっきり御自宅へ戻られたのかと」
迷子か? 王宮の中だし、大事はないと思うが。
以前、同じような事があり、一晩小人さんが戻らなかった時は、気がおかしくなりそうだったドラゴ。
半狂乱になってドルフェンと走り回り、王宮中を捜索して見つけた時、幼女は動けない状態で大人の入れぬ隙間の中にいて、あわや大惨事となるところだったのだ。
以来、小人さんは必ずオヤツ時間には自宅へ戻るようになっていた。
その時間まで後十数分。
それを知るドルフェンは、小人さんが帰宅しているかもとドラゴの自宅へ向かっている途中だった。
自宅から歩いてきたドラゴだが、何処かで入れ違いになったのかもしれない。
「ならば御自宅は私が確認してまいりましょう」
「助かります。もし見つけたら、厨房へ来るように言付けてください。オヤツは食べないように。俺は騎士団を見てきます」
そう言葉を交わし、ドラゴは自宅へ向かうドルフェンを見送りながら、騎士団演習場を訪ねた。
「小人さんですか? 少し前に厨房へ行くと言って王宮へ向かいましたよ」
顔馴染みの騎士から話を聞き、ここでも入れ違いかと、肩を落とす。
そして少し疲れた顔のまま厨房へと向かった。
しかし、休憩中で人気のない厨房に小人さんの姿はない。
いったい何処へ?
訝るドラゴの耳に、小さな足音が聞こえる。
バッと廊下に出ると、その足音はさらに階段を上がっていった。
チィヒーロか?
それを追うようにテラスに出ると、そこには見慣れたカエルのごとき後ろ姿。
追ってきたドラゴに気付き、振り返った顔には満面の笑み。
「お父ちゃん、すごいね、これっ!」
ドラゴの予想通り、幼女が眼を煌めかせる。彼が用意したテーブルには、アフタヌーンティーの一式が香り高く存在した。
数種の生菓子を載せたケーキスタンドに暖かな魔道具の紅茶。蜂蜜やクロテッドクリームとスコーンも置かれ、甘味の文化が無かったフロンティアでは初めて見る正式なティーセットである。
この匂いに引き寄せられ、釣れた小人さん。
「ああ、前に言っていただろう? こういうスイーツのあるティータイムをしてみたいと」
眦を下げてドラゴは幼女を抱えると、椅子に座らせた。
「すっごい特別感♪ ありがとう、お父ちゃん」
「特別だからな。今日はチィヒーロと出逢った日だ。一周年記念日だ」
眼を見開く幼女。まさか、ドラゴも同じ事を考えていたとは思っていなかったのだろう。
千尋は、今日渡そうと持ち歩いていた包みをポンチョのポケットから取り出した。
もじもじしつつ、小さな両手をドラゴへ差し出す小人さん。
そこには、蜜蜂に添えてお父ちゃん有り難うと刺繍されたスカーフが握られていた。
「出逢った記念に。頑張ったの」
ぶわっと溢れる涙でドラゴの視界が歪む。
あああ、神様っ! 本当に感謝しますっ!
おうおうと男泣きするドラゴと、幸せに御菓子を頬張る幼女様。
後日、白いコックコートによく映える赤いスカーフを首に巻き、上機嫌なドラゴを面映ゆく見守る小人さんがいた。
あなたのお城の小人さん。幼女は今日も元気です♪
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