第193話 星影の異邦人 ~後編~


「はははっ」


「笑い事ではないのですけど?」


 クーデター派に占拠された王宮で自室に閉じ込められたオデールは、然も嬉しそうに笑っている。

 それに唖然とするラバレンヌ。


 いったい何が起きたのか。いきなり騎士らが飛び込んできて、オデールに外出禁止を言い渡したのだ。

 憤るラバレンヌを抑え、王太子は鷹揚に頷く。


 存外早かったな。上手くいったようだ。


 何気に得心顔なオデールと、真顔で首を傾げる騎士達。

 怪訝そうな騎士らだが、誰かの命令なのだろう。物々しく扉の外に立ち、ただいま監禁され中のオデールとラバレンヌ。


「まあ、想定内だ。父上は捕まったんだろうな」


「国王がっ?! 簒奪ですかっ?!」


「下剋上だろう? 騎士らが本領発揮でもしたのだよ、たぶん」


 軽く頭を傾け、癖の無い王太子の髪がサラリと肩に流れる。

 その言葉を聞き、ああ..... とばかりにラバレンヌは頭を抱えた。


 王としての資質が疑われた場合、あるいは明らかに為政者として足りぬと判断された場合。

 騎士団は、王からその権力を剥奪する資格を神々から賜っているのだ。

 

