第26話 プレ巡礼と小人さん


「さってと。それじゃあ行こうか」


「気を付けるんだぞ?」


「まあ、大丈夫とはおもうけど。無茶をおしでないよ?」


「.....なるべく早く帰ってきて。保って三週間だから。部下が力尽きる前に宜しく」


 両親とロメールの見送りの言葉の温度差に、思わず眼を据わらせる小人さん。


 学校や遠征が始まるまでに、ロメールんとこへ人手増やさないとなぁ。


 しらっとした半目で見つめられ、ついつい眼が泳いでしまうロメールだが、事は切実なので歯に衣は着せない。


「分かってる。分かってるから。春までに使える人間、増やすよ」


 なら、よろしい。


 小人さんが執務に加わるようになって判明したのは、ロメールが地球世界なら労基にどやされるであろうほど激務だった事。

 平均睡眠時間二~四時間。連徹もザラで、大事な仕事は人任せに出来ない性質な事。


 呆れを含ませた辛辣な失笑を浮かべ、小人さんが最初にした行動は、仕事の振り分けだった。

 こちとら長くOL稼業をやっていたアラサーである。ブラックではないが、今の御時世、不況で人手を増やせず、各人の割り振りが多い時期を乗り越えてきたのだ。


 取捨選択は御手の物。


 ばばばばっとロメールの机にある書類の束を振り分け、ロメールでなくて良いモノは、周囲の人に投げた。


「チィヒーロっ、それはダメ、私でないと..... あああっ」


 次々と投げられる書類に、ロメールは狼狽え、その部下らはガシッと書類を掴んだ。


「ロメールでなくて良い。仕事させねば、人も育たないよ?」


 前世を含めて十年近く見てきたロメールの部下らの実力は、ある程度把握している小人さん。彼等は優秀である。ロメールが無能を傍に置くわけがない。

 仕事の偏りを不思議に思い、幼女が観察した結果、理解したのはロメールが非常に過保護である事。

 彼は、失敗した場合に責任を問われそうな仕事は全部自分でやっていた。

 部下らに責任を問われないようにだろうが、現代人である小人さんには、ただの愚か者にしか見えない。


「何のための部下なのよ。仕事させなさいよ。失敗なんか、した時に考えたら良いにょ。やる前から心配して、どーすんのさっ」


 仕方無さげな幼女の苦笑。


 えいえいっと仕事を回す小人さんから書類を受け取り、ロメールの部下らは心から安堵したかのように微笑む。

 彼らもロメールのオーバーワークを心配していた。だが、どのようにしたら良いのか分からなかったのだ。


 嬉々として仕事に向かう部下らを見て、ロメールはストンっと肩の荷が下りたのを感じる。

 気持ちだけのはずが、実際に身体が軽くなった気がした。

 人間とは感情の生き物だ。精神的なモノが現実にも作用する。

 力の抜けたロメールは、わちゃわちゃ走り回る幼女を、ぼぅっと見つめた。


 良いなぁ、こういうの。


 誰かに頼れる心地好さ。


 初めて浸る感覚に、ロメールはしばしの安息を得る。


 こうして激務から解放されたロメールに、小人さんは平均睡眠時間六時間以上という宿題を与え、彼の部下らは、増えた仕事に悲鳴をあげた。


 だが、仕事が上手く割り振られるようになっただけであって、仕事量が減った訳ではない。


 休日どころが休憩すらままならないロメールの執務室に、人員増加を再三叫んでいた小人さんである。


 じっとりと眼を据わらせてロメールを見上げる幼女を、周囲の人々は不思議そうに見つめていた。




「んっとに、もう」


 馬車の中でプンスカする小人さん。


 それを微笑ましく眺め、ドルフェンは蜜蜂を撫でる。


「王弟殿下は、ああ見えて気難しい御仁ですから。そう簡単には懐に人を入れますまい」


