第81話 異国の王宮と小人さん やっつめ
「じゃ、帰ろっかー」
蜜蜂馬車に乗り込み、空を翔る小人さん一行。
うおおおおっと感嘆の声をあげて見送るドナウティルの人々。
よく考えれば何でも有り過ぎだよな、あの娘。
魔法が使えるわ、魔物を操れるわ、馬車は空を飛ぶわ、無茶苦茶が過ぎるだろう。
思わず据わりそうになる眼を、必死に奮い立たせようとするマサハド。
そこへ声をかけたのはディーバダッタ。やや憔悴し、力無く笑っていた。
「終わったな」
「.....そうですね」
兄は母親を失ったのだ。
正当な理由があるにしろ、その心が受けた衝撃は計り知れない。
元々、身体の弱いディーバダッタには致命傷のようなモノで、彼は床に伏す事が多くなった。
今日も小人さんの見送りに、弱った身体を押してやって来た。
「いや。始まりかな。頼んだよ? マサハド」
「勿論です、兄上」
ディーバダッタに無理はさせられない。他の兄弟とともに国を栄えさせねば。
そこまで考えたマサハドは、ふとマーロウを思い出した。
まだ留学期間の残っていた弟は、渋る王宮の面々を説得し、小人さん一行と共にフロンティアへと向かったのだ。
「その..... 残念だったな。彼女に婚約者がいて」
マーロウの気持ちを知っているマサハドは、どう慰めたら良いのか分からない。
愚直な言葉しかかけられない不器用な兄。
それにニカっと快活な笑みを見せ、マーロウは首を振った。
「別に諦めてませんから、俺」
「え?」
マサハドは眼を見張る。
「婚約ったって、どう見ても政略じゃないですか。俺がヒーロを惚れさせたら話が変わると思いませんか?」
ふふんっと鼻息を鳴らす弟。
いや、むしろ難関なのは王弟殿下ではなく、あの少女なのではないかと思うのだが。
ロメール王弟殿下の逸話は世界に名高い。そして身辺に女性がいない事も。
妾一人で、側室も正室もいない。各国の身分ある女性ら垂涎の相手である。
婚約したとの噂は届いていたが、まさかそれが七歳の少女とは思わなかった。
しかし、逢ってみて分かる。あの得体の知れない穏やかな仮面の王弟殿下よりもヤバいのは伯爵令嬢だった。
王弟殿下を顎で使い、騎士団に一喝で命令を通し、蜜蜂らを操って空をかっ翔ぶ規格外な御令嬢。
アレを見たら、王弟殿下への畏怖など霧散する。今では国を纏め、政務に苦労する似た者同士の憐憫すら感じるマサハドである。
それでも少女に声をかけたのはマーロウのため。
けったいな少女に惚れたものだと、残念に思いつつもマーロウが幸せならばと婚姻の申し出を入れてみたが。
まさかの王弟殿下の婚約者。
魔王と名高い御仁と、ドナウティルを心胆寒からしめた謎の少女の組み合わせは、どう考えても最悪だ。
むしろ彼女が魔王で魔物を従え、王弟殿下がそれを支える参謀の図式が当たり前のように脳裏に浮かぶ。
蕀の路だぞ、マーロウ。
あの二人に挑もうとは。
無謀な弟の無事を心の底から祈るマサハドだった。
「まーめ、豆豆、コーヒーぃー♪」
すちゃらかな歌を歌いつつ、御機嫌な小人さん。
初めて聞くのに何か懐かしいようなフレーズに耳を持っていかれる周囲の者達。
麻袋で貰った珈琲豆を瓶に移し、それを抱き締めてゴロゴロ転がる小人さんを、無言で見守るフロンティア一行とマーロウ。
「んっふっふっ、これでゼリーも飴もティラミスだって作れるうぅぅ、うにゃーん♪」
背中をつけて手足をバタバタさせる姿は、本来なら年相応の子供が駄々をこねているようで微笑ましいのだが、その中身を知る小人部隊は、少女の頭の中が心配になった。
.....壊れた?
