第80話 異国の王宮と小人さん ななつめ


「さて..... ここなら変な嘴は入らない。どういうつもりだっ?!」


「いやさぁ~、人的資源が勿体ないと思ってね~~っ」


 設えられた応接室に側近のみを残し、向かい合った二人は、いきなりぶっちゃけた。

 驚き、目を見張るマサハドの側近達。

 彼等はフロンティアへの親善に同行しておらず、主の留守を守っていた。

 逆に同行していた数人は、達観した生温い眼差しで宙を眺めている。

 ここまでの道中で散々見てきた光景だ。


 .....ああ、また始まった。


 彼等の本音は口からまろびない。


「奴隷に落とすなど、人として有り得ぬ所業だっ! そなたは鬼かっ!!」


「否定はしないけど、死んで花実が咲くものかいっ! 直接関係ない人達ぐらいは受け入れてあげようって言ってんのよっ!! フロンティアでっ!!」


 否定しないんだ..........


 確かに鬼ですものねぇ。


 胡乱な眼差しを見交わし合うドルフェンとヒュリア。


 一頻り御互いの主張を怒鳴りあい、二人は珈琲で一息をつく。

 そしてふと小人さんが顔を上げた。


「そうだ、これもあった。この飲み物、もっと美味しく出来るけど?」


 にっと笑う少女に、ドナウティル側は瞠目する。

 これはドナウティル特産の飲み物だ。他に普及もさせていない。


 こちらに間違いなく一日之長があるはずな物に物申すと?


 マサハドはカップをおき、探るような眼で小人さんを射抜いた。

 しかし、彼女がそんなモノに動じるはずもない。

 はあっと大きな溜め息をつき、彼は指招きをして小人さんの話を聞く。




「確かに..... 全然違うな、これは」


「でしょ?♪」


 小人さんは、にぱーっと笑い、新たに入れ直した珈琲を堪能する。

 彼女は手持ちの和紙を使い、簡易ドリップ用の何かを作る。

 

 たしか、メリタって穴の大きさが特許だったんだよね。


 彼の有名な珈琲夫人メリタ。

 彼女は朝の忙しい時間に珈琲を手早く用意出来ないか試行錯誤し、長く世界に愛される珈琲ドリップ器メリタを生み出したのだ。


 穴が大きすぎたり、浸透率が早すぎると香りも旨味も生まれない。

 程好く蒸らすために穴を小さくして、ポタポタと滴るよう小人さんは調整し、珈琲を淹れた。


 それは上手くいき、細かい粉による雑味の無くなった珈琲は、マサハドらをも唸らせる。


「こういったモノも含めて、ドナウティルに足りない技術支援とか、フロンティアが全面的に支持するよ? 少なくともアタシが生きている間はね。どうよ? 交換条件に連座の人達頂戴よ」


 結局はそこか。


「何故そこまで奴隷を欲する? 何かあるのではないか?」


 穿った物言いのマサハドに、ようやく小人さんは彼の勘違いに思い当たった。


「ぶっはっ、あー、そっかー。それね? ただの言葉のあやよ」


「あや?」


「そそ♪」


 久々の美味しい珈琲を片手に、小人さんは説明する。


 ただ引き取ると言えば臣下は納得すまい。

 奴隷落ちさせるのだと言えば、ある意味、罰にもなり受け入れて貰えやすいのではないと考え、口にしたのだと。


「あんなに反発されるとは思わなかったわー」


「当たり前だ、馬鹿者。ドナウティルには貴人を奴隷落ちさせる法律はない。高貴な者には名誉ある死を賜る権利があるのだ」


 小人さんの口元が、によっと歪んだ。


 権利ねぇ? 死んだら皆一緒じゃん? そこで終わりじゃん?