「分からなくはないけどさぁ。それで自分の身を削るのは本末転倒だよぅ」


 馬車の中には十数匹の蜜蜂。それと五匹ほどのカエルがおり、その合間をノタノタと蛇が泳いでいた。

 大きなクッションに凭れてゴロゴロする小人さん。

 三人はテーブルの周りに座り、別段何もないような風情で会話をしている。


 ただ一人。千早のみが眼を皿にして部屋の中を見渡していた。


「これ、どうなってるの?」


 あんぐりと口をあけて、千早は疑問を口にする。


 自分はたしか、馬車に乗り込んだはずだ。


 なのに乗り込んだ先にあったのは、綺麗に設えた大きな部屋。


 その広い空間は、ドルフェンとアドリス、他沢山の魔物がいても余裕なくらいである。

 ドラゴ家の大広間ほどの広さはあろうか。奥にはベッドが等間隔で四つ並び、薄いレースのカーテンで仕切られ、部屋の中央にはテーブルセット。

 ソファーなどはなく、床に厚手のキルトラグが敷かれ、柔らかそうで大きなクッションが複数置かれていた。


「天幕用の空間増幅です。移動する馬車に使えるよう王弟殿下が改良してくださいました」


 ドルフェンが説明したが、天幕すら知らない千早には理解が追い付かない。

 ただただ茫然とするばかりである。


「取り敢えず馬車の試運転を兼ねて西の森へ向かうにょ。行きは走らせて、帰りは翔んでね。上手く行ったら、次はフラウワーズ辺境の森へ向かう予定」


 馬車を牽くは蜜蜂。屋根の上には数匹のカエルと蛇。

 一見、駅馬車的なシックな箱だが、その中には瀟洒で手の行き届いた生活空間。馬車の外郭は強固な鉄筋。そして護衛は主の一族。

 ある意味、一人軍隊な馬車である。

 まだ鉄道すら発明されていない中世の異世界において、この馬車は軍隊一個師団にも勝るだろう。


 そんな驚異的なモノが走っているとも知らず、馬車の周辺には長閑な風景が横たわっていた。

 キルファンの支援が生きているのか、十年前に向かった頃より多くの緑が溢れている。

 魔力の恩恵が薄かった辺境は、むしろ王都よりも如実に変貌していた。


 良い意味で。


 その変貌に、によによと口許を綻ばせる小人さんだった。




「チィヒーロが遠征中? 聞いておりませぬぞ?」


 言ってないし。


 千尋を御茶に招こうと招待状を持ってきたウィルフェは、小人さんが王都にいないと聞き、目くじらをたててロメールへ詰め寄る。

 一貴族を王族が個人的に招待するのは外聞が悪い。常に公正であらねばならない王族は、御茶会一つにしても多くの貴族を招き、その恩恵を分散させねばいけないのだ。

 だからロメールを招く体で、その婚約者である千尋を、ちゃっかり王太子宮に招こうとしたウィルフェである。

 国王陛下側近筆頭で、王弟であるロメールならば、個人的な茶会に招いても問題はない。


 なのに、遠征だと?


「.....金色の環がらみですか?」


「そうです。神々に頼まれたようなので。本来なら、それを重視すべきですが、彼女は日常生活も大切にするとの事で、学院などに支障のないよう巡礼をやるみたいです」


 超過密スケジュールだ。王族とて、ここまでビッチリと瓶詰めみたいなスケジュールは組まない。

 それでも、その隙間時間に人生を楽しむ小人さんを知っているロメールは、大して心配はしていなかった。

 ロメールは気づいていないが、小人さんは余裕を持たせてスケジュールを組んでいる。

 なので、余った時間にわちゃわちゃ遊ぶのだ。現代人思考の賜物である。

 小人さんから見たら、隙間なく仕事を入れるロメールの方が、よっぽど過密スケジュールだった。

 しかもこなせる時間ギリギリで入れており、毎日、仕事時間をオーバーするのが当たり前。結果、睡眠時間を削る過剰労働。


 アホかーっっ!


