第35話 新たな巡礼と小人さん ~ふたつめ~


「...........」


「...........」


 無言で見つめ合う二人+一人。


 片方はちんまい子供が二匹。色違いのポンチョを着て、相手を見上げている。

 もう片方はガタイの良い男性。黒に銀の差し色が入った正装に、片側マント。明らかに高位の身分な出で立ちだ。

 さらに後ろに並ぶ騎士団。その数、百はいるだろう。


 彼らは真っ白な蜘蛛の魔物に牽かれた馬車を凝視しつつ言葉もない様子。

 周辺を飛び回る蜜蜂らにも眼を向け、冷や汗をたらしていた。


 そんな仰々しい出迎えに首を傾げるフロンティア一行。


 だが、小人さんは相手に見覚えがあった。


 王太子が何でここに? この人も大きくなったなぁ。


 ここはフラウワーズ国境。十年前にも訪れた懐かしい場所である。

 当時の彼は幼さの残る少年はだったっけ。


 無言で見つめ合う二組に、相手方の騎士が軽く咳払いをし、恭しく声を上げた。


「こちらにおわしますは我が国の王太子殿下、マルチェロ・ド・フラウワーズ王子でございます」


 そう。二組が無言だった理由。それは高位の者から声をかけられない限り、話しかけてはならないという貴族階級のしきたりのためである。

 一介の伯爵家が隣国の王族に気軽に声はかけられない。それと分かっていても、相手から声をかけてもらうのを待つしかないのだ。


「遠路遥々ようこそ」


 ニコリともせずに、慇懃無礼な吐き捨て。


 マルチェロ王子の冷めた対応には、歓迎の片鱗も見えない。

 それならそれで良い。双子らも阿吽の呼吸で当たり障りない返事を返す。


「フロンティア貴族、ジョルジェ伯爵が嫡男、千早と申します。以後お見知りおきを」


「同じく、千尋と申します。以後よしなに」


 見事な口上と礼。まだ洗礼を受けたばかりであろう幼子にあらざる態度。

 フラウワーズ騎士団が驚嘆に顔を見合わせた。しかし、それを過去にも経験していた者らは、複雑な胸中に眼をすがめる。


「チィハーヤ? とチィヒーロ?」


 マルチェロ王子が、困ったように首をかしげた。

 間延びした呼ばれ方にも慣れたもの。双子は家族ら以外から、まともに名前を呼ばれた事はなく、揃って苦笑する。


「キルファンの言葉なので発音しにくいかと。ハーヤでもヒーロでも呼びやすいようにどうぞ」


 そう言いながら下がる二人の代わりに、ドルフェンが前に出た。

 そして居丈高ではないが、譲らぬ堅固な光を眼に宿し、王太子に問い掛ける。


「発言、御許しいただけますか?」


「許す」


「有り難う存じます。王太子殿下にあらせられましては、何故ここに? 我々と関係がないのであれば、速やかに旅程を続行させていただきたい所存であります」


 ドルフェンの言葉に、マルチェロ王子と騎士団は、やや狼狽えた。

 こうして王太子が出迎えたこと事態が異例な事だ。なのに相手は何の感銘もなく、そのまま通りすぎようとしている。

 むしろ、さっさと行きたいという不遜を隠しもしていないように感じ、王太子は頭の中に微かな苛立ちが揺らぐのを感じた。

 後ろに控えるフラウワーズ騎士団も同じ気持ちだったのだろう。その苛立ちが口からまろびる。


「不遜な..... 王太子殿下が御越しだというのに」


 その呟きを拾ったフロンティアの面々の顔に解せぬ戸惑いが拡がっていった。


「ゆえに御尋ねしております。御用の向きがおありかと。無いのなれば、我々は急ぎ出立せねばならぬので」


 微かな呆れを含ませたドルフェンの言葉。


「急ぎ? 何故だ?」


 相手の腹を探るような押し問答。のらりくらりと回答を避けるマルチェロ王子の疑問に答えようと、小人さんが口を開きかけた時。

 それより早く、馬車の上から何かが飛び降りた。

 人々の視線が一気に集まり、凝視されるのは一匹のカエル。面倒臭げに顔を上げてマルチェロ王子を見据えているかのように見えたが、その視線が、さらなる後ろを見ているのに気付き、王太子は、ハッと後ろを振り返る。


 そこにはいつの間にか大きな殿様蛙がいた。

 身の丈、四メートル近い蛙に、フラウワーズ騎士団が固唾を呑み、無意識に王太子を守るよう周囲を固める。

 だが、それに異をとなえたのは王太子その人であった。


「馬鹿者っ、武器をひけっ! 森の主だ」


 その言葉に、千尋はパッと顔を上げる。


 キングと呼ばれる国境の森の主。それを王太子は知っていた。


 キングの後ろには大きな亀裂。大地を統べる一族は、地下水脈を通って、隠れる事も遠方に移動する事も可能である。

 以前も森の地下に潜み、魔物を蹂躙する冒険者らから身を隠していた。


 件の蛙を前にして、フラウワーズ騎士団と王太子は恭しく頭を下げる。

 それにうっそりとした笑みを浮かべ、キングは小人さんに頭を下げた。


《御久しい。壮健であられたか、我が王よ》


 彼の左目に輝く金色の光。


 懐かしい顔に、思わず小人さんにも笑みが浮かぶ。飛び降りた麦太も嬉しそうに跳ねていた。


「元気そうだね、モルト」


《おかげさまで。森も薄くはなれど、人が努力しております。有り難い事です》


 何でも、例の農村が全力で植樹にやってくるらしい。


 森を大切に。


 これを合言葉にして、主らと良い関係を続けているのだとか。


 変わらないモノもある。


 千尋の言葉を忠実に守り、ある時には王都からの兵士達にすら立ち塞がってくれたのだと聞き、小人さんは眼を見張った。

 森を守るため。農耕地を守るため。

 魔物素材を狩りに来た冒険者らを蹴散らし、その冒険者らから苦情を受けてやってきた兵士らと睨み合いになったのだという。


「魔物素材の狩りは本来辺境で行うものだっ! ここは辺境と言えども我々が管理する国境穀倉地、無体は許されないっ!」


 ようやく復活して、少しずつ増えてきた農耕地。それと主の関連が身に染みている農民は、主の子供らが作ってくれた溜め池や適度に程よい湿り気をもたらしてくれる空を指差して、声高に叫ぶ。


