第122話 クラウディア王国の秘密と小人さん とおっ


「ヒーロっ!」


「あや? にぃーに」


 ようやく妹に追いついた千早はやぶ睨みするかのように眼をすがめた。


「で? どうするつもりなの?」


「なんにもー? 獣人が解放されたから、森の主らも自由だって伝えるだけー」


 にぱっと笑う小人さんに、千早は少々拍子抜けする。てっきり殴り込んでクラウディア国王の両頬をぱんぱんに腫らすくらいの事をやらかすだろうと考えていたからだ。

 千早の脳内を小人さんが見たら、いったい自分は兄からどのように見られているのか首を傾げた事だろう。

 まあ、今までが今までなので仕方無い事でもある。ただ小人さんにとっては喉元過ぎた思い出の一頁にすぎず、問われて記憶をサルベージせねば思い出せもしないため自覚は薄い。


 ただ、小人さんの言葉を額面通りにとってはいけない事を千早は忘れていた。


 それを行う事によって、どんな波紋が延び広がるか彼は想像出来なかったのだ。

 ロメールであれば、速攻で目の色を変えた事だろう。


 主が自由になった=今まで恨み忘れてないぞ? 覚えておけよ?


 獣人の分も込めて倍返しが待っている。


 この辺りまではまだ良い。良くはないが、まだ取り返しがつく。問題は森の存続。


 クラウディア王国が存在するのは森の恩恵だ。辺境に二つも主の森が隣接していたため、広大な緑が大地に溢れて、こんな乾いた土地にも国が成り立っていた。

 ドナウティルもそうである。辺境の国々は、主の森によって広がる自然の恩恵で維持されている土地だ。

 以前は金色の魔力も手伝い、さぞ潤っていた事だろう。魔力枯渇した中央区域よりも辺境の方が民族文化がよく残っている。ある種の余裕が窺えるのだ。


 そんな恩恵を、知ってか知らずか自ら放棄したバカな国。


 主を入れ換えるなどしたため、余計に土地が痩せてしまい、せっかくの緑も瀕死寸前である。蜜蜂で跳んで半日の距離に主の森が二つもあるというのに。

 主の森の恩恵が多くの植物を維持して守ってきた。その森も金色の魔力を失い、年々痩せていっている。

 金色の環で繋がれば、それらも回復の見込みがあるし、何より魔法が復活するのだ。その最先端の辺境は賑わうようになる事だろう。

 森や主を失い魔力枯渇に喘ぐ中央区域よりも、遥かに恵まれている辺境。


 それを失ったらどうなるか。


 行き着く先を想像して、千尋の顔に酷薄な笑みが浮かぶ。


 井の中の蛙。されど空の青さを知る。なのに奴等はその青さを知ろうともしなかった。


 クラウディアという狭い世界で生きてきて、世界が変わり始めた事も気づかぬ王侯貴族達。自分の足元に広がっていた確たるモノを大切にせず、むしろ蔑ろにして破壊してしまった愚か者達。

 主の森が健在であれば、これからも何も変わらぬ未来が約束されていただろうに。


「.....難民の受け入れ体勢が必要になるかもね。カストラートにも話を通しておかないとかなぁ」


 ぶつぶつ呟きだした妹を訝しげに見つめる千早。クラウディア王宮は、もう目の前に迫っていた。




「.....という訳でぇ? 新たな盟約により、以前の約定は破棄されましたから。あしからずぅ♪」


 可愛らしく手を頬にあて、小首を傾げる小人さんに、クラウディア国王一同、言葉もない。


 何故、こうなった?


 その場にいるクラウディア側全員一致の感想だった。


 いきなり天窓から国王の目の前に降り立ったのにも驚いたが、その話の内容に二度驚く。

 先祖が手に入れた幸運を甘受し、長々と貪り尽くしてきたクラウディア王家。それの何処が間違っているのか。全く理解も出来ないし、受け入れがたい。


 だから、その全てを奪おうとする小人さんに怒り心頭。


 元々、自分達が獣人らや森の主から奪い取った恩恵なのだと言う事にも理解がいたらないらしい。


 人間とは奪うより奪われる方に、倍敏感な生き物なのである。


「それは..... あ、先の国王との契約です。一方的すぎませんか?」


 あまりの憤怒と驚愕に固まったまま、口もきけない国王に代わり、文官らしい男性が小人さんに問いかけた。


「契約も何も、契約書一つない口約束にございましょう? しかも、何の対価もなく一方的な恭順を押し付けただけの。これが契約なのですか? クラウディアでは、そう呼ぶのですか?」


