第91話 終わりの始まり とおっ


「けっこう賑やかな街だね」


「国境近くでは大きい街です。ここらまでやって来たのは何百年ぶりでしょうか。たぶん、祖父の代あたりかと思います」

 

 消失の時代か。


 小人さんは知識だけの言葉を脳内で転がす。

 大地が魔力を失い慢性的な飢餓が訪れ、世界中で略奪の火の手が上がった狂気の時代。


 ほんと。御飯は大事だよねぇ。


 上滑りな歴史の長文をぐしゃりと握りつぶして、小人さんは端的な一文に改編した。

 長々と綴られる歴史家の憶測など要約したら短いものだ。


 御腹を空かせて泣いている子供らを食べさせるため、大人が余所へ御飯を盗みに行きました。


 たった、これだけ。


 大勢の人が行き交う街並み。建ち並ぶ家々は乾いた煉瓦作りな物が多い。

 緑の乏しいアルカディアの国々は、煉瓦や石造りな建築物が主体である。

 街に入る時、検問的なものがあったが、何故かスルーで入れた。


「王子殿下より承っております。ようこそ、カストラートへ」


 ぎこちない笑みで門を通してくれた憲兵達。

 馬車を牽く蜘蛛を筆頭に、周りを囲むモノノケ隊に顔をひきつらせていたが、それでも嫌悪みたいなモノは感じなかった。

 ドナウティルやバストゥークでは、えらく怖がられたものだが。

 首を傾げる小人さんを愉快そうに眺めて、ヒュリアがクスクス笑う。


「カストラートでは高位の貴族達が魔物を飼っていますから。珍しくはあれど、逆に魔物を連れていることで、やんごとなき身分の方だという判断になるのですわ」


 ああ、と小人さんも得心顔。


 そういや言ってたね。ん? あれ?


「今って、カストラートとフロンティアは国交断絶状態なんだよね?」


「そうですね」


 しれっと答えるドルフェン。


「.....魔法石がないと、魔物を飼えないのでは? 補給とか、どうしてるの?」


「さあ? 知りたくもないので」


「備蓄もあるでしょう? アンスバッハ家がかなり融通しておりましたし」


「まあ、それも尽きるころでしょうか? 存じません」


 すぱっと一刀両断する護衛騎士達。


 .....嫌われてるなぁ。


 存外根が深いと、小人さんは苦笑する。

 何かあれば何時でも飛び出せるように完全武装の騎士達。

 その肩には当たり前のようにカエルらが乗り、二の腕には蛇が巻き付いていた。

 スタンバイOK! とばかりな馬車の中で苦虫を潰しつつ、小人さんは立ち入った広場の噴水前に眼を奪われる。

 そこには見慣れた小さな舞台付き馬車。可愛いロバの牽く馬車の舞台は扉が開き、これまた見慣れたキャラクターの描かれた紙芝居が行われていた。


「ニルスの冒険じゃない? 嘘っ、こんなとこにまで広がってたんだ?」


 眼を見張る小人さんの横に立ち、ザックやアドリスも眼を丸くしている。


 小人さん発案の紙芝居から始まった演劇事業は軌道にのり、今ではフロンティアを代表する一大産業になりつつある。

 童話や伝説を元にした紙芝居や人形劇はフロンティア中を熱狂させ、ここ数年でコアなファンがつくほどにまで発展した。

 さらには劇場も完成間近。

 城下町外れに作られた劇場は、その周囲を公園に整え、四季折々の花々が楽しめる憩いの場所になる予定だ。

 魔法道具のランタンでライトアップし、冒険者ギルドから警備を雇い入れ、安全かつ安心を提供する公園。

 

 双子の誕生日に初開演する予定の演劇場。初の演目はハムレット。

 

 やっぱ歌劇となればシェイクスピアは外せないよね?


 ついニマニマしてしまう少女。しばらくは小人さんの知る地球の物語が演目の主体になる予定だ。

 こちらの物語を歌劇にするには時間が必要で、まずは演劇の概念とその仕組みを理解して貰わなくてはならず、さらに台詞や心情を歌に起こすなど、あらゆる分野の人間を育てなくてはならない。

 ここ数年で、ようやく形になってきた人々が懸命に動いている。

 そんなに遠くない将来、アルカディア産の歌劇が公演されるだろう。


 今は、まだその概念を育てる時。


「あれは何かな? フロンティアと違うね」


 紙芝居を見る子供達が手にしているのは紙に包まれたパンのような物。


「ああ、あれはパオンですわ」


「パオン?」


 その単語に小人さんは聞き覚えがあった。たしか、パンの語源になったポルトガル語だ。


 パンって事かな? いや、フロンティアでもカストラートでもパンはパンだよね?


