第33話 周囲の人々と小人さん


「だからな。私が仮親になるのが良いと思うのだ」


 ただでさえ拗らせ人間らに囲まれた小人さんの目の前には、新たな拗らせ人間。


 国王からの呼び出しに応じてみれば、彼は以前のように千尋の仮親になりたいと言う。

 仮親とは、子となった人物の後見を明言するもので、本当の子供と変わらぬ支援を約束する。

 これは何人でもなれるし、多くの仮親から後見を受けられるのは非常に心強い。


 しかし、相手は国王夫妻。


 これを勘ぐられて注目されると、身動きが取りにくくなるのは必至だった。

 困惑する小人さんに、思わぬ方向から援護射撃が来る。


「私は悪い話じゃないと思うけどね」


 両親と共に呼び出されたロメールだ。


 彼は珍しく真剣な眼差しで小人さんを見る。


「君はこれから世界を回るだろう? そこには思いもよらない窮地が待ち受けているかもしれない。そんな時、王家の後見があれば、大概の事に対処ができるんだよ」


 ロメールの説明に、小人さんも、ハッとした。

 確かに、魔物らと力押しで進めば、いつか歪みが起きる。

 波風たてずに済ませるカードとして、国王陛下の威を借りるのも有りだろう。


 ロメールの思惑を正しく察して、熟考する幼女。


 城下町では小人さん帰還の噂が席巻しているし、もはや隠しおおせるものでもない。

 こうして見ているだけでも普通ではない幼女を、色目だけで判断する愚か者はいないし、万一居たとしたら、それは不幸以外の何物でもないだろう。

 キルファンから広まりつつある輪廻転生の意味を知れば、誰もが彼女を瞠目して見る。


 何故なら、その片鱗が既に王宮に届けられているからだ。


『ジョルジェ伯爵令嬢に関して御尋ねしたい』


 隣国、フラウワーズからの親書。


 これはマルチェロ王太子殿下から、国王ではなくロメールに宛てられた密書に近いものだった。


 その内容は、噂にある幼女が魔物と親しく、全属性を所持しているとは間違いないかとの質問だった。

 そして彼女が、小人さんと呼ばれている事にも。


 フロンティアで、元小人さんと呼ばれていた幼女は成長し、ファティマ王女となった。

 だがその記憶は失われ、ファティマはただの一王女として王宮で暮らしている。

 だから、元の小人さんではなく、新たな小人さんとして王宮の面々はジョルジェ伯爵令嬢を受け入れていたが、その突飛な行動や言動。醸し出す雰囲気や口調にいたるまで、過去の小人さんにそっくりとなれば、訝る者も少なくはない。

 さらには、小人さんを良く知る城下町の人々が、彼女を小人さんだと認識していた。


 元でも新たなでもなく、唯一無二の小人さん。


 それが伝播し、多くの噂をよび、フラウワーズまで届いてしまったらしい。

 国交があり、商人や冒険者らが行き来する国だ。人の口に戸は立てられない。

 小人さんに心からの感謝と尊敬を持っていたマルチェロ王子が、ファティマに求婚し記憶を失ったファティマの後ろ楯となるために婚約者となった経緯は有名だ。

 幼い第九王女。しかも祖父は叛逆者となり行方不明。

 末の王女で、後ろ楯だった祖父を失い、自身の記憶も失い、罪人に連なる者と白眼視されかねないファティマの未来を憂い、マルチェロ王子は彼女の後ろ楯になろうと、粉骨砕身した。


 国境の森を救ってくれた幼女に、並みならぬ恩義を感じているマルチェロ王子。


 だが、今回現れた小人さん情報で、それが勘違いやもしれないと危惧する。

 手紙の中で、マルチェロ王子は煩悶していた。

 彼の知る小人さんは間違いなくファティマ王女だ。しかし、中身が違うかもしれないとの話や理屈が分からない。

 小人さんが還ってきたとの噂の真相は? 誰もが十年前の小人さんと繋げて、ジョルジェ伯爵令嬢の話をする。

 ファティマ王女殿下が、当時のジョルジェ男爵令嬢であったというのは本当か?

 ジョルジェ伯爵令嬢とは何者か? 以前、金色の王であったファティマ王女殿下と、噂の幼女の関係は?


