第166話 命の砂時計と小人さん やっつめ

『僕の名前はツァトゥグア。君は知ってるんじゃないかな?』


「「えっ?!」」


 小人さんと克己が眼を見張る。


 ジョーカーの正体を知る小人さんが、その対にもなる異形を知らぬ訳がない。そして日がな一日中ネットの海を泳いでいた克己も。

 何より、ツァトゥグアとアトラク=ナクアは地球の物語の登場人物だ。このアルカディアにこそ無関係なはずである。

 物語の中でも深淵にあるとされるキャラクターだが、まさか本当に棲んでいたとは。


 ん~..... でも、ジョーカーがいるんだし、おかしくもないのかな?


 頭がぐるぐるする小人さん。


 それを見透かしたかのように、ツァトゥグアは眼をうっそりと細めた。


『考えても意味はないよ。だって、僕はこうして実在しているしね。深淵からは闇が差すところなら何処でも覗けるし、知識を集めるにはもってこいな場所でもあるんだ。いささか退屈なのが珠に瑕なくらいでね』


 偏執的な収集癖も健在か。


 思わず歯茎を浮かせる小人さん。


『で、まあね。君ら、高次の者達に喧嘩を売るんだろ?』


 しれっと問い掛けるツァトゥグア。それに応えたのは小人さんではない。


「チィヒーロっ?! 何の話だい、それっ!」


「ヒーロ、また何かやらかしたの?」


「「「「御令嬢っ?!」」」」


 顔面蒼白な面々。


 あーうー.....


 胡乱な眼差しで宙を見つめる小人さん。


『あれ? 僕、不味いこと言った?』


 のほほんと首を傾げる異形様。


 ロメールに首根っこを掴まれ、あきゃーっと手足をバタつかせる小人さんは、ツァトゥグアから、ここなら神々に見られてはいないと聞き、覚悟を決めてロメールらに《神々のテーブル》で知った高次の者らの企みを説明した。


 これには、流石のツァトゥグアも魂が抜けたような顔をする。


『うわぁ..... えげつな。高次の者らも君と同類みたいだねぇ、闇君』


《我をアレらと同じにするな。大切に飼っておるだろうが》


「まあ、その世界の人らが揺りかごを望んでるなら悪いことじゃないよねぇ?」


『ヘイズレープを陥れた事は、どう説明するつもりだ、貴様っ!』


 神々に関わる者らの四者会談。


 激昂するチェーザレに、ツァトゥグアが、ついっと視線を小人さんに滑らせた。


『さっき、街でこの子が言ってたじゃん? 闇の精霊が起こした事は、その本人らの望みなんだよ。それを増幅するに過ぎない。.....つまり、ヘイズレープは自ら滅亡を望んだのさ。そして君もね』


 チェーザレが顔を強ばらせる。


『分かっているんだろう? 馬鹿な兵器を作りだし、御互いを牽制し、御互いの破滅をヘイズレープの人々は望んだ。その結果に過ぎない』


 そうだ。ヘイズレープの人間が望んだのだ。


 あの国に災難が起きれば良い。病が蔓延すれば良い。人が沢山死ねば良い。

 そして全ての国が望んだのだ。敵対する国が滅べば良いと。


 チェーザレは固く眼を閉じる。


 自分も望んだのだ。.....何を犠牲にしてでも我が世界を助けたいと。


『君に関しては自業自得の見本みたいな感じだけど、ヘイズレープの人々だって同じさ。人を呪わば穴二つっていうだろう?』


 闇の精霊は強い欲望が大好きだ。憎しみ、殺意、嫉妬。こういった負の感情は、何よりも強く純粋である。

 滅んだ多くの世界。その原因の元々は人々の欲望なのだ。それがなくば、いくら闇の精霊が暗躍しようとしても出来る訳がない。


 項垂れるチェーザレ。彼の怒りは何処にも持っていきようのないモノだった。


 そんな重たい空気が漂うなか、闇の精霊王が何かをポコポコ出している。直径十センチくらいの丸い物。

 何だろうと見つめる小人さんに気づいたツァトゥグアが、ふわふわ浮かぶ丸いモノを見て、ああ、とばかりに説明した。


『ここの汚泥を集めて卵にしてるんだよ。この汚泥はね、高次の者らや天上の神々に廃棄された魂の成れの果てなんだ』


 うずずずっと闇の精霊王にすがりつく汚泥達。それを疎ましげに払いつつ、真っ黒な巨大スライムは、腹の下から汚泥を集めては卵にする。


「成れの果て?」


『君らも通ってきただろう? 奈落を。あそこを通過すると深淵にたどり着く。.....大抵の魂は、ここに来るまでに粉微塵にされるのさ。コイツらには何の意識もない。ただただ、生に取り憑かれ、嘆き蠢いているんだ』


 つまり..... これは元は某かの魂だった? それが奈落を通過するさいに裁断されると?


 ぞっとした眼の小人さんに、ツァトゥグアは軽く嘆息した。


『酷いもんだよね。まあ、今は闇君が再生してくれるけど。この卵から闇の精霊が生まれるんだ。寄せ集めてね。闇君もある意味、神だからさ、再構築可能なのよ、うん』


 ミンチにされた神々の廃棄物。それを闇の精霊に再生させる闇の精霊王。


 あれ? ってことは.....?


