第34話 新たな巡礼と小人さん
「万里ーっ!」
「いやっ、お久しゅう」
ヤーマンの仮邸に着いたとたん、小人さんは万魔殿へ駆け出した。慌てて後を追う千早とドルフェンを引き連れて。
ザックも飛び出そうとしたが、荷物の搬入を任せられたアドリスに捕まり、渋々、本当に渋々、馬車へと踵を返した。
万里と再会した小人さんは、その脚にぽすっと抱きついて無邪気に顔を上げる。
「......話は聞いてる?」
「勿論さな。お帰りなんし、御嬢さん」
悪戯気に口角を上げて、万里はふっくりと眼を細めた。
小人さん帰還の連絡は桜から受けていた。元キルファン人である万里は輪廻転生を理解しており、そのような事もあるのだろうと、驚きつつも納得する。
一つの身体に二つの魂。それらが分かたれて新たな小人さんが生まれた。ただ、それだけの事。
記憶の継承もしているなら問題はない。以前同様の付き合いをするまでだ。
万里を含めたキルファン人らは、恐ろしく日本人寄りな思考の持ち主である。
甘えて抱きつく小人さん。後ろから追ってきた千早は、眼を丸くして妹を凝視した。
千尋は人懐こいが、反面、警戒心も強い。笑顔の裏で、相手をつぶさに観察する彼女の狡猾さに、千早は何度も驚いたものだ。
「アレは駄目ね。ロメールに知らせとこ」
吐き捨てるかのように鋭利な言葉。
後日、それを受けた王弟殿下が、いくつかの部署で不正を見つけたとの話が出回り、千早は、ばっと妹を見る。
のほほんとした顔の妹が、それに関わっていたのは明らかだが、何がどうしてそうなったのか、千早には皆目見当がつかなかった。
同じ場所に自分もいたのに。
もっと勉強しないと......。
湧き上がる焦燥を抑え込み、千尋を手本として、がむしゃらに本に向かう千早が随所で目撃されるが、それはまた別の話。
そんな妹が警戒心もなく引っ付く女性。
眼を丸くする千早に気付き、女性は柔らかく微笑んだ。
「兄君かね? お初だ。秋津農園を預かる万里と申します。宜しゅうに」
「秋津農園?」
千早への挨拶に、反応したのは小人さんだった。
「新キルファンが出来ただろう? それにあやかり首都の名前を頂いたのさ。もう、万魔殿は無くなったんだよ。今は農業牧畜中心の農園さ」
万里の唇が弧を描く。
そういえば、前のように赤い紅をひいていない。着物もラフな半帯と紬。
その意味正しくを理解し、小人さんはパアッと笑顔を煌めかせた。
「うっわぁ...... 前より、めっちゃ広くなってない?」
前も見渡す限りの畑ではあったが、うんと遠くには、荒野の地平線が見えていたのを千尋は覚えている。
だが、今目の前に広がる大地は、地平線すらをも確認出来ない。溢れる緑と広大な畑。地平線の辺りも緑に覆われていた。
「十年は長いよ、御嬢さん。あれから郭を廃業して料亭と農園を広げたけど、これがトントン拍子に上手くいってね」
聞けばフロンティアの変換期。食糧輸出が回らなくなったフロンティアの代わりに、万里達の農場が重宝されたらしい。
とくに隣国のフラウワーズは、土地柄的に慢性的な食糧難を抱えていた。
その不足分を補うため、一気に農園を広げたのだという。
結果、莫大な利益と支援を得られるようになり、今の規模の農園に変貌した訳だ。
フロンティアに在りながら、フラウワーズの食糧庫と呼ばれているのは御愛敬。
「そっか..... そっかぁっ!」
まだ二分咲き程度の桜の林に、小人さんは駆け出した。
未だに朝夕は寒さを感じる早春だが、フロンティアは温暖な国だ。桜の開花もやや早い。
万魔殿は呪われた軛から解き放たれた。
