第82話 終わりの始まり


『誰も気づかない』


 ほたほたと降り積もり、糾われる狂気と真理。


 失われた魔力が何処を漂い行着くのか誰も知らない。それが眠たげな眼を開き、ギョロリと双眸を蠢かしたなどと誰も気づいてはいなかった。

 

 神々さえも。


 賽は振られた。


 頭をもたげた何かの行き着く先が何処なのか。アルカディアの人々は誰も知らない。





「これで三つ目だね? 御兄様、記憶はどのような感じですか?」


 ドナウティルの事件からさら一年たち、双子らは八歳となっていた。次の秋で九歳になる。もうすぐだ。


 あれから小人さんはフラウワーズのマルチェロ皇子に話を通し、辺境の森のレギオンを訪ねた。

 

「小鬼が触媒なんだとかって大事な話は最初にしておけーーーーっ!!」


 スパァンッと小気味良い音をたてたのは小人さんが常に携帯している肩掛け鞄。

 ポチ子さんに上空へ運んで貰った千尋は、そこから飛び降りて、渾身の力で鞄をレギオンの頭に叩きつけた。


 すちゃっと10.00の姿勢で大地に着地した小人さんを、悲しげな眼差しで見つめる鬼のレギオン。


《.....申し訳ござらん。わしは..... 森の主(ぬし)である前に、主(あるじ)様の御先であります。.....黙っていてすまない》


 悄然とするレギオンの話によれば、導師の一人として任命された時、最悪を考えた少年神から黒紫の魔結晶を託されたのだという。

 万一、ヘイズレープが失われた場合、少年神はアルカディアを乗っ取るつもりだったらしい。

 

 ここに生きる動物達の全ては過去の少年神が産み出したモノだ。育成したのはアルカディアなれど、生みの親は彼である。

 少年神が神籍を剥奪されるまで、彼の掌に握られていた命達。

 ヘイズレープに万一が起これば彼も共に逝く。それゆえに彼は保険を張った。


 人間であった頃の記憶を封じた魔結晶をアルカディアで育てようと。


 少年神が神となる時に封じた記憶。神である自分を捨てる事は出来ても、この記憶だけは捨てられなかった。

 賭けに負ければ、きっと自分は神籍を剥奪され人間に堕されるだろう。

 そしてその魂は、なんの縁も所縁もない世界より、ヘイズレープの命が生きるアルカディアへ転生される可能性が高い。

 その下地を作るため、鬼のレギオンは各地を巡礼し、森の主らを訪れ、魔結晶を植えていったのだ。

 各地に少年神の復活の伝承を遺しつつ。

 その伝承が聖書に類似していたのは、ヘイズレープの導師達が地球からやってきた者だったからに過ぎない。

 少年神一神しかいなかったヘイズレープには馴染みやすい教えだったのだろう。


《ここは本来であれば最後の地。他の魔結晶から記憶を得て最後に訪れる場所にござった。そこへ最初に訪れたために.....》


「パラドックスが生まれた訳かにょ?」


《.....さなり》


 つまり、古い伝承にあった尊き御方は少年神レギオン。

 彼がアルカディアに転生するだろうとの予測から、彼自身の張った伏線である。

 記憶と力を取り戻した時、人類を掌握し、神に叛逆出来るよう、予めアルカディアの人々へと広めておいた伏線。


《わしがアルカディアへ渡る時に、主様は魔結晶に新たな記憶と力を封じられておりました。杞憂であれば良いがと》


 その杞憂が何なのか、小人さんにも鬼のレギオンにも分からなかった。

 なにがしかの考えが少年神にはあったらしい。


「それでドナウティル辺境の森には主が二人いたのね」


 一人は創世神による元々の森の主。もう一人は鬼のレギオンが巡礼した時に置いていったヘイズレープの御遣い。

 魔結晶が育つのを見守るために置かれた番人だ。


 鬼のレギオンは千早を見た時、一目で中の少年神に気がついた。傅きたいのを必死に堪えて、小人さんと盟約したのだという。


 なるほどなぁ。


 チェーザレは人間だった頃の記憶を浄化されヘイズレープの神となった。その際に消し切れなかった記憶を封じたモノが、件の魔結晶。

 そして、ヘイズレープの終焉にあたり、その魔結晶に新たな記憶と力を注ぎ、御先に持たせてアルカディアへと持ち込んだ。

 万一の保険であって、賭けに勝ったのならばアルカディアの全てと共に回収する予定だったのやもしれない。


 だが、その万一が起きた。


 しかも、その魂は浄化され千早に憑依している。アルカディアの創世神らも知らないうちに。


 高次の方々とやらは、一体何を考えているのだろうか?


