第70話 異国の王子と小人さん ななつめ
「ひゃああぁぁっ、良い眺めーっ!」
ポチ子さんに掴まり馬車の横を飛ぶ小人さん。
その周りにはモルトとメリタに頼んで同行してもらった、カエルを抱えた蜜蜂らが数十飛び回っている。
頭に乗った麦太君の守護で風圧が殺され、程好い風に髪を擽らせながら満面の笑みな少女。
それを馬車の中でガン見する従者達。
「チヒロ様ーっ! お戻り下さいーっ!!」
「あああああっ、あんなに揺れてっ! 危ないっ!!」
「高いっ、高いっ! こっから墜ちたら死んじゃうってーっ!!」
窓に張り付き、絶叫を上げるドルフェン達。
慣れたつもりでも、この高さはヤバい。絶対にヤバい。
きゃっきゃっと揺られる双子らに、思わず股関がヒューンとなる皆様方。
絶叫系特有の現象だが、本人らでなく見てる周囲に起きてる謎。
「僕達が落ちる訳ないじゃない?」
「ねーっ♪」
見渡す限りの砂漠に超エキサイティングな小人さん。
月の砂漠とか、オアシスで焚き火とか。この眼で見てみたかったんだよねーっ! うひゃー! ラクダっ、ラクダはいるかなぁっ!
フラウワーズを飛び越え、夕闇が迫る砂漠の美しさに見惚れ、思わず外に飛び出してしまった小人さん。
遠くに見える灯りが村だと気付き、さらに眼を輝かせた。
「ねーっ、あれって村なんじゃないっ?」
興奮気味にまくしたてる少女の言葉を聞き、ドルフェンらは急いで地図を拡げた。
内陸部全てを記した詳細な地図を見て、ドナウティルの王子二人は眼を見張る。
「これは..... 王都から、周辺の大きな街まで? いったいどうやって?」
「まあ..... ねぇ?」
曖昧に笑うアドリス達。
過去に金色の王が作った地図に間者らが情報をつけたし、フロンティアでは常に最新の地図が作られていた。
基本型があるので改変も容易い。
それを知らぬドナウティルの二人は、言い知れぬ恐怖に身を震わせる。
何て事だ。フロンティアでは、魔法で情報が共有されているだけではなく、常に新しい地図まで作られているのか。
マサハドの知る地図で正確なのは自国のみ。
他国を含めた世界地図など、大まかな立地の記されたモノくらいしか存在しない。
つくづく、敵に回さなくて良かった。
大きな安堵の溜め息をつき、ふとマサハドは弟が窓に張り付いているのに気づく。
「良いなぁ。俺も飛びたい」
やめてくれっ!
物欲しげに外の二人を見つめるマーロウにも頭を抱える第二王子だった。
長くフロンティアに留学していたせいで、魔法に違和感がなく、マーロウのモノサシはドナウティルの標準から、かなり飛び出している。
驚きはしても恐れはしない。理屈を聞けば、それはそういうモノなのだと素直に納得する。
ほんの二年逢わなかっただけなのに、刮目するほど様変わりしてしまった弟が、誇らしくもあり、恐ろしくもあるマサハド。
そして先日の夜会のマーロウを思い出して、によっと口角が上がる。
一端の男の顔をしていた幼い弟。
可愛い弟の成長が、嬉しくて仕方のないマサハドだった。
「でっかっ、あれオアシス?」
「だね、たぶん。すごいね」
学園の湖にも負けない広さのオアシス。ざっと見ても琵琶湖の半分くらいはありそうだ。
その周辺に小さな村が数ヶ所あり、村と村の間に農地が耕されている。
少し離れた位置に馬車を降ろして、小人さんは中に戻り、ドナウティルの二人に話を聞いた。
「ここは?」
「地図上はオアシスの村となっています。正式な名前は分かりません」
「いや、オアシスの村だ。それで正しい」
きょんっとするフロンティアの面々に、マサハドの部下らが話をする。
なんでも、オアシス付近に出来た村は全てオアシスの村と呼ばれるのだとか。
場所によって東の~とか、辺境の~とか枕詞が入るだけで、ほぼ全てがオアシスの村。
合理的なのか大雑把なのか。
苦笑いしつつ、小人さんは地図を見つめ、小さく声をあげた。
「え? ちょっ、ここって?」
位置的には王都西にあたるオアシスの村。その村のさらに東北には、小人さんのつけた花丸がある。
「辺境の主の森の近くじゃんっ!」
翔べば一日ほどの位置、ドナウティルと海の真ん中あたりに、その森はあった。
「ああ、死の森か」
忌々しげに眼をすがめるマサハド王子。
死の森?
小人さんの呟きに、マサハドは小さく頷いた。
「ここは広大な緑を持つ森だが、生きて出られぬ死の森だ。無数の魔物を生み出し、周辺の村や街を襲う」
へあ? なんで?
