第4話 神々の神託 ~始動~


「あー......」


 複雑な笑顔を浮かべて、低く唸るのはハロルド騎士団長。

 真っ赤な獅子のような髪にがっちりと強靭な体躯は、如何にも歴戦の戦士である。


 その彼の前に手強い相手が現れた。


 青と緑のポンチョをまとう双子の兄妹。


 大きな瞳を見開き、真摯な眼差しでハロルドを見上げ、口をへの字で仁王立ちしている。


「もう一度仰っていただけますか?」


 苦笑を隠さず尋ねる騎士団長に、小人さんは大きくハッキリ答えた。


「騎士団の見習いになりたいのっ」


 うはぁと歯茎を浮かせ、ハロルドは天を仰ぐ。そして双子の後ろに控えているドルフェンを鋭く一瞥した。


「ドルフェン、これはいったい?」


 ドルフェンは軽く首を傾げ、すました顔で片眉を上げる。


「御子様方の望みです」


 しれっと答える彼に見切りをつけ、ハロルドは問題の双子を見下ろした。


「騎士団は遊び場ではないのです。見習いになるには試験を受けて合格する必要がございます。その試験を受けられる年齢は成人した十三歳以上と決まっております。残念ですが、貴殿方はその年齢に至っておりません」


 子供相手でも容赦はない。ハロルドは理路整然と説明し、厳つい眼差しで双子を見据えた。

 それに大きく頷き、小人さんはさらに声を上げる。


「見習いの見習いでも良いですっ、毎日見学させてくださいっ」


 三つの幼子とは思えぬ口上。何時か何処かで見たような?

 すうっと眼を細め、ハロルドは小人さんを見つめた。


 緩やかなウェーブを持つ黒髪に翡翠色の瞳。やや薄い顔立ちや少し切れ長で猫のような眼は、元キルファン皇女であるサクラ様に良く似ておられる。


 そして胸に湧き上がる憧憬。


 さすが桜様の御子だな。しっかりしておられる。まるで、小人さんを見ているようだ。


 かつて王宮を駆け抜けていった幼女。


 フロンティアの常識や偏見を塗り替え、新たな知識をもたらし、今の時代の根幹を築いていった金色の王。


 ある意味、初代に匹敵する功績を残しつつも、彼女は表舞台から消えた。

 その怒涛の記憶全てを失い、金色の瞳を失い、ただの一王女として王宮深くにおられる。


 これも神々の御心なのだろう。


 幼い王女が苦労を終え、ただの無邪気な子供として生きていけるよう、神々の計らいで彼女は記憶を後退させたのだ。


 そのように王宮関係者は答えを出していた。それがしっくりと来るからだ。

 しかし、そうとでも思わなくば、やっていられないというのが正直な気持ちでもあった。


 四年前に王宮を吹き抜けた、凄まじい失望と落胆。それを払拭するための欺瞞的な答え。


 失われた記憶と瞳は、小人さんの幸せのため。


 そう思い込む事で、人々は一応の終息を得た。小人さんの事は忘れ、今の王女を受け入れようと。


 だが.......