 全く分からない事ばかりだ。


 こうしてある程度の情報を得て、小人さんはフロンティアに帰還した。





「それって放置するのは不味いんじゃないかい?」


 王宮で事の報告を聞いたロメールは軽く頭をかしげる。


「でも、チェーザレが記憶と力を取り戻したら何が起きるか分からないにょ?」


 小人さんは千早を巡礼に連れていくのは不味いと思っていた。

 行く先々の何処かしらに闇の魔結晶があるはずだ。芋づる式にチェーザレの記憶と力が千早を襲う事となる。

 残る辺境の森は十一箇所。


 ちゅっちゅっと親指をしゃぶる小人さんを膝に抱えながら、ロメールは諭すように話しかけた。


「チィヒーロの気持ちも分かるよ。でもね、それが不利に働くとも限るまい?」


 信じられない者を見る複雑な顔で小人さんはロメールを見上げた。

 やや眉を寄せて眼を見開き、口をポカンと開ける少女。

 

 何言ってんの?


 顔全面で、そう物申す小人さんに、思わずロメールの頬がニヨニヨと綻ぶ。


 いやっ、言いたい事は理解出来るけど、なに、その顔っ? メチャクチャ可愛いんですがっ?!


 ぶふっと軽く噴き出したロメールは、軽く咳払いをして思う所を説明した。


 ようは知らない内に地雷を踏み抜くより、予め予想と対策をたててから回収した方が良いのではないかと言う事だった。


「相手は元神様だよ? 何が起きるか分からないんだよ?」


「そして、さらには元々君の世界の人間なのだろう? ならば、それなりに対話して相互理解は可能なのではないかな?」


 いやっ、カンタレラの猛毒だよっ? あのボルジア家の代名詞になるような人間だよっ? あーっ、どう説明すりゃ良いんだかっ!


 知らぬが花とは良く言ったものである。


 ロメールはボルジア家を知らない。説明はしたが、同じ中世感の強いアルカディアでは珍しくもない事と、一笑されてしまった。


 だが、その提案も悪くはないかも?


 ロメールとキャン×キャンやってるうちに、小人さんも何となく彼の言う事を理解出来てきた。

 逃げていても何も始まらないし、終わらない。やらぬ後悔より、やってからの後悔の方が、まだマシかもしれない。

 君子危うきに近寄らずとも言うが、義を見てせざるは勇なきなりとも言う。

 どれが正しいのか分からない今の状況で、得られる情報は全て手に入れていた方が良い。


 こうして小人さん巡礼を兼ねた、チェーザレの記憶集めが始まったのだった。


 