 その不文律を思い出して、ラバレンヌは力なく顔を上げる。


「ならば..... 陛下は幽閉か、蟄居か。まさか処刑はありますまいが.....」


 ぶつぶつ呟きつつ、忠実な側仕えはチラリとオデールを見た。


 はい、それも想定済みっす。


 にまっと笑うオデールに痺れを切らし、ラバレンヌは部屋中を駆け回ると目ぼしい物を鞄に詰めていく。


「笑っている場合ではないですっ! すぐにでも脱出しないとっ!! オデール様にも咎が参りますっ!!」


「いや、沙汰を受けるよ? 私は」


「.....取り繕わなくても良いでしょ。貴方様の本性を私は存じております」


 じっとりと眼を据わらせるラバレンヌから眼を逸らし、盛大に視線を泳がせるオデール。


 そう、以前、小人さんから多額の金貨を貰った王太子は、少しくらい自分のために使っても良いかなと、宮内人らに楽器を取り寄せさせた。

 弦楽器とだけ指定して、各国の職人らから買い受けた数種の楽器。

 その中にアコギを見つけ、オデールは狂喜乱舞する。


 前世の彼はギターが好きだった。当時の流行りに乗せられた感はあるのだが、長渕が好きで、尾崎が好きで、世代を越えて未だ馴染み深い楽曲をこよなく愛していた。

 他はゲームくらいしか趣味はない。そのゲームでも、ウル◯ィマMMOなどで吟遊詩人をやっていたのは、墓まで持っていくオデールの秘密だ。


 吟遊詩人か。懐かしいな。アルカディアでは健在なんだよな。.....流しのギターでもやりたいね。


 ちなみにそのギターはキルファン製。彼の国には日本にまつわる品が溢れている。

 他の国でも、楽器や音楽には地球の名残が根深く残っていた。

 ヘイズレープから訪れた導師らは優秀だったらしい。過不足なく地球の文化を継承し、アルカディアへもたらしていたのだ。


 だが国力の弱いクラウディア王国。しかもヘイズレープの導師らはフラウワーズ辺境に到着している。

 そこからほぼ真反対にあたるクラウディアへもたらされた文明は数少ない。さらに中央区域と山脈で分断された形になっているのだ。

 紆余曲折して届いた文明は、伝言ゲームのようにその中身を変え、辺境独自の文化に色を添える程度のものでしかなかった。


 .....思えば辺境の中でも最悪の立地である。


 なので、楽器と言えば打楽器くらいしかないクラウディア王国に、初めて文明色の濃い楽器がやってきた訳になる。

 金にあかせて集めたのだろう。数十年ぶりに見たアコギに興奮を隠せないオデール。


 気づけば弾きまくり、懐かしい歌の数々を熱唱していた。


 個人の宮で王宮に聞こえていないのは幸いだったが、王太子の宮である。

 夜になっても最低限の人間はいた。厨房に。控え室に。下働き部屋にも。

 ジャンジャン弾きまくられる面妖な曲に絶叫にも近い歌。

 怯えきった宮の人々を代表して、ラバレンヌがオデールの部屋をノックするが返事はない。

 恐る恐る扉を開けた彼は、ベッドの上で夢中でコードを押さえ指を掻き鳴らすオデールを目撃した。


 しかもその時オデールが歌っていたのはABBAのマネー。


 何かに取り憑かれたかのように暴れるオデールを凝視し、眼を凍りつかせるラバレンヌ。

 喉がひきつり声もないラバレンヌの前で、歌い終わったオデールが、ふと視線を感じて振り返った。


 当然、硬直。


 ピキリと固まった二人の間には、越えがたい理解不能な空気が漂っていたのは言うまでもない。




「あの珍妙さを見た今では、貴方様の言葉に重きを置きませんよ、わたくし。さっ、御託は良いので支度なさってくださいませっ!」


 あの一夜以来、ラバレンヌは昼行灯とも呼ばれる主の別な一面を知る。

 

 これがロックな? これがブルース。こっちがジャズ。などなど。説明しつつギターという楽器の音楽を披露してもらったラバレンヌだが、彼の耳は打楽器しか知らない。

 歌も国に伝わる牧歌的なものか、騎士団の勇壮なものかしか知らぬラバレンヌは、ギターという楽器の音楽がイマイチよく分からなかった。


 人間、誰しも耳慣れたモノが心地好いものだ。


 そしてふと彼は思い出す。


「あれは弾けませんか? ほら、パスカール様に昔から歌ってた子守唄です」


 きょんっと眼を丸くし、オデールは視線を落とすと弦を爪弾いた。


 ポロンっと零れる音色。


「子守唄じゃないんだけどな。俺、子守唄って知らなくてさ..... らしいのを歌っただけなんだ」


 ラバレンヌにリクエストされ、オデールは静かに弾き語る。


 それは坂本九の《見上げてごらん 夜の星を》

 彼なりにリメイクしたソレは、元歌よりも柔らかでテンポの遅い、しっとりとした曲になっている。


 柔らかな歌を口づさみながら、オデールは優しい記憶を思い出した。




『にーちゃ、おうたー』


 よちよち歩きつつ、満面の笑みでオデールの膝にしがみつくパスカール。

 潤んだ大きな瞳に見つめられ、オデールはいつもの歌を歌ってやった。

 元歌よりも遅いテンポで、しっとりと歌う王太子に、周りの顔も微笑ましく緩んでいる。

 如何にも至福な温かい光景。


『わたくしは存じませんが、良い歌てすね』


 ラバレンヌの言葉に軽く咳払いして誤魔化し、オデールは弟を膝にのせた。

 膝にのせられたパスカールは、キラキラした眼差しで兄を見つめている。


『にーちゃ、しゅごー。ぎんゆうしみたー』


 ぎんゆうし? 銀? 勇士? なんだろ?