 などなど。


 輪廻転生の理や、本人を知らねば、これらの答えは出ないだろう。


 面倒な事になったね。相手は王族だ。対抗するには王族と同等の権限が必要だ。


 これからフラウワーズの辺境まで行く予定の千尋を権力者から守るため、ロメールは国王夫妻の仮親を歓迎する。


 ロメールの後押しもあり、小人さんは再び国王夫妻と仮親申請をした。

 準王族権限で騎士団も使えるし、王宮の個人宮以外は全てフリーパス。

 新たに小人さん用の部屋も準備され、手狭ですがと侍従の宣う部屋が、伯爵家の応接室より広い事に苦笑する小人さんだった。


「一応、身の回りのモノも用意するけど、以前と同じ感じで構わないかな?」


 台帳片手に部屋を見渡すロメールに頷き、小人さんは軽く脚に力をためて、ぽんっと彼の背中へ張り付いた。

 そして肩越しに台帳を覗き込み、いらないモノをチェックする。


「宝飾品は最低限。ドレスも各季節用で二枚ずつ。幼児の成長期を舐めたら駄目よ。ワンシーズンで着られなくなるから」


 純然たる厚意なのだろうが、小人さんの指定する三倍が書かれていた台帳に、小さい手が、わしわしとダメ出しを書き込んでいく。

 出来るなら大きめに作って、肩上げや腰上げでサイズ調整出来るようにしたいと言う小人さんに、今度はロメールからダメ出しが入った。


「それじゃあフォルムが崩れるよ。着られてる感が半端なくなる。フロンティアの国力が疑われるから、やめて?」


 見る人が見れば、ジャストフィットかどうかなど一目瞭然。衣装を間に合わせで着てるとか、誰かの借り着なのだとか、要らぬ誤解を招きやすい。

 子に満足な装いもさせてやれない国王と陰口を叩かれかる事必至だ。

 むーんと口をへの字にする小人さんだが、ここはロメールも譲らない。


 妥協案としてドレスは二枚。宝飾品を台帳指定の半分とした。

 ドレスと違って宝飾品はリフォームが容易い。多く揃えても、二つを合わせて新たな宝飾品に設えられる。

 これならば、成長してもずっと使い続けられるだろう。たまに少し足す程度で済む。

 以前の小人さんと違って、今世は時間があった。忙しくも、前世よりは断然ゆったりした生活だ。


 問題の羅列や立て続けの騒動で、前世は休む暇すら無かったものね。


 こうして背中に背負って、じっくり話せるだけでも感慨深い。

 今だって多くの問題や騒動はあるが、前世と比べれば、その緊急性も数も少ない。前の半分以下と言ってもいい。

 話し合う余地もなく、雪崩のように難問が降りかかってきていた十年前と比べれば、考えられないほど穏やかに日々が過ぎていた。


「また御茶をしたいね。皆でさ」


「ここで? やだよ、皆、暇人なんだもん。気づくとワラワラやってくるじゃん。御茶するなら、家でやろうよ」


 ワラワラて。仮にも王族で君の家族だったんだけどね。そして、暇人ではないのに御茶に来てたから、後で皺寄せに悲鳴を上げていたんだけど。まぁ、いっか。


 小人さんと御茶をするために執務を放り出した奴等が悪い。


 如何にも面倒臭そうな幼女を背中に背負ったまま、ロメールは、賄いを食べるという小人さんを厨房まで送っていく。

 そして、同じ賄いを出してもらい、一時の安息を得た。

 賄いは一皿のプレートに複数の料理が盛られた簡易的な食事。


 煮込まれたウサギ肉に焼き野菜が添えられ、その横には二切れのパン。右上にデザートのパイがあり、なかなか美味しそうである。


 同じく賄いを食べている周囲の使用人らに奇異の眼を向けられながら、彼は優美な仕草でプレートの端についていたデザートのパイを小人さんの口に運んだ。


「美味しい?」


「うんっ!」


 今日のパイはリンゴ。小人さんの大好物である。

 一口大にしたパイを口に運ばれ、もっもっと食べつつ、小人さんも切り取ったパイをロメールに差し出した。


「はいっ!」


「.........」


「ロメール? あーん」


「......」


 ほれほれと差し出されたそれを凝視し、ロメールはおずおずと口を開けた。

 ぽすっと放り込まれるパイ。

 思わず破顔し、彼はこの幸福を噛み締める。


「....美味いな」


「だよねーっ、うちの料理人達、ピカイチだよねーっ」


 感無量なロメールの至福の笑顔。


 それに、ぱきーっと快活な笑顔を返して、再び、もっもっと食べる小人さん。

 周りが明らかな残念感を浮かべている事にも気づいていない。


 違う、そうじゃない。


 料理人を含め、周囲で見ていた使用人達の気持ちが一致した瞬間だった。


 でもまあ、二人が幸せならば何でもいいか。生温い笑みで見守る人々に余所に、件の二人は幸せそうに食事を続ける。


 ベクトルの違う笑顔で微笑み合う小人さんとロメール。

 それはまるで切り取られた一枚の絵画のように、溢れる幸福感で満たされたワンシーンだった。

 厨房陰から睨み付ける二対の眼差しに気づかなくばだが。


「料理長っ、アドリスっ、大人げないっ!」


 厨房奥で爛々と輝く双眸に小人さんは気づかない。ロメールは気づいた上で、さも楽しそうに小人さんを餌付けする。

 三種三様の思惑が交差する中、厨房の二人を諫める副料理長が一番の被害者だった。




 そしてしばらく後、千尋はフラウワーズ辺境へと旅立つ。


 国王らに押し付けられた騎士団と、無言で仁王立ちするザックを新たなメンバーに迎え、魔物を引き連れた小人さん部隊は、音もなくシャカシャカと大地を馳せる。


 空を翔る幼女に慣れたフロンティアの人々は、馬車にもすぐに慣れ両手を振って見送ってくれた。

 こんな朝早くなのに、城下町に人がいた事に驚きだ。皆、働き者である。


 なんか懐かしいな。


 十年前にも、こうやって見送ってもらった記憶を思い出して、少し面映ゆくなる小人さん。


 しかしこの先に、真実を見極めようとするマルチェロ王太子が待ち受けているとは予想もしていない小人さんである。


 春はあけぼの。ようよう温かくなった早春。まだ陽も明けきらぬ白々とした空を見つめ、小人さんは新たな冒険に胸を踊らせた。

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