第167話 命の砂時計と小人さん ここのつめ
「え? は? じゃあ、あたしがジョーカーの網や天上界で逢った三人は.....」
『高次の者、そのものだよ?』
うわぁ.....っと小人さんは天を仰ぐ。
その会話を聞きながら、ロメールは狼狽え、ツァトゥグアをガン見した。
「君らの話によれば、その高次の者というのは神々を生み出した者なんだよね? つまり、万物の神。その神が克己の魂を断罪しようと狙っている。これで間違いはない?」
やや考え込んでから頷くツァトゥグア。
『断罪なんて仰々しいモノでもないけどね。終わっていた命が永らえている。その歪みをただすだけだから』
ロメールも尋ね人たる異世界からの来訪者の存在は知っていた。小人さんから説明を受けたからだ。理解はし難いが、目の前の小人さんの魂もそういった経緯でアルカディアに送られてきたのだと聞き、その別世界の話も聞き、そういうものかと納得していた。
まさかそこにタイムリミットが用意されていたとは。
確定している死を前にして、克己の葛藤は如何ばかりなものだったことだろう。
「それでチィヒーロは、それに抗うために深淵へ?」
項垂れつつ、コクりと頷く小人さん。
『それは正解だ。ここなら克己を守れるからね。正確には守れる場所があるからね』
バッと顔を上げた小人さんに、ツァトゥグアは、にんまりと笑う。
『天上界のさらに上空には高次の者だけがいる場所があるってしってる?』
そういえば前に逢った時、あの三本の光は天上界のさらに上空へと消えていった。
『それと同じものが深淵にも用意されているのさ。.....ただ、扉が開かれていないんだ。そこさえ開く事が出来たら、克己も闇君も安全なんだけどね』
ツァトゥグアは手を動かして、にゅっと何かを取り出す。それは羊皮紙で作られた分厚い本だった。
何もない空間から突然現れた本に、フロンティアの人々は瞠目する。
驚く人々を余所にツァトゥグアはページをめくって、小人さんに本を差し出した。
『ほら、これ。通称裏世界と呼ばれる異空の存在があるでしょ? 天上界と同じく深淵にもあるんだよ』
そこに書かれた文字は見たこともない文字で誰にも読めない。しかし、例の謎ルビスキルが、ここでも効力を発揮した。
「六つの贄を捧げ、神の祝福をもって扉は開かれん.....? なにこれ」
『.....祝福ってのは、まあ、君の事だね。闇君に安息の地をおくれよ』
意味が分からない小人さんの横から、ロメールが再び嘴を挟んでくる。
「いや、待ってっ? 君って今、何処からこれを出したの?」
焦燥感溢れるロメールを一瞥し、ツァトゥグアは再び宙に手を突っ込んで別な本を出した。
『僕の書架。別次元にあるんだ。アカシックレコードの隣に設置してあるの』
「ああ、異空かな」
「良いな、それ。アイテムボックスとか作れたら便利なのに」
「似たようなのはフロンティアにあるよ? こっちは空間を広げるタイプだから、アイテムボックスみたいのとは違うけど」
毎度お馴染み、小人さんと克己の謎会話。
詳しく聞きたくて、手足をわちゃわちゃさせる研究職のロメールだが、今はそれどころではない。
「よく分からないが、深淵には何処かに安全な場所があり、そこへ行けば克己を守れるということか?」
『そゆこと。亀と相談してね。小人ちゃんが真っ直ぐ来られるように用意しておいたのさ』
《我はアルカディアを手にしておきたかっただけだ。間違うなよ?》
ぶすくれた声は小人さんとツァトゥグアにしか聞こえない。
ツンデレか。
巨大スライムを見上げながら苦笑いする小人さんの耳に、小さな唸りが聞こえた。
微かな響きだが、やけに胸をざわめかせる。
「何の音?」
『.....来たか。存外、反応が早いね』