不安げなアドリスやドルフェン。
だがザックのみが、ふんふんと話を聞いている。
「これが、お嬢の言っていたコーヒーか。苦いんだよな?」
「苦いけど、それが癖になるさ~♪ 甘味と合わせると苦味が引き立って..... うにっ、たまらん~~♪」
わちゃわちゃ踊る小人さん。
それを不思議そうに眺める小鬼達。
その瞳に気付き、ふと小人さんは部屋の中を見渡した。
「え? 小鬼が足りなくないっ?!」
三人いたはずの小鬼が一人足りない。
存在感が薄くて、今の今まで気づかなかった。何時も馬車の中にいて外へ出てこなかったから。
「何処で落としてきたっけかっ? 探さないと.....っ!」
慌てて引き返そうと窓を開けた小人さんのスカートの裾を引っ張る小鬼ら。
小さく首を横に振るその姿に、小人さんは心臓を鷲掴まれたような嫌な予感がする。
それを肯定するかのように千早から黒紫の魔力が迸った。現れたのは当然、チェーザレ。
『アレなら我が食ろうたぞ? 贄であろう?』
「はあっ?!」
ぎろっと目玉だけを動かしてチェーザレを睨めつける少女。
その凄まじい眼力に圧され、思わず仰け反る御兄様。
『我の力を解放するために御先が寄越した触媒よ。知らなんだか?』
知らなかった。
唖然とする小人さん。
『どうも、我の力と記憶は分散されておるようだ。五つ..... いや、七つか』
しれっと呟くチェーザレ。
待ってよ。その度に小鬼が食われるわけ?
ざーっと血の気を下げる小人さん。
己の知らぬ間に失われた命。
フロンティア一行が絶句している頃、フラウワーズ辺境では、レギオンが泣いていた。
『主(あるじ)様よ..... お帰りなさいませ。許せ、王よ。このために我らはあるのだ』
ホタホタと泣き続けるレギオンを心配げに見上げる小鬼達。
後日押し掛けてくる小人さんに、頭を叩かれる未来を今の彼は知らない。
「つまりっ?!」
要領を得ぬチェーザレに引っ込んでもらい、小人さんは千早を睨めつけた。
生まれてからずっと一緒だったチェーザレが千早の記憶を共有しているように、千早はチェーザレが取り戻した記憶を共有出来たのだ。
「えっとぉ..... 滅びる星? から? 誰かが命じて? 命の種? を運んだみたい。アルカディアに。そこに紛れたのが、黒紫の魔結晶。で..... それを大地に埋めて育てるように魔物に命じてる」
千早には理解出来ない記憶も多いようだが、どうやら小鬼らの持つ角が魔結晶とチェーザレを繋ぐ触媒となるようだ。
触媒に角が使われた小鬼は、そのまま魔力に変換され、チェーザレに吸収されるらしい。
「死んだとかじゃない?」
『元々、我の生み出した命だ。我の一部に戻っただけである。人聞きの悪い』
なら変な言い回ししないでよっ!! 心臓に悪いっ!!
そういや世代交代するクイーンの子供らも寿命が尽きるとクイーンに吸収され、新たな卵になると聞いた。それと同じなのだろう。
『我は卵は生まぬがな』
人の思考を読むなしっ!
「それで、何でそんな仕様にしてまで記憶を保存していたの?」
チェーザレは難しい顔で小人さんを見た。
その複雑な色彩を醸す瞳は、歓喜と苦渋の同衾した矛盾な色を映している。
『分からぬ。全ての記憶を取り戻したならば分かるかもしれぬが、今は分からぬ』
そう言いつつも、それを望まないような微かな哀愁がチェーザレに漂っていた。
『.....神は人を救えない。人を救えるのは人だけなのだ。だから..... 我が.....』
うわ言のように呟くチェーザレ。それを耳にして首を傾げる小人さん。
「なん? どしたの、御兄様」
はっと我に返り、軽く首を振るチェーザレ。
『いや、何でもない。新たに記憶を取り戻して、少し混乱しているようだの』
そう言うと彼は姿を消して、千早が戻ってきた。
「...............」
何故か無言な、にぃーに。
それぞれが複雑な思いを秘めて、蜜蜂馬車は今夜の夜営地であるフラウワーズ国境を目指す。
そこには未だにドナウティルの結末を知らぬマルチェロ王子が陣を張ったまま、そわそわと小人さんの帰還を待っていた。
謎が謎を呼ぶ古代の名残に頭を抱えて、小人さんは今日も、わちゃわちゃ踊っていた。
小人さんがわちゃわちゃしている間は、アルカディアは平和である。であるある♪
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