 小人さんの正直な心の叫びだろう。


 ソファーに座り込み、がっかりと項垂れる王太子をチラ見して、ロメールは軽く嘆息した。

 自分も小人さんに頼る面はあるが、ウィルフェの傾倒ぶりは少々問題だ。

 事あるごとに小人さんを呼び出そうと画策するし、それをまた、国王夫妻らが支援している。

 国王には釘を刺したものの、諦め切れない兄が息子を使って足掻いているのは確実だ。

 まあ、執務を終えての話なので、ロメール的には問題にしていない。

 以前は執務を放り出してやらかしていたので、ロメールも般若のごとく叱りつけたものだが、今はそんな事もない。

 未だに側仕えらをまき、こっそり騎士団や伯爵家を一人で覗きに行ったり、小人さんがロメールの所へ訪れていると、すささささっと御茶の支度をしてやってきたりなど、ロメールの眉が戦慄く事をやらかしはするが、まあ、見逃せる範囲である。


 なんのかんのと可愛い甥っ子だ。


 反発し合う公私が脳内で火花を散らすロメールを見上げ、ウィルフェは複雑に眼をすがめた。


「最近は騎士団の演習にも参加していないようだし、チィヒーロは忙し過ぎないだろうか?」


 盛大な、おまゆうキタコレ。


 克己がいたならば、そう怒鳴った事だろう。おまえはもっと働けと。

 ロメールは深く嘆息して、可愛い甥っ子を見つめる。


「騎士団の演習は続けています、早朝ですが。チィヒーロは、私や貴方より、よっぽど要領が良い。心配は要りません」


 そう。彼女の一日は猛烈に忙しい。だが、その合間合間に御茶を嗜み、謎な躍りを披露し、壁の上から飴玉を投げたりしていた。

 通りかがったロメールの頭に投げられた飴玉。それを拾い上げて、訝るロメール。


 いったい、何処から?


 すると上空から、ほろほろと舞い落ちる笑い声。見上げたロメールの視界には、王宮壁面の窓に座る小人さんがいた。


「チィヒーロっ、なんて所にっ!」


 見るからに恐怖で震え戦くロメールを気にもせず、小人さんは、ひょいひょいと壁面のでっぱり部分を蹴り、掴み、するする彼の目の前に降りてくる。


 ......猿かな?


「少しは気ぃ抜き。すごい顔で歩いていたよ」


 ぴょこてん、ぴょこてんと跳ね回りながら、ロメールに腕を伸ばしている幼女を抱き上げて、彼は厳めしい顔で呟いた。


「.....私の心臓を何回止める気なんだい? 君は。危ないだろう?」


 御説教しはじめたロメールの口に、小人さんの指が突っ込まれる。

 かぽっと入れられたのは甘い飴。酸味のきいた杏子飴は臟腑に染み渡る美味さだ。


「こんな疲れた顔した人をほっとけないでしょ?」


 黙って通りすぎるのを待てば良いものを、わざわざ声をかけたのはロメールのため。

 わしゃわしゃと頭を撫でられて、思わずロメールは瞠目する。


 ああ、もう。ホントに勝てないよね、君には。


 ときおり訪れる至福の時間。


 これだけで、ロメールは前を向ける。笑って歩いていける。


 過去に幾度となく繰り返された細やかな幸せを思い出して、うっすらと笑みをはくロメールを、ウィルフェが不思議そうに見つめていた。


 後でその理由を知り、王太子が地団駄を踏むのも御愛敬。


 そんな二人を余所に、小人さんは一路ジョーカーの森を目指して進んでいた。


 今日の夕御飯は何だろう?


 馬車の中から外を眺めつつ、ほくそ笑む小人さんの脳内は、絶対にブレない。


 各々思うところはあるけれど。今日も小人さんは元気です♪


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