 失笑をはらみ鼻で嗤う小人さん。


「そんな約束を律儀に守っていた主達を誉めてやりたいくらいでしてよ、わたくし。なので.....」


 出された御茶をすすりながら、小人さんはギラリとクラウディア国王を睨め上げる。


「これからは干渉無用。主らにも言い含めてあります。森の主の本領を発揮せよと」


 ざわりと戦き、クラウディアの面々が顔を見合わせた。

 彼等にも自覚はあるのだろう。今までの非道極まりない行為の数々に。その恨みがクラウディアへと向かう可能性がある危険にも。

 森の主の実力が災害級だという事は、世界の常識だった。


 だがそこに一人の男性が嘴を挟む。


「お待ち下さい、何故? どうやって?」


 驚愕に眼を見開き、その男性は前のめりにテーブルへ手を着いた。


「何の話だ、ウィズリー男爵」


 ようよう言葉を思い出したらしいクラウディア国王が、胡散臭げな眼差しでウィズリーと呼んだ男性を見る。

 ウィズリー男爵は、興奮を隠しきれない様子で、身振り手振りを交え説明した。


「主は知性ある魔物です。筆談で意思の疎通も可能。だから、姫君がクラウディア王国の内部事情を知ったのも分かります」


 そこまで話して、ウィズリー男爵は小人さんを凝視する。

 好奇心と欲望の入り雑じった不気味な眼光。思わず、ぴゃっと仰け反る小人さんににじり寄り、すんでのところで、男爵は千早のレイピアを鼻先に当てられる羽目になった。


 冷たく鋭利な尖端が男爵の顎に当たる。


「それ以上近寄るな。.....削ぐよ?」


「ひっ?  いや、申し訳ない」


 慌てて顔を引っ込める男爵と、それを絶句して見つめるクラウディアの騎士達。


 今のは何だ? 全く動きが見えなかった。


 ガン見する騎士らを余所に、千早のは腰の後ろに装備していた鞘へレイピアを収める。腰の横ではなく後ろに装備するのは騎士見習いの証。抜くのに手間がかかり、一呼吸必要な仕様で周りの判断を仰ぐ習わしなのだ。

 一呼吸あれば、止めるか助勢するかの判断がつく。そういった安全装置的な仕様なのだが..... 千早の抜刀は誰の目にも止まらなかった。

 恐ろしく速く正確な剣先。まだ成人もしていない子供の技量ではない。


 別の意味で凍りついた騎士達をうっちゃって、件の男爵は熱心に説明を続けた。


「そうっ! 主と会話は成り立ちますっ! でも、命令は出来ないはずなんですっ!」


 喜色満面な男爵の言いたい事が周りには分からない。だけど双子には理解出来る。


 あちゃ~、と己の失言に気づいて舌を出す小人さん。


「森の主に命令出来るのは金色の王その人しかおりませんっ! 王女殿下っ! 私は歴史を研究する者として、非常に感動しておりますっ! まさか伝説を眼に出来る日が来ようとはっ!!」


 ようやくウィズリー男爵の言いたい事を理解し、再び言葉を失うクラウディア王宮の面々。

 テーブルごしに見える少女は射干玉を思わせる漆黒の髪に翡翠色の瞳。何処から見ても金色の片鱗は見受けられない。


 だが、男爵の説明にも一理ある。


「まさか.....?」


 固唾を呑むクラウディア国王に嘆息し、小人さんはレースの手袋を抜き去った。


「あ~、もう、面倒。そうよ、アタシが金色の王だにょん」


 何重にも被っていた猫達が四方八方に逃亡し、素に戻った小人さんは左手の親指を周りの眼にさらした。

 空気に溶けるかのように煌めく荘厳な輝き。お日様にも似た柔らかな光。


 気分的には中指を立てたい心境なのだが、そんなお下品な事を千尋はしない。


「獣人らを失い、森の主らも失い、あんたら崖っぷちなんだよ? もちろんフロンティアも支援はしないからね。支払ったお金で何とかしなよね?」


 心意気でだけ中指を立て、くふりと笑う少女の言葉が、実質死刑宣告だったのだとクラウディアが気がついたのは、ここからずっと先の話。


 五年後、パスカールが新たな指導者としてクラウディア王国を立て直すのだが、それもまた別の御話である。


 こうして森の主達を縛り付けていたクラウディア王国の秘密は白日のもとにさらされ、長くに亘り獣人達や森の主らの恩恵を貪っていたクラウディア王家は、そのツケを払う羽目になった。


 払い切れるかは分からないが、後は自己責任で~♪ と、空を征く小人さん。


 彼女は何時でも何処でも、颯爽と我が道を征く♪


 

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