「闇の精霊王は、必要な存在じゃん。こういった物が多くたまると、とんでもない生き物が生まれたりするっしょ?」


『おや、博識だね。その通り。深淵に主は必須なんだよ。闇君が自我を持つまでは、そういったヤバいのが何度も生まれてたからね。.....憎しみと怨みしかない哀しい生き物たちが。神々に堕されて、粉々にされたんだ。その集合体の怨念といったら、そりゃあ凄まじいものだよ』


 闇の精霊達が負の感情を好むのも分かる気がする。彼等の根底には、それしか残っていないのだろう。


 神々を怨み、世を憎み、人間を呪う。


『でもね、闇君が人間を大好きだから。闇の精霊達も人間が大好きなんだ』


 ふくりと眼に弧を描く異形様。


《余計な事を申すな》


 がぱあっとツァトゥグアを丸呑みにする巨大スライム。


『うわぁっ、それ止めてって言ってるじゃーんっ!!』


 ぺっと吐き出されたツァトゥグアは、ねっとり粘液で濡れハリネズミになっていた。


『あーっ、ぁぁ..... もうぅぅ、またしばらく乾かないな、これぇ』


 べちょべちょと音を立てて這いずるツァトゥグアを、ドルフェンが水魔法で洗浄する。


『お?』


 そして綺麗になったツァトゥグアを、すかざずロメールが乾燥させた。


『おおおおおっ、凄い便利だねっ、魔法かぁ、良いなぁ』


 ご機嫌でピョコピョコ跳ね回るツァトゥグアに、再び巨大スライムの魔の手が伸びる。


 が、間一髪で避ける異形様。


『止めてーってばぁーっ、もーっ!』


 まるでコントのような二人に呆気にとられ、フロンティアの面々は顔を見合わせて笑っていた。

 深淵でも生き物は同じなのだ。笑って、泣いて、怒って、また笑う。


「じゃあ、こちらの話もするね」


『うん、そこの人間のことでしょ? 亀から聞いてるよ』


 は?


 思わず、きょんっとする小人さんに、ツァトゥグアはほくそ笑んだ。


『深淵と現世を繋げたのは亀だものぉ。頼んだのは僕だけどさぁ』


「はいぃぃっ?」


 まるで悪戯が成功した子供のように笑うツァトゥグアは、斯々然々と昔話を始める。


 それは小人さんがファティマの頃に遡った。


『かーめー、元気ぃ?』


《おう。どうやら陸地で騒動が起きているようじゃが元気じゃぞ》


『騒動?』


 ワクテカで聞いてくるツァトゥグアに苦笑いしつつ、亀は甲羅の中の暗がりに話しかける。


 地上世界に極稀に生まれる金色の王。


 今代のは毛色の変わった異世界人らしく、神々の思惑から盛大に脱線して暴れまわっているらしい。


『なにそれっ、高次の奴ら青くなってんじゃない?ww』


《じゃろうなぁ。アルカディアの神々は幼い。どうなるか楽しみじゃわい》


『あああっ、天上界も覗けたらなぁ。さすがに光しかない世界は覗けないんだよねぇ』


 深淵が闇しかないよう、天上界には光しかない。太陽もなく真っ白で、靄が漂い、神々自身が発光しているため影すら存在しない世界だ。

 天上界から深淵が覗けないように、深淵からも天上界は覗けない。上手く出来ている。


 そんな世間話をしている内に事態は急変し、神々の賭けを知っていた亀やツァトゥグアの想像を越えて、全てを生かし、賭けに勝利した小人さん。

 これにはツァトゥグアも刮目せざるをえない。


『おっどろいたぁー。地球の神々が協力してたし、アルカディアが勝つとは思ってたけど、まさか森の主ら全部生き残るとはねぇー。やるじゃん』


 神々は残酷だ。世界のためなら容赦なく駒を切り捨てる。今回利用された主達が生き残るとは亀も思っていなかった。


 さらには戻ってきた金色の王は、金色の王でなくなっていたのだ。


 高次の者のやり口を熟知しているツァトゥグアは、眼に弧を描きつつ訝しんだ。


 .....何かある。


 そしてまた時が流れ、新たな小人さんの噂が広まり、観察していたツァトゥグアは、二歳になった千尋の記憶が覚醒し、金色の王が復活したのだと知る。

 しかも、高次の者らから祝福まで貰って転生しているではないか。


 好都合過ぎる。まるで出来レースのようだ。


 そこから亀と共謀して陸を割ってもらい、深淵と現世を繋げたのだと言う。


「祝福?」


 そんなん、もらったっけ?


 首を傾げる小人さんに、ツァトゥグアは地面に這いずる汚泥を掬い、投げつけた。

 すると、小人さんの両手と額が輝き、汚泥が届く寸前、パンっと音をたてて跳ね返す。


『ほら、それ』


 光る両手と額には金色に輝く模様が浮き出ていた。


「なに、これ..... 三角?」


 小人さんの左手甲には正位置の三角形。右手甲には逆位置の三角形。額は内側から輝くような眩しい光が瞬いている。


『闇の眷族には見えるのさ。煌めく金色の魔力がね。ここの汚泥を跳ね返すような力は高次の者らの祝福しかないよ』


 言われて小人さんは思い出した。


 天上界に降りてきた高次の者らの使者が左手で小人さんの身体に触れ、そこが輝いていたことを。


「あー、思い出したにょ。確か、高次の者の使者みたいなのが触って光ったっけ」


 その小人さんの言葉に、今度はツァトゥグアが首を傾げた。


『高次の者らの使者? おらんよ、そんなモン。高次の者は三人の神だよ?』


 ツァトゥグアの言葉は爆弾発言だった。

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