 忘れられようはずもない。


 あの快活な笑顔や、悪巧みに輝く無邪気な瞳を。


 心の底に押し込めはしても、気づけばチラつく幼子の影。


 それが再び、今、目の前にいる。


 姿形は全く違うのに、その全身から立ち上る覇気は、彼の御仁にそっくりだ。


 希望と期待を同衾させた挑戦的な眼差し。それが叶わぬなどと全く思ってはいないだろう、醸された自由な気質。

 ここでダメだと言えば、彼女はきっと、《何で?》 と首を傾げるに、決まっている。


 彼の御仁が、そうであったように。

 ハロルドは大きく溜め息をつくと、薄い笑みをはく。


「宜しいでしょう。見学なさいませ。何故にかはお聞きしませぬ。そういう生き物ですからね、貴殿方は」


 言外に含まれる何かを感じ、千尋と千早は顔を見合わせて首を傾げたが、ドルフェンとハロルドは視線を合わせて、ひっそりと微笑んだ。


《そういう生き物だから》


 これはロメール王弟殿下の口癖だった。


 猪突猛進に駆け回る小人さんに振り回される人々へ、彼は辟易とした顔をしつつも、それを静観していた。

 そして言うのだ。アレはそういう生き物だから。と。


 厨房でも似たような言葉が蔓延していた。


 幼女が何をやらかそうとも、彼等は言う。


 《だって、小人さんだもの》


 あの奇想天外な子供を表すのに、これ以上ピッタリな言葉はないだろう。過不足なく伝えられる上手い言葉だ。


 こうして許可をもらい、ドラゴ家の双子は騎士団で訓練を受ける事になる。




「にぃにー、いこー」


「待って、ヒーロ。ポチ子さんは?」


 翌朝早く、二人は何時ものオーバーオールに着替え、騎士団の訓練場へ向かおうとしたが、何故か千尋がポチ子さんを連れていない。


 いつも長い移動は蜜蜂らに頼んでいる双子だ。自宅から訓練場までは結構な距離がある。

 千早専任の蜜蜂、太郎君を連れてやってきた兄は、千尋がポチ子さんを連れていないのを訝った。


「なに言ってるん? こっから走るんだよ。当たり前じゃない」


「え?」


 いっちにっと短い手足でストレッチしつつ、小人さんは、にかっと破顔する。


「体力作りには走り込むのが一番なんだにょ」


「えーっっ、剣術を習うのに?」


「何事も体力が大事なんだもん。がんばるぞーっ」


 千早は千尋が騎士団で剣術を教わるという計画を聞き、カッコいい騎士らに憧れ、その尻馬に乗ったのだが、早くも挫折しそうである。


 剣術なのに何で走らなきゃならないんだ?


 顔全面に疑問符を浮かべる兄を置き去りにして、小人さんは駆け出した。


「にぃに、行かないなら置いてくからねーっ」


 後ろを振り返りもせずに駆けていく妹。それに慌てて千早も後を追う。

 てけてっててーと駆けていく双子をほほえましく見つめながら、ドルフェンも早足でついていった。

 駆けていくと言っても全力疾走な訳ではない。可愛らしい駆け足なので、コンパスの差からドルフェンは早足な程度で十分ついていける。


 ほっほっと息を整えながら走る千尋と、がむしゃらに顎を上げて走る千早。


 こんなところにも差があるのだなと、地味な感心をするドルフェン。


 三種三様の面持ちを隠しもせず、途中に何度か休憩をはさみ、大人の足なら三十分ほどの道程を、三人はテコテコと走っていった。


 ようやく訓練場についた双子は、遠目に見えたハロルドに向かって手を振る。

 いや、元気に両手をブンブンしてるのは千尋だけ。

 千早はゼヒゼヒ言いながらドルフェンに支えられていた。


 その姿を見比べ、ハロルドは眼を丸くする。


「走ってこられたのですか?」


「うんっ、どうせ、ここでも同じことするでしょ? なら、先に済ませた方が手間省けるじゃないっ」


 にぱーっと笑う幼女。


 いや、手間が省けるって。

 それ、幼児の思考じゃありませんからね?


 かつても、こうして心の中でだけ突っ込んでいた四年前を思いだし、ハロルドは微かに口角を上げた。


「本来なら、まず外周を駆け足五周から始めるつもりだったのですが。すでに五周以上走ってますね。では型にはいりましょうか」


「あいっ!」


 元気に手を挙げる妹を、千早は化け物でも見るかのような眼差しで見つめている。


 なんで....? 僕は、こんなんなのに。


 ゼーハーと荒い呼吸で無理矢理唾を呑み込みつつ、千早も負けじと手を挙げた。


 負けるもんかっ、僕は、にぃにだっ!