 首を傾げる少女に、ヒュリアは説明する。


「旅用の固く焼きしめた携帯食料です。塩気が強めで薄く切ったモノに野菜や果物などを乗せて食べますの」


 ほうほう。と聞き入る小人さんに、ドルフェンが顔をしかめた。


「アレは美味いモノではないですよ? 携帯食料ですから」


 え? そんなものを子供らに?


 思わずギョっとする小人さんに、困ったような顔でヒュリアが頷いた。


「たしかに美味しいモノではないですけど。.....平民の通常食でもあります。アレに煮込んだ野菜や果物を乗せたら、ご馳走です」


 カストラートの食事事情は宜しくないらしい。さらに聞けば、あの紙芝居は無料。子供らへの娯楽と施しのために領主が行っているボランティアなのだとか。

 

「あの紙芝居馬車を手に入れたのは辺境伯です。積極的にフロンティアの物を取り入れて領地に貢献しておられます」


 心ある者は何処にでもいる。


 きっと王宮からは良い顔はされまい。それでも最良を目指して最善に舵を切る姿勢は高く評価出来た。

 ここの領主とは友達になれそうだと、ほっこり笑う小人さん。

 ワクワク顔な子供達の横を通りすぎて、一行は宿を取るか、もっと進んで夜営をするか話し合う。

 勿論、ここで夜営を選ぶ小人さんではない。

 物申す大きな瞳でドルフェンらを見上げた。


 見慣れたへの字口。


「観光ですね? 後回しに出来ませんか? 帰りにも寄れますし」


 う~っとジタバタする小人さん。

 それを抱き上げて、ザックが千尋の口に何かを放り込んだ。

 仄かな苦味がする飴。


「これっ、珈琲キャンディっ?!」


「そう。試食。美味いか?」


 珈琲の水分を飛ばして脱脂粉乳と混ぜたモノを飴にしてみたらしい。

 

 いつの間にっ!


「んまぃぃ~っ♪」


 ここまで出来てるなら、アレが欲しい。


「ねねっ、これを飴に混ぜないで、練ったペースト状のを、こうプレーンな飴にくるんでさぁ.....」


 地球でお馴染みな老舗の珈琲飴。

 それを再現出来ないかと、必死に説明する小人さんを抱えたまま、ザックはドルフェンに軽くウインクする。

 それに小さく頷いて、ドルフェンは馬車を進ませた。

 相談するからややこしくなるのだ。道を進んで夜営を始めてしまえば小人さんは文句は言わない。そっか。の一言で終わる。


 それをよく知る小人隊であった。


 小人さんの興味をひいて他へ眼を向けさせ、なし崩し的に事を進めていく。

 慣れた風の二人に騎士らは苦笑い。


 やりたいように上手く事を持っていくのは、本来小人さんの十八番だった。

 それを着実に学びつつある小人隊の面々である。


 こうして徐々にカストラート王都へと小人さん達が距離を縮めていた頃。




「開門ーーーーっ!!」


 王宮前でアウグフェルが声高に叫ぶ。

 冒険者風の見てくれだが、王子その人を王宮の者が見まごうはずもない。

 慌てて門を開けてアウグフェルを馬ごと招き入れた。


「今まで一体どこにおられましたかっ!! 国王陛下が探しておられましたぞっ?!」


 二年前に出奔して以来、初めての帰還である。

 当然、いなくなった事はバレているし、政治の駒の一つとも言える王子の行方不明はカストラートを震撼させ事だろう。

 

 だが、そんな事はどうでも良い。


「兄上と謁見したいっ! すぐに先触れをっ!」


 息を荒らげつつ馬から飛び降りた第三王子を訝しげに見つめ、門番達は各所へ報せを飛ばした。


 第三王子殿下帰還と。


 ここから蜂の巣を蹴飛ばしたかのような大騒ぎがカストラート王宮に巻き起こる。


 居ても居なくても騒動の中心になる小人さん。


 着実に距離を詰めてきているだろう魔王の脅威をカストラート国王が知るのは、ここから二刻ほど後の話だった。


 南無三♪

 

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