第123話 始まりの森 ~前編~


「また、お前らかぁぁーっ!!」


 草原の朽ちた森の中央にある深い洞穴。そこを抜けると、案の定、番人と闇の魔結晶があった。


 王宮に三行半を叩きつけてきた小人さんは、事のしだいを辺境の街に報告し、ついでにレアンにも報せようとやってきたところ、途方に暮れたレアンの涙でびしょ濡れになったのだ。

 ボタボタと滝のような涙を溢し、レアンは手足をパタパタさせながら小人さんに経緯を説明する。


 ダルクが狂化して手がつけられない事。あのままでは海辺の森も危うい事。

 そして何より、海辺の森と平原の森は地下洞穴で繋がっており、その下にはさらに深い地下があって闇の魔結晶が存在する事。


「そういう事は、早く言えーーっ!!」


 雄叫びを上げつつ地下へと突進した小人さんは、目の前の光景に固唾を呑んだ。


 夥しい数の遺体。多くは魔物だがチラホラと交じる人間の姿。


「なんで.....?」


 眼を見開いて顔を強ばらせる小人さんの横には、後を追ってきた千早やドルフェン。

 すうっと眼をすがめ、千早の顔つきがガラリと変わる。


『.....これはまた。怨みつらみの積もった贄らだの』


 その声に反応したのか、天井に穿たれた大きな穴からダルクが降りてきた。濁り澱んで真っ赤な瞳。


《おやまあ、お越しあれ、王よ》


 くっくっくっと、さも愉しそうに嗤うダルク。周囲を飛び回る子供らも、爛々と赤い眼を輝かせて小人さん達を見つめている。


《素敵でしょう? もう、アタシを縛るモノはないの。ここの力がアタシを解放してくれるのよっ》


 ケーッケッケッケと高笑いをしながら、ダルクは気持ち良さげに闇の魔結晶を頬擦りした。恍惚とするその眼差しに正気は窺えない。


「.....幸せ?」


 何とも言えぬ顔で小人さんはダルクに問い掛ける。それにほくそ笑み、ダルクは大きく頷いた。


《これはアタシの願いを叶えてくれるの。.....人間なんて滅んでしまえば良いわ》


 忌々しげに唸るダルクの横へ何かが飛び出してくる。


《駄目よっ! 人間は私達が飼うのだからっ!》


 それは幾重にも薄い影が重なったような姿の人。掌サイズの闇の精霊。

 フラフラとダルクの周りを飛び回り、キャン×キャン喧しく騒ぐソレを見て、小人さんが雄叫びを上げた。


「また、お前らかぁぁーっ!」


 劈く怒声をしれっとかわし、闇の精霊は嫌な笑顔で肩を竦める。

 やれやれといったジェスチャーに、小人さんの何かがプチンと切れた。


 飛び回る闇の精霊を取っ捕まえて、思わず拳を握りしめる小人さん。


「説明しろーっ!!」


 あまりに剣幕に恐れ戦き、闇の精霊はベラベラと今までの成り行きを説明した。




「つまりはあれか。夢を見せてソレを現実にしようと.....」


 ダルクは海から遺体を集めて闇の魔結晶に捧げ続けたと。なんてこった。


 心が疲弊し弱っていたダルクは、闇の精霊の誘惑に取り込まれた。そして言われるがまま、集めた遺体を闇の魔結晶の贄として地下へ送り続けたのだ。


《そうよ、だって可哀想じゃないっ! 翼を持つ者を洞窟に閉じ込めるなんてっ! だから、逃げられる方法を教えてあげたのよ》


 キャン×キャン叫ぶ闇の精霊。


「それで夢を見せたんだ? どんな?」


 乾いた笑みの小人さんに胸を張り、闇の精霊はフフンっと鼻を鳴らす。


《大空に羽ばたく夢よ。子供らと幸せに風を切って空を泳ぐ夢》


「それを叶える対価に遺体集めをさせたんだ? 他にも大量の魔物がいるけど、これは?」


 まだ朽ちても干からびてもいない新鮮な魔物の遺体。


《カストラートから連れてきたのよ。大変だったんだからねっ》


 プンスカする闇の精霊を軽くキュっと締め、小人さんはソレから言葉を奪う。

 キーッと奇声を上げている闇の精霊をチェーザレに手渡し、千尋は色の無い顔でダルクを見つめた。


「大変だったね。どうする?」


《どうって..... 人間を滅ぼすのよっ!》


 ギリギリと嘴を軋ませる巨大ツバメ様に、闇の精霊が悲鳴のような声をあげる。


《だから、それは駄目だってーーっ、もがっ!》


 チェーザレにキュっとされる闇の精霊を冷たく一瞥し、小人さんはダルクへと近寄っていった。


「滅ぼして? その後は?」


《空を飛ぶのっ! うんと高く、速く。ああああっ! きっと気持ちいいわっ!》


 バサバサと翼を動かし、ダルクは狂ったように首を振る。


「.....夢で?」


《へ?》


「闇の精霊に出来るのは夢を見せる事だけなんだよ? このまま死んだように眠り続けて、夢の中で果てるの?」


 そう。闇の精霊に取り憑かれた生き物は、最低限の日常生活以外、殆ど眠って過ごす。

 家から一歩も出ず、夢の中で働き、遊び、眠るのだ。夢の中なら何だって出来る。さぞや楽しい夢を見られるだろう。


《ただの夢じゃないわっ! 皆が繋がる夢よっ! 会話も出来るし、話し合いだって出来るのっ! 橋をかけようとか、船を造ろうとか、皆楽しげに暮らしているわっ! まあ、造るのは私達精霊だしね。素敵な世界じゃないっ!》