「主様らがおられるから、ここは農業が出来るっ、その大恩人の森を荒らすなんて、絶対に許さんっ! 強行するなら、この先、王都に収穫が届く事はないぞっ!」


 ガンとして譲らぬ農民達に、困り果てた兵士や冒険者らは王宮へ訴え出た。事情を聞き、森の主と知らぬ仲ではないマルチェロ王子が仲裁を申し出る。

 そして双方の話を聞き、農民らの説明が正しい事を認め、だだっ広く所有者不在だった国境周辺の荒野を国有地とし、冒険者の立ち入りを禁じたのだ。


 フラウワーズ辺境へ行けば魔物はいる。馬車で七日、馬を走らせても五日ほどかかるが、依頼は果たせる。

 王都から馬車で三日、馬なら一日の距離にある主の森は格好の狩り場だったのに、それを出禁にされた冒険者らは涙目だった。


 以来、この国境辺境は王太子の管理下におかれ、穏やかな日々を過ごしているのだとキングは語る。


「へぇ」


 彼がねぇ。


 キングに頭を下げたまま微動だにしない王太子。


 小人さんが物珍しげに見つめる中、マルチェロ王子はキングがかしずく幼女の事を考えていた。


 そんな人物は一人しかいない。


 黒髪緑眼であろうとも、彼女は金色の王だ。それも小人さんと呼ばれた金色の王。


 彼は噂の伯爵令嬢を確かめるために国境を訪れた。騙りかなりすましか。十年前の金色の王その人を知っているだけに、マルチェロ王子の心は酷くざわつく。

 彼の人を貶めるような噂の数々。確かにファティマ王女の記憶は失われ、金色の瞳も消え去った。今の彼女は金色の王ではない。

 しかし、彼女が国境の森を救ってくれた事に変わりはない。その恩に報いねば。そう思っていた。


 しかし、ここに来て話が変わる。


 最初は疑心暗鬼で見ていたが、目の前にすれば誰もが納得せざるをえない。


 この幼女は金色の王だ。


 筆談もなく主と会話を交わせる者など他にいない。こうして主自ら出迎える相手も。


 ああ、噂は真実か。


 心の中で嘆息しつつ、マルチェロ王子は彼の王女を脳裏に浮かべる。

 柔らかく無邪気な微笑みや、控えめで初々しい仕草。

 留学中に婚約してから、年に数回の会瀬を重ね、毎週のように文をしたため、じっくりと御互いを想い合ってきた。


 それもまた真実。


 自分の知るファティマ王女は、金色の王でも小人さんでもない。だが、十年という長い月日を重ねて愛おしんできた最愛の女性だ。


 現実を目の前にして、マルチェロ王子は無性にファティマに逢いたくなった。


 今頃どうしているだろう。花が盛りな春本番には彼女に逢いに行こう。


 謎が解ければ何ということはない。恩人と恋人は別人だったという事実だけ。


 自問自答で納得し答えを出した王太子は、農村に寄るというフロンティア一行についていく。

 一人軍隊とも称される小人隊。

 これを放置する訳にもいかないと、辺境へ向かうまでの道中を、途中まで同行すると彼は宣った。


 え? アタシら危険人物?


 知らぬは本人ばかりなり。


 フロンティアを良く知るフラウワーズは大して危機感を抱かないが、噂しか知らない遠方の国々はそうもいかないだろうと、王太子は呆れたかのような眼差しで幼女を見つめた。


 えー、そんなん知らんし。どうしよう?


「まあ、そなたなら何とでもするだろう? かつて私の誘いを一蹴したように」


 馬車と並走しつつ、窓から顔を出している小人さんに、王太子はニヤリと笑う。


 宿屋での事かな?懐かしいね。


 何処にあっても小人さんは小人さん。


 それを熟知しているマルチェロ王子である。目の前で森を作られた時の衝撃は忘れない。


「なあ。あれから王都にも森を作ったんだ。国境の農村から学んで。四苦八苦したが、それなりの大きさの森が出来たと思う。.....主の移動は可能か?」


 とつとつと話す王太子に、小人さんは瞠目する。

 あの時の話を覚えていたのか。そして実行していた。

 何とも言えぬ面映ゆさが小人さんの胸に拡がった。


 変わった事は寂しいモノばかりじゃない。


 これは、話すしかあるまいて。一蓮托生だな、うん♪


 仏頂面で馬を駆るマルチェロ王子。


 まさか、この先に世界を巻き込む騒動へ引き摺り込まれるなど、夢にも思わぬ彼であった。


 ほくそ笑みむ小人さんには邪気しかない。


 何も知らない王太子が、後日頭を抱えて王都へ帰還するのも御愛嬌。


 懐かしい面々との再会に悪い笑顔を浮かべ、今日も小人さんは元気です♪

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