 対照的な二人を見下ろし、ハロルドは大きく頷く。


「その意気や良し。では木剣で素振りをしましょう」


 ハロルドが双子用に用意したのは細身な木剣。それを手渡しながら、彼は細かい注意をした。


「貴殿方だと真っ当な剣はまだ使えません。出来上がっていない身体で無理をすると、一生ものの障害が残ったりします。なので、コレです」


 ハロルドが取り出したのは細いレイピア。通常の剣の五分の一な重さの剣である。

 どうやら、この木剣はレイピアの模造剣らしい。長さも半分ちょいで双子が扱うのに丁度良い大きさだった。


「これでも貴殿方には重いはずです。まずは重さに慣れ、振る事から始めます。無理のない程度で、疲れたら休んで下さい」


 そしてハロルドは、ちょいちょいとドルフェンを指招きする。


「型を教えて差し上げろ。振り下ろしと薙ぎからだ。帯や抜きはさせるなよ。止めを意識させて、ゆっくりじっくりだ」


 拳の裏でドルフェンの胸を叩き、ハロルドは騎士団の演習へ戻っていった。


 それを見送り、ドルフェンは双子に向き合う。


「僭越ながら指導を任されました。では始めましょうか」


 ニタリとほくそ笑むドルフェン。


「まずは正面。こうです」


 ドルフェンは剣を構え、真上に持ち上げてから、ゆっくり下ろし、斜め下辺りでピタリと止める。


「この型を繰り返して下さい。必ず最後を止める。これを意識してまた振り上げる。どちらも必ず一度止めること。振り回してはなりませんよ?」


 ドルフェンの言葉に大きく頷き、双子は素振りを始めた。

 ドルフェンも双子に合わせて実演を繰り返す。


 これ..... 思ったよりキツいな。


 構えて振り下ろす。


 ただそれだけなのに、上手くいかない。


 木剣の重さもあるが、まず真っ直ぐ振り下ろせないのだ。そして止めもブレる。

 チラリとドルフェンを見ると、同じくらいの速さでピタリと止めて真っ直ぐ振り抜いていた。

 自分たちよりも速い動きなのに、ピタリと止めが入り、非常に美しい動作である。


 キレイ。アタシも、あんな風に......


 千尋は、ぎゅっと木剣を握り締め、何度も何度も型をなぞった。


 千早も負けじと型を繰り返す。


 夢中になって素振りをする幼児二人を遠目に見ていた騎士らが、驚いたかのように眼を見張った。


「おいおい、何だよアレ」


「まだ三つか四つだろ? すごい集中力だな」


「型も様になってきてないか? あ、一人こけた」


「おお、でも立ち上がるぞ。泣きもしないとは、大したもんだ」


 同じ事を繰り返すというのは、簡単に見えて、実は過酷なものだ。

 根性や忍耐の未発達な子供に出来る芸当ではない。

 ほんの数分で投げ出し、泣きを入れた王子達の昔を思い出して、騎士らは乾いた笑みを浮かべた。


「王子達にも、あのくらいの根性があればなぁ」


「今頃、もう少し様になっていたろうに」


 貴族学院に入学した第二王子が、剣術で他の生徒より劣り、慌てて騎士団へ指南を受けに来たのは、まだ記憶に新しい。

 数年前には、第一王子も同じ事になっていた。どうも国王陛下の御血筋は武術を苦手とするようだ。


「.....陛下も同じだった」


 しかめっ面で呟いたハロルド騎士団長の一言が、未だに忘れられない騎士達である。


 一心不乱に木剣を振る小人さんに、ドルフェンは休憩をすすめ、何となく嫌な予感を抱きつつ問い掛けた。


「しかし、何故いきなり剣術を?」


 ドルフェンが持ってきてくれた果実水を飲みながら、小人さんは、ふっくりと眼を細める。


「アタシ、冒険者になるんだ。七つの洗礼が終われば登録出来るんだよね? それまでに、武術の基礎を身につけたいの」


 思わずドルフェンは空気ごと果実水を呑み込み、激しくむせ返した。

 なにがしかを口にしようとするが、気管に入った果実水に邪魔をされ言葉が紡げない。

 ゲホゲホと咳き込むドルフェンを余所に、千尋は空を仰ぐ。


 カオスとアビスの言うとおりなら、次の巡礼は辺境だ。それも世界の果て。


 ポチ子さんらとかっ翔んでも数日以上夜通し翔ばなくてはならない。夜営や危険も多いだろう。

 魔物らが守ってはくれると思うが、自分も戦えるにこした事はない。

 体力と技術を身につけて、万全な態勢で始めたい。

 冒険者ギルドは世界を跨ぐ組織だ。冒険者登録をしておけば、他国で多少の融通も利くだろう。


「冒険者登録って.... ヒーロ、冒険者になるのか?」


 すっとんきょうな顔で見つめる兄に、千尋は悪戯気な笑みを返した。


「冒険者かぁ。僕はお父ちゃんみたいな料理人になりたかったけど、騎士もカッコいいし......迷っちゃうなぁ」


 うーんと難しい顔な兄。


 疲労困憊になりつつも、きゃっきゃと楽しい一日が過ぎ、帰宅した双子を迎えたのは、ドラゴの号泣だった。


 どうやら、何処からか千尋が冒険者になるのだという話を聞きつけたらしい。


 コンコンと説教をかます森の熊さんから逃げ回り、今日も我が道を行く小人さんである♪

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