 首を傾げてハテナマークを浮かべるオデールに、パスカールの乳母が小さく笑った。


『吟遊詩人でございますよ。先日、そのような絵本をお読みになりまして。兄上だ、兄上だと大はしゃぎしておられましたから』


『しょれっ!』


 びしっと乳母を指差すパスカール。


『吟遊詩人?』


『おうたー、うたうー、ぎんゆうしーぃ』


 きゃっきゃと両腕を回す弟に思わず鼻の奥がツンとするオデール。


『.....そうだな。兄上は、おまえの吟遊詩人だ』


 彼にとって、数少ない優しい記憶の一頁。


 そこからオデールは兄バカな昼行灯へと変貌していったのだ。

 常に小金を溜め込み、万一にはパスカールを背負って逃げ出せるように。


 自分も案外ちょろいね。うん。


 父王の手前、無関心を装いつつ、つかず離れず見守ってきた弟は、臣民に支えられ王になる。

 出来るなら全力で支援してやりたいが、如何せん、この国には馬鹿が多い。

 オデールが国に残れば、それを旗印にしてパスカールを打倒しようなんて愚か者が現れかねない。

 オデールが望む望まないは関係ないのだ。形だけとはいえ、パスカールは簒奪者である。騎士団が下剋上を主張しようと、兄を飛び越して王となるパスカールの基盤は弱い。

 そこを突いて、王太子を救わんなどと世迷い言を言い出す者らが出ても、なんらおかしくはないのだ。


 せっせと荷物をまとめるラバレンヌを温い眼差しで見つめ、オデールは指先で自分の頬を軽く叩く。


 どうしたもんかね。さすがに死んでやるのは嫌だなぁ。まだ人生に未練あるし、なによりパスカールが泣くだろうし。


 上手くすれば国外追放なんてのもあるかもしれないが、王位継承権を持つ者を野放しにはすまい。

 俺なら、国外へ逃げられる前に始末するね。うん。となれば、幽閉して飼い殺しか。蟄居は勘弁だなぁ。


 うーんと考え込むオデールに、ラバレンヌの雷が落ちる。


「いつまでボーっとしてるんですかっ! 早く支度をっ!」


 がーっと落とされる雷の嵐に、オデールは仰け反った。


 件の熱唱事件以来、オデールの本性を知ってしまった側仕えは、主に対して遠慮がない。

 その経緯から、オデールは彼にだけ胸の内を聞かせてしまってもいた。


 いずれ国から飛び出し、自由に暮らして行きたいのだと。

 唖然とするラバレンヌ。

 もちろん、国がどうにかなってしまったらの話だ。健常で保たれるのであれば、王として国に尽くすつもりだとオデールから説明され、ほっと安堵の色を浮かべたラバレンヌの顔は未だに忘れられない。


 その可能性は限りなく低いんだけどね。フロンティアに喧嘩売ったし、主らに恨まれてるし。


 チクチクと罪悪感に突っつかれ、オデールは胡乱げな眼差しで空を見上げた。


 そんな主の様子に気づきもせず、ラバレンヌは呆れ気味に納得する。

 

『こちらが素だったんですね? 俺とか、その粗野な口調。まるで冒険者らみたいですよ。やれやれ』


 あからさまな嘆息をオデールに吐きまくるラバレンヌ。


 万一だよ、万一。と、乾いた笑みで答えた自分。


 だがその万一は、こうして現実となってしまった。




「沙汰を受けるなんて御冗談でしょう? あれだけ用意周到に準備しておられたではないですかっ!」


 今も眼を剥きつつ、ラバレンヌは真剣に怒鳴っている。それもこれもオデールのために。

 

 思わず苦笑し、オデールは真摯な側仕えの肩を叩いた。


「本気だ。どうなるかは分からないが沙汰は受ける。最後まで見届けたいんだ、パスカールを」


「だって..... いざとなったら逃げ出すって仰っておられたのに.....」


 だから、安心していたのだと力なく呟くラバレンヌ。

 