それに心の底から歓喜し、小人さんは追ってくるドルフェンらを振り切って、農場中を駆け回った。
本気で走る小人さんに追い付けるのは魔物らしかいない。
じきに日が暮れ、宵闇が辺りを包む頃。ようやく小人さんは仮邸に戻ってきた。
「今夜は秋津農園で御飯だにょ、楽しみだねーっ♪」
ぴょんぴょん跳ね回る小人さんを一瞥し、ザックはあからさまに落胆の色を浮かべる。
そのザックの肩を叩き、アドリスは慰めるように眉をよせた。
「だから言っただろう? お姫ぃさんは絶対外に食べに行くって」
残念感溢れるアドリスの顔を怨めしげに睨めつけ、ザックはふいっと眼を背ける。
「別に..... 少し加工すれば明日にも食べられるし」
仕込んでいたデザートの材料を見つめ、ザックは人知れず小さな溜め息をついた。
「やっふぁいっ!」
私服で現れたフロンティア御一行様。
それを見て、万里は懐かしそうに眼をすがめる。
ああ、そうだ。十年前にも、こうしてやってきたっけねぇ。あの時は驚いたけど。
万里は襟を正して、にっこりと小人さん達に微笑んだ。
「ようこそ御越しくださいました。準備はしております。中へどうぞ」
昼とは違い、綺麗に装った万里に案内されて、フロンティア一行は前と同じ広間に入る。
座卓につきだし。ロメールが厳選した騎士団の面子は以前の小人隊の面々。慣れた調子で、それぞれ席についた。
若干名交ざる新人らも、周囲の先輩達に倣い、ぎこちなく席につく。
そして、出されているつきだしを恐る恐る突っつき、木の根? スライム? などなど、思わず噴き出すような懐かしい台詞を口にした。
実際、噴き出してしまった者もおり、場が和やかなムードに満たされる。
さらにお刺身をもちゃもちゃする小人さんを心配気に窺い、現れた綺麗どころに固唾を呑み、〆のお茶漬けに感嘆の溜め息をもらした。
見事に以前の和食初見な騎士団らの行動をトレースしている。
腹もくちくなり、眠気がもたげてきた小人さんの前に、すっと新たな皿が差し出された。
うに? と眼をこすっていた小人さんの、ふにゃふにゃ眼が一気に覚醒し、目の前の皿を刮目する。
そこにましますは見事なデザート。真っ白なスクウェアプレートに、抹茶のわらび餅、半切りにされた餡入りゴマ団子、綱に編まれた紅白のねりきり。
「ふぉおおおっ」
思わず皿を捧げ持ち、小人さんは奇声を上げた。
「え? 前には無かったよね? うわぁぁぁっ、マジでっ?」
「前はお酒のお供な食事しか出してなかったからね。こういった甘味は必要なかったのさ」
万里の説明に、周りの人々も皿を凝視する。
「甘味なのですか? これが?」
不思議そうな騎士らに、小人さんは全力で頷いた。
「アタシの大好きな御菓子なのっ、嬉しーっ」
感極まり、涙をちょちょ切らせる小人さん。
それを盗み見て、ザックとアドリスは視線を絡ませる。
そして、どちらともなく頷くと、当たり前のように立ち上がり、厨房へと向かって行った。
小豆はあるし餡子も作れたけど、こういった職人芸には及ばないのよなぁ。
ぜんざいとか、おはぎとか、素朴な御菓子も好きだけど、こういうのも堪らないっ!
小人さんが至福に溺れていた頃、厨房に突撃したザックらに、レシピを教えて欲しいと土下座されている菓子職人達が涙目だった事を彼女は知らない。
しかし、純正和菓子は一夕一朝で作れるモノではないと知った二人が、後日、弟子としておしかけてくる未来を、件の菓子職人らにも知るよしはない。
気の毒な秋津農園の職人達に合掌♪
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