「.....誰も渡らない橋をかけるの? 乗らない船を造るの? 本当に?」


 ぎくっと闇の精霊の身体が揺れる。それを見て小人さんは呆れたように口角を上げた。


 そんなこったろうと思ったわ。


 言うだけなら何とでも言えるのだ。全ては夢の中。現実である必要はない。


「こういう事みたいだにょ。ダルク。あんたの本心は?」


《人間は碌な事をしない。眠ってたほうがマシさ》


「うん。それで?」


《アタシは..... 眠りたくない。空を飛ぶんだ》


「そうだよね。でも、このままじゃ、たぶん夢の中でしか飛べないよ?」


 ダルクの瞳が大きく揺れる。


《だって、アタシは..... そんな。約束が違うっ!》


 ケェェェーーっと雄叫びを上げて、ダルクは闇の精霊を睨みつけた。


《嘘は言っていないわ。飛ばせてあげるわよ? 夢の中で》


 不可思議そうに首を傾げる闇の精霊を信じられない面持ちで見据え、ダルクは力なく項垂れる。


《そんな..... じゃあ、アタシは何のために?》


 現実を理解したのか、ダルクの瞳に正気が宿り、真っ赤だった目がみるみる黒く戻っていく。

 その項垂れた頭をポンポンと撫でて、小人さんは優しく囁いた。


「これからやり直そう。もうクラウディア王に従う必要はないにょ。好きに大空を飛んでもダイジョブよ」


《王よ.....》


ぐすぐすと泣き崩れるツバメに、ついてきていたレアンが言いづらそうに口を挟む。


《あ~..... 王よ。平原の森は朽ちてしまっております。復活は難しいかと》


 ダルクにも分かっていたのだろう。森を失ったからこそ、彼女は狂化してしまったのだ。

 だが、そこは小人さん。にかっと笑うと、ダルクを連れて、ある場所へ向かう。


 ダルクの背中に乗ってかっ飛んでいく小人さんを、必死に蜜蜂馬車が追いかけていった。




「.....と言う訳で新しい森が欲しいにょん。ここの森、ちょーだい♪」


「そなた..... え? 森の主様か?」


 ここはフラウワーズ王宮。


 前に聞いた通り、王宮の後方には見事な森があった。クイーンの森に勝るとも劣らない深い森が。

 十年以上かけたマルチェロ王子の努力の結晶。


「ここ、どうよ?」


 ダルクは眼を丸くしてフラウワーズの森を見渡した。


《素晴らしい森です。ここをアタシに?》


 なにがしかを主と話す小人さんの会話から、ダルクが森を気に入ってくれた事を察したマルチェロ王子は、慌てて跪き、すがるように目の前の巨大ツバメ様を見上げる。


「お初に御目もじいたす、私、フラウワーズ国王が次子、マルチェロ・ド・フラウワーズと申します。是非とも主様に王都の森に棲んでいただきたい。全力で歓迎いたします!!」


 喜色満面の笑顔で迎えられ、ダルクは複雑な面持ちで頷いた。


《.....人間なんて信じないよ。でも、アンタなら信じて良いかもね》


「まあ、仮にも金色の王だしね?」


 飄々とマルチェロ王子の前でカミングアウトする小人さん。しかし、彼の御仁は驚いた風もなく、今さら? 的な苦笑いを浮かべていた。


 ですよねー。


 そして、善は急げと小人さん。


 フラウワーズ王都の森を金色の魔力で満たし、主の森設定を始める。そして改めてダルクと盟約を交わした。


「フラウワーズを頼んだね、ダルク」


《まあ、アンタが生きてる限りは手伝うさ》


「となると、アルカディアが終わるまでの長い付き合いになるなぁ」


 クスクス笑う少女に首を傾げるツバメ様。


 いずれ小人さんが永遠を得て御先になる予定だとも知らず、ダルクは新しい森に、いそいそと巣を作り始めた。

 可愛らしい子供らからも狂化は抜け、いかにも幸せそうな主一家。


 終わり良ければ全てよし。


 拝むように頭を下げるマルチェロ王子に見送られ、小人さんは後始末をしに蜜蜂馬車でクラウディアへと戻っていく。


 災難も苦難もチャンスに変える。今日も今日とて小人さんは元気です♪

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