 このまま幽閉となれば警備も厳しくなる。逃げ出すチャンスなど皆無だろう。今ならまだ隙があるはずだとラバレンヌは主張する。


 その通りだろうとオデールも思った。


 こういう時のために買収済な内通者も何人かいる。


 しかし、こうしていざとなると、過るのは幼い弟の笑顔。


「すまんな、俺の我が儘だ。お前は宮から出ると良い。つーか、出て欲しい。んで、俺がヤバくなったら助けに来てよ♪」


 しれっと宣うオデールに、二の句がつげないラバレンヌ。


「貴方って方はーーーっ!!」


 激昂する側仕えの言葉は、奇しくも戴冠式でパスカールが仲間こら食らう言葉と同じだった。


 .....似た者兄弟である。


 こうして幽閉されたオデールだが、皆様御存じのとおり、彼は後日解放された。




「.....恩赦?」


「そうです。パスカール様の即位を祝い、元クラウディア国王と貴方様に恩赦が出されました」


 淡々と説明するオーギュスト。

 それに眼をしばたたかせて、オデールは、くっと喉の奥で笑った。


 相も変わらず甘い事だ。まあ、手間は省けたがな。


 そして軽く斜にかまえ、炯眼な眼差しでオーギュストを見据えた。


「承知した。という事は国外追放か? 暗部は動いているのか?」


 暗に己の死を匂わせる王太子を信じられない面持ちで見つめ、オーギュストは軽く首を振る。

 こういった場合は、解放すると見せかけ、国を出る直後に始末するのが倣いだ。


 それを知るオーギュストは、それを知らぬだろうパスカールの顔を思い浮かべた。


「.....正直、そうしたいのは山々ですが。民が許しました。貴方様は自由人となります。何処へと御自由にどうぞ」


 内心をぶっちゃけつつ苦虫を噛み潰すオーギュスト。


 .....は?


 今度こそ心底憮然と老辺境伯をガン見し、オデールは言葉を失う。


 .....御人好しにも程があろうよ、我が弟よ。


 気まずい沈黙が漂うなか、オデールは元の計画とはかなり違った形をとって自由を得た。


 そして弟らに見送られて祖国を旅立つオデール。




「でも何故に吟遊詩人を目指すのですか?」


 自ら名乗りを上げてオデールについてきたラバレンヌは、馬で並び立つ主人に問いかける。

 オデールの背に抱えられたギター。大切に厚手の布にくるまれたソレを肩越しに軽く叩き、オデールは悪戯げな笑みを浮かべた。


「俺は吟遊詩人なんだよ。ずっと前からな」


 パスカールは忘れているだろう。お前も。十年以上前の思い出だし。


『ぎんゆうしーっ』


 小さな王の吟遊詩人。


 それなら、相応に名をあげねばなるまい。


 挑戦的に眼をすがめ、オデールはフロンティアに向かうべくカストラートを目指した。


 パスカールの話によれば、フロンティアには見事な歌劇場があるらしい。さらにはそれに付随する楽団や歌手達も。


 俺だって素人に毛が生えたようなものだ。前世で馴染んでいたとはいえ、修練を積んでいない指先は思うように動かない。一から始めねば。


 それには、芸と技術に長けたフロンティアで学ぶのが一番である。


 魔法も気になるしな♪


 虚仮の一念な人が、ここにもいた。


 かつて全てを諦めた少年は成長し、これから全てを手に入れる。


 後に燦然たる新星として輝きを放つオデール。彼の二つ名は、《小さな王の吟遊詩人》

 彼自身がつけたこの二つ名は、人々に疑問を植え付け、長く論争の種となる。


 オデールの死後も尽きぬ論争の答えは、後に森の隠者の口からもたらされた。


 彼は小さな弟のために吟遊詩人になったのだと。その弟とは、彼の墓の横に眠る人物であると。


 オデールの亡骸は何処ぞへ運ばれ行方不明になっていた。


 彼の墓標に名前はない。ただ一行刻まれているのは、《小さな王の吟遊詩人》ここに眠る。


 その横には同じ大きさの墓標。その墓標にも名前はなく、ただ一言、《ありがとう》と刻まれていた。


 小人さんの墓標と同じ一文に、彼女が失笑したのも御愛嬌。


 こうして、多くの星々を世に送り出した兄弟は、同じ場所で眠り、天へと昇る。


 文字通り星となった二人に見守られるアルカディア。


 人が去り、時代がうつろうても星の瞬きは変わらない。


 今日もまた何処かで、新たな星が新たな物語を紡ぐのだろう。


 .....永遠に。

 

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