第83話 終わりの始まり ふたつめ
「うあ゙ーーー .....癒されたい」
ゴロゴロとのたうち回る小人さん。
ここはジョルジェ伯爵邸。
立て続けに長期休みは巡礼に駆け回っていた千尋は、癒しに飢えていた。
ザックの作るスイーツでも癒されないささくれだった小人さんの心。
なん? ほんとに。フラウワーズの精霊復活からこちら、やれドナウティルの御家騒動だ、やれ少年神復活だ、その中身がカンタレラの猛毒だと。アタシの人生、殺伐とし過ぎてないっ?
乾いた笑いを張り付かせ、小人さんはポチ子さんをモフモフと撫で回す。
ふわあっと柔らかな毛並みを堪能しつつも、荒んだ心がウジウジとトグロを巻く。
足りない。癒しが足りない。
もっと、こう、ぶわっとした毛玉を撫で回したいーーーっっ、犬とか猫とか、暖かくて柔らかくてフサフサな。
チラリと窓の外を見れば、真っ白な蜘蛛が屋根と庇の間に巣を作っていた。
アレもモフモフはしてるけど、硬質で冷たい感じがして何か違う。
騎士団で馬でも触らせて貰おうかなぁ。モフモフ感が足りないけど。
そんな事を考えてウジウジ転がる小人さんの耳に、けたたましい足音が聞こえた。
何事かと少女が起き上がった瞬間、部屋の扉が開き、肩で息をする千早が飛び込んでくる。
「ヒーロ.....っ、はぁっ、ち.....ちょっと外へ」
剣呑に眉を寄せる兄に首を傾げて、小人さんは階下に降りていった。
「う.....っわああぁぁぁっ!!」
玄関から出た千尋は、思わず感嘆の叫びを上げる。
そこにズラリと並んでいたのは、辺境の主らから送られた御使い達だった。
幼児大から掌サイズなリスや百足、蠍、その蠍の背中に並ぶのは大きなヒヨコ。
掌大からドッジボールほどの大きさのヒヨコに、小人さんは思い切り飛び付いた。
「うわあああぁぁぁっっ!」
可愛いぃぃーーーっ!!
「なんっ? これっ!」
ヒヨコを抱き締めて、泣き笑いのように見上げた千尋は、雁首揃えた大人達の中に克己がいる事に気がついた。
生暖かい笑顔で見下ろす彼の話によれば、この魔物の一団は北から爆走してきたらしく、魔力の枯渇した中央区域を横断してきたため、キルファン手前で魔力欠乏を起こし行き倒れていたのだとか。
その魔物らの魔力を感知した蜜蜂らが発見、保護してキルファンに運んできたのだ。
「いやぁ、ビックリしたわ。なあ? どう見ても魔物だものな? 詳しく話聞こうと思ってさ?」
「えと..... 巡礼の話は通してあるよね?」
「うん、でも、魔物がキルファン手前で行き倒れるとは聞いてないかな。大騒動になったんだけど?」
ピキピキと青筋をこめかみに走らせて、黒い笑顔な克己。
うわぁ、ヤバい。
その剣呑な空気に、ぴゃっと仰け反りつつ、小人さんは蜜蜂に頼んでメルダを呼んでもらった。
やってきたメルダは、しばし固まり、魔物らに眼を泳がせ、一番大きな百足から話を聞いてくれる。
そして何度か頷いて、ヒヨコを抱き締めて離さない小人さんに通訳した。
《次代が生まれたから、こちらに連れてきたそうです》
「へあ?」
きょんっと呆ける少女。それでもヒヨコを離さない姿に、ぶふっと軽く噴き出し、メルダはさらに説明する。
理由は簡単。フロンティアでは金色の環が完成しているから。
ならば、その環の中に入ってしまえば、主らは自由に動けるのだ。
辺境の森を再建した金色の王の姿を見て、辺境の主達は次代に新たな森を創ってもらえるのではないかと思い、送り込んできたのだという。
「えええっ? そんなんしないよ? どうして、そんな事に」
小人さんの動揺を感じ取ったのだろう。辺境の魔物らは、不安そうに顔を見合わせた。
《辺境の金色の環が完成すれば、内陸部の殆どが魔力に満たされます。今の森は金色の魔力に頼っておりませんし、気に入った土地の森に次代らが棲まうのも有りかもしれませんよ?》
ああ、とばかりに小人さんも頷いた。
今の主の森は金色の魔力を必要としていない。主らの魔力のみで成り立つ、ただの森だ。
盟約により繋がりはするが、互助関係。
それならば、気に入る土地があり、その土地の人間が許すなら新たな主の森とするのも、確かに有りだろう。
小人さんが手伝えば、深く豊かな森に再建出来る。
「そういうんなら、探してみるのも手かなぁ。フラウワーズの王都にも良い森があるとか、マルチェロ王子が言ってたし」
ぶわっと歓喜に浮き足だつ辺境の魔物達。
わちゃわちゃと踏み鳴らす足が微笑ましい。
「じゃ、それまでは我が家で暮らそうね?」
にぱーっと笑う小人さんに、大人達は大きな溜め息をつき、仕方無さげに微笑んだ。
こうしてさらに大所帯となったモノノケ隊に、王宮が恐れ戦いたのも御愛嬌。
「そなた、大概にせいよっ?! 王宮は魔物の保護院ではないぞっ?!」
騎士団から報告を受け、ウィルフェがすっ飛んできたのは余談である。