「これで六つ目かな? 巡礼は順調だね」


 フラウワーズ辺境からドナウティルと回った小人さんは、両国の間にあった森も回り、順当に辺境を訪れていく。


 両国の間の森の主はリスだった。


 大人等身大のリス。


 小人さんが狂喜乱舞したのは言うまでもない。


 森の再建をして、次に訪れたのがドナウティル東北の辺境の森。

 別の国との境になる荒野にその森はあった。

 やってきた小人さんらを出迎えてくれたのは、なんと百足。

 わしゃわしゃと這い回る数珠繋ぎのような姿に、騎士団は心の中だけで悲鳴をあげた。


 大小様々な百足が渦巻く中央には遥か高みから小人さんら一行を見下ろす巨大百足。


《ようこそ。お待ち申し上げておりました》


 小人さんが送った魔法石により擬似的に繋がった辺境の森は、それぞれの森と微かなコンタクトが取れるようになったのだとか。

 フロンティアの金色の環と同じである。

 それで金色の王の訪れを聞いていた辺境の主達は、今か今かと待ちわびていたらしい。


 こうして次々と辺境の森をまわった小人さん一行は、ついに闇の魔結晶が植えられた森を見つけた。


 ドナウティルから遥か東。フロンティアから見れば真北に当たる位置に存在するスーキャラバ王国。

 そこ寄りな荒野と海の境にある森に、件の魔結晶が育っていた。

 大きく迂回してきたため、小人さんは辺境近くの国ばかりを回る形になっている。

 フロンティア側の根回しと、形だけは隣国になるドナウティルの支援がなくば、こう上手く事は運ばなかっただろう。

 中央区域を突っ切って進むには、さらに多くの国々を通過せねばならぬため、小人さんは好んで迂回の進路を使っていた。

 蜜蜂馬車があるのだ。翔んで行けば、あっという間である。

 下手に陸路を走るより、ずっと速い。


 スーキャラバ国も、ドナウティルの親書とフロンティアからの親書で、国内に立ち入らぬならば御自由にと小人さん達をスルーしてくれた。


 有り難い事である。





「盟約にきたよーっ」


 駆けてきた小人さんに、うっそりと微笑んだのは巨大な鶏。

 それと、なんと巨大カマキリだ。


 あっ、と思う間もなく、小人さんらは地面に呑み込まれた。

 主が二人いる。この時点で、ここに魔結晶があるのだと小人さんに知らせてくれる。

 一見、蔓草の這う緑の大地は、至るところに穴の空いた洞穴への入り口だった。

 蔓草に呑み込まれ運ばれた先は、案の定、闇の魔結晶の洞窟。


「もはや、セオリー化してるねぇ。これも他の主達からの情報?」


 苦笑いする小人さんに、鶏とカマキリは頷いた。


《必要であると聞きました》


《主様.....。お久しい》


 カマキリが千早に傅き、ほたほたと涙を溢した。


『すまぬな。我は記憶が足りぬ。そなたを覚えておらぬが..... よう務めてくれた。礼を言う』


《もったいない御言葉》


 主様の背後にある魔結晶から闇の魔力が迸り、唸りをあげて千早を覆っていく。

 それと同時に千尋が金色の魔力を迸らせて、闇の魔力を相殺した。

 途端に絡まり捩れた魔力は、それぞれの針水晶に吸い込まれていく。

 千早には金色の魔力が。千尋には闇の魔力が。


 しばらく眼を綴じていたチェーザレだが、ふっと眼をしばたたかせて小人さんを見る。


『そうか、我はチェーザレ・ボルジア。枢機卿から軍人になったのだな。.....我は教皇を目指していたはずなのに、何故? はて?』


 首を傾げるチェーザレ。


 小人さんは史実に残るソレを知っていた。

 彼は庶子であるため、教皇にはなれない。

 後の歴史家らの憶測でしかないが、その事実に絶望したチェーザレが嫡子である弟を殺し、血みどろの争いに身を投じたのではないかと書き残されていた。

 その自棄と絶望が、妹にも無体を働いた原因ではないかと。


 全てを呪い、壊し、破滅した過去のチェーザレ。


 それを再び思い出した時、彼はどうなってしまうのだろう。


 さらには少年神であった頃の記憶も封じられていると聞く。その力も。


 それら全てを取り戻したチェーザレは、何をどう選択するのだろうか。

 千尋は、チェーザレの狂気が千早に向かぬ事を祈った。

 万一、千早を害する事があれば、容赦なくチェーザレを切り捨てる。


 剣呑な眼差しで兄を見つめる小人さんは忘れていた。


 かつては闇の魔結晶が種であった事を。

 今、目の前にそびえる闇の魔結晶は、種が成長した姿だと言う事も。


 そして浄化された少年も忘れていた。

 何故にこのような方法で力の継承が可能なのか知った理由を。

 かつてヘイズレープを襲った、おぞましい禍の轍を、己が再び踏み抜こうとしている事実を。


 高次の方々しか知らない、世界の終わりが、今始まろうとしていた。


  

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