第5話 神々の神託 ~始動・ふたつめ~
「いやぁぁあっ!」
「たあーっ!」
打ち合う木剣が弾かれる。
競り合うは事はなく、一撃離脱な打ち合いに、膝を着いたのは千早だった。
「勝負ありっ」
ドルフェンがシュッと真上に腕を上げる。
「ふぁっ、ありがとうございました」
「くぅぅ、また、負けたぁぁっ」
「チハヤ様、終わりの挨拶が抜けております」
双子が騎士団を訪ねるようになってから三ヶ月。二人は打ち合いが出来るまでに成長していた。
最初の一ヶ月は毎日素振り。正面から始め、横への薙ぎ、左右斜め上からの帯、それらの型を完全に覚えるまで、ずっと素振りを続けてきた。
そして最後は、それぞれの抜き。
負荷のかかる藁束に向かって思い切り振り抜く。
上から吊るされた藁束は、双子と同じくらいの大きさだ。
最初はかかる負荷に跳ね返されていた二人だが、しだいに力加減のコツを掴み、綺麗に振り抜けるようになった。
そこまで行くのに三ヶ月。
打つ度に痺れていた手が痺れなくなり、ズルズル剥けていた豆が固くタコになり始めた小さな掌を、感慨深げに小人さんは見つめる。
基本だけでもこんなにかかるんだなぁ。でも生兵法は怪我のもとって言うしね。うん。
肩を回しながら、訓練後のストレッチをしている双子を、周囲の騎士らは驚愕の面持ちで凝視していた。
本当に、なんて集中力だ。
真っ当な剣術を知らぬから、素直に技術を吸収していく。
下手に自己流で剣を握っていた者は、その矯正だけで半年はかかるものだ。
全く何も知らないからこその上達だった。それも子供とは思えぬ努力の賜物。
このまま鍛練を続けていけば、間違いなく一端の剣士になるだろう。
将来有望♪
いずれ騎士団に並ぶかもしれない。そんな愉快な想像を脳裏に描き、騎士達は誰もが知らず知らずに笑みを浮かべていた。
ハロルド騎士団長すらも。
「真面目に勧誘を考えてみるか」
真摯に剣術に打ち込む双子を見て零れたハロルドの呟きは、何故か王宮の側仕えに拾われ、さらに第一王子ウィルフェの耳に届いてしまった。
もちろん、斜め上半捻りな展開になるのは御約束である。
「ジョルジェ伯爵令嬢っ! 婦女子が剣術とは何事かっ!」
慣れた歩調で駆け足してきた双子の目の前に現れたのは薄い紫の髪に金色の瞳の少年。
王太子殿下となったウィルフェ。
うわぁ。めんどくさい予感。
駆け足する事三ヶ月。千尋は勿論、千早も慣れたもので、今では途中で休憩を入れる事もない。
ドルフェンも早足でなく、駆け足でついてきていた。
騎士団演習場の入り口で仁王立ちする王太子。周囲の騎士らは、どうしたものかと思案顔。
「何の御用でしょうか、王太子殿下」
双子ににじり寄ろうとするウィルフェを遮り、ドルフェンが間に入る。
筋骨隆々な現役の騎士を目の前にし、少し見上げるように睨み付けたウィルフェは、忌々しげな口調で怒鳴った。
「仮にも貴族の令嬢が男所帯な騎士団に出入りしていると聞いて警告に来たのだ。あまつさえ、剣術を習っているというではないかっ、御令嬢ならば、やるべき嗜みは山ほどあろうっ、こんな事をやる暇があるなら、針の一つも刺すべきではないのかっ?!」
なんで、アンタにそんな事言われなきゃならないのよ。
思わず遠い眼をする小人さん。
その千尋の気持ちを代弁するかのように、ドルフェンが溜め息まじりに答えた。
「お二方は、全ての習い事を終えておられます。教師陣が言うには、もう教える事は無いそうです。貴族学院中等部までの課程は修得済みでございます」
「は?」
そうなのだ。前世の取得知識や技術が全てスライドされているので、今の千尋に学ぶべき事は何もない。
そんな千尋と共にあった千早も、習うより慣れろで、ほぼ千尋と同じ水準の知識と教養を持っていた。
倣うより慣れろ。
すぐ隣に、小人さんという極上の見本があるのだ。子供の吸収力も手伝い、ドラゴ家の双子は神童だとのまことしやかな噂が知識層には流れていた。
それを知らぬウィルフェは、あからさまに眼を泳がせる。
「だからと言って、御令嬢がだな....っ」
さらに言おうとする王太子の後ろに、ぬっと影が出来た。その影が醸す剣呑な雰囲気に嫌な予感を感じ、ウィルフェは、そっと振り返る。
「貴方は一体なにをしておられますか?」
そこには満面の笑みを浮かべた暗黒ロメール。横に立つのは騎士団長。
側仕えさえ連れずに騎士団演習場へやってきたウィルフェを、二人は辛辣な眼差しで見据えている。
「いやっ、そのな。ジョルジェ伯爵令嬢がな.....っ」
先程までの勢いはどこへやら。ウィルフェはしどろもどろな言い訳を始めた。
それにあからさまな嘆息をつき、ロメールは厳めしい顔つきで口角をまくり上げる。
「続きは貴方の宮で御伺いしましょう」
さすがに十五歳にもなった王太子の首根っこを掴む事はしないが、掴まれているも同然な悲壮な顔で、ウィルフェはロメールに連行されていった。