「アタシのせいじゃないも.....」
大きなリスに凭れてヒヨコを抱き締める少女の愛らしさに、胸きゅんな大人らが続出し、事が、なあなあで流されたのは御約束だった。
「勝てる訳ないよね?」
「ヒーロは最強ですから♪」
可愛い妹の姿にジタバタするウィルフェを見つめて、テオドールとファティマは顔を見合わせ苦笑い。
念願のモフモフを思わぬ所で手に入れた小人さんは至極御満悦。
天井隅に張り付き、じっと見つめるポチ子さんの視線に少し冷や汗を垂らしつつも、そのモフモフを心行くまで堪能した。
そして秋に九歳となった二人は、この先の予定を立てる。
学院の学科は殆ど免除になっているので、新年のプロムと春の入学式以外出る催しはない。
「ほぼ真北までは回ったよね」
「うん。次は西の森方面から、カストラートを大きく経由して回ろう」
世界地図を開き、次の巡礼の相談をする双子と小人隊。
秋も深まり冬の足音が近づく中、二人の頭には次の春に行う巡礼の事しかなかった。
そしてやってくる、学院の新年プロム。
中等部以上しか参加資格のない夜のダンスパーティーに王族枠で捩じ込まれるなど、想像もしていなかった小人さんである。
「はあっ? 御茶会と昼食会だけじゃないん?」
王宮でプロムのドレスを試着していた小人さんは、同じく試着をしていたミルティシアの話に仰天した。
「あら? 聞いてないの? 王族は年齢に関係無く全員参加よ?」
「去年は無かったよね?」
「だって、去年は王宮の夜会に出てたじゃない、貴女」
「あ」
そうだった。学院のプロムと王宮の夜会は同日に行われる。
学院を卒業して社交界デビューするまで、新年プロムが若者の夜会なのだ。
十歳の中等部までは、昼の御茶会と昼食会のみ。
中等部からは夜のダンスパーティーにも参加出来る。
去年は国賓であるマーロウのパートナーとして、小人さんは王宮の夜会に参加していたので話が来ていなかったのだ。
マーロウが残りの留学期間を終えて帰国したため、今回は王族枠でのダンスパーティー参加が義務となる。
うへぇ。やだなぁ。めんどい。
げんなりとする小人さんを余所に、ファティマもドレスの試着をしながらダンスパーティーの話を振る。
「一応、正式なパーティーになるから、エスコートが必要なのだけど、ヒーロは誰にするの? やっぱりハーヤ?」
ファティマはマルチェロ王子がやってきてエスコートをするらしい。
王宮の夜会でも良いのだが、堅苦しいのを嫌うマルチェロ王子が学院プロムを好んでいるのだとか。
なので空いてる双子の片割れなテオドールはミルティシアをエスコートするのだとか。
ほみ。と呟き、小人さんは考えた。
本来なら婚約者であるロメールに頼むべきなのだろうが、年齢差がありすぎる上、彼は王宮の夜会になくてはならない人物だ。
そうなると、やはり千早に頼むのが妥当だろう。
「そうだね。やっぱ、にぃーにかなぁ」
「そうよね」
「楽しみだわ、ハーヤの正装♪」
きゃっきゃ、うふふとはしゃぐ可愛らしい王女様方に微笑ましげな眼差しを向ける侍女らが手伝い、三人はそれぞれのドレスを纏った。
ファティマはパウダーピンクの柔らかなソプラヴェステ。差し色は白で、繊細なレースとフリルが程好く配された上品なドレスだった。
ミルティシアは鮮やかなスカーレットのコタルディ。シュッとしたシャープな印象のドレスである。
長い袖が特徴的で、差し色は黒。ファティマとは正反対な装飾だ。
そして小人さんは膝上丈の橙色の振り袖に黒いスパッツ。さらに薄い黄色のモスリンで仕立てた長い羽織を着ていた。
前面は膝が隠れるくらい。後ろにいくにつれ長くなり、最後尾は踝まである羽織は細かいプリーツが寄せられ、動く度にふわりふわりと揺らめく美しい仕上がりだった。
仄かに透ける生地は、下の晴れ着の模様を浮かび上がらせ、何とも幻想的な姿である。
「素敵ね。キルファンの衣装は、とても独特で美しいわ」
「本当に。わたくしも一枚仕立てたいわね。ヒーロから御願い出来ないかしら」
ほうっと嘆息する二人から口々に褒められ、小人さんは少し照れてモニョる。
「何時でも口ききするにょ」
にぱっと笑って答える千尋に微笑み、三人は微調整を頼んで試着を終えた。
冬が始まり、新年が迫る。
今年もキルファンへ初詣に行こうと思う千尋は、何故か脳裏にチェーザレが浮かんだ。
千早の顔をした、もう一人の兄。最近、無口になったハーヤを押し退け、やけに表に出てくるようになったチェーザレに、小人さんはそこはかとない不安を覚えた。
にぃーに、ダイジョブよね?
ふと過った嫌な予感を振り払い、小人さんは新たに加わったモフモフ達と眠りにつく。
その隙間に無理やり潜り込むポチ子さんに気づきもせず、伯爵邸の夜は更けていった。
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