はるか上空から聞こえるその音はしだいに大きくなり、小さな光が見えてきた。
『小人ちゃんっ! 闇君に名前をっ!』
「え?」
言うが早いか、上空に現れた光はみるみり大きさを増して深淵へと向かってくる。
『闇君に名前をちょうだいっ!! 彼を認めてあげてーっ!!』
以前、小人さんに拒絶されたことで闇の精霊が弱り、アルカディアへの干渉を断ち切れた事を思い出して、小人さんはブンブンと首を横に振った。
「そんなんしたら、またアルカディアにちょっかいかけて来るっしょっ!」
『違うんだよーっ! あれはコイツの日課みたいなもんで、悪気はなかったんだ、だからぁーっ』
日課で精神汚染されてたまるか。
さらに叫ぼうとした小人さんの前に、三本の光が穿たれた。闇を劈き、轟く爆音。
それが落ちた場所は大きく抉られ、蠢いていた汚泥達も一瞬で消滅する。
《幾久しいな..... 哀しき生き物よ》
《幾星霜..... 待ちわびたわ》
《そなたは穢れ。ここに歪みを正さん》
過去にも見たことのある三本の人形の姿に、小人さんは固唾を呑む。
それに微笑むように瞬き、彼等は小人さんの頭を撫でた。
《よくぞやった、エイサ》
《よくぞ、深淵に光を届けた》
《光あれば、我らは顕現出来る》
小人さんは、はっと顔を上げて周囲を見る。
仄かな灯りだが、確かに深淵が見渡せる程度には明るかった。
自分達のためだろう。深淵では眼がきかない人間のために、ツァトゥグアは灯りをつけてくれたのだ。
結果、高次の者らに気づかれた。
《さて..... 盟約を果たす時が来たな、クライド》
《そなたの光で深淵を浄化するのだ》
《そして新たな闇を満たせよ、チェーザレ》
コーンっと甲高い音が響き渡り、誰もが想像もしなかった事態が起きる。
ぶんっと千早の身体がブレて、すうっと影のようなモノが離れたのだ。
その姿は黒髪の成人男性。いや、成人よりもやや若いだろうか。
「チェーザレ.....?」
『初めましてか? ふむ、若い身体のようだな』
両手を握ったり開いたりしつつ、その冷ややかな双眸を細くすがめるチェーザレ。
フロンティアの面々も一瞬で理解した。冴えざえとしたこの雰囲気には覚えがある。
「チハヤ様に憑依していたという御仁か」
戦慄く唇を駆使し、狼狽を隠せぬまでもドルフェンが呟いた。
『深淵は魂が蠢く死の世界。ここでなら、取り憑いたモノを分離出来るのさ』
聞き覚えのある声を耳に、小人さんがバッと振り返ると、そこには金髪金目の見慣れた姿がある。
「サファード?」
いったい何処から?
唖然とした小人さんの視界の中で、サファードに寄り添い立つ者はロメール。相変わらず悪童のような眼光を瞳に煌めかせていた。
「驚いた? 僕も気がついたのはつい最近なんだけどね」
小人さんを《神々のテーブル》で待つため、サファードは憑依しているロメール共々移動しなくてはならない。それには本体であるロメールの許可が必要だった。
ゆえに彼は、ロメール自身へ己の存在を知らせたのだ。かつての千早とチェーザレのように。
「千早とチェーザレの事を知っていたからね。驚きはしたけど光栄だとも思ったよ。初代様を、この身に宿しているのだから」
最初は件の千早ら同様、御互いを認識は出来なかったが、今では脳内で相談出来るほどシンクロしているのだとか。
ああ、そういう事か。なんで気づかなかったかな、アタシ。
《神々のテーブル》で聞いたではないか、サファードとチェーザレは高次の者らに用意された素材なのだと。
ならばチェーザレ同様、サファードにも依り代がいるはずだ。その依代が誰なのか、気にもしなかった。
さらに最近のロメールが、やけに物分かり良く、こちらの言いたい事を無言で酌んでいてくれた事にも。