.......デジャヴ。
似たような事が前にもあったなぁと、のたのた歩いていく二人を見送りながら、千尋は苦笑いする。
「まったく、貴方という方は。何を考えておられるのですか、執務の手伝いはどうなさったのですか」
のたのた歩くウィルフェの後ろから、説教をかましつつ、如何にもうんざりとした口調でロメールは吐き捨てた。
しかし、それに反論するかのように、ウィルフェが振り返る。
「だって、叔父上っ! 婦女子が剣術ですよ? あの子こそ何を考えているのか、ジョルジェ伯爵令嬢といえば、テオの婚約者候補に上がっている娘じゃないですかっ!」
「殿下っ!!」
ロメールは、それとなく辺りを窺い、ハロルド以外いない事を確認してから、凍えた切れるような眼差しでウィルフェを見下ろす。
「殿下。貴方はアホぅですか?」
「なっ」
「それを人に聞かれたらどうするおつもりかっ! まだ話の段階ですよ? 並み居る公爵や侯爵令嬢を差し置いて、伯爵令嬢が候補に上がっているなどと他に知られたら、どんな事になるか御理解しておられないのかっ!!」
そうなのだ。神童と噂に名高いジョルジェ伯爵家の双子には、多くの貴族から婚約の打診が来ている。
父親が料理人な事から、貴族として認めず忌避する者も少なくはないが、母親は元皇女。血筋に間違いはなく、その嫡男である令息にも将来的な期待が持てるため、青田買いを試みる貴族もいるのだ。
当然、妹である千尋にも。
だが、その選択肢は両親にあり、ジョルジェ伯爵夫妻は、婚姻は子供らの自由にさせると、全ての申し込みを断っていた。
本来なら家格の高い家からの申し込みは断れない。
地球の中世でも、そんな不文律があった。
身分の低い者に反論の余地はなく、ただ従うしかない不条理。
アルカディアでも多くの国々には同じ不文律がある。
しかし、世界に名だたる法治国家のフロンティアには、その様な下らない不文律は存在しない。
無論、以前はあった。
だが平民も貴族も同じ。守るべき国民なのだとの意識が浸透し、納税や責務を果たす者には、その自由を保証すべしという法が完備されている。
なので、たとえ王家であろうとも法の前には平等。無体は働けないのだ。
今回に限ってはそれが幸いする。
「良いですか? ジョルジェ伯爵令嬢は、まだ三歳の幼子です。これからどのようになるか分かりません。テオドール殿下の婚約者候補になるかもしれないし、ならないかもしれない」
そこで一息つき、ロメールは真剣な眼でウィルフェを見た。
「そんな曖昧な状況に、兄である貴方から、いきなり怒鳴り散らされて、彼女はどのように思ったでしょうね?」
ウィルフェは怪訝そうに首を傾げる。
「テオドール殿下の婚約者として申し込み、御家族と顔合わせをした時、そこに以前怒鳴り散らした貴方がいるのを見たら。御令嬢の心象は最悪になるとは思われませんか?」
言葉の意味を理解して、ウィルフェの顔から、ざーっと血の気が下がった。
「子供だからと侮ったのでしょうが、もし彼女が貴方と同い年の御令嬢だったとしたら、貴方は頭ごなしに怒鳴り付けましたか?」
フルフルとウィルフェは横に首を振る。
そんな事出来る訳がない。如何に身分の低い御令嬢であろうと、礼儀は尽くすべきだ。それが王族の在り方だ。
そこまで考えて、ようやくウィルフェは己の失態に気がついた。
みるみる顔を凍りつかせる甥っ子に、ロメールは呆れたような頷きを見せる。
「御理解しましたか? まだ話の段階でしかない御令嬢に悪印象を与え、テオドール殿下の縁談に障りを入れた事を。さらには、まだ話の段階なのに、それを周囲に広めかねない危険を犯していた事を。王族の婚姻です。下手な噂が広まれば、取り返しはつかないのですよ?」
多くの貴族は序列を遵守する。横紙破りは許されない。
上位貴族が期待する王家との婚姻の機会を、ぽっと出の伯爵令嬢にさらわれたとなれば、黙ってはいないだろう。
だから国王夫妻も慎重に事を進めているのだ。ロメールとしては歓迎出来ないが、止める事も出来ない。
いずれ千尋が妃殿下となるに相応しいと世間が認知すれば、事は動き出すだろう。
たぶんそれは、そんなに遠い未来ではない。
まあ、そうなればなったで小人さん本人が何とでもするだろうし、ロメールとしては可愛い姪っ子が戻ってくる訳で文句もない。
だがしかし。
本人の意向が定まるまでは、その平穏を守らねばっ!!こういう斜め上をやらかす輩からっ!!
公私混同極まりないロメールの説教は延々と続き、以前のやらかし同様、がっくりと涙眼で項垂れるウィルフェだった。
こうして問題の渦中にありながらも、周囲に守られる小人さん。
祭り本番の前祭りかもしれないが、わちゃわちゃな毎日を楽しみつつ、今日も小人さんは元気です♪
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