第206話 ☆お伽噺の世界
「…………………」
言葉もなく立ち竦むロメール。彼の前にはドラゴにエスコートされた小人さんがいた。赤カーペットに映える真っ白なドレス。
綿帽子を思わせる白無垢に慎ましくチラ見えするのは赤の差し色。それは通常の白無垢でなく、レースやフリルがふんだんにあしらわれて洋風に改造された物である。
和洋折衷な白無垢の、裾や襟に飾られた摘み細工や紐細工の花や蝶。雅やかなそれらが彩るドレスは神々しいまでの美しさ。
絶句し、とろんと魅入るロメールを見上げ、ふっと小人さんは手を差し出した。
薄い唇に引かれた紅を見て、ロメールは己の下半身が重く疼くのを感じる。
男の性だとは思うけど……。落ち着け、自分ーーーーっ!! これからだ、まだ触りだっ! 式もパレードも披露宴すら残ってる! さらには夜会も…… 全部バックレてチィヒーロを攫っていきたいのは同感だけど、落ち着けーっ!!
前に双子から習った素数を数えつつ、今にも崩れそうな顔をロメールは引き締めた。
夢にまで見た千尋の晴れ姿。これに動揺せぬほど出来た人間ではないロメール。それでも成さねばならない義務もある。
なのに眼の前には号泣を全身で堪える厨房の熊さん。ボタボタ涙をこぼしつつ、ふぐふぐお髭を揺らして声を呑み込んでいた。
そんなドラゴの震える手から小人さんを受け取り、司教の前に立つ二人。司教は短い寿ぎを朗々と諳んじ、目の前の二人に永遠の愛を尋ねる。
「……永遠?」
はん? と、鼻白んだ顔をする千尋にぎょっとした顔をし、ロメールはあわあわ手を彷徨わせた。
「ちょっ、チィヒーロ? ここだけ、ここだけだからっ! ねっ?」
仕方なさげに眼を眇め、上辺だけ繕ってくれる可愛いお嫁様。彼は頬がニヤけるのを止められない。脂下がるロメールという、非常に珍しいモノを目にした招待客らも、生温い笑みが止まらなかった。
小人さんが何が言いたいのか痛いほど分かるロメールだが、でも一時のことだ。ほんのちょっと我慢してほしいと切実に祈る彼を余所に、思わぬ想定外が起きるのが小人さんクオリティー。
本来、ここで永遠の愛を誓いあった二人には、神官や魔術師達が行う魔力の奉納で、盟約を受け入れた神による金色の祝福が起きるはずだった。……が、人々の予想を裏切り、何も起きない。
「……盟約をされたのではなかったのか?」
「婚約式に祝福を頂いたと聞きましたが……」
「神々の祝福がないとは……、ロメール、そなた何かしたのかっ?」
がたんっと立ち上がる国王陛下。
盟約が破棄される条件は二つある。
一つは、他へと情を移すこと。これは珍しくない。多情と呼ばれる人間がいるように、劣情を抱く対象が一人では済まない場合もある。大多数の男はそうだろう。でなくば、娼婦などという職業は存在しない。
一夜の夢を殿方に見せて春をひさぐ者達。そんな美女らに溺れる者も多いのだ。
だがまあ、所詮は泡沫の夢。本気になる者は稀である。しかしこれは、婚約者への純然たる裏切り。神々は見逃さず、盟約は容赦なく破棄される。当然、婚儀を経ても祝福は与えられない。
そして受ける天罰。
それは大抵、魔力半減だ。持って生まれた魔力量がごっそり削られる。膨大な魔力を誇る王侯貴族ほど、この天罰のダメージは大きい。
まさかと思いつつ、ロメールは己の体内魔力を循環させてみた。
変わりないようで、ほっと安堵する反面、祝福されないことに、彼は気を持っていかれる。
双神に寿がれないって…… 歓迎されていない? 私がチィヒーロに相応しくないということか?