 そりゃ、嬲り殺しとか論外な処刑方法が当たり前だものね、庶民なら。だから、そういった思考にもなるんだろうけど、根深いなぁ。


 一思いに命を断つ事が慈悲にもなる御国柄だ。

 価値観の相違は如何ともし難い。


「まあ、そういう訳で、引き取った人達は平民として暮らしていくことになるね。贅沢出来るかは、これからの本人らの努力しだいだけど、人並みな生活は与えてあげるよ?」


 しれっと宣う少女に、マサハドはしばし頭を抱えて沈黙した。


 悪い話ではない。


 処刑とて費用がかかるし、根絶やしともなれば、その金額は莫大だ。

 罪人の管理やそれに付随する人件費や食費諸々。

 考えれば考えるほど、少女の提案が魅力的に思えてきた。


「.....二度とドナウティルに足を踏み入らせぬと約束出来るか?」


「任せて。望郷の念も湧かないくらい働かせて食べさせるから」


 ちゃっとサムズアップする小人さん。

 やたら良い顔なのが癪にさわるマサハド国王。


 結果、合意がなされ、ドナウティルは多くの罪人を引き渡す見返りに、フロンティアからの技術支援を確約した。




「勝手にあんな約束をなさっても宜しかったのですか?」


「いーの、いーの。アタシが権利持ちなモノだけだし」


 後は克己に丸投げすれば、キルファンにとって問題のない役立つ技術をドナウティルに教授してくれるだろう。


「あーっ、疲れたぁ。終ったねぇ。後は観光して帰ろうか」


 にっこり微笑む小人さん。


 こうして一国の命運をかけた大騒動は終着をみせた。


 大小様々な悲喜交々はあれど、小人さんには関係ない。




 罪人らを洗い出し、その一族郎党を捕らえるには時間がかかる。

 処刑は全てを捕らえてから行われるらしく、フロンティアに送られる罪人達は一定量溜まったら随時連行される事となった。


 その合間を縫って観光に走りまわり、珈琲の苗まで手に入れてきた少女を追いかけて、奔走するマサハド国王。


「輸出していないと言っておろうがぁぁーーーっっ!!」


「アタシだけっ!! 秘密にするから、ちょーだぁぁーーいっっ!!」


 苗を持って逃げ回る小人さんがポチ子さんと翔んで逃げようとしたところを、マーロウの蛇が捕まえた。

 ぬるりと絡み付かれて苗を奪われ、小人さんの見ている前で、その苗を燃やすマーロウ。


「うわあぁぁーんっっ!」


 ガチ泣きする小人さんに気まずげな顔をし、マーロウ膝を着く。


「ごめんな、兄上を困らせないでくれ、ヒーロ」


「うぇぇえええんっ!」


 泣き止まない小人さんに、おろおろと狼狽えるマーロウ。

 その鳴き声を聞きつけて降ってきた誰かが、そのマーロウの背中を蹴り飛ばした。


『貴様っ! 我が妹を泣かせるとは何事かぁーーーっ!!』


 飛び降りてきたのはチェーザレ。烈火のごとき勢いで気焔を吐き、小人さんを抱き締めた。


「御兄様ぁぁ、アタシの苗がぁぁっ!」


『よしよし、待っておれ、こんな国、灰にしてくれるわ』


 チェーザレの言葉に、ぎょっとするドナウティルの人々。

 彼が先陣を切り、王宮へ進軍してきたのを誰もが知っていた。


「あ、それは無しの方向で」


 鳴いた烏が、もう笑う。


 せっかくの異文化な国を灰にされては堪らない。


 むうっと膨れた妹を見て、チェーザレも直ぐに頷く。


『そうか、分かった』


 ほーっと息をついた人々に苦笑しつつ、マサハドは、苗は出せないが定期的に珈琲豆を小人さんに送ってくれると約束してくれた。


 そんなこんなで日々が過ぎ、フロンティア一行が帰国する前夜、夜会が開かれる。


 大広間で中央地域の文化を披露しようと、ドレスアップした小人さんと、ドナウティルの正装を着たマーロウがダンスを披露した。

 ドナウティルにはないダンスの文化に皆様興味津々だ。


「そういう格好してると、マーロウも王子様らしいね」


「お前もな。まあ、見てくれなんか大した問題じゃないけど」


 微笑み合う二人は似合いのカップルだった。周囲も微笑ましい雰囲気で小人さん達を見つめている。

 滑らせる足も淀みなく、二人はワルツを二曲踊り、盛大な拍手を受けた。

 

 そして席に戻った小人さんに飲み物を渡しながら、マサハドが少し思案するような顔で話しかける。


「あー..... せっかく国交がかなったのだ。良ければ縁を結ぶ事も考慮してはくれまいか?」


「縁ですか?」


 きょんと呆ける小人さん。


 その会話に気づいたドルフェンや千早が、慌てて駆けつけようとした時には遅く、マサハドは肝心な話を口にしていた。


「たとえば、そなたとマーロウなどどうだ? 年廻りも悪くはないし、なんならマーロウを婿入りさせても良い」


 満面の笑みなマサハドに、答えたのはマーロウだった。

 彼は居心地悪げな風情で立っている。


「兄上、ヒーロには婚約者がおります」


「なに? ずいぶんと早くから決まっているのだな。しかし、王族との婚姻の方が彼女の家のためにならぬか?」


「ヒーロの婚約者は王族です。兄上も御存知でありましょう? ロメール王弟殿下です」


 飲みかけていたグラスに、ぶっと噴き出すマサハド国王。


「あの御仁かっ?!」


「あの御仁です」


 説明せずとも伝わる極寒の空気。ロメールは、何故かどの国においても魔王のような印象を持たれているようである。

 フロンティアを裏から牛耳る切れ者な実力者な。


 間違ってないけどね~~。


 ロメールの名前が出た途端、意気消沈し悄然と背中を丸めるマサハドを苦笑いで見つめ、小人さんはドナウティル最後の夜を楽しんだ。


 世界の秘密の一端を抉じ開けて、この先も色々あるけれど。


 今日も小人さんは元気です♪


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