クライドから聞いていたのだろう。細かい説明は抜きで、小人さんの行動を妨げないようにくらいはロメール言っていてくれたに違いない。
「まさか神々のさらに上へ喧嘩を吹っ掛けようと考えていたとは思わなかったけどねぇ」
嘆息しつつ恨みがましげにサファードを睨むロメール。
『許せよ。何処に高次の者らの眼や耳があるか分からなんだのだ』
「もう止めたら? その仰々しい口調。貴方様がチィヒーロと変わらない御仁なのはバレるんだし」
くっと笑う、似かよった顔の二人。
『だあなぁ、素でいくか。どうせ、明日をも知れない無法者だった俺様よ』
気に入ったのか、そのフレーズ。
胡乱な眼差しで見つめる小人さんにウィンクし、サファードとロメールは微かに頷き合い、高次の者らを降り仰ぐ。
『盟約かぁ。そっちが先に反故にしてんのは、どう説明すんだ? ああ?』
ギラリと片目を剥き、眉を跳ね上げるサファードに、高次の者らが微かな動揺をみせた。
『俺が光の素材として盟約する代わりに、ボニーの魂を人間の輪廻の環に戻す約束だったよなぁ? なんでまたボニーが魔物に転生してんだよっ、説明しろやぁっ!!』
無言な高次の者達。
一点の曇りもない光であったはずなサファードの眼に浮かぶ邪悪な光が彼等を射抜いていく。
太陽の黒点みたいに穿たれた小さな闇は、サファードの過去を呼び戻し、憎悪、厭悪で艶やかな射干玉色に彩られた。
ああ、そうだ。俺はクライド、盗み、犯し、殺し。世に、天に牙を剥いた慮外者よ。この無頼漢を欺こうなんざ、命知らずにも程があらぁな。
鋭角に歪められたサファードの口角。捲り上がった唇から覗く歯並びのよい口許には、八重歯というには難のある鋭い牙がのぞいていた。
『なあ? あんたら神々のお偉いさんなんだろう? なんとか言えや』
問い詰めるサファードの横に、チェーザレも並び立つ。
『こちらもだ。我は一番最初にルクレッツッアの幸せを願ったはず。なのに、何故、我が妹は早死にし、このアルカディアで死と隣り合わせな綱渡りをしておるのだ? 説明せよっ!!』
サファードはボニーの魂を質に取られ、光の素材として消え果てる事を了承した。
しかしチェーザレは逆だったのだ。彼を闇の素材に染めようとする高次の者達から、望みと引き換えに己の魂を売っていたのだ。
『ルクレッツッアの来世を幸せ一色にしてくれるなら、我は何でも差し出そう』
その自分達の呪われた前世すら、高次の者らの企みに悪用されるとも知らずに。
高次の者達を睨めつける二対のの双眸。
手にしていたと思われた駒達の反逆。
思わぬ番狂わせに、表面では平静を保ちつつも狼狽える高次の者。
そしてそれらを傍観する振りで、こっそり暗躍する者もいた。
『万一、俺らが高次の者らと対峙する事があれば、その一部始終を世界に流せ。頼んだぞ?』
以前に交わしたサファードとの約束。
先程の視線がその合図である。
極寒の焔を瞳に揺らめかせて、ロメールは外界に風送りをしていた。その横では、ひっそりと水鏡を構築するドルフェン。
話には聞いていたが、まさか本当になるとは。
ドルフェンは数日前にロメールからされた話を思い出す。
万一、神々と対峙する状況になった場合、カストラート王宮周辺に配置した魔術師大隊へ水鏡を送れと言われたのだ。
ロメールには及ばないものの、筆頭侯爵家直系のドルフェンは、規格外な彼等に次ぐ魔力を持っている。それも一芸に秀でた魔力だ。水属性の魔術だけであるなら、ダビデの塔の魔術師らにもひけは取らない。
固唾を呑んで二人が見守るなか、森羅万象、全ての世界の命運を決める戦いが始まった。
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