ゾロリと冷たいものが彼の腹の奥を撫でていく。何がどうしてという焦りが焦燥となり、じわじわ背筋を這い登っていった。
……と、一瞬の間を置き、聖堂の扉が大きく開かれる。驚いて一斉に振り返った客やロメール達の視界に映ったのは各森の主達。
ずらりと並んだ彼等のうち数匹が、聖堂の中に足を踏み入れた。
《間に合ったか》
《そのようねぇ…… ああ、疲れたわぁ》
《これ、まだ今からだぞ?》
わちゃわちゃ言い合う見知ったモノノケに、小人さんも吃驚仰天。
《ラゴン…… オルガ? 他の皆も…… どしたん?》
慌てて駆け寄る千尋に、各地のモノノケらは、うっそりと笑った。
《双神からねぇ? 夢枕もらったのよぅ。力が足りないから貸して欲しいってぇ》
《さなり、さなり。人間の魔力だけでは世界を満たせないらしくてな》
《王の花嫁姿も一目見たかったので、召喚に応じ、参ったしだい》
.....世界?
そう言い放ち、オルガ達は事情を知っていたらしいメルダらに声をかけ、どおんっと音がたつほどの魔力を放出する。
うねり、踊り狂う魔力の渦。それが、すうっと消え失せたと思った途端、荘厳なメロディーが世界に鳴り響いた。まるでガラスを鳴らすように透き通った音色。
そして教会そのものを包み込むように舞い踊る金色の吹雪。
絶句する千尋とロメールの背中を押して、モノノケ達は聖堂の外へと追い立てる。
「えっ?! ええええぇぇっ?!」
外一面にも金色の魔力が雪吹き、空からは天使の梯子のような光が至るところに降りていた。雲の流れにゆらゆらと傾ぎ、ときおり交わる光の帯。
《……共鳴ですね。懐かしい》
「これがっ?」
以前の巡礼で中央の森に拉致られ、見逃してしまった歴史的瞬間。それを再現してやりたく、双神は、足りないだろう魔力をモノノケらに頼んだのだという。
唖然としていたのはロメールだけでない。招待客はもちろん、世界中が突然の異常事態に騒然としていた。
「綺麗だねぇ…… 双神からの御祝儀だってさ。嬉しいねえ、ロメール」
「御祝儀…… 天変地異に近いよね? 凶事じゃないけど…… 今頃、どの国も大慌てしてるんじゃ?」
苦笑いも萎びる旦那様を悪戯げに見上げて、小人さんは、ふっくりと笑う。
「まあ何とかしてくれるっしょ、.....御養父様が」
「わしっ?!」
ばっと振り返る国王陛下。
「.....ロメールも。頑張れ♪」
「私っ?!」
ぎょっとするロメールを余所に、カラカラ笑う千尋。
そんな人々の中で、ドラゴと桜のみが切なげに眼を細めていた。
「アンタ…… ひょっとして?」
「ああ、アレも誰かの祝福だったのかもしれないな」
万魔殿を訪い、墓参りをした、あの日。
空にかかった光の柱を二人は思い出していた。
途端に、言い知れぬ寂しさと哀しさがドラゴの中を駆け巡る。そして彼は愛娘を担ぎ上げ、外へと駆け出した。
「嫁になんぞ、やらーんっ!!」
「「「ええええぇぇっ?!」」」
どどどどっと逃げ回るドラゴを捕まえようと追い掛ける騎士団やロメール。もちろん、魔法達者な彼らによって、すぐにドラゴは捕獲された。
が、そこから涙が止まらず、おうおうと泣き続ける厨房の熊さん。それが伝播したのか、仏頂面で祝詞を上げない国王陛下。
双神から破格な祝福をもらった二人の婚儀は、しっちゃかめっちゃかになって終わる。
これもまた、小人さんクオリティー。
腹の底から大笑いする花嫁を抱え、夢心地に浸るロメールの揉め事慣れも重症だ。
後日、各国の問い合わせや苦情にフロンティア王宮が四苦八苦するのも御約束。
世界に祝福を振り撒き、二人の御伽噺は続いてゆく♪
~後書き~
書籍四巻に載せるはずだった小人さんの結婚式です。
続編も書籍化されるかもしれないとのことで、お蔵入りになった話でした。書籍で小人さん初見な方には盛大なネタバレになるのでね。
なので、こちらに投稿します。御笑納ください♪
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