魔物が人を襲うのは、魔力を得るためだ。魔力の枯渇したドナウティルを襲う訳はない。事実、モルトの森の魔物も、森を荒らしにやってきた冒険者らを攻撃はしても、近くの農村を襲う事はなかった。
「何かありそう。先に巡礼しちゃおうか」
「明日にしてくださいませ。今日は夜も更けましたから」
ヒュリアがジリジリと小人さんに近寄ってくる。
その手にあるのは、大きなタオル。
「あ、いや。二~三日入らなくても大丈夫にょ?」
「すでに丸二日入浴しておられないではないですかっ! せっかく馬車が降りたのですっ、さあっ、御風呂にいたしますよっ!」
「あきゃーっっ!!」
逃げ回る小人さんを捕獲し、ヒュリアは既に用意を御願いしておいた樽風呂に小人さんをタオルごと沈めた。
「全く。あ~ぁ、砂だらけではないですかぁっ、耳の中までっ!」
タオルで簀巻きにされて、柔やわと手拭いで耳や顔を洗われ、あまりの心地好さに小人さんは、ふにゃふにゃとなる。
ヤバい~っ、また.....。ほにゃ.....
小人さん考案の簡易樽風呂。遠征する騎士団のために考えたモノなのに、それは小人さんを睡魔に誘う罠となって立ちはだかった。
くぅーか、くぅーかと寝息をたてる小人さんを綺麗にして、手早く着替えさせるとヒュリアは呆れたように微笑みながら、そっとドルフェンに手渡す。
「本当に無頓着なのですから」
「そうだな。ここからは準王族として振る舞ってもらわねばな」
相手は第一妃と王太子だ。
その周囲の貴族らも、きっと狡猾で侮れまい。
権力には権力で対峙しなくては勝ち目が薄いのだ。幸い小人さんは、それを持っていた。
少女を寝かせるべく馬車に向かう二人。
如何なる相手からであろうと小人さんを守る。
心に固く誓うフロンティアの小人隊。
そのように一致団結していた。
しばらくして、御飯の匂いにつられて起きた小人さんが爆弾発言をするまでは。
「..........なんと仰いましたか?」
「うん? だからさ、先に辺境の森行くさ」
まぐまぐとトルティーヤを口に詰め込み、小人さんは、しれっと答えた。
「今朝にマサハド王子から聞いたんだけど」
ん? と顔を上げたマサハドは、ああ、とばかりに眼を見開く。
「尊き御方の使徒の話ですか?」
「そう、それ」
夜会でマーロウから聞いた土地神的な尊き御方の話。
その詳しい話を小人さんは第二王子から聞き出した。
いわく、その昔、小さなオアシスに小さな村がありました。
しかし、水が足りない。食べ物も足りない。
小さなオアシスの小さな村。常に渇き貧しい村には嘆きが満ちておりました。
僅かな水の恵みで細々と暮らしていた一族は、ある日、大きな人に出逢います。
大きな蟲に乗ったその人は、人々の嘆きを聞き、小さく頷きます。
大きな人は大地を割り、水を喚び、広大な砂漠を潤しました。
そして潤った土地の森に蟲を放ち、その森には近づかぬよう言いつけて砂漠を去りました。
潤された大地に人々は国を作り、大きな人の恵みに感謝しつつ、長く幸せに暮らしました。
小さな角を持つ大きな人は、尊き御方の僕だと名乗り、人々は尊き御方に心からの感謝を捧げ、後の子弟にも長く語り継ぎました。
「って、感じ」
「それって.....」
千早が馬車をじっと見る。
「そう。フラウワーズ辺境の森の主。レギオンの一族だと思う」
メリタの例もある。他の主の一族が、別の森を訪れるのは可能なのだ。
同じことが数千年前にも起きていた。レギオンの一族が辺境の主の森を回っていた。
なんのために?
まずはそちらを確認せねば。尊き御方の僕を名乗り巡礼していたレギオンの一族。
今のレギオンは、これを知っているのだろうか。
小人さんの脳裏に、ほたほたと涙を溢す小山なほどの鬼が過る。
そして黒紫の魔結晶。
アレもレギオンの指示で意図的に造られた可能性があった。
「だから、まずは確認だにょ。どうせ主の森には行かなきゃならないんだし」
話を聞いた面々は神妙に頷き、即座に行動に出る。さっと後片付けをして、出立の準備を始めた。
地平線にけぶるオアシスの村を眺めながら、小人さんの胸に嫌な風が吹く。
洞穴を駆け抜ける風のように、鋭い警笛が彼女の耳に聞こえた気がした。
鬼もいるし、蛇もいる。今さら怖じける事もない。
支度の整った馬車に乗り込み、ドナウティル辺境の主の森を目指す小人さん。
一抹の不安は小人さんを過り、千早の中に着地した。
彼の中で、うっそりと頭をもたげるモノに、